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映画 『トウキョウソナタ』

7月30日(木)
『トウキョウソナタ』この映画は、どこにでもあるような線路沿いの小さなマイホームで暮らす4人家族の物語。サラリーマンの父親、専業主婦のその妻、大学生の長男、6年生の次男の4人が一つ屋根の下で暮している。その何でもない日常生活が次第にほころび始める。淡々と何事もなく流れる日常の中にある心の闇が現れてくる。

n_614zmbj4516ps.jpg 父親: 健康機器メーカー、総務課長として働く佐々木竜平(香川照之)は、人事部に呼び出され、リストラを宣告される。そのことを妻(小泉今日子)、恵に言い出せなかった。翌日から、会社に行くフリをして、毎日ハローワークへ通っていた。昼は野宿者のための炊き出しの列に並び、公園で時間を潰し、いつもと同じ時間に家に帰る生活を続ける。

現代社会の誰にでもいつ起こる分らないリストラ、失業、就職難に遭って右往左往しながらも家庭では権力を維持しようとする主人公の矜持と自己矛盾が家族をばらばらにしていく。

やっと、地元もスーパーの清掃の仕事にありつく。ある日、トイレ掃除をしていた時大金を拾う。それを持って出て来た所、妻の恵とばったり会う。彼は動揺し、仕事場から走り出し、途中交通事故に合い、道端で気絶したまま一晩過ごす。

母親: 妻恵は、普通の主婦だ。何の不満もないような生活をしている。折角作ったドーナツを誰も食べてくれない、ということから家族のあり方に何かを感じ始めていたのかもしれない。ある時、夫が公園の炊き出しの列にいるのを見て彼がリストラされた事に気がつくが、それを夫に言うわけではない。

ある時強盗(役所広司)に入られ、人質として行動を共にして行く時に、ビル清掃の仕事をしている夫とばったり会ってしまう。その後強盗は、彼女を解放するが、一緒に車を運転して海に向かう。何の問題も抱えていなかったような主婦が、突然家出をしてしまうのだ。この行動の中に、恵の心の鬱積が象徴されている。そしてその晩は海辺の小屋で寝入ってしまう。朝目を覚ますと、車と強盗の姿はなく、海に向かって車輪の跡がくっきりと残されていた。

妻、恵の自己表現は難しいだろう。生きることの悲しみと苦しみと喜びが未分化なまま、決して人生を投げている訳でも諦めている訳でもなく、そうではない別の人生をはっきりと感じ取りながらもその方法を模索しているといった感じだ。

長男・貴: 世の中に対して懐疑的な心を持っている。ある日世界平和のためにアメリカの軍隊に入りたいと言い出す。親は反対するがそれを押し切って入隊し、イラクへ出兵する。何ヶ月後、日本に戻った彼は、アメリカに正義などはない、ただの人殺しだ。そういって除隊することを宣言する。

次男・健二: ピアノに特別な才能を持っている。給食費を使い込んでピアノ教室に通う。教師はその才能を見込んで、中学を音楽専門学校に入れることを親に推奨する。しかし父親は頑としてピアノを弾くこと自体を禁止しようとする。もみ合いになって、階段から次男は転落する、大した怪我にはならなかった。ピアノを奪われた感じになり、夜繁華街をさまよっていて補導され、住所氏名を完全黙秘したため一泊留置場に留められる。

次男が留置場から出され家に帰ってみると部屋は散らかったまま誰もいない。しばらくすると母親が帰ってくる。さらに気がついた父親も、お金を何処かのポストに放り込んで清掃員の作業着のまま家に戻る。3人で食事をする。父親の姿にはもはや権威や意地や見栄などはなく家族の一員として食事をする姿があった。

最後は次男の音楽学校入試の自由選択曲の演奏場面となる。両親が参観に来ている。次男はドビュッシーの「月の光」を弾き始める。この曲がこの物語の締めくくりとして紆余曲折あった家族の心の葛藤を清めるように穏やかに演奏されるのである。

ごく普通に生活していたはずなのに、いつのまにか、ばらばらの不協和音しか奏でられなくなった家族が、もう一度一緒にひとつの旋律を奏で、一つの家族としてまとまっていく姿が、「月の光」の調べの中ではっきりと浮かび上がってくる。

映画の解説に次のように書かれていた。「東京に暮らす、ごく普通の家族がたどる崩壊から再生までの道のりを、家族のきずなをテーマに見つめ直した人間ドラマ。『回路』などで知られる黒沢清監督が、累積したうそや疑心暗鬼などにより、ありふれた家庭を壊していくさまを現代社会を映す鏡として描く。日本が直面している社会問題を、独特の緊迫感でサスペンスフルに描く黒沢の演出に注目。」(シネマトゥデイ)
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テーマ : 思ったこと・感じたこと
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帯状疱疹(2)

7月29日(水)
わき腹が痛み出してから一週間経った。水泡はかさぶたが出来、発疹も収まって来ている。白血球が1.7しかないのだからいつ発症してもおかしくはなかった。免疫力が低下しているから、免疫力で治すわけにはいかない。帯状疱疹の薬バルトレックス1000mgを1日朝昼晩3回服用する。500mgの錠剤を2錠飲むのだが、これがかなり大きいものなかなか飲み込めない。

問題は帯状疱疹神経痛だ。体の左側の胸から腹、背中つまり左側の上半身に絶えず痛みが発生している。1週間前より痛みは強くなって来ている。まだ寝られないというほどではないが絶えず体にまとわり付いている痛みは集中力を著しく妨げる。もっとも集中力を要する仕事をしているわけではないし、日常生活に支障をきたしているわけではないが、痛みは厄介なものだ。

こういった神経痛の痛みに比較して私の場合サリドマイドの神経障害は手足の痺れに止まっている。ベルケード(ボルテゾミブ)の場合は、およそ4割の患者で痺れ等の末梢神経障害が発現しており、そのうち、およそ2割で箸が使えない、ボタンが掛けられない、足下がふらつく、といった日常生活に支障をきたすような重い神経障害が認められる。症状としては以下のような形で現れるが、これに対しては休薬や薬の量を減らすなどで対応していくほかない。

・全身:筋痛または関節の痛み
・手足の先端:しびれ感、ジンジンするような感じ、ちくちく(ひりひり)する不快感疼くような感じ、末梢の冷感、感覚が過敏になった、感覚が鈍くなった(なくなった)、熱い感じや冷たい感じがする
・足(下肢):ふくらはぎや太もものけいれん、電撃痛(ぴりぴり感)、温感減退(お湯などの温度を感じなくなる)、つまずきやすくなる

ベルケードの神経障害の時はガバペンを服用したが、ベルケード療法自体が効果を失ってきて中止になったので、神経障害も徐々になくなっていった。 サリドマイドの神経障害も薬が体内に蓄積するにしたがって徐々に上記のような症状になっていくのかもしれない。

末梢神経障害や疼痛緩和に対する薬として以下上げられているが、ほとんどが対処療法として、痺れや痛みを抑えるものでしかない。

1、ビタミンやサプリメント
・パニオンコーワ錠:ATP(アデノシン三リン酸二ナトリウム)と4種のビタミンB群の同時処方により、血流を増加させ、低下したエネルギー産生を高める。
・ユベラ錠:ビタミンEを補給。血行促進
・ビタメジンカプセル:ビタミンB1、B6、B12を配合した複合ビタミン薬
これらのビタミンは体の神経の働きに深くかかわっていて、養補給で用いる他 ビタミン不足で生じる神経痛や筋肉痛、末梢神経炎(手足のしびれ)などに適応する。
2、抗てんかん剤(ガバペン)
3、抗うつ剤(SSRI・パキシル、三環系・ノリトレン)
4、芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)、牛車腎気丸、
5、オピオイドと呼ばれる部類の鎮痛薬。医療用麻薬:オキシコンチン(長時間作用型・持続痛)、オキノーム(短時間作用型・突発痛)、モルヒネ。

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帯状疱疹

7月25日(土)
2,3日前から、左の脇腹辺りに違和感やぴりぴりした痛みを感じ始めてた。ついに水曜日に点滴したビンクリスチンの影響で末梢神経障害が手足から腹の方まで広がってきたのかと思った。その痛みは時間が経つにつれ腹から背中の方まで広がっていった。

昨日ふと腹を見たら帯状に赤い発疹が出現していた。それで帯状疱疹だということがわかった。帯状疱疹というと皮膚の病気だと思われるかもしれないが、実際問題神経に重大な影響を与える病気なのだ。

帯状疱疹とは、水ぼうそうが治ったあとも帯状疱疹ウイルスは知覚神経の根元(神経節)に居座り、白血球の減少の中で免疫力が低下した時に神経節から生長し神経を伝って皮膚に出てくることによって発生する。帯状疱疹は、1つの神経の支配領域にそって発疹がでてくる。骨の神経を刺激し神経痛のような痛みがある。

発疹自体はあせもの様なもので1週間位で収まるが、神経痛の方は発疹を前後して10日間位主に上半身に痛みを感じさせる。これはウイルスにより炎症が起こり、神経が刺激されるためだ。更に運が悪ければ、帯状疱疹後神経痛というものになり、半年とか1年とかの長きに渡り神経痛に苦しめられる事になる。

最初、帯状疱疹にかかったのは入院中から4ケ月位経った頃で、肋骨が痛くて、医者に相談したが原因が分からず様子を見ようということになった。原因がわからず心配したものだ。夜身体の向きによって、かなり痛みが感じられた。朝になり、腹の周り発疹が出来ており背中にも痛みが広がっていた。朝医者に見てもらったら帯状疱疹ということであった。

その時はすぐ点滴を開始し、皮膚科に行って軟膏を処方してもらった。10時、18時、2時の1日3回点滴投与する。点滴薬はビクロックス500mgを100mlの生理食塩水に混ぜた物を使用する。軟膏はパラミシン軟膏である。軟膏自体は発疹が崩れて広がったら付けてくれと言う指示を皮膚科の医者からもらった。

帯状疱疹は、抗がん剤で免疫力の低下が常態化している患者にとって一番身近な感染症だと言えるだろう。移植の時には前処置の2,3日前から帯状疱疹予防薬ビクロックス(ウイルスのDNAの複製を阻害することで効果を示す。単純ヘルペスウイルス感染症の発症抑制)250mgの点滴を10時、18時、2時の1日に3回行う。夜中の2時に点滴薬を追加するのだ。何も2時にやらなくてもいいと思うが、点滴を追加する時必ず目が醒めてしまう。それでなくても中々寝られないのに。これは点滴針が抜かれるまで行われる。その後はバルトレックスの500mg錠剤を1日3回かなり長期間服用することになった。

帯状疱疹の一番の問題は帯状疱疹後神経痛に悩まされるということだ。発疹が消えた後全く神経痛の影響を受けない人もいる。最初帯状疱疹になった時には、発疹は1週間ほどで治ったが神経痛が残ってしまいそれも徐々に強まっていった。

今までは不快感だけだったが強い痛みを伴って来るようになった。電気がはしるようだ、 焼けるような痛みとか、ピリピリする痛みなど色々表現されているがともかく痛くて、昼間も夜の神経がそちらの方に行ってしまい何も出来なくなってしまう。「障害された神経が再生する過程で機能異常を起こし、これがさらにより中枢の機能異常を起こし痛みを実現させていると考えられている」と医学書には書いてあったが、適切な治療法はなかなかなさそうだ。

夜寝られない位の痛みがあったので、最初は痛み止めのカロナールと睡眠薬のマイスリーを貰っていたが、あまり効果がない。次に鎮痛湿布薬(モーラステープ)を貰って貼っていたが、少しはいいが気休めのような気がして他の方法を打診する。医者は今度は抗うつ剤のテグレトールを処方した。しかしこの薬は強力で、飲むとふらふらしてしまい1日中ぼぉーっとしている感じになり日常生活に支障をきたすので、もう少し弱い薬ということでパシキルの変えてもらった。同時に病院のペインクリニックに行って神経ブロックを最初は週2回、後からは毎日行った。

神経ブロックとは、痛みの原因となる神経線維の末梢神経や交感神経節に対し、局所麻酔薬を浸透させることで神経そのものの機能を一時的に麻痺させ、交感神経を抑制し痛みの伝達をブロックする。そのため脊椎に穴を開け局所麻酔薬注入するのだが、少しでも針の位置がずれると直接脊椎の周りにある神経に触れて、電気ショックのような激し痛みを感じる。そうならないかと思うとかなり緊張する。

結局ペインクリニックでの治療を4ケ月位行い、神経ブロックが効果を上げたのか、時間が解決したのかわからないが、痛みを感じなくなるまでに半年もかかった。帯状疱疹は今回で3回目だが神経痛が残らないように願うほかない。

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定期検診の日

7月22日(水)
2週間一度の定期検診の日。血液検査の結果は以下の通り。

検査結果 
 IgM    1487(7/22)←1575(7/8)←1242(6/25)←1456(6/11)
 白血球   1.7←5.0←1.9 
 血小板   14.7←15.4←14.4
 ヘモグロビン 9.8←10.1←10.2

2週間前に静注したビンクリスチン(オンコビン)の効果で今回IgMは再び減少した。IgMは下がって上がってまた下がったという繰り返しだ。つまりビンクリスチンの効果は2週間しか続かないということが分った。効果を上げている限り、ゾメタとビンクリスチンの点滴は2週間に一度やらなければならない。ベルケード(ボルテゾミブ)のように21日の1クルーの間に4回点滴に通うよりはいいがやはり負担に感じることは確かだ。

今行なっている療法はサリドマイド100mg/毎日+デキサメタゾン(デカドロン)40mg/月4日+ビンクリスチン1mg/2週間に一度というものだ。サリドマイド+VADの奏効率は100%に近いという統計数値があったが、今の療法にVADのアドリアシン(ドキソルビシン)をプラスすれば効果は高まるのは確実だと思うが、白血球数が現状のように低くてはとても使えない。

ビンクリスチンの副作用として以下の項目が上げられている。
(1)運動性ニューロパチー(注)(筋麻痺,運動失調,歩行困難,けいれん,言語障害など)、感覚性ニューロパチー(知覚異常,しびれ感,神経痛,疼痛など)、下肢深部反射の減弱・消失などの末梢神経障害がおこることがある。(注:末梢神経の正常な伝導が障害される病態。)
(2)汎血球減少,白血球数減少,血小板減少,貧血などの骨髄機能抑制がおこることがある。
(3)食欲不振,悪心・嘔吐,著しい便秘などの腸管麻痺がおこることがあり,麻痺性イレウス(腸閉塞)に移行することがある。(「gooヘルスヘア」より)

入院中VAD療法を4クルー行ったが、その時ビンクリスチンの副作用として看護師に言われたのは便秘と、手足の痺れだった。確かに便秘気味になってマグミットを服用しながらしのいだ。その時は末梢神経障害の兆候は現れなかった。

サリドマイドの副作用について「多発性骨髄腫の診療指針第二版」には次のように書かれている。「副作用の中で、末梢神経障害が最も多く、投与期間が12ヵ月を超えると、70%の患者で出現すると言われている。通常手足指から始まり、躯幹近位部に拡大する。発現後早期に休薬すれば回復することが多いものの、中止せずに継続すると不可逆的となることがある。便秘は50%の患者に見られ、高齢者では早期に出現する、重篤な場合がある。」

