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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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治療・病状日誌
原発性マクログロブリン血症という血液ガンに罹り、2005年12月に入院し2回の移植を行ったが再発し、自宅治療をしていたが10月24日再入院し12月28日退院した。その後通院で治療を継続している。治療経過・病状・日々感じたことを日記として綴ってみたい。
宇宙の情景
9月7日(日)
しばらく前の新聞にハッブル望遠鏡が今まで不足していた諸機能を兼ね備えてやっと完成するという記事がのっていた。ハッブル望遠鏡から送られてきた様々な宇宙の情景は、宇宙の神秘とその壮大さに感動を与えるものであった。昨日のネットに以下のような記事と写真が載っていた。

渦巻きに光る銀河M83、赤いルビー?
うみへび座の方向に約1500万光年離れた渦巻き銀河M83(欧州南天天文台提供)。新たに誕生した大きな恒星から放射された紫外線により、水素ガスがイオン化し、赤く光って見える。ルビーをちりばめたようだ。(9月6日16時31分配信 時事通信)


20080906_convert_20080907000630.jpg

宇宙の写真を見るとその無限に広がる空間と、限りない時間の流れを感じ、人間の様々な悩みや苦しみが全く取るに足らない小さなもののように思えてくる。全ては滅びそして生まれるという永劫の繰り返しの中で、人はその中のほんの人かけらの存在でしかない。

昔、小松左京の『果てしなき流れの果てに』と言うSF小説を読んだ事がある。タイムトラベルが出来る未来からやってきた人を扱っているが、自由に時間を行き来できたとしても、むしろそれだからこそ、時間の壮大な流れの渦の中で、どうにも出来ない自らを見出さざるを得ない。読み終わったときにはひたすら虚しさだけが心に残ったような気がする。

確かに、人はこの宇宙の中で、一片の塵にも及ばない、あまりにも微小であり、無力である。しかしここでパスカルの言葉が意味を持ってくるのかもしれない。むしろ夜空を見ながら、自らの矮小さを噛締める時、次の言葉が始めて理解されるのだろう。

「人間はひとくきの葦に過ぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが それは考える葦である。彼を押しつぶすために、宇宙全体が武装するには及ばない。・・・彼は自分が死ぬことと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。宇宙は何も知らない。・・・だからわれわれの尊厳のすべては、考えることの中にある。」(前田陽一他訳・中公文庫)

テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

サリドマイド「検討会」を傍聴して
9月6日(土)
サリドマイドを現在個人輸入で服用している立場として、この薬が承認されるか否かは、経済的な問題も含めて重大な関心事であった。

9月4日、「第2回サリドマイド被害の再発防止のための安全管理に関する検討会」が厚生労働省5階会議室で行われた。大学教授が座長となり、サリドマイド薬害被害者の会(いしづえ)、多発性骨髄腫患者の会、製薬メーカ、厚労省担当者、第三者委員、医師、薬剤師などが委員として長テーブルを四角にして座り、その後ろに傍聴席があり、いしずえの会、日本骨髄腫患者の会、ジャーナリストなど総勢50名ほどが座り、会場は一杯で暑さでむせ返るほどだった。

会場に入ると最初に分厚い資料が配られた。藤本製薬提出書類がバインダーに挟まれ手渡された。その中には「TERMSにおける情報提供などに用いる資料」として、処方医師用冊子、薬剤師用冊子、患者用冊子などが挟まれていた。その外には、日本骨髄腫患者の会に上甲委員、いしずえの佐藤、増山委員、医師として久保田委員の意見書、「サリドマイド製剤安全管理基準所(案)」に関する意見募集において寄せられた意見などが資料として配られた。

議事次第は、
1.国の取り組みの発表
2.委員からの意見書の論点整理
3.意見募集の紹介、大きくこのような構成だった。

会議の主要内容は藤本製薬から出されている「サリドマイドの教育と安全使用に関する管理システム」TERMS(Thalidomide Education and Risk Management System)の検討に費やされた。

各委員からの意見書もその内容の問題点への指摘である。藤本製薬の立場としては薬の承認に向け、安全性の確保に事細かな医師や薬剤師、患者への制約を強制する内容になっている。しかしそれは患者にとって薬を手に入れることを難しくするものでしかない。煩雑な手続きを医者がやってくれる病院ならいいがそれでなくとも忙しい医者がそれを行なってくれるとは限らない。

