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初孫のこと

4月3日(火)
明日から入院
昼過ぎに病院から電話があった。病棟のベッドが空いたので明日から入院できるということだった。DCEP療法で3週間程度の治療予定だ。果たしで何処まで効果があるかやって見なければ分からない。ともかく何もやらないわけにはいかないといった気分でのぞむほかない。治療内容は分っているし、副作用の出方も大体見当がつくので気は楽だ。

読書とパソコンで時間を過ごす。家にいてもあまり変わらない生活だ。家事全般をやらず、外に出ることが出来ない生活が待っているだけだ。2011年2月から4回目の入院、DCEP療法で2回、ベンダムスチン療法で1回、好んでやりたいとは思わないが、もう慣れたものだ。

最初の入院が2005年12月だった。その時余命5年と言われた。2010年12月で5年たった。そして2011年からは通院治療では効果を期待できず入院治療をせざるを得なくなった。より一層厳しい延命治療に移行せざるを得なくなったということだ。そういった意味で5年というのは一つの区切りの数字だったのだろう。

孫のこと
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再び入院というこの時になって、書いておこうと思い立った。随分前のことのような気がする。もはや3ケ月近くも前の話だ。1月9日、初孫が生まれた。次男の子どもで男の子だ。ずっと記事にはしていなかった。一体この事態をどう受け止めればいいのか判断に迷うこともあった。生きているうちに孫の顔など見られるとは思わなかった。孫の顔を見られたのは嬉しい。もはやこの世に未練はないと思っていたが、孫の成長を見たいというのは一つの未練だろう。

また90歳になる母親に初ひ孫の姿を見せてあげることが出来たというのも一つの親孝行だろう。3月25日、暖かくなったので母親の所に、両親でひ孫の顔を見せに連れて来た。普段はめったにしゃべらない母親が「可愛いね、可愛いね」と言いながらひたすら抱きかかえてあやす。いろいろしゃべりかける。一気に元気になったようだ。

人は死にそして新たに生まれる。そういった循環の中で生きとし生ける者の営みが繰り返される。だからこそ人は次の世代に命のリレーをつなぎ去っていくことができる。それが定めならばどうして受け入れる事を拒否できるだろうか。死は一つの別の生の始まりでしかない。何も不思議なことでも驚くべきことでもない。ただ淡々と受け入れるだけのことでしかない。
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テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

「再稼働を許さない さようなら原発1000万人アクション」

3月24日(土)
3.11一年目にあたり、各地で反原発の集会が行なわれている。東京では今日、日比谷野音で「再稼働を許さない さようなら原発1000万人アクション」の集会が行われ、その後銀座方面と六本木方面に向けてのデモ(パレード)が行なわれる。この集会は、2月28日を最終集約として取り組まれてきた「さようなら原発1000万人署名」が、5月までの継続が決まりまったこと受け、署名運動の一層の推進をめざして行なわれるものである。

家を出る時には雨は止んでいた。一昨日赤血球の点滴を行い、昨日からステロイド剤(デキサメタゾン)を服用しているせいか疲れを感じない。集会への参加とデモに行く体力は十分あった。

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集会はオープニングセレモニーとして古今亭菊千代さんが司会をし、トーク&ライブを山本コウタローさんが行なった。 開会はまず主催者挨拶として集会呼びかけ人である鎌田慧さんが行なった。その後の発言として、賛同人挨拶を辛淑玉さん、福島現地報告、署名集約報告、各地、各団体の取り組み報告、閉会挨拶を呼びかけ人である落合恵子さんが行なった。集会の参加者は主催者発表6400人だった。

集会場の様子

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今後の運動提起とパレード指示が行われ14時45分にサヨコさんのライブ演奏をバックにパレードが出発した。パレードは市民団体と労働組合関係との2コースに分かれた。市民団体関係のパレードのコースは、中幸門を出て、東電本社前で抗議行動を行い銀座日航方テル前を左折し、外堀通りを行き、数寄屋橋交差点、鍛冶橋、東京駅前を通り解散地点である常盤橋公園に至る。一方労働組合関係のコースは中幸門を出て六本木方面に向かい、解散地点であるJ桧町公園に至る。私は市民団体のコースに行った。

パレード出発前の様子
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デモに行くと何時も思うのだが、交通規制の関係と言って許可条件を色々指定する。何千名のデモ集団だろうが、150名位のグループ分けさせる。それぞれ5列縦隊で道路の左側に沿って歩く。そしてそのグループの間隔をひたすら離す。10分位しないと次のグループが来ない。歩行者から見れば150名のデモとしか思えない。これでは集団示威行進の意味がない。またデモの先頭をパトカーが誘導するが、そのスピードがかなり速い。早く終らしたいという意図が見え見えだ。少し列が伸びるとせっついて前に詰めさせようとする。体調が良かったからついて行けたが、何時ものウォーキングの速度の2倍近くに思えるほどだ。

パレードの様子
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 外堀通りを進む                      鍛冶橋を通過中                         

3・24集会033_convert_20120324172914  3・24集会035_convert_20120324172822
 鍛冶橋から東京駅に向う

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 東京駅前を通過中

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

3.11東京大行進 -追悼と脱原発への誓いを新たに-

3月11日(日)
3月になってから、曇りか雨で真冬の寒さが続いていたといった状態だった。久しぶりに晴れた感じがする。気温もぐっと上がった。3.11反原発の集会とデモが日比谷公園で行なわれる。この陽気なら屋外集会やデモも大丈夫だろうと思って出かけた。日比谷公園は2つの集会の会場となっている。

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一つは首都圏反原発連合が主催する「東京大行進」で、日比谷公会堂の裏の広場で集会を行い中幸門からでデモに出発する。この集会への参加が目的だが、早めに着いたので噴水前特設ステージで10日、11日と朝からやっている「3・11東日本大震災 市民のつどい Peace On Earth」を見に行った。

多くのアーティストや科学者らが参加したライブとトークによる「Peace On Earth」の集会場は、あまりにも人が多く特設ステージの傍には近寄れない。声だけが聞こえる。ミュージシャンの坂本龍一さんが話をしていた。「3・11以降、それまで露呈しなかった日本社会の問題が見えるようになってきた。未来世代のことも考え、持続可能な社会をつくろう」と呼び掛けた。

地震が起きた46分には坂本龍一さん、ルナシーのSUGIZOさん、アジアン・カンフー・ジェネレーションの後藤正文さんらがステージに上がり、参加者と黙祷(もくとう)を捧げた。今日の新聞によると主催者発表4万5千人だと書いてあった。

「3.11東日本大震災 市民のつどい」は特設ステージでのイベントと同時に、第二花壇の周辺と日比谷公会堂前のにれの木広場にはテントが所狭しと並び、集会趣旨に賛同した団体の物品販売や飲食の屋台も多数出ていた。デモに出発する前の腹ごしらえに丁度いい。

日比谷公会堂裏で行なわれた「東京大行進」の集会は、平野太一(首都圏反原発連合)の司会進行で行なわれた。発言は「3・11再稼働反対!全国アクション」、「さようなら原発1000万人アクション/平和フォーラム」、「いわき放射能市民測定室たらちね/いわきアクション!ママの会」などからなされた。追悼の歌唱としてステファノ・ロドラ(テノール歌手)がヘンデルの「ラルゴ(オン・ブラ・マイフ)」を歌った。14時46分に黙祷が行なわれ、デモの出発準備にかかる。

デモコースは日比谷公園中幸門~内幸町~東電本社前~日航ホテル前左折~数寄屋橋交差点左折~日比谷左折~内幸町~西新橋右折~虎ノ門右折~霞ヶ関2丁目右折~経済産業省前~日比谷公園西幸門内解散(約3.4キロ)というものだった。外堀通りを数寄屋橋交差点に向う沿道には日曜日の買い物客が多く、デモへの関心を感じ取ることが出来た。

人数が多くデモには時間がかかった。デモが終ったころにはかなり寒くなってきた。この後に「国会囲もうヒューマンチェーン」が行なわれることになっていたが、これには参加しなかった。デモなど何年ぶりかといった感じだ。速度はかなり遅いので疲れはしないが、久しぶりに歩いたのでこれ以上の参加は難しいと思った。このデモには14000人が参加し銀座、日比谷の街を歩いた。