サリドマイドを使用してから既に16ケ月経っている。手足の痺れは少しずつだが強まっているのは事実だ。足の裏全体に何かが張り付いているような違和感があり、手の指先が痺れている。こういった状態でビンクリスチンが追加された場合どうなるかが問題だ。また便秘に関してもサリドマイドとビンクリスチン両方とも影響を与える。十分な注意が必要となるだろう。

ベルケードは効果がなくなってきたから中止になったが、その頃にはかなりの全身の痺れ・痛みが生じそれを抑えるためにガバペンという抗てんかん剤を処方してもらっていた。また血小板の減少が激しく、治療を中断せざるを得なかった事もある。

今回、サリドマイドとビンクリスチンが同じ副作用をもたらすもので、その相乗作用で症状が重くなる可能性もある。そうなるとこの療法は中止せざるを得ない。そしてその判断は私自身に委ねられている。まだ手足の痺れは日常生活に影響を与えるまでに行っていない。QOLを損なうまでには至っていない。今の療法が効果を上げている限り、続けたいのは山々だが、末梢神経障害が不可逆的となりうるのでどこかで見極めなければならない。難しい判断だ。

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TOKYOウオーク2009・東京湾岸エリア

7月18日(土)
TOKYOウオーク2009の大会も4回目となった。2回目から参加した。2回目の代々木公園エリアと、3回目の浅草エリアに参加したら、どうしても次も参加したくなる。旅行帰りで疲れが残っている気がしたが、第4回大会・東京湾岸エリアのウォーキングに出かけた。

ウオーク2009東京湾岸エリア044_convert_20090721200003 辰巳の森海浜公園の会場

天候は曇りでそれ程気温は上がりそうもなかった。スタート会場の辰巳の森海浜公園は、有楽町線辰巳から5分ほど行った所にある。いつものようにCコースを選択してゼッケンを付け歩き始める。今回は7.4kmだ。

ウオーク2009東京湾岸エリア041_convert_20090720114714 東京辰巳国際水泳場

最初に目に付いたのが奇妙な円いお椀を2つ並べたような建物で、東京辰巳国際水泳場である。湾岸道路に出て、あけぼの運河の水門を見ながら、夢の島公園に沿って進む。湾岸道路に沿って夢の島緑道公園があり、往きは湾岸道路を歩き帰りは緑道公園の中を歩いていく事になっている。夢の島公園に沿ってひたすら進む。

Bコースは荒川河口橋を渡るのだが、Cコースは橋を右折して、新木場緑道公園に向かう。この公園は荒川に沿って作られていて散歩やジョギングなどに最適だ。川を眼下に見ながら川風を受けて走るのは気持ちいいだろう。ここで丁度半分の距離を歩いた事になる。

ウオーク2009東京湾岸エリア019_convert_20090720114627 新木場緑道公園から荒川を見る

湾岸道路をくぐると、今度は夢の島緑道公園と名前が変わる。新江東清掃工場の新しく壮大な建物の脇を湾岸道路に戻るが、今度は湾岸道路に沿って作られている夢の島緑道の林の中を歩く。車がひっきりなしに走る湾岸道路の歩道を歩くよりよっぽどいい。

夢の島公園の入口から中に入る。この公園を一周することになる。途中第5福竜丸展示館があり、多くのウォーキング参加者が寄って見学して行く。「第五福竜丸」は、昭和29年(1954年)3月1日に太平洋のマーシャル諸島にあるビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験によって被害を受ける。乗組員23名は全員被爆し、その後長期の放射線症状に苦しめられる事になる。船は被爆後練習船に改造されて東京水産大学で使われ、1967年に廃船になったが、原水爆による惨事がふたたび起こらないようにという願いをこめて、展示館を建設し保存されている。

topimage_convert_20090720192809.jpg 保存され展示されている第五福竜丸

夢の島公園の公園部分から、橋を渡り競技場の方に行く。野球場や運動広場などがあり、夢の島競技場では、中学生の陸上の大会が行われていた。再びあけぼの運河を渡り、辰巳国際水泳場の脇を通り、ゴールの辰巳の森海浜公園に戻って来た。そこで、ゴール印を押してもらい、完歩賞という賞状を受けとり、スポンサーであるライオンからお土産(ライオン製品の試供品)を渡され、第4回大会参加者の当日の全ての行動は終了する。

 DSC_0032.jpg辰巳から有楽町線に乗ると豊洲が次で、その次が月島だ。一度月島のもんじゃ横丁でもんじゃ焼きを食べて見たいと思っていた。時間も1時を少し回った。昼食の時間だ。東京に住んでいるといつでも行けると思い次に行こうと思っているうちに結局行かずじまいになってしまいかねない。

月島で下車して案内表示にしたがってもんじゃ横丁を歩く。もっと狭い路地をイメージしていたが、もんじゃ焼きの店が密集している通りは正式には西仲通り商店街でアーケードがあるかなり広い道路だ。1番街から4番街まであり70軒近いもんじゃの店が軒を並べている。店が多すぎ選びようがないのだが適当に入って念願のもんじゃ焼きを食べることが出来た。家でも食べることが出来るがここで食べることに意義があるのだ。

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沖縄旅行8日目・帰京

7月16日(木)
10時50分大原港発、11時30分石垣港着の船で帰る。飛行機は石垣空港を14時10分発だ。西表島は思ったより開けていなかった。石垣島は人口が増えているらしいが離島は減少していると聞いた。観光地図を見ると店が密集して繁華街のように思えるが、実際には上原港周辺でもスーパーが1軒と、食堂が2、3軒あるだけで後はレンタカーの店と民宿がポツンポツンと離れて存在している。

港から100mも行けば道の両側はマングローブの林になる。車もあまり通らないし、人通りもない。閑散とした雰囲気だ。地方都市の無人駅に降りた感じだ。船が着いた時だけ出向かえの人も含めて賑わうが、10分もすれば潮が引いたように静かな元の状態に戻る。あたかも観光地ですといった派手な演出が港周辺に張り巡らされてるようなのは気に入らないので、かえって田舎町風の落ち着いた雰囲気は好ましく感じる。

石垣・西表108_convert_20090720110532 大原の交差点

大原港は、西表島の観光バスの発着場として、朝と夕方賑わうがそれ以外は静かだ。また大原の町はスーパーが1軒あり、郵便局もあるが、住宅街のように思える。人通りもまばらだ。

10時30分頃港に着いたが、観光バスは全て出発した後で静かだった。Y氏は沖縄に行ったらグルクン(たかさご)を食べたいと言っていたが、中々その機会がなかった。昨日の夕食にグルクンの唐揚が出たので目的は果たせた。

波は穏やかで40分の船旅は快適だった。旅に出ると飛行機に乗り、船に乗り、バスに乗り様々な乗り物を利用する。乗り物に乗ること自体旅の面白さの一つだろう。単に移動の手段ではなく、移り変わる風景を楽しむのもいいし、乗り物の持つ独自の振動や乗り心地を味わってもいい。

石垣・西表244_convert_20090720084437 石垣港

バスターミナル付近で昼食をとり、石垣空港に向かう。14時10分石垣空港発15時那覇空港着、16時10分那覇空港発18時30分羽田空港着の便で東京に戻って来て、旅行の全工程を終了した。最初からあまり計画しないで行き当たりばったりで旅行するのもまた楽しいものだ。

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沖縄旅行7日目・南風見海岸

7月15日(水)
大原近辺で泳ぐとしたら、南風見(ハエミ)海岸しかないと民宿の主人に言われた。民宿からだと6kmある。バスを使ったとしても終点豊原から4kmあるから歩くのは無理だ。港にレンタサイクルをやっている所があるからそれを利用したらいい、と言われて港に行ったが、貸自転車屋などあるわけはない。港の売店の人に聞くと大原には貸自転車屋はないとあっさりと言われてしまった。

大原港には観光バスが、7,8台並んでいる。石垣島からの船が着き、降りてきた人が次々と観光バスに乗り込む。観光バスで島巡りだったらもう少し涼しい時期の方がいいような気もするがやはり沖縄の観光は夏に限るのだろうか。

港にタクシーが停まっていた。これを利用する他にない、と思ってタクシー乗り場に向かったら他の人に乗られてしまった。港でタクシー会社の電話を教えてもらって車を頼んだ。初乗料金が430円で、迎車料金は取られず、南風味海岸までは1300円だった。歩けば2時間近くかかるところを15分もかからないで着いてしまう。帰りも電話することを運転手に言って、車を降りて海岸に向かった。

石垣・西表009_convert_20090717210438 南風見海岸

何キロも続く海岸線が目の前に広がる。マイカーの人が時々どんな海岸なのか様子を見に来る位で、泳ぎに来る人は全くいない。海岸の中央の小高い所にコンクリート製の休憩所がある。日陰を確保するのに丁度いい。傍にシャワー設備があったが水は出なかった。他に一切の海水浴場としての設備はない。

この島の海は全てそうだが遠浅で、海底は白い砂地となっている。沖へ向かって泳ぎ出す。珊瑚礁はほとんどない。海底のかなり広い範囲が海草で覆われその上を泳いでいると、あたかも緑の牧場を上から眺めているような気がする。今日で、海で泳ぐのも終わりだし、今後いつ海で泳ぐ機会があるか分らないと思って、思い残すことがないように泳いだがそれでも限界はある。

石垣・西表006_convert_20090717210311 休憩所から浜を望む

1時を過ぎ、お腹もすいてきたので民宿に戻る事にした。しかし2件のタクシー会社に電話したが空車がないと言われてしまった。しばらくしてまたタクシー会社に電話しようと、ともかくも豊原方面に向かって歩き始めた。

最も暑い時間、炎天下のアスファルトの照り返しの道をへたをすれば2時間近く歩かなければならないその一歩を踏み出した。沖縄の映画でバックパッカーが昼下がりの炎天下、車が全く通らない広い舗装道路をとぼとぼと歩くシーンを見たことを思い出した。道は十分に整備されているが交通が不便だということを表現していたのだろうか。車が2台位追い越していった。さすがヒッチハイクをする年齢でもない。道の両側はサトウキビ畑、取り入れの終わった畑、雑草の生い茂った野原が続き、木が全く生えておらず日陰がない。

30分ばかり歩いてやっと日陰にありついた。そこで休憩を取り、もう一度タクシー会社に電話した。かなり待たされたが、有り難い事に今度は車が見付かった。15分ほどで車は到着した。大原港の民宿まで10分もかからなかった。普段携帯電話はあまり使うことはないがこの時ばかりはその有り難味を知る事になった。西表島での最終日は、南風見海岸での遊泳で終わった。

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沖縄旅行6日目・浦内川ジャングルクルーズ

7月14日(火)
2日間上原港付近の民宿に泊まった。後2日は大原港周辺の民宿に泊まろうということで、大原港から歩いて3分の所にある「あずま旅館」という民宿を予約した。

今日は西表島で最もオーソドックスな「浦内川観光-マリユドゥ、カンビレーの滝コース」に行く事にした。35年前西表島に行って、マングローブの生い茂る川を遊覧船で上った記憶はあるが、それが浦内川だったか、大原の方の仲間川だったか覚えていない。滝を見た記憶もない。

石垣・西表036_convert_20090717210635 ヒルギの林

浦内川について、観光案内には次のように書かれている。「沖縄県で最長の川である浦内川の流域は亜熱帯の植物や生き物たちの宝庫でもあります。浦内川観光では浦内川の大自然の中をみなさんにご案内しています。マングローブの林やジャングルの森、西表島の秘境の中へ足を踏み入れてみませんか。」

遊覧船の出航時刻は決まってはいるが、団体客が来ればすぐ舟を出す。遊覧船で上流へ約8kmジャングル・クルーズをする。川岸にはマングローブ林が続く。マングローブとは熱帯や亜熱帯の遠浅の海岸沿いの砂泥地に海水の塩分濃度に耐えうる樹木が多数集まってつくる樹林をいい、紅樹林ともよぶもので、浦内川のマングローブを構成しているのはヤエヤマヒルギ、メヒルギ、オヒルギ等のヒルギ科の木々だ。

軍艦岩の船着場で下りて、山道を30分ばかりトレッキングをしてマリユドゥの滝が遥か遠方に見える展望台に着く。本来ならそこから滝壺までの道があるのだが、通行止めになっていた。さらに15分ほど歩くとカンピレーの滝に着く。マリユドゥとは“丸いよどみ”という意味で、本来はマリユドゥの滝の滝壺の大きな淵のことを指す。また、カンビレーとは“神の座”という意味だ。

石垣・西表064_convert_20090717210820 マリユドゥの滝 

石垣・西表072_convert_20090717210859 カンビレーの滝

帰りは同じ道を戻る。歩きの所要時間は往復1時間半位だ。遊歩道はきちんと整備されている。最近の雨でぬかるんでいる所があるが、スニーカー程度でも十分だ。靴に問題がある人には遊覧船の発着場で長靴を貸してくれる。

山道を歩いている時に、案内人を付けたグループがいて、ある樹木を見ながら説明を聞いていた。他の木につるを巻いて動けなくさせる「シメゴロシ」という。絞め殺しという名前がすごい。巻いた木と共生するのではなく、養分を吸い取ってしまうらしい。

石垣・西表058_convert_20090717210732 シメゴロシの木

14時、白浜港から来た路線バスは浦内川に着き大原港に向けて出発する。大原港着は15時15分だ。このバスは白浜-豊原間を1日6往復する。西表島の西から北を回り東沿岸を巡るバスの旅といった雰囲気だ。ずっと海沿いを走り、風光明媚な西表島の自然を、車窓から十分満喫できる。大体このコースに西表島の名所は存在する。

白浜発で、浦内川(遊覧船・マリユウドゥの滝見学)、星砂の浜、船浦(海中道路)、西表島温泉、由布水牛車乗り場、大原(仲間川マングローブクルーズ)そして目的地の大原港に着く。ほとんど車のいない道路をバスはかなりのスピードで飛ばしていく。

温泉や水牛車乗り場には入口までバスを着ける。水牛車乗り場はかなりの人で混んでいた。何台かの観光バスが並んでいた。石垣島を朝出発して日帰りで西表島を巡るツアーがあって、大原港から観光バスに乗って見所を回るものだ。そのコースは様々あるが、大体水牛車での由布島巡りは含まれている。

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沖縄旅行5日目・白浜港、星砂海岸

7月13日(月)
泊まった民宿は「いるもて荘」という所だった。宿は民宿タイプからユースホステルタイプ、個室でバス・トイレ付きまで色々ある。この民宿は高台にあり、建物の正面に芝生の庭が広がっている。また建物の周辺は芝生に覆われている。芝生の栽培販売を行なっているようだ。芝生に囲まれていると何故か豊かな気分になる。

石垣・西表019_convert_20090717210534 いるもて荘の前庭

芝生の庭にはガーデンチェア・テーブルなどが置かれ、木陰で本でも読みながら何日間か滞在しゆったりとしたリゾート気分を味わえるのではないか。前庭の芝生の広場から眺める景色は格別で、海が眼下に広がりバラス島や鳩間島が見渡せる。なかなか気持ちのいい環境の中にある。

西表島、最初の日何処に行こうか。Y氏が観光パンフレットで探してきた「船浮集落」に行ってみたいと言ったので即決まった。民宿のある船浦から上原港を通り、西表島の道路の末端・陸路の終点である白浜港までバスで行く。白浜港から船浮集落まで一日4本しか出ていない船で移動しなければならない。船浮は西表島の西端に位置する人口50人ほどの集落で他集落から道路が通じておらず、「陸の孤島」ならぬ「離島の中の孤島」という所だ。

民宿の近くの船浦から白浜までは30分ほどかかった。西側の海岸線をひた走る。途中星砂海岸で何人かが降りた後はバスの乗客は我々だけになった。予定としては10時55分の船に乗って船浮に渡り、12時50分の船で戻ってこようと思っていた。

石垣・西表120_convert_20090719082040 白浜港

船を待っている間段々と空が曇り始め、雨がばらつき出した。風も強くなってきて、波頭が白く砕ける。10時55分に船浮からの船が到着した。船長は「この船は船浮行くが、白浜に戻ってこられるという保障はない。明日船が動くとも断言できない。船浮集落に宿泊する人なら乗ってもいいが、それ以外の人は戻れなくなる可能性が非常に高い」と言った。へたをすると2,3日足止めを食うかもしれない、と言われて戻ろうと思っている人で乗る人はいない。結局2,3日宿泊する予定の2名を乗せて、荒波の中を船は出港した。

次のバスの時刻が13時なのでそれまで全くやることがなくなってしまった。白浜レストランというしゃれた名前の店があったので、そこで食事をしようと思ったが営業していなかった。12時からならやるのか、シーズン以外はやらないのか分らない。

雨は風を伴い激しさを増してくる。白浜港周辺で唯一開いている雑貨屋があったのでそこに駆け込んだ。何も頼まず雨宿りという訳にもいかず、昼食のためでもあるわけだが、お湯を沸かしてもらいカップ麺を食べる事になった。

やっと13時になってバスは出発した。路線バスは「ニラカナイ」というリゾートホテルの玄関口まで車を付ける。このホテルは、那覇や石垣のにある欧米調の高層ホテルと違って、いわばバリなどのホテルをイメージしたアジアンテーストの低層階の建物が何軒か林の中に自然と一体となって作られている。月ガ浜ビーチに面していて海水浴にも適している。2004年に出来たそうだが西表島の質素なイメージが若干崩れて行く様なホテルの佇まいだった。

帰りのバスの通り道でもあったので星砂海岸で下車した。一日フリーパスが1000円で発売されていて乗り降り自由、一日何回でも使えると言われて買ったのでそれを利用したというわけだ。

石垣・西表132_convert_20090717211049 星砂海岸

星砂海岸(星砂の浜)は名の通り海岸の砂に星の形をしたものが多く含まれているということで名付けられたそうだが、なかなか見付かるものではない。手の平を砂につけて付いた砂の中に2,3個あればいい方だ。土産物として壜で売っているがあれだけ集めるのはかなり大変だろう。

星砂海岸は、上原周辺に海水浴場がないということもあって、子供づれの家族が来ていたり、ツアーで回って来ている団体客が来たりとなかなか出入りが激しい。入り江になっていて波もなく、珊瑚や魚を見ることが出来るので、シュノーケリングには最適だ。泳ぐ場所が限られているので混みあっているといった状況にもなる。ここで2時間ばかり泳いで帰路に付く。

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沖縄旅行4日目・米原ヤエヤマヤシ群落

7月12日(日)
なるべく太陽に当たらないようにしていたが、やはりかなり紫外線が強かったのだろう、背中がひりひりする。今日は泳ぐのを止めよう。これ以上焼くと後で痛い目に遭う。

波照間島に行く事にした。民宿も予約した。15時30分石垣港の離島ターミナルから出航する。一日3便ある。安栄観光の船は12名乗りですぐ一杯になってしまう。波照間海運の船は70名乗りの高速艇である。

午前中Y氏は泳ぎに行き、私は米原ヤエヤマヤシ群落を見に行く事にした。レンタサイクルを探したがなく、バスで往復する事にした。川平からバスで15分位の所にある。バスの乗客は往きも帰りも私一人だけだった。1日4,5本しかないバスは中々利用しづらい。

石垣・西表171_convert_20090717211255 米原ヤエヤマヤシ群落入口

米原地区に群生するヤエヤマヤシは八重山諸島のみに自生する一種一属の珍種のヤシで国の天然記念物に指定されている。バス停のすぐ脇が入口で、観光バスやマイカーで来た人で賑わっている。ヤシの群落に足を踏み入れると、亜熱帯ジャングルを思わせる森が出現する。5分位で行き止まりになり引き返すことになる。森を横断する道は何故か閉鎖されていて通行止めになっている。確かにヤシはあるがそれが珍種のヤシであるかどうかの判断は難しい。

石垣・西表147_convert_20090717211200 ヤエヤマヤシ

ヤシの群落から、3,4分離れた所に比較的新しい、コンクリート打ちっぱなしの3階建ての近代的建物がある。各階のベランダの柵はガラスで出来ているといった凝った造りになっている。それがヤシ記念館だ。3階が展示室だが、壁面とガラスケースの中に若干のヤシに関する展示がありあまり見るべきものはない。

だた、そこから屋上の展望台に登ると、広角の眺望が開ける。裏山にはヤシの群落が生い茂り、前面は川平湾から、浦底湾まで東シナ海の海を遮ることなく見渡すことができる。階段の踊り場にあるアームチェアに座って自動販売機のコーヒーでも飲みながら景色を眺めていると飽きることはない。帰りのバスの時間を気にしつつヤシ記念館を後にした。

石垣・西表159_convert_20090719082729 ヤシ記念館展望台から川平湾方面

離島ターミナルには14時30分頃着いた。安永観光の船は定員12名だから既に予約で一杯だった。一方波照間海運の船は欠航だということだ。朝の天気予報では波浪注意報が出ていた。しかしまさか欠航になるとは。

一泊石垣市内に泊まって明日波照間に行くか、行き先を変更するか考えた。明日波照間行きが出航する保証はない。波照間をやめて離島の中で一番安全な西表島に行こうという事になった。西表島なら上原港にしろ大原港にしろ1時間に一本出ているし、よっぽどのことがない限り出航するので帰りも安心だ。他の離島だと行けたとしても戻って来られなくなりかねない。格安パックだから指定された飛行機に乗らないと他の飛行機への差し替え出来ない。

石垣・西表177_convert_20090718193324 石垣港を出航・波高し

波照間行きを諦め、民宿をキャンセルし、今度は西表島の民宿を探して予約した。上原港から車で3分とあった。16時発の鳩間経由西表島上原港行きの船に乗った。やはり波は高く、船は激しく揺れる。最初デッキにいたが雨が降って来て、波の水しぶきがかかるので船室内に退散した。港には民宿の人が迎えにきており無事たどり着くことが出来た。

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沖縄旅行3日目・底地ビーチ

7月11日(土)
午前中は底地(すくじ)ビーチに出かける事にした。石垣市指定海水浴場で、シャワー、更衣室などが完備されているそうだ。ハブクラゲ防止ネットも張り巡らされているという。川平公園から2km歩いて30分位だ。泳ぎの前の準備運動のつもりで歩いていくことにした。

しかし30分経っても一向に底地ビーチと記された看板は見えてこない。まだ午前中だというのに、太陽はコンクリートの道路に照り返し熱気を発している。広い舗装道路には人っ子一人おらず、車も通らない。陽炎が地面を揺らめかせている。左右のサトウキビ畑は、風でざわざわと音を立てている。

40分位歩いてから、石垣シーサイドホテルに向かう看板が見えた。このリゾートホテルも底地ビーチに面しているのは確かなのでホテルに向かう。ホテルの周辺には茅葺屋根のコテッジが10数棟建てられている。多分別荘風な造りになっていて自炊も出来るのだろう。