またサリドマイドを使用するにあったての様々なプライバシーの侵害や人権侵害に当たる内容が盛り込まれている。これをどうするのか。論議はこの点に集中していった。

この会議の中で一番印象深かったのは、いしずえの佐藤氏の発言だった「安易な認可はするな」と言うのかなと思っていたら、「ここまで来たのだから多少不備があっても早く認可してほしい」という骨髄腫患者の会の発言を引き継いで「いたずらな引き延ばしはするな、S.T.E.P.S.(米国の安全基準)にもないパートナーの登録などするな、書類のやり取りが煩雑すぎるのでもっと簡略化すべき」とむしろ認可を早急に行い多発性骨髄腫の患者の命を救いなさいといった内容だった。

さらにTERMSにあるサリドマイド服用者の避妊の失敗による緊急避妊の強制に関して、患者の人権に関する重大な侵害であるといった指摘がなされた。そしてそこで言われた事が強く心に残った。「サリドマイド児もそれなりに幸せに生きているのだ」と。

サリドマイドを服用している男性、女性の避妊は服用に対して義務づけられている。しかし不妊症だと思っていた女性が妊娠し、サリドマイドを服用していて、もしかしたら障害児が生まれるかもしれない、でも生みたいといった場合誰がそれを止める事が出来るだろうか、障害児でも生まれてくる権利があるのだ。そういった発言には胸を打たれる思いがした。

司会者が最後にまとめた。「ここにいる全員が、多発性骨髄腫患者の尊厳を重んじ、そして迅速にTERMSを完成に導くことが一致しましたね」と。

骨髄腫患者の会の上甲さんは言う。「今頃そんな宣言せんとあかんのか? 当たり前のことなのに?と、呆れる方も大勢おられると思いますが、この宣言を得るために、私たちは2年間戦ってきたのです。」

患者を患者と思わないような煩雑なFAX処理、個人のプライバシーを無視するような届け出義務など問題は色々あるが、やっとここまでこぎ着けたかという気がこの検討会を傍聴していて思った。

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治療に伴う痛みについて(続き)
9月5日(金)
ベルケードによる末梢神経障害
以前病院内患者家族交流会で多発性骨髄腫の患者の人がベルケード療法で病状は良くなったが、副作用としての末梢神経障害を発症し、手足のしびれ、痛みで夜もまともに寝られないという訴えを聞いた。医者は末梢神経障害を治す方法はないということで何の処方もしてくれなく、毎日辛い日々を送っているということであった。確かに誰に聞いても末梢神経障害を治す薬はないといわれる。しかし痛みを和らげる薬はあるはずだ。

私はその頃、ベルケード療法の2クルー目をしていた。末梢神経障害の兆候は現れていなかった。しかし4クルー目になって徐々に手足の痺れが激しくなり、歩いていても足の感覚がない位になってきた。痛みはないが痺れはかなりひどいものになってきていた。

鎮痛補助薬ガバペンの処方
主治医に相談した所、末梢神経障害自体を治す薬はないが、痺れを抑える薬はあるということだった。根治療法はないが対処療法はあるということだ。しかし普通の生活をしようと思ったなら、痛みは取り除く他ない。薬の服用は確かにそれ自体の副作用をもたらすからなるべく増やしたくないのは山々だが、痛みの前にはそうもいってられない。

医者が紹介したのは、ガバペンという抗テンカン薬だった。この薬を毎日朝晩服用し始めた所手足の痺れは徐々に収まってきた。もちろん根治療法ではないので、痛みの緩和でしかない、治るのには薬(ベルケード)の投与が終わり、薬の効果が体から抜けるのを待つ外ないが、それまで何ケ月も痛みに耐えながら生活するのはあまりにも辛すぎる。

その点ガバペンは疼痛緩和という点では大きな意味を持っていた様に思う。がん専門医が緩和ケヤの医者やペインクリニックと連携を取りながら、患者の痛みのケアに真剣に取り組んでもらいたいものだ。