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3.11東京大行進 -追悼と脱原発への誓いを新たに-
集会開始:14:00 黙祷:14:46 デモ出発:15:00
集合場所:日比谷公園中幸門(日比谷公会堂裏)
主催:首都圏反原発連合 協力:3.11再稼働反対!全国アクション、さようなら原発1000万人アクション

2011年3月11日14時46分、東日本大震災が発生した。この震災は、地震と津波によって2万人近い死者・行方不明者を出したばかりでなく、福島第一原子力発電所の爆発・メルトダウンによって、深刻な原発事故に発展した。・・・現在も進行する未曾有の「原発震災」の始まりとなったあの「3.11」から1年。私たち首都圏反原発連合は、犠牲者への追悼と脱原発への誓いを新たにするべく、都内にてデモ行進を行う。黙祷と共にデモをスタートし、終了後は、国会議事堂を追悼と抗議のキャンドルで包囲するアクションに合流する。(集会、デモの呼びかけ文より)

5_convert_20120312112742.jpg  8_convert_20120312112455.jpg 東京電力本社

3・11原発ゼロへ!国会囲もうヒューマンチェーン
日比谷公園西幸門内でデモ流れ解散後、公園内を通り霞門に移動。霞門から国会議事堂へ移動し「国会囲もうヒューマンチェーン」に参加する。3月11日には福島現地で大集会が行われ、世界各地でも原発NOのヒューマンチェーンが取り組まれる。東京でも、再稼働ではなく「脱原発」を政治決断させるためのアクションに取り組む。

3・11東日本大震災 市民のつどい Peace On Earth
日時:3/10(土)、11(日)各日11:00~19:00
場所:日比谷公園 噴水前特設ステージ
主催:3・11 東日本大震災 市民のつどい
共催:土と平和の祭典、アースデイ東京タワー、アースガーデン

3.11東日本大震災から丸一年となる週末、東京の真ん中日比谷公園に、心ある市民がつどい被害に遭われた方々を追悼し、これからの未来を共有する場を作る。3月11日14時46分には特設ステージ前において、ここに集う皆様と共に犠牲になられた方々に黙祷を捧げる。さらに2日間にわたり、市民アピールやトーク&音楽プログラムなど、ここに集う市民の誰もがそれぞれの在り方と共に参加できる、幅広い交わりの場づくりを目指している。(Peace On Earth呼びかけ文より)

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テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

監獄人権センターの連続講座

3月8日(木)
昨日18時30分から監獄人権センターの連続講座の第5回目が、渋谷の伊藤塾東京校で行なわれた。講座は全5回で今日が最終日となる。この連続講座は「犯罪をおかした人の更生に弁護士・市民はなに ができるか?~受刑者をめぐる現状と課題から探る~」という内容で様々な視点から受刑者処遇の実態、出獄者の現状にせまっていき、そこから被収容者の人権救済をどのようにして実現していくのかを探ろうという企画である。主催はNPO法人監獄人権センターと伊藤塾で、後援は法学館憲法研究所である。

1月28日に第4回が行なわれたが都合で参加できなかった。内容としては、獄中者の人権擁護のため弁護として何ができるのか実践例をあげながら、刑事弁護人としてのかかわり、国家賠償訴訟の代理人としてのかかわりについて、監獄人権センター事務局長の田鎖麻衣子(弁護士)さんが話した。

今回の第5回は2部構成になっていて、1部は田鎖さんから「刑事施設の中から行ない得る人権救済・不服申出の仕組み」についてパワーポイントを使いながらの講演が行なわれた。2部は「ワークショップ-受刑者からの相談に答えてみよう!」というもので、監獄人権センターに来た獄中者からの相談にどう答えるのかについて、集会参加者を5つのグループに分け、それぞれ少人数で話し合い、相談への答えを探っていくというものだった。

講演内容-不服申し立てのための想定可能な手段

A、刑事被収容者処遇法上の手続き
1、不服申し立て

◆ 審査申請-対象・法157条に掲げられた一定の刑事施設の長の措置(自弁物品の使用または摂取の不許可。指名医による診断の不許可又は中止。書籍など閲覧の禁止又は制限など16項目)
矯正管区による調査-裁決-裁決に不服の場合再審査請求が出来る。(30日以内)