5分ほどで海岸に出る。ホテルの前面は、ホテル専用の海水浴場になっていて、ビーチパラソルが何本か立てられ、いわばプライベートビーチのようなものだ。一定の面積の所がブイに囲まれていて、クラゲ防止ネットが張られている。100mプールの中で泳いでいるようで気分は良くないだろう。

石垣・西表213_convert_20090718090408 市指定海水浴場方面

市の海水浴場は、遥か遠くに見えた。もっと手前で海岸に曲がる所があったはずなのだろうが、一切そういった看板はなかった。海水浴場はやはりブイが浮かべられネットが張られ、その中で泳ぐようになっている。子供たちがその中で泳いでいた。親も安心できるだろう。浜辺にはシャワールームや更衣室などの建物が何軒かあった。広い駐車場もある。何処を曲がればここに到達するのだろう。

シーサイドホテルの海水浴場と、市の海水浴場の中間の木陰に陣取って、泳ぐ事にした。全く人はいない。白い砂が沖まで続いている。珊瑚礁は全くない。沖に向かってひたすら泳いでも、底に見えるのは白い砂のみ。

時々魚が泳いでいるのに出会うが、地味な色のものばかりだ。遠浅で子供たちを泳がせるには絶好の場所だ。岩や珊瑚等なく怪我の心配もない。だが全く同じ海底の光景しか見ることが出来ない。海底は沖に出ても右へ行っても、左へ行ってもひたすら白、白い砂地が続く。水は透明、空は青、白い雲。この単純な色彩の連続。これこそ沖縄の海の美しさ。しかし珊瑚がないとどうしても変化に乏しいと贅沢にも思ってしまう。

石垣・西表221_convert_20090718090021 石垣シーサイドホテル方面

本来こういった誰もいない海岸で、デッキチェアーなどに座り、アイスコーヒーなどを飲みながら日がな一日、本などを読んで過ごすというのが贅沢なリゾートライフというものだろう。そういったスタイルに憧れていながら、実際には無為の時間を持て余してしまう。性格のなせるものだろう。

誰もいない浜辺の木陰で海風に当たりながら昼寝の体制に入ったが30分ともたなかった。結局、昼食時間も大分過ぎたので、この浜には3時間も滞在せず引き上げることにした。帰りは30分位で川平公園まで戻って来られた。午後は、沖縄水産試験場前ビーチの珊瑚礁の海で泳いだ。

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沖縄旅行2日目・川平湾

7月10日(金)
川平湾までのアクセスは、東運輸バスで石垣バスターミナルから川平線で40分、川平公園バス停下車徒歩2分だ。宿泊予定の民宿は川平公園内にある。

川平湾行きのバスに乗る。川平公園のバス停周辺には、グラスボートの乗車券を売っている店が3件ほどある。川平湾の観光のメインはグラスボートと、公園からの湾の景色を眺めることだろう。グラスボートで海底を眺め珊瑚や魚を楽しむのが、通常の川平観光の目的だ。 川平湾は遊泳禁止なのだ。黒蝶真珠の養殖も行っているし、なにより大潮の時など、潮流の速さは激流となるという。

予約してあるのは「公園茶屋」という民宿で、食堂を兼用している。昼には八重山そばを食べに来る人で賑わっている。公園の奥で分りにくいが、一度「るるぶ」で紹介されてからおいしい沖縄そばが食べられるということで人気が出て、バス停周辺にも食堂が幾つかあるにもかかわらず、あえて公園の奥の公園茶屋を探して食べに来る。

公園はさすがに石垣島の最大の観光名所だけのことはあって綺麗に整備され、展望台からの眺めも良く、川平湾が一望でき、その情景は、期待を裏切らない。公園の入口には川平観音堂があり、かなり古くから海の安全祈願のために祀られていたようだ。公園には亜熱帯の植物が生い茂っていて、海からの風と、木陰によって、真昼間でも涼しく感じられる。

石垣・西表257_convert_20090718001832 川平公園から川平湾を望む

石垣・西表232_convert_20090717211530

石垣・西表188_convert_20090717211730

「公園茶屋」で八重山そばを食べながら、部屋の準備が整うのを待つ。川平湾での遊泳は出来ないが、浜を5分ほど行くと、沖縄水産試験場の前あたりの海岸で泳ぐことができるということで出かけた。

その場所は、ダイバー用の船が係留してあって、ダイビングショップや、ダイビング専門の民宿などが、何人かまとめてダイバーたちをダイビングポイントまで連れていくための場所だ。海岸から一定の距離、深くなっている所をグラスボートが通り過ぎる。グラスボートの運航の邪魔にならないように泳げば問題はない。グラスボートの止まっているのは、その海岸の沖合いだ。珊瑚や魚が豊富にいるのだろう。

早速シュノーケリングで潜ってみた。一時沖縄の珊瑚は温暖化とオニヒトデによって絶滅の危機に瀕したといわれているが、最近は様々な努力で復活して来ている。海岸から20mも進まないうちから珊瑚がゆらゆらと揺れているのに出会う。化石化した岩の珊瑚ではなく生きた珊瑚だ。

その周辺には色とりどりの熱帯魚が泳いでいる。「ファインディング・ニモ」で知られている、カクレクマノミがイソギンチャクの触手に戯れるように泳いでいる。水に差し込む太陽光線の明るさが色彩の鮮やかさを強調してくれているようだ。珊瑚にしても魚にしても鮮やかな色を持ったものは水深が浅い所に多い。その限りではダイビングでなくてもシュノーケリングでも十分楽しめる。

同じ民宿に泊まっていた人が、インストラクターを個人的に頼んでダイビングを60歳過ぎた今から始めようとしていた。結構そういう人が多いと民宿の人が話していた。定年退職して何でも新たな経験に挑戦するということはいいことだろう。

石垣・西表269_convert_20090717211843 沖縄水産試験場前のビーチ

水温は暖かく1時間以上海に入っていても全く寒さを感じない。もっと沖に出ればグラスボートが停まっている場所までいけるのだが、船に衝突されることにもなりかねないので適当な所で泳ぐ。海底は変化と起伏にとみ、見飽きることはない。特に珊瑚と魚がいる限り、次々と変わる風景を見ているようなものだ。

3時間ばかり海岸と海の中で過ごし民宿に戻る。夕方、民宿から一歩出ればそこが川平公園だから散歩をするのに絶好の場所にある。夕方の川平湾の情景もまた見応えがある。海の色もそうだが雲の形の変化も情景に大きなアクセントを与えている。

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沖縄旅行1日目・石垣市内

7月9日(木)
朝、サリドマイドを取りに病院に行った。まだ個人輸入分があるのでそれを処方してもらわなくてはならない。医者には9時に取りに行くと頼んでおいた。9時15分前には病院に着いて所定の手続きを終り、医者の署名を待つだけとなった。9時30分になっても呼び出しが来ない。聞いてみると医者がまだ来ていないということだ。

飛行機の出発時間が11時35分で10時50分までには旅行代理店の窓口に行かなければならない。逆算すると遅くとも10時10分前位には病院を出なければならない。9時40分に医者に電話してみた。すると今署名したということだった。10時に薬を受け取り、羽田空港に向かった。よりによってこんな時に薬を処方してもらわなくてもいいのだが、何といっても飛行機を指定できない格安パックだからしょうがない。

モノレールには最近快速があり、浜松町を出ると第2ターミナル、第1ターミナルしか停まらない。快速に乗って少し遅れたが11時少し前にどうにか窓口に到着し、往復の航空券と石垣市での1泊分の宿泊券を受け取った。全てネットで手続きしカードで決済される。