「緩和ケア医の所感」より
「緩和ケア医の所感」というブログにガバペンについて次のように書いてあった。

「鎮痛補助薬というのは、刺激伝達系のグルタミン放出経路の刺激を抑制したり抑制系のGABAの経路を賦活化したりすることで鎮痛効果をもたらす薬剤をさします。

神経障害性疼痛とは、ビリビリしたような、刺されるような疼痛やアロデニアといって普通なら痛くも無いような刺激に疼痛を感じるような場合が神経の疼痛をさします。

数年前に日本でもやっと発売になったガバペンチン(商品名はガバペン)は、前述のグルタミン経路にもGABA経路にも作用する薬剤で、他の薬剤より広く作用することからも海外では、抗うつ薬の一部の薬剤とともによく用いられる薬剤です。」


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治療に伴う痛みについて
9月4日(木)
痛みに対する医者の対応
中山幹著『後悔だらけのがん闘病』(告発するがん患者)の中に、がん治療に伴う痛みに対して医者が何の対応もしてくれなかったといったことが書いてあった。確かに治療や手術による痛みに対して医者は一般的に冷淡だ。やむをえない副作用としてあまり対応しようとしない。私の場合に痛みに対してどのように対応してきたか書いてみる。

入院してから4ケ月目、VAD療法第3回第2段階を開始した2月末肋骨が痛くて、医者に相談したが原因が分からず様子を見ようということになった。夜身体の向きによって、かなり痛みが感じられた。抗がん剤の副作用について詳しく読んでみたが該当する項目がない。肋骨に問題があるのか、内臓か、肺か、どちらにしても原因がつかめなければどうしようもない。上記3点だとどういった治療展望があるのか全くわからない。かなり心配になっていた。

帯状疱疹になる
翌朝になり、腹の周り発疹が出来ており背中にも痛みが広がっていた。朝医者に見てもらったら帯状疱疹ということであった。帯状疱疹は、白血球の減少の中での免疫能力の後退により、身体の中に眠っていた水疱瘡菌が神経から生長し、皮膚に現れるものだという。骨の神経を刺激し痛みを発する。すぐ点滴を開始し、皮膚科に行って軟膏を処方してもらった。

10時、18時、2時の1日3回点滴投与する。点滴薬はビクロック500mgを100mlの生理食塩水に混ぜた物を使用する。軟膏はパラミシン軟膏である。軟膏自体は発疹が崩れて広がったら付けてくれと言う指示を皮膚科の医者からもらった。

帯状疱疹神経痛
1週間位で皮膚疾患としての帯状疱疹は治ったが、神経痛が残ってしまった。これは、神経が痛んでいるので自然回復を待つほかないと最初言われた。背中のある部分に触れると激しい痛みを感じる。背中なので神経が心臓に影響を与えているのか、心臓が締め付けられ呼吸が出来なくなる位の激痛なのだ。

拷問で電気ショックを使用するが、恐らく、それに似ているに違いない。30秒位は身動きできず痛さが引いていくまで屈みこんで待つほかない。痛みが引いても暫くは立ち上がれないほどなのだ。「トリガー」というらしい。引き金、痛みの根源があるということだ。

帯状疱疹神経痛について調べてみた。「残ってしまった神経痛とは気長に付き合っていくほかにない」としか書かれていない。しかし痛いのは放っておけない。

最初は湿布薬
3月21日になって、鎮痛消炎湿布薬をもらい、1日2,3回張り替えて様子を見る。少しは良くなった感じがするが、あまりかわらない。

時がたっても一向に神経痛は治まる様子はなく、4月4日になって、今までは不快感だけだったが痛みを伴って暴れまわっている。痛みを伴う神経痛が時々胸を刺すような感じで襲い、なかなか寝付かれなかったし、起きてしまった。痛み止めのカロナールと睡眠薬マイスリーを貰うことにして、夜の睡眠を確保することにした。

165.jpg痛み止めの薬・テグレトールとパキシル
4月27日に帯状疱疹後神経痛に関しては、テグレトールという抗うつ剤の薬を処方して貰った。一日2回、効かなかったら3回飲むという指示を与えられた。しかしこのテグレトールは体中の神経を麻痺させる働きがあるらしく、この薬を飲むと一日中体がだるく日常生活にも差しさわりがある。そこで薬を変えてもらうことにした。

同じく抗うつ剤のパキシルという薬だ。しかしどこまで効いているか良くわからない。神経ブロックをやったらどうかというので試してみた。脊椎に局所麻酔薬を注入するというものだ。若干利いたような気がする。ペイン・クリニックという科 (麻酔科)が病院にあって痛みのケアを専門にやっている。