◆ 事実申告-自己に対する刑事施設職員による行為で、身体に対する違法な有形力の行使・違法又は不当な捕縛、手錠又は拘束衣の使用、違法又は不当な保護室への収容。
矯正管区による事実の有無の確認-通知-通知内容に不服の場合法務大臣に対する事実の申告。(30日以内)

◆ 外部有識者による審査 審査の申請―再審査の申請、事実の申告-法務大臣に対する事実の申告。

◆ 不服検討委員会-弁護士(日弁連推薦)、学者、医者など5名のよる刑事施設の被収容者の不服審査に関する調査検討会。
対象:「再審査の申請」及び「事実申告」のうち被収容者の不服に理由がないと判断しようとするもの
事実上の存在:意見に拘束力なし、独自事務局なし、独自調査の能力なし

◆ 苦情の申出(法務大臣、施設長、監査官に訴えが出来る)

2、刑事施設視察委員会
・ 全ての刑事施設(刑務所・拘置所)に設置
◆ 設置
・ 刑事施設を視察し、その運営に関し意見を述べる。
・ 施設長は委員会に対して情報提供義務を負う。
・ 委員会と被収容者とのコミュニケーションは秘密保障
◆ 留意点
・ 個別事象の救済機関ではない。
・ 弁護士会推薦の弁護士、医師会推薦の医者を含む。
・ 意見に拘束力なし(尊重義務のみ)
・ 活動レベルは委員会による差が激しい。

B、弁護士会への人権救済申立
時間がかかる、生の情報を入手できない、コミュニケーションの秘密性保障なし、勧告・警告などに拘束力なし。施設に対して外部からの監視の目がある事を知らせる意義はある。

C、矯正局への通報
審査の申請、事実の申告等が、利用できない場合(対象外、期間経過など)、適さない場合(\緊急性のある場合、施設ぐるみの問題がある場合など)

D、法務局への人権救済申立

被収容の人権救済は前進したのか

明治時代(明治41年)に作られた旧態依然とした監獄法によって、長い間施設の管理と獄中者への支配を行ってきた。名古屋刑務所事件(2002年に発覚)を契機に設置された「行刑改革会議」の提言を受け旧監獄法は百年ぶりに改正された。2006年5月24日に施行された「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」(刑事被収容者処遇法)である。

この法律は、代用監獄の存置など重大な欠陥を残しながらも、刑事施設視察委員会の創設、受刑者と親族以外との外部交通の拡大、応答義務のある不服申立制度の新設など、日本の刑務所改革に向け重要な一歩を踏み出したものである。

しかし法律の施行当初の被収容者への様々な制限の緩和はやがて、現場の幹部刑務官の間で新法に対する組織的な抵抗が始まり、それが大臣訓令・矯正局長通達に及んでいる。その顕著な例が2007年6月以降の受刑者の外部交通権の後退である。

この法律は附則41条で施行後5年以内(2011年5月23日まで)に見直し再改正を行うことになっている。視察委員会の権限・事務局機能の整備、第三者による不服審査委員会の創設、不服申立ての裁決の公開による先例化、刑務作業の準賃金制と健康保険の適用及び医療スタッフの厚生労働省への移管による刑務所医療の抜本的改革も、見直し法改正の重要なテーマである。しかし結局法施行5年後の見直しでは、若干の規則及び訓令通達の見直しにとどまり、法改正は行なわれなかった。

受刑者から監獄人権センターにあてた相談件数は、名古屋刑務所事件が発覚した2002年には年間100件に満たなかったが、被収容者処遇法が成立した2005年以降は毎年1500件前後となっている。この法律によって被収容者の人権救済は拡大したのだろうか。不服申立てに対して、かっては苦情の申出は法務大臣、施設長、監査官、日弁連人権擁護委員会、それ以外は裁判所に提訴するほかなかった。

不服申立てのために審査申請(対象16項目)や事実の申告など制度化され、刑事施設視察委員会などの設置などがあって窓口は広がっている。しかしそういった情報は当局は知らせないし、様々な不利益処遇を強制してくる。そういった意味では不服申し立てを行う際には、何を期待するのか、何時の出来事か、釈放までに残された期間は、アクションの副次的効果はなどの事情を勘案し、可能な手段を選択していくほかない。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

柳田真講演 「福島原発事故1ケ年と今後の方向」

3月5日(月)
3月3日の18時から「スペース21」の総会と講演会がタンポポ舎の集会場で行われた。「スペース21」とは反原発、沖縄問題、日朝、日韓連帯の活動、非正規労働者支援などを行なっている市民団体だ。この団体を担っている友人からメールで集会参加の要請があった。最近は何処の集会でも個別的な誘いなどはない。団体のホームページを見て、行きたければ勝手に行くという風になっている。また集会に行った時に受けとったチラシを見て関心があれば行く。

反原発の集会やデモがかなり頻繁に行われているのは知っていたし、経産省本館横で9/11から原発反対テントひろばを設置し、24時間体制で泊りこみ、交流、議論、行動の場になっている。気にはなっているが屋外の集会やデモがほとんどなので体調的になかなか行く機会がない。たんぽぽ舎の柳田真さんの講演があるというので夜の外出は体調的に厳しいと思ったが出かけることにした。

第1部は総会、議案審議が行なわれる。第2部が講演会である。1時間の講演とその後30分の質疑応答の時間が用意されている。講演内容を要約して報告する。

講演: 「福島原発事故1ケ年と今後の方向」柳田真(たんぽぽ舎共同代表)
―今後どうしたら原発を廃止できるか、正念場の2012年、2つ目の大惨事を防ごう―


1、最初に原発を理解するための基本資料が紹介された。
1)「源八おじさんとタマ」You Tubeでシリーズ6まであり、原発推進側の言う嘘を漫画動画で表現している。①原発がなくても電気は足りる、②原発は様々な過程でCO2を排出する。CO2が温暖化の原因であるという説の問題点。③放射性廃棄物の処理が出来ない。④多くの原子力発電所が活断層の上にある。⑤津波の危険。⑥原発建設基準は安全性よりもコストによって決まる。
2)「フクシマで明らかになったこと」(2011年5月柳田氏執筆)
3)「本当に環境にやさしい電気とは?」(環境とエネルギーを考える研究会編、大竹財団発行)のパンフレット。
①原発はCO2を出し、放射性廃棄物を残す。②原発の問題点、地震、事故、放射性廃棄物。③原発分がなくても日本の電力は足りている。④それでも原発を推進するのはなぜ?⑤再生可能エネルギーを
4)「原発がどんなものか知ってほしい」(平井憲夫著・20年間原子力発電所の現場で働いていた1級プラント配管技能士)

2、「フクシマで明らかになったこと~原発の本質、推進派の構造、メディアの大問題、今後の希望~」
講演は彼自身が執筆した文書に沿っての話しから始まった。
1)原発4基が過酷事故、続く深刻な事態、
現地の敷地内では原子炉本体、発電関連設備の電源がなく、陸地、海とも放射線モニーターがない。1号機・水素爆発、2号機・格納容器破損(放射能放出)、3号機・水素爆発、4号機・大火災・ウラン燃料破損。

2)事故の原因は原発を推進してきた「原子力村」にあり

原子力村とは原子力利権帝国
①東電・電力会社、②原子力保安院・安全委員会、③政府・官邸、④専門家、⑤財界、⑥報道、⑦過酷事故を無視した裁判官
住民の危険性への指摘を無視したため事故は起こった。原発事故後の対応が後手に回り、最初に廃炉を決意して対応しなかったため事故が拡大。今回は2重の人災である。

3)原発(原子力)の本質は放射能問題(汚染問題)
セシウム137やヨウ素131、ストロンチウム90などは体内の臓器や骨などに止まり放射能を放出し続ける。内部被爆でがん、白血病の原因になる。空気と土地と食べ物が何百年以上も放射能汚染され続ける。

4)事故の本質から見る「今後の見通し」

①福島原発4基がもっている放射能はチェルノブイリの3倍といわれている。チェルノブイリを上回る放射能放出の可能性がある。
②今後福島原発を襲うかもしれない余震、地震。
③現地作業員の累積被爆が拡大し、制限オーバーで現場で働ける熟練者が減ってくる心配。
④食品摂取基準の改悪が心配。東日本を中心に放射能が拡散し食べられる物が減少する。