那覇空港で30分ばかり待ち、石垣空港行きの飛行機に乗り変える。15時25分着、石垣島の気温は33度。空港を出るとうだるような暑さだ。東京はまだ梅雨明けしていない。到着口にはレンタカー会社の社員が案内板を持って何人か立っている。こういった島に行くと交通の便が悪いのでレンタカー付きパックを頼む人が多いのだろう。島の何処へ行くにも路線バスは1日に4,5本しか出ていないので小回りよく動こうと思ったらレンタカーが便利だ。

空港からバスで石垣市内の中心部にあるバスターミナルに向かう。宿泊場所はそこから5、6分の所にあるスーパーホテルアビアンパナ石垣島という名のホテルだ。名前は大層な雰囲気だが要はビジネスホテルだ。恐らく通常3000円から5000円位のレベルの格安ビジネスホテルなのだろう。でも今回は朝食付きという所がいい。

石垣・西表245_convert_20090717192745 石垣港周辺

部屋はツインだが2つのベッドがやっと収まっているという狭い部屋だ。寝られればいいのだから文句は言えない。1時間ばかり休憩して、市内の散策と夕食に出かけた。17時過ぎだったがまだ居酒屋の多くは営業していなかった。この辺は今の時期8時でも明るい。開始時間が遅いのだろう。

繁華街は、宿泊場所のホテルがある“ゆいロード”と“市役所通り”の間だろう。石垣市公設市場を中心としたアケード街である“あやぱにモール”に土産物屋や、食料品店が軒を並べている。公設市場といっても、スーパーの食料品売り場と同じだ。石垣牛がブロックで売られていたり、マンゴーなどの果物や、巨大な島海老が売られている。

石垣・西表238_convert_20090717192419 あやぱにモール

“あやぱにモール”を囲むように飲食店や居酒屋がある。やっている店が少ないのであまり選択の余地はなかったが、何処の店にでも書いてあるが沖縄料理の店に入って夕食をとった。

最近の泡盛はあの独特の強烈な風味が薄れて口当たりが良くなったそうだ。石垣島でのお勧めの「請福」という泡盛を飲んでみた。確かに口当たりがいい。やはり久米川などの昔からの泡盛の方が沖縄で飲むには適しているような気がする。40年近く前に初めて沖縄に行った時に、やはり初めて泡盛を飲んだ時、何という酒だと思ったことを思い出す。今では泡盛もなんということなく飲めるが、その時は強烈な匂いと味とアルコール度数に驚いたものだ。

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沖縄旅行

7月9日(木)
今日から沖縄旅行に行く。昨年も丁度この時期だ。沖縄では梅雨が開けたが、夏休み前でまだ乗り物も宿泊場所も余裕のある時期だ。最近は国内旅行より、海に行くならガアムやサイパンの方がかなり安い。しかし同行するY氏は沖縄が好きなのだ。海外旅行には興味がない。旅行の趣味には気に入った所に何回も行く人と、いつも新しい場所を探して行く人がいるが彼は前者なのだ。

確かに私も、病気を抱える身であるので、国内のほうが安心できる。国内ツアーで行くの場合往復航空券と一泊ホテル付きのパックが安い。ただし航空機の指定は出来ない。一定時間内の指定をすると追加料金をとられる。それでも通常の片道航空料金よりも安い。2日目からは自分で宿を探す。

前回は阿嘉と座間味に行ったが、今度は石垣島を拠点として周辺の島に行こうと思っている。石垣島では川平湾の傍に宿を取った。川平湾は国指定名勝地に選ばれている石垣島でもっとも有名な景勝地で、この海の色は一日の間に七回変わると言われている。石垣島の民宿は確保したがその後どうするかは現地で考えることにしてまだ全く決めていない。西表島や竹富島、波照間島など幾つかのコースがある。

kabira2.jpg 川平湾

スケジュール
7月9日  11:35 羽田空港発
       15:25 那覇経由石垣島着
       スーパーホテルアビアンバナ石垣島泊
7月10日 川平公園内にある川平公園茶屋という民宿に行く
       川平湾で遊泳
       民宿に泊まる
7月11日 川平湾か近くの底地(すくじ)ビーチという海水浴場に行く。
       同じ民宿に泊まる
7月12日~15日 未定、西表島か波照間島に行く
7月16日 石垣島に戻る
       14:10 石垣空港発
       18:30 那覇経由羽田空港着
        

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

定期検診の日

7月8日(水)
2週間一度の定期検診の日。血液検査の結果は以下の通り。

検査結果 
 IgM   1575(7/8)←1242(6/25)←1456(6/11)
 白血球   5.0←1.9←1.2 
 血小板   15.4←14.4←12.4
 ヘモグロビン 10.1←10.2←10.9

IgM値が再び上昇した。ビンクリスチンを6月11日に点滴して、2週間は下降を続けたが、1ケ月は持たなかった。医者はこれからは2週間に一度ビンクリスチンとゾメタの点滴をやっていこうと提案した。

マルクの結果、結局骨髄液は採取できず、病理の方に持っていって見たが駄目だったそうだ。しばらく時間を置いてからまた別の場所からやってみようという事になった。CD20が発現しているかどうか分らずじまいで、リツキシマブが使用できるかどうかは結局不明だった。

白血球値が急上昇したのが不思議だ。体調的には何の問題もない。CRP定量は0.0だし、LDHも201で基準内に収まっている。エンドキサンの影響が薄れてきたのか、昨日から服用を始めたデカドロンが影響を与えているのか分からない。VAD療法をやっていた時には、恐らくデカドロンの大量服用のためか白血球の数値は全く落ちなかった経験がある。今の療法はサリドマイド+VADの変形だから白血球への影響が少ないのかもしれない。

今回の検査の一覧表に、コレステロール関係の数値が掲載されていた。
総コレステロール  263(基準値125~255)
HDL(善玉)コレステロール 62(基準値34~84)
LDH(悪玉)コレステロール 182(70~139)
中性脂肪値 113(基準値30~150)2ケ月前228だったのが減少した。
血糖値 166(基準値60~100)2週間前93だったのにこんなにすぐ上昇するものだろうか。病院に入る前に朝食を食べて、缶コーヒーも飲んだからかもしれない。

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

高山不動尊ハイキング

7月4日(土)
曇り空だが雨は降らないという予報だった。気温もそれ程上がらないようだ。土曜日には毎週のようにウォーキングなどに出かけていたので、週1度の運動を維持しようと思って出かける事にした。

西武線の駅においてあるハイキングマップから比較的楽そうなコースを選んだ。西吾野から不動三滝を経て高山不動尊に向かうコースだ。この間高幡不動に行ったからというわけではないがマップにある山の勾配と距離から判断して、急な登りの少ないコースを選ぶようにしている。

土曜日だからといって混むなどという心配は全くない。最近はハイキングなどはやらないのだろうか、ハイキングコースを歩いていてもめったに人に会うことはない。奥武蔵の山はハイキングというよりドライブで行けるので、歩いて登る人が少なくなったのではないか。

奥武蔵グリーンラインという道路が山の尾根を結ぶように作られている。つまり、苦労してやっと頂上近くに上ってきたら車道があり、休み茶屋にはスカートとパンプスの女性が食事をしているということなのだ。側には広い駐車場がある。また、駅から相当の距離を舗装された道路を歩かなければならない。どのハイキングコースも半分位舗装道路を歩く事になる。こういったことで、昔は奥武蔵の山登りは敬遠していた。とはいっても行き易いので大体のコースは回っている。

しかし今はむしろ、急な山道を登るのはかなりきついので、なだらかな舗装道路の方が歩きやすいし息が切れることもなく、いわばウォーキング気分で歩けるので楽だ。どのみち舗装道路だといっても人や車は全く通らないのだから、静かな自然を楽しむには差し障りはない。

また頂上付近に車道があるので昔はがっくり来ていたが、今はむしろ体調を崩したり、歩けなくなった時にヒッチハイクでもして駅まで帰ってこられるので安心だ。極端な場合、車道がなければ救急隊員が山道を担架を担いで麓まで担ぎ下ろさなければならないが、車道があれば車に乗せるだけでいい。というわけで奥武蔵も悪くはないと思って最近また行き始めた。

最大の理由は家から行き易いということだ。10時頃思い立っても、1時間半位で、山の麓の駅に付ける。どのコースも3、4時間だから夕方にはコースを巡って戻ってこられる。

今回のコースは「高山不動を訪ねる道」という。
西吾野駅→不動三滝(大滝、白滝、不動滝)→高山不動尊→瀬尾→法光寺→吾野駅

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駅から車が頻繁に通る2車線の道路を行く。しばらく行くとそこから分かれて、車がやっと1台通れる位の道に入る。舗装されているので歩き易い。登りだが勾配は緩やかだ。両側は杉林に囲まれ昼なお暗いといった感じだ。道は川沿いにあり川のせせらぎを聞きながら山の雰囲気を味わう。紫陽花が都内よりも遅く今が見頃を迎えている。山道の両側に花を付けている紫陽花を見ると気持ちが休まる気がする。

不動三滝の中で最初に出会うのが、大滝で落差25mあり、三滝の中では最も見応えがあると言われているが、それ程の迫力はなかった。白滝、不動滝を見て、高山不動に向かう。

鬮伜アア荳榊虚蟆・03_edited_convert_20090705152121 大滝

ここからの道がかなり険しい上りとなっている。昔高山不動には行ったような気がする。もちろんその頃は体力があったから、この程度のハイキングコースなどはなんなく早足で登っていったものだ。やはり登りはかなりしんどかった。20分ばかり登りが続く。休み休み登っていったが、一気に登ろうと無理して5分程登り続けたら、急にめまいがした。

入院していた時に同室の患者の人がヘモグロビンが減少しているのに気がつかず、スポーツジムで筋トレをしていたらめまいがして倒れてしまったということを聞いていたので、これはまずいと思って休憩に入った。酸素が十分に体に供給されないのだろうか。

やっと登りきって高山不動尊についた。最初に目につくのが大イチョウだ。樹齢約800年といわれ、樹高は37mに達する。露出した根には乳と呼ばれる気根が垂れ下がっている。土地の人は「子育て銀杏」といい、昔より産後、乳の出の悪い人、乳房の悪い人がこれに祈願すると出が良くなることから、この名がつけられたという。

鬮伜アア荳榊虚蟆・36_edited_convert_20090705153402 大銀杏

高山不動尊(高貴山常楽院)略歴:
654年(白雉5)に開山され、1300年以上の歴史を誇る。成田不動、高幡不動とともに関東三大不動の一つに数えられる名刹である。藤原鎌足の第2子長覚坊上人が東国鎮護のため創建した。平安時代に作られたという高さ2.3m、檜の一木造の軍荼利(ぐんだり)明王立像(重要文化財)や県指定文化財の絹本着色不動明王画像などの文化財を所有する。

大銀杏の前の116段の階段を上ると本堂である不動堂がある。人っ子一人いない境内で古色蒼然とした建物の中に入るのはいささか抵抗がある。この建物は内陣と外陣の境が格子戸で仕切る密教仏堂の特色をそなえているものであると書いてあった。不動堂の中は暗幕で覆われ、中は見ることが出来ない。本尊の軍荼利明王立像は年2回公開されるそうだ。

鬮伜アア荳榊虚蟆・29_edited_convert_20090705152336 高山不動尊本堂(不動堂)

高山不動尊の周りは駐車場などがあり、初詣や、4月15日の火渡りの祭りなどには麓から車でここまで多くの参拝客が上がってくるのだろう。

本堂の境内から、高山不動尊の本坊(庫裏)や鎮守の三輪神社などを見ながら瀬尾の方に下っていく。途中から山道になるはずだがずっと結局吾野駅に付くまで舗装道路だった。1時間半同じような道を歩き続けるのは単調この上ない。しかし道に沿って流れる渓流の風景がかなり変化に富んでいて、それを見ながら歩いている限り飽きることはなかった。

吾野駅に隣接して法光寺がある。武蔵野三十三観音第31番札所で「岩殿観音」がある曹洞宗の寺院である。詫磨浄宏作の「延命地蔵尊 木造地蔵菩薩座像」は県指定重文となっている。また、山門の前には、江戸初期に造顕された「六地蔵尊」が祀られている。

鬮伜アア荳榊虚蟆・61_edited_convert_20090705153858 法光寺・山門と本堂

20分ばかり待って、16時57分の飯能行きに乗って帰った。池袋着が18時10分。起点の西吾野を出発したのが11時30分だったから5時間ばかりのハイキングということになる。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

映画 『劔岳 点の記』

7月3日(金)
学生時代はよく山登りに出かけた。最初は北アルプスに行ったが、ある時南アルプスに行ってからはその自然の美しさに魅せられ、南アルプスの山々に出かけることが多くなった。山は2500mを越えるとその自然は様相を変える。真夏でも、雨が降ると氷雨のように冷たく体温を急激に奪う。また霧が出ると全く道が分らなくなってしまう。苛酷な自然と対面する事になる。

何故山に登るのか、それはやはり山の自然の壮大な美しさだろう。高山植物の咲き乱れるお花畑や、雲海の彼方から立ちの昇る朝日や沈み行く夕日の感動的なシーンなど、まだ目に焼きついているという感じだ。頂上を目指して山を登る、その過程が苦しければ苦しいほど、頂上に立った時の感動は大きい。これは人生にも当てはまるのだろう。映画の主要なテーマである主人公たちの努力と苦労の果てに到達した幸福感と充実感を我々も共感できるということだ。

51d+5__convert_20100507222241.jpg体力的に到底アルプス級の山登りは無理だ。山の風景描写が素晴らしい映画だと聞いたので『剱岳』を見に行った。

この映画の最大の魅力は、CGやデジタル処理で作られた映像ではなく、過酷な撮影を経てまさに命がけで苛烈な山の情景を撮り続けたその映像の数々だろう。人工的には絶対に表現できない自然のあるがままの、雄大の風景描写の連なりが我々の原初の感情を呼び起こし、感動させる。

またサウンドトラックに使われている音楽も風景を引き立てるのに最高の選曲だと思う。ヴィバルディの「四季」を中心としながら、バッハ、ヘンデルなどバロック音楽のストリングスの弦の響きが山々の風景と相乗作用をかもし出しながら雰囲気を盛り上げている。 

映画「劔岳 点の記」のパンフレットに次のように書いてあった「明治40年、前人未踏の山に挑む。日本地図最後の空白地点を埋めるために。日本地図完成のために命を賭けた男たちの記録。ここにあるのは、決して名誉のためではなく、利のためでもない、仕事に誇りをもって挑む男たち。いま、わたしたちが失くしつつある、日本の心の物語である。」この言葉が映画の本質を表現しているだろう。

陸軍参謀本部陸地測量部の測量官である主人公(浅野忠信)が何のためにこんな苦労をしなければならないのかと迷っているときに前任者(役所広司)から手紙が来る「何をしたかではなく、何のためにしたかが大事です」と。また地図について言う「地図とは日本に住んでいる人が自分がどこにいるか、自分の位置を確認するためのものだ」とも言っている。

最後に、測量隊のメンバーが山岳会が剱岳頂上に登ったのを見て、手旗信号を送る。「登頂おめでとう。君たちは仲間だ」と。そのメッセージで今まで測量隊と、山岳会との間のわだかまりも消えて、共に征服困難だと言われていた剱岳の山頂を極めた者同士の連帯間が生まれたのだ。

この映画は、山の風景描写を見るだけでも価値があると思うが、色々な問題提起をしている。生きることの意味を問いかけるものとなっている。

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