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宮部みゆき 『幻色江戸ごよみ』(器量のぞみ)

5月30日(日)
510Y8_convert_20100527181140.jpg 『幻色江戸ごよみ』には12ケ月の季節を辿りながらそれぞれの風物詩をモチーフとし、下町の人情と怪異を折り混ぜながら書かれた12編の短編が収められている。江戸の片隅で、貧しくも精いっぱい生きた人々の喜びと悲しみを、四季折々に辿りながら描いている。

怪異・怨霊なども巧みに取り入れ、人の情を底流としながらミステリータッチで描き、いずれも切なく心暖まる、余情あふれる短編となっている。その中で特に印象に残ったのが第4話の「器量のぞみ」という短編だった。

物語の主人公、お信に縁談が持ち込まれる。大店の跡取りであちこちの娘から人気のある色男繁太郎の嫁にと望まれる。その理由はなんと、娘の顔にその息子
                  が惚れたからだという。どうしても美しいお信を嫁にほしいという。

しかしどう見てもお信は、五尺八寸の大女、しかも力持ちそのうえ、ちっとも美しくない。不器量だと、自分も親も、そしてもちろん近所の人も認めているどうしてこの子を嫁に?と皆が不思議に思っている。そのうえ、縁談の相手先の家族そろってお信は美しいと言う。それは繁太郎の家にかけられた呪いのせいだった。

お信は繁太郎と一緒になり、木屋という下駄屋で幸せな暮らしを続けていた。ある晩、夢の中に幽霊が現れた。幽霊はおくめといい木屋の主人七兵衛に岡惚れしていたが、七兵衛は器量のいいお文を選んだ。

幽霊のおくめは言う「そんなこんなであんまり悔しかったので、祟ってやったのさ。七兵衛さんとお文さんも、二人の間に生まれる子供たちも、綺麗な顔が綺麗に見えず、あんたみたいな不器量な顔が器量よしに見えるようにね。」

話をしているうちに幽霊はお信に祟りの消し方を教える。そして「祟りがとれて、木屋の人たちが元どおりになったら自分がどうなるかそれを考えたことがあるかい?」と最後に言う。

お信は迷った。自分の器量が悪いと悲観し気の病にかかっている繁太郎の妹のおすずとおりんの姿を見るとすぐにでも祟りを消してあげたい気がする。しかし、そのことによって繁太郎から離縁を言い渡され家を出されるだろう、その間で迷いに迷っていった。

しばらくして子供が生まれた。その子は器量よしだったが、木屋の人はまるっきり逆の事を言う。その子が成長し自分を卑下して悲しみ、苦しみ目の前の幸せを取り逃がしてしまうことになるだろう。そう思うと自分はどうなってもいいと決断し祟りを消すため、庭に石灯籠を立て、磨いた鏡を埋めた。

物語の結末は次のように書かれている。
「それでどうなったかって?なあにどうにもなりはしなかった。お信は離縁などされなかったし、今でも繁太朗と仲睦まじく暮らしている。おすずとおりんはすっかり明るさを取り戻した。お信は、木屋の人たちに愛され、大事されているのだ。」

これが宮部みゆきの結論だ。この部分がこの物語を気にいっている理由だ。器量などは相対的なものなのだ。そのことは木屋の家族の者が身を持って体験したことなのである。顔かたちが違っても中身は全く変わらない。

昨日まで醜く見えた顔が、今日は美しく見えるといった事に木屋の家族は直面する。器量がいいとか悪いとかは高々見掛けだけのものではないか、そんな事に惑わされ悩んでいたのかと思い知るのである。そこで顔かたちに呪縛されていた事に気が付くのである。

お信が今まで木屋でやってきた行動、繁太郎への愛情の深さ、義理の父母や妹たちへのやさしさ、また店の手伝い、家事、育児など骨身を惜しまず働いてきたその事を無にすることは誰にも出来はしない。もはやお信は木屋の家族にとってなくてはならない存在であった。むしろ顔が変わった事によって、家族全員がその事に改めて気がつかされたのではないか。美と醜の相対性を表現した物語だと思う。

確かに美人に出会うと最初は注目する。しかし話をして段々その人の性格が分ってくると、その性格が顔よりも重要になってくる。もはや顔は性格の一部になってしまう。その人とどこで人生を共有できるのか、どこが似ているのか、どういった話が共通の話題足りうるのか、そういった事に関心が移ってくるのだ。もはや器量は二の次の問題に後退する。

確かに顔は心を写す鏡である。ひと目で好きになることがあるのは、顔から性格を読み取るとることが出来ることがあるからなのだ。それは美人とかそうでないかは全く関係ない。顔に表れたその人物の全体像への関心である。

物語の中にもこの事に触れた箇所がある。「器量のいい女は得をする。だがしかし、恋を実らせるものはそれだけではない。何かほかのものがお文にはあっておくめにはなかったから、あるいは七兵衛と合わなかっただけということだってあろう。“お文のためならどんな苦労もできる”と言わしめたものが、果たしてお文の器量だけだったのか。」

もしお信の子供が不器量だったら、お信は祟りを解こうと思っただろうか。自分がそうであるように不器量であってもきれいな気持ちを持ち続けることはできる。そして子供に言うだろう「私に似ちゃってごめんね。でも、顔はどうでも、心はきれいでいようね」と。そう考えてやはり祟りを解こうと思っただろう。
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テーマ : 思ったこと・感じたこと
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北区のさんぽみち-4 王子・豊島コース

5月26日(水)
北区観光ホームページの「北区のさんぽみち」のコース巡りを2月10日から始めた。2回目が3月31日、そして今回が3回目というわけだ。病院では何時間も座りっぱなしで過ごさなければならないということもあって、帰りに1時間から1時間半ばかり散歩するのに丁度いいと思ったのだがなか行く機会がなかった。今回は王子・豊島コースで以下の道順で歩いた。

南北線王子神谷駅→庚申観音堂→紀州神社→清光寺→豊島馬場遺跡公園→東京水辺ライン神谷船着場→神谷堀公園→東十条商店街→とげぬき地蔵→JR東十条駅

庚申観音堂
王子神谷駅の3番出口を出ると真の前が庚申観音堂だった。庚申通り商店街入口の祠の中にある。板碑型の搭で、寛文5年(1665)、「武州豊島郡馬場村」の講中(宗教行事を行なう結社の集合体)によって造立されたものだ。ここから庚申通りをしばらく歩く事になる。

王子・豊島コース003_edited_convert_20100526233953 庚申観音堂

王子・豊島コース001_convert_20100605120107 観音堂

紀州神社
バス通りに面して鳥居が並んでいる。1つは社殿の正面にあるが、もう1つは広場の入口にように建っている。敷地の半分は神社で半分は広場になっている。紀州神社は鎌倉時代後期、紀州熊野から来た鈴木重尚が豊島氏とはかり、五十太郎神社を王子村に勧請したのが始まりだという。

神社に着いた時、広場の入口の所に、責任者らしい女性目指して子供たちが何人か向って行った。神社を巡っている間に子供達は十数人になっていた。帰るときには、親に連れられた15、6人の子供達が神社に入るのが見えた。何をするのか分らないがあの広場で何かをするのだろう。遊具が置かれ、野球、サッカー禁止など禁止事項の多い公園と違って、昔の原っぱのような気分で使える空間を開放してくれているのは、遊び場の少ない子供達にとってどんなに貴重なことだろう。

王子・豊島コース006_edited_convert_20100527122236 紀州神社本殿

清光寺(真言宗豊山派 醫王山)

山門も本堂も真新しい白木で造られていた。ごく最近改築されたのだろう。北区のさんぽみちの写真は古い状態の写真だった。昔のままの方が趣があってよかった気がするがどういった事情で建替えられたのだろう。

清光寺は、源平双方から頼りにされた中世の豪族・豊島清元(清光)の開基で、一人娘が逝去したときに冥福を祈り、領地の一隅に建立したと言われている。寺院の入り口に延命地蔵尊が並べられているが、左から2番目の地蔵尊は火事で焼死した幼児の霊を弔う為に造立されたもので、右から2番目の舟形光背立像は寛永八年(1668)に造立されたものだといわれている。

王子・豊島コース009_edited_convert_20100526234210 山門

王子・豊島コース008_edited_convert_20100608001248 本堂

王子・豊島コース010_edited_convert_20100526234240 延命地蔵尊

豊島馬場遺跡公園

畿内で大きな前方後円墳が作られた古墳時代の始め頃、 北区の隅田川沿いに方形周溝墓郡が作られた。 それが豊島馬場遺跡で、100基以上もの古墳時代前期の方形周溝墓が確認されています。方形周溝墓の数基からは、日本最古のガラス小玉の鋳型が出土している。

王子・豊島コース011_edited_convert_20100527122501 遺跡公園の入口から見えるモニュメント

東京水辺ライン神谷船着場
東京水辺ラインが運行する水上バスの発着場である。水辺ラインの広報には「江戸情緒をいたる所に残す隅田川や、未来都市を思わせる東京臨海部をゆったり船で遊覧してみませんか」とある。両国やお台場のパレットタウンなどに向う「1日ゆらり旅」や「隅田川散策の旅」のコースがここを経由する。4月から10月に月2、3回この船着場経由の水上バスが運行する。川辺に立ってじっと川の流れを見つめていると何故か心が安らいでいく。

王子・豊島コース013_edited_convert_20100526234354 船着場と隅田川に架かる新神谷橋

神谷堀公園
特に変わった所のある公園ではなかった。中央に小高い山があり、岩から滝が落ちる池が造られている。なかなか趣のある公園だ。この公園はかつての「甚兵衛堀」の跡で、神谷堀とも呼ばれていた。昔この地は湿地帯で、大雨や洪水の時には田畑に大きな被害が出た場所だ。

王子・豊島コース017_edited_convert_20100526234429 公園の小山と岩場

東十条銀座商店街
「はなまるマーケット」という番組で、小笠原アナウンサーが元気な商店街を紹介する「ナイスガイ商店街」といった企画が時々放映される。その中に東十条銀座商店街始め十条周辺の商店街が紹介されていた。「都内で有数の安い商店街」がやはり注目の的だが、昔から続いている商店が多く残っていてスーパーと共存共栄しているのがこの商店街の大きな特徴だと言われている。そして安心してくつろぎながら買い物ができる商店街といった所が地元でならの良さなのだろう。

とげぬき地蔵
地蔵通りを何度か行き来して探したがなかなか見つからなかった。郵便局で聞いてみたら隣の風呂屋の横にあると言われて見てみるとあった。その風呂屋の名前が地蔵風呂というので近くにあるなとは思っていたがまさか隣接しているとは思わなかった。2、3回通り過ぎた所にあったのだ。見過ごしてしまっていた。もう少し大きな祠のようなものを想像していたからなのかもしれない。

この地蔵は、巣鴨のとげぬき地蔵の分尊だという。戦前は、この地蔵のある通りが地蔵通り商店街として賑わっていて、毎月4の日の縁日には、夜店もたったそうだ。

王子・豊島コース018_edited_convert_20100527123025 とげぬき地蔵

見守り地蔵、子育て地蔵はコースにはあったが北区観光ホームページの地図に印がつけられてなく、住所を控えてくればよかったが探しきれなかった。近くにあるだろうなどと適当に行ってもそう簡単に見つかるものではない。

コース中なかなか見つからない所に出食わすことがある。1ケ所位抜かしても何ということはないが、探し始めると意地でも見つけないと気が治まらない。やはりどこかに行くには事前の準備が必要だ。どうにかなるさは通用しない。道は何本も通っているので、1本違えば行き着けない。

しばらく前苦い経験をした。公園に14時集合だった。30分位は公園にいるということだった。駅から徒歩10分の所にある。10分位前に駅着いて歩き始めた。大体の方向は地図で見ておいた。しかし一向に目的の公園に着かない。公園にいるはずの友人の携帯に電話したが出ない。後で分ったが公園の10m位の所を2、3度通過していたのだ。

地下鉄の駅の出口を間違い、反対方向に歩いてしまっているのかと思って駅に戻り探したが見つからない。結局目的の公園に着いたのが15時近くになりもはや誰も公園にいなかった。地図をコピーする手間を惜しんだがために1時間以上無駄に歩き、目的を果たす事が出来なかった。適当に行ってどうにかなるもではないという事をつくづく思い知った。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

定期検診の日・ベルケイド5クール1回目

5月26日(水)
今日は、ベルケイドの第5クールに入るかどうかの判断をする。前回の血液検査の結果のように、IgM値が、安定していればベルケイドの使用を継続するが、もしかなりの上昇が見られた場合は、ベルケイドの効果がなくなったと判断し別の療法に切り替えるしかない。IgMが減少したので、ベルケイド5クール1回目を行う。いつもの様にベルケイドとデキサート(デキサメタゾン)の静注を1時間かけて行った。

検査結果 
 IgM    2558(5/26)←2647(5/12)←2572(5/6)←2538(4/28) 
 白血球  3100(5/26)←3700(5/12)←3600(5/6)←4400(4/28)
 好中球  2080←2760←2560←2890
 血小板  12.1←9.7←11.6←11.4
 赤血球  305←310←312←313
 ヘモグロビン  9.9←10.3←10.3←10.4
 網赤血球   14←17←13 ←13
 CRP    0.68←1.52←1.67←1.0


IgMが減少した。少しづつではあるが上昇し続けてきたのが、今回は何ケ月ぶりかで下がった。これ以降下降に転じていけばいