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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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治療・病状日誌
原発性マクログロブリン血症という血液ガンに罹り、2005年12月に入院し2回の移植を行ったが再発し、自宅治療をしていたが10月24日再入院し12月28日退院した。その後通院で治療を継続している。治療経過・病状・日々感じたことを日記として綴ってみたい。
亀戸天神社
11月6日(金)
台東区役所を出た時、時刻は11時30分だった。日は燦燦と降り注ぎこのまま家に帰るのがもったいない気がした。上野駅の構内に「亀戸天神・菊まつり」のポスターが貼ってあった。上野からだと亀戸まで15分位なものだ。亀戸天神はよく時代小説に出てくるので一度は行ってみたかった。

亀戸天神社は湯島天神と並び、東京で合格祈願をする「学問の神様」として多くの人に崇められている天満大神・菅原道真を祀る神社として広く知られている。その土地柄から、亀戸天神社は、「下町の天神様」として、長く江戸の庶民に親しまれてきた。

image01.jpg 本殿

亀戸駅から明治通を蔵前橋通に向って歩く。駅前の地図には亀戸神社通を左に曲がると書いてあった亀戸神社通というのは蔵前橋通のことで、この通りには「亀戸天神・菊まつり」の垂れ幕が街頭に吊り下げられていたが、狭い参道なら目立つだろうが、蔵前橋通りにあっても全然雰囲気が出ない。

蔵前橋通から亀戸天神に入る。大鳥居までに2,3軒土産物屋と飲食店があるが、江戸時代賑わった参道とは思えない。ここは地形をはじめ、社殿や楼門、太鼓橋などの全てを九州の大宰府天満宮に倣って造営したという。大鳥居をくぐると太鼓橋を渡る。左右に心地池があり、そこには亀が生息している。池の石の上で亀が甲羅干しをしている。

池の周りは全て藤棚で埋め尽くされている。藤の季節には見応えがあるだろう。庭の一角には菅原道真由縁の梅林もある。梅−藤−菊がこの神社の花暦というわけだ。

社殿の周りは菊まつりの会場で、様々にしつらえた菊が飾られている。大輪の色とりどりの菊があり、また人工的に形を造った菊もある。苦労して丹精を込めて育てたのだろうと十分想像できる出来栄えだ。菊の展示は何処でもそうだが、自然のままではなく、まさにどのように作り上げるかといった技の競い合いのような気がする。

198979_PC_M_convert_20091107183847.jpg 盆栽仕立

菊には様々な仕立て方がある。菊人形は御馴染みだが、千本咲きといった大作り、だるま、福助、前垂、懸崖作り、盆庭、盆養(三本仕立て)など一定の決まった形に仕立てその出来栄えを競うのである。作り過ぎといった感も否めないが、一輪一輪が作者の丹精込めた作品なのである。

もはや野に咲く植物としての菊ではなく人がこうあって欲しいと思って作り上げた菊を見ているようなものだ。そういった努力の結晶として見ないと感動は湧かないだろう。薔薇でも梅でも交配を重ね作り上げたものがほとんどだろうが、菊は特に鉢植えだということもあって人工的な感じがするのかもしれない。


テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

台東区健康まつり
11月6日(金)
078279;000002 「台東区健康まつり」が6日、7日の2日間、台東区役所10階で行われている。内容は、各種測定、健康に関するパネル展示とクイズ、医師・歯科医師・薬剤師などによる相談コーナー 、物産展(福島県会津美里町)などが行われる。

ももの木に「健康まつり」のイベントコーナーで講演をお願いしたいという要請があった。内容は献血推進キャンペーンの一貫として献血の意味について話してもらいたいということだった。通常の「いのちの授業」とは視点が全く違う。そこで理事の田中先生に医者として話してもらうように頼み、彼が講演をする事になった。講演は「いのちの授業−命と献血の深〜いつながり…!」という内容で行われた。「いのちの授業」のスタッフから3人応援(?)に行った。

献血の多くは20代の人だ。しかし採血した血液の85%が50歳以上の人に使われている。血液ガンでは輸血用の血液をかなり使い献血の重要性は身に染みて感じてはいる。実際には一番多く使うのは手術用の輸血だ。赤血球は長期保存がきくが血小板は短時間しか保存がきかないので、輸血する血小板は、数日前に採血したばかりの新しいものだ。

連休など休日が重なると血液の確保が難しくなるので病院などは苦労するらしい。今は献血によって患者に必要な血液は確保されているが、少子化の影響もあるとは思うが、若者の献血率が低下している。1980年代までは、15〜20%程度であったものが、近年10%を下回るようになり、20年で半減している。若いうちに献血経験がないと成人後も献血しない傾向があると言われており、事態は深刻化している。

がん患者にとって、抗がん剤治療に伴う骨髄抑制に対応するため、赤血球と血小板の輸血は避けて通ることが出来ない。輸血用の血液が確保できないと、再生不良性貧血や骨髄異型性症候群の人達にとっては死活問題だし、化学療法も出来なくなってしまう。

血液ガンの治療中、何の感慨もなくあたりまえのように輸血を受けていたが、それが多くの善意の人によるものだということを改めて認識した思いがする。講演は「ももの木」の患者交流会、病院内患者交流会、「いのちの授業」の紹介などを含めて45分ほどで終了した。

その後台東区役所の10階の全フロワーを使った、健康まつりを見学した。一番人気は、健康測定だろう。フロワーの片側一画が測定コーナーになっている。この機会に健康診断をやってしまおうというお年寄りが、健康測定コーナー待合室の椅子に3、40名ほど座って順番を待っている。身長・体重・血圧・握力・骨密度・肺活量・血管老化度等が測定され、その結果をもって健康相談まで行う。

さらに測定コーナーを出ると相談コーナーが並んでいて、医師会による相談コーナー、歯の健康相談コーナー、薬なんでも相談コーナーがあり、そこで必要な相談を受ける事が出来る。

展示体験コーナー
が19のブースで行われている。薬物乱用防止キャンペーン、医療制度について、食中毒予防、野菜と健康、煙草の害、脳の体操、学校給食、もっとよく知ろう認知症などの企画が各ブースで行われている。参加者の90%以上がお年寄りだ。平日の日中だということもあるし、やはり年を取ると健康に気を使わざるを得なくなるのだろう。

テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

「ゆるり散策」・目黒不動尊
11月4日(水)
思ったより早く、12時には病院を出る事が出来た。抜けるような青空だった。秋の空の下、散策するのに絶好の日和だ。病院から南北線で東急目黒線の不動前まで一本で行ける。「ゆるり散策」の今日の目的地は目黒不動尊にした。不動前で下車し、目黒不動尊の方に向かって5分ばかり歩くと途中に蛸薬師成就院という寺院があったのでふらりと寄ってみた。寺院の壁面に蛸の絵が描いてあるのが面白い。、昔から”蛸”は”多幸”に通じるといわれ「ありがたや、福を吸い寄せるたこ薬師」と書いてある。何故蛸なのかの説明が入口の看板に書いてあった。

目黒不動003_convert_20091104212525 不老山・成就院本堂

目黒不動005_edited_convert_20091104212731 蛸薬師の看板

縁起:慈覚大師が諸国巡化のみぎり、肥前の松浦に行かれますと海上に光明を放ち、さきに海神にささげられたお薬師さまのお像が、蛸にのって浮かんでおられました。その後東国をめぐり天安2年(858)目黒の地に来られました時、諸病平癒のためとて、さきに松浦にて拝み奉った尊容をそのままに模して、一刀三礼、霊木にきざみ、護持の小像をその胎内に秘仏として納め、蛸薬師如来とたたえられました。

蛸薬師成就院からさらに5分位歩くと、目黒不動尊(天台宗泰叡山瀧泉寺)の仁王門が目に入る。仁王門に向う目黒不動尊門前前通に「初詣」と印刷された旗が街灯に連なって吊るされている。「初詣は目黒不動尊へ」といったポスターも幾つか目に留まる。