ペイン・クリニックでの神経ブロック
5月15日に再入院し、早速神経ブロックの第2回目をやった。結局可能な限り毎日やることになった。飲み薬(パキシル)も夜1錠だったのが朝晩1錠になった。ともかく移植前に直してしまいたいという思いがあった。2回目の神経ブロックをやったが夜痛みは取れておらず、痛みのためなかなか寝付けなかった。

結局第1回移殖での前処置の前日6月16日まで土日を除き、ほぼ毎日神経ブロックをやることになった。この治療は、脊椎に穴を空けそこに麻酔薬を注入するのだが、脊椎に穴を開ける時にまれに神経に触れることがある。その時は体中に電流が走ったような痛みが体中を貫く。決して楽な治療ではなかった。この1ケ月の治療で徐々に痛みは和らいでいった。おかげで移植時の辛い副作用の時、神経痛の痛みに悩まされることがなく非常に助かった。

退院後は2,3ケ月定期検診の時に神経ブロックを行なっていたが、痛みはほぼなくなり飲み薬のパシキルは飲み続けていたが、神経ブロックは中止にした。

痛みに関して、主治医が真摯に相談に応じ、色々手を尽くしてくれたのは本当に有難い事だった。痛みついては我慢していないで医者にどんどん言うべきだ。ペイン・クリニックを訪ねてみるのもいいかもしれない。生活の質(QOL)を維持するためにもそれは絶対に必要なことだ。


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定期検診の日
9月3日(水)
2週間一度の定期検診の日。血液検査の結果は以下の通り。

検査結果
  IgM  1668←1544←1271←1430
 白血球  2.6←2.8
 血小板  13.7←17.3
 ヘモグロビン  11.7←12.4

IgMの上昇が止まらない。1668という数字は確かにたいした数ではないし、通常だったらどんな治療もせず、待機療法−何もしないで見守るだけなのだが、放っておくとひたすら上がり続ける厄介な私のIgMは、ひたすら薬を要求するのだ。この上昇はそろそろサリドマイド100mg単独では効果が薄れてきているということを示している。

この数字を見ながら医者とどうしようかと相談する。サリドマイドとあらゆる化学療法との併用が考えられる。最初に考えられるのはデカドロンとの併用だが、これは深部静脈血栓症の恐れがある。読んだ資料では20%という高率だ。静脈血栓症の予防薬があるが、医者が言うにはかなり副作用が強く、勧められないと言う。

ベルケードとの併用も考えられる。医者はこれを勧めたが、出来れば錠剤で試してみたいと言った。ベルケード療法を始めると、20日ごとの4日間の通院それに定期検診2日で6日間病院に行かなければならない。ベルケードとデカドロンの点滴は30分で終わるのだが、点滴前の診断と外来治療センターで薬を待つ時間など合わせると、ほとんど1日仕事になってしまう。ここまで拘束されるのは厳しい。出来るならば通院は今まで通り2週間1度にしてもらいたい。

そこで色々話し合ったが結局シクロフォスファミドを5日間服用し、様子を見ようということになった。ガン治療はあまりにも多くの選択肢がある。エビデンスに沿った標準治療も最初はいいが、一旦それをくぐった後はどんな薬が効くか医者にだってわからない。試してみる他ないのだ。

医者に何がいいか相談されるのはいいが、自分で治療法を考えなければならない。試行錯誤しながら効いていく薬を探さなければならない。医者も患者もこうなるとあまり変わりはない。医者が患者に自由に判断させる外ないのが本来のガン治療なのだろう。自分の命は自分で救え。これしかないのだ。シクロフォスファミドが効いてくれることを期待するほかない。

01_convert_20080903215746.jpgこれからの治療法としては、サリドマイド100mgを今まで通り服用し、それにシクロフォスファミド(エンドキサン)50mgを5日間服用するという方法で行なう。シクロフォスファミドは、「抗がん剤の中でも、比較的副作用が出ることの多い薬剤で、代表的なものは、脱毛、吐き気や嘔吐、発疹、白血球減少などがある」と書かれていた。分量はCHOP療法など点滴で使われているよりかなり少量だが、骨髄抑制が心配だ。

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