5)第二のフクシマを発生させるな

気象庁の発表ではM7級(阪神大震災クラス)の地震、余震の発生が今後ありうるとしている。日本は1995年阪神大震災以来、地震活動期(活発期)に入ったようでもしM7級の地震が起こった時、日本の原発は耐えられるだろうか。第二のフクシマを発生させないため、今後全ての原発を停止すべきだ。第二のフクシマが発生したら日本はもつだろうか。

6)原発なしでも電気は大丈夫

これまで原発推進派は火力を半分以上も休ませて原発のフル活動を目指してきた。IAE(国際エネルギー機関)ですら「日本は原子力発電の不足を補うだけの石油火力発電による余剰を有している。日本は2009年には火力発電能力の30%しか使用していない」といった声明を出した。

7)テレビ、新聞の報道のおかしさ、原子力村からの圧力の大きさ
原発事故による放射能汚染のため、復興が支援がボランティアが妨げられている。海に大量の汚染水を流していて世界中から非難を浴びている。それなのにテレビも新聞も、この核心点を報道しない。原発震災という単語も使わない。原子力村の圧力が働いている。しかしその原子力利権共同体構造も原発事故の深刻さを全国民に知れるにつれてほころび始めている。

2011.3.11大震災以前の日本の原発の状況
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3、原発廃止運動の現状・課題

4月には全ての原発が稼動を停止するのに合わせ、原発の全面廃止を求めていかなければならない。しかし野田政権は原発の再稼動や原発輸出を積極的に推し進めようとしている。それを後押しするのが、原子力利権帝国の力だ。電力会社、財界、電気会社、マスコミなどがフクシマ事故の責任を放棄し再び国民を危険にさらそうとしている。

推進派の主張の間違いについて、今回の大惨事で原発の本当の姿が分かった。特に女性の声が大きい。昨年の4月10日の高円寺デモ「素人の乱」は1万5千人が集まった。原発反対自治体議員・市民連盟も結成された。2.11には1万2千人が集まり沿道の反応もよかった。

3.11には福島現地集会や日比谷公園での集会さらに全国的に反原発の集会が行なわれる。反原発の署名活動も行なっており、現在500万人が署名している。また東京都と大阪府で住民投票を行うべく署名運動を行なっている。大阪では既に必要数が集まり、府長に提出している。橋本は自分が原発に反対なのだから住民投票は必要ないと言って行おうとしない。東京では既に必要数を大きく超え30万人以上が署名した。

4、運動の方向性

ドイツでは反原発の30万人デモが行われ、原発推進を掲げていたメルケル首相は運転中の古い原発7基を止めた、今後10年でドイツの全原発を廃止するという答申が出されている。日本でどのようにしてドイツのような厚い層の人々、活動者群を作るのかが問われている。電気料金値上げ論の傲慢さ、インチキを許すな。福島の運動とどう連携していけるのか。

反対運動の点検、総括、方向性としては
・ 原発の捉え方
・ 即時廃止か段階的廃止か
・ 代替論は必要か・自然エネルギー論
・ CO2温暖化論の果たした悪影響、間違い
・ 地域に根ざした運動を作る運動・組織論
こういった問題を論議しながらも共同行動を積み重ね、広範な大衆運動として反原発闘争を推し進めていかなければならない。

■ 『原発がどんなものか知ってほしい』(平井憲夫著)から印象邸な一文を引用したい。彼が泊原発の隣の共和町で講演し質問を求めた所、会場の中学2年の女の子が次のように言った。

「今夜この会場に集まっている大人たちは大うそつきのええかっこしばかりだ。私はその顔を見に来たんだ。今の大人たちは、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子供たちのためと言って運動するふりばかりしている。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子供が生まれる確立が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私子供を生んでも大丈夫なんですか?」と。

泣きながら300人の大人たちに聞いているのです。でも誰も答えてあげられない。「たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。私が大人で子供がいたら命がけでから打を張ってでも原発を止めている。」彼女は泣きながら訴えた。

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がん治療とは長く細い道を辿ら
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望があると信じながら。

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