目黒不動尊は時代小説に良く出てくる。梅安が品川に住んでいるせいか、池波正太郎の『仕掛人・藤枝梅安』に何度か出てきた。江戸時代には参道に茶店が軒を連ね、かなり賑わっていた様子が書かれている。徳川家光によって諸堂末寺等併せて五十三棟に及ぶ大伽藍の復興を成し遂げ、その伽藍は『目黒御殿』と称されるほど華麗を極めたというほどだったらしい。江戸の市中からかなり離れた場所にありながら参拝の人が絶える事がないほどの賑わいだったという。

目黒不動尊は五色不動の一つである。寛永年間の中旬、三代将軍徳川家光が天海大僧正の具申をうけ、天下泰平を祈願して、江戸城守護、江戸城五方の方難除け(結界の役)、江戸より発する五街道の守護のため、江戸市中の周囲五つの方角の不動尊を選んで割り当てたとされる。五色とは密教の陰陽五行説に由来し重んじられた青・白・赤・黒・黄で、それぞれ五色は東・西・南・北・中央を表している。

縁起:当山の開基は八〇八年、十五歳の慈覚大師が、師の広智阿闍梨に伴われて、故郷の下野国(今の栃木県)から比叡山の伝教大師・最澄のもとへ向かう途中、目黒の地に立ち寄りました。その夜の夢中、面色青黒く、右手に降魔の剣を提げ、左手に縛の縄を持ち、とても恐ろしい形相をした神人が枕の上に立ち現れて「我、この地に迹を垂れ、魔を伏し、国を鎮めんと思うなり。来って我を渇仰せん者には、諸々の願ひを成就させん」と告げ、夢覚めた後その尊容を黙想し自ら、像を彫刻して安置したのに創まります。

目黒不動013_edited_convert_20091104212833  仁王門

目黒不動024_convert_20091106215317 独鈷の滝と拓離堂

目黒不動028_edited_convert_20091104212947 瀧泉寺大本堂

仁王門を入ると広い境内には幾つかの建物がある。目白不動や目赤不動には行った事があるが、どちらも境内は狭かったが、ここはその数倍の広さだという感じだ。右に行くと阿弥陀堂、観音堂、精霊堂、地蔵堂があり、左に行くと、独鈷の滝、前不動堂、勢至堂、青木昆陽の碑、本居長世の碑などがある。

独鈷の滝とは、慈覚大師が所持の法具「独鈷」を投じた浄地より湧き出した流は、数十日の炎天旱魃が続いても涸れることなく、今日に至るまで龍の口より流れ続けている。

中央の階段を上ると、そこには堂々と聳える本堂がある。中央に目黒不動尊と書かれた大きな提灯を吊るしている。本堂の裏には大日如来の像がある。全体の紅葉には早いが桜の葉は既に紅葉し、仁王門にその色彩が映えて秋らしい雰囲気をかもし出していた。

そこから5分位で「ゆるり散策」でセットとして紹介されている林試の森公園に行った。この公園は1900年「目黒試験苗圃」として始められたというから100年以上の歴史がある。そのため、幹回り3mを超える樹木が数多くあり、ケヤキ、クスノキ、ポプラ、スズカケノキなどが空高く聳えている。

この公園はなまじ手を加えておらず、むしろ自然そのものを保存することを目的としている。そのために静かで落ち着いた雰囲気を感じさせる。目黒にいることを忘れさせ、地方都市の林の中を散策している気分にさせてくれる。

目黒不動037_edited_convert_20091104213556 

目黒不動038_edited_convert_20091104213653 公園の散策路

40分位で公園を一周しあかしあ門から出た。傍にバス停があり五反田行きと、渋谷駅行きがあり、早く来た渋谷行きのバスに乗って戻った。


テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

臨時検診の日
11月4日(水)
定期検診とは別に白血球が減少しているので、様子を見るために血液検査と診察を受けた。もし減り続けているようだと入院治療など何らかの措置を取らなければならない。

検査結果
 白血球   1200(11/4)←1200(10/28)←2000(10/14)
 好中球   680←500←1240
 血小板   7.0←7.4←11.7
 赤血球   304←310←323
 ヘマトクリット 31.0←31.7←32.8
 ヘモグロビン 10.0←10.2←10.4
 網赤血球   11←3←12(基準値5〜20%)

白血球数は変わりないが、好中球の上昇が見られた。680ではまだ少ないが、500以下という危険領域はとりあえず脱したようだ。しかしまだまだ感染には要注意だろう。網赤血球は11となりひとます安心だ。

今日は血液検査後30分位で診察に呼ばれた。いつもはIgMの結果が出るのが検査後1時間半位かかるのでそれを待たなければいけないが、白血球、赤血球、血小板などの検査は15分位で結果が分る。

診察後、白血球を増やすG−CSF(グラン)の皮下注射を行った。この薬は何故か皮下注射なのだ。肩の下の皮膚に予防接種の時のように注射をする。前回点滴をしていたが、点滴管に注射針で薬を注入するのではなく、やはり皮下注射を行った。入院中は点滴管から入れたのだが。皮下注射のほうが効果的なのだろう。

11時30分の診察予約だったが、診察を終え注射をして会計を済ませ12時には病院から出る事が出来た。珍しく早く終った。

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新型インフルエンザの流行
10月30日(金)
今日は、中央区立久松小学校で「いのちの授業」を行う予定だった。5校時(13:45〜14:30)に5年1組と5年2組の授業を行い、その後体育館で保護者を対象とした講演会を約1時間に渡って行う事になっていた。それが昨日の夕方、久松小学校の副校長より電話で明日の「いのちの授業」及び「講演」は中止する旨の連絡があった。

理由としては、全校14学級中8学級が新型インフルエンザの感染防止のため学級閉鎖になり、5年1組も2組も学級閉鎖となった。そのため保護者への公開授業(講演会)も中止とするということであった。小学校でインフルエンザがそんなに深刻な問題になっていることに始めて気がついた。

文部科学省学校健康教育課作成の週報によると、学校の臨時休業(学級閉鎖・学年閉鎖・休校)の状況(10月19日〜10月23日)は、国公私立合わせて、学級閉鎖−小学校598、中学校269、学年閉鎖−小学校269、中学校134、休校−小学校9、中学校7となっている。

学校に通っている子供でもいれば新型インフルエンザの流行をひしひしと感じられるかもしれないが、東京の小学校にこれほど広がっているという事に全く無自覚だった。街を歩いていても、電車に乗っていてもマスクをかけている人にはめったに会わない。その限りではまだ東京は大丈夫かなと思っていたら幼稚園や小学校、中学校などの層で広まってきている。

東京の教育現場ではインフルエンザ警報が発令されているようだ。子供から親に移る可能性があるのだから注意が必要だ。団地とかでは学級閉鎖で休みの子供たちが遊んでいる姿がかなり見られるという。

今日のニュースには次のように書かれていた「国立感染症研究所は30日、全国約5000カ所の医療機関から寄せられたインフルエンザ患者の報告数が、19〜25日の1週間で1施設当たり24.62に上ったと発表した。前週(12〜18日)の17.65から約1.4倍の増加。推計患者数も前週の83万人から114万人に増えた。」(10月30日12時27分配信 毎日新聞)

毎年日本のインフルエンザ感染者数が1000万人前後、死亡者が1万人前後だそうだ。誰も免疫を持っていない新型インフルエンザが日本で拡がれば、感染者の数が飛躍的に増える。これから冬の季節、通常のインフルエンザと新型インフルエンザがダブルで襲ってくる。

インフルエンザ・ウイルスは温度や湿度が低い所で繁殖力を増す。また冬には空気が乾燥し鼻の粘膜が乾くため、ウイルスが鼻の粘膜などに付着すると排除しづらく、感染が起こり易いとも言われている。新型だろうが、季節性のだろうがともかくリスクを背負った体なのだから細心の注意を払ってこの時期を乗り切っていかなければならない。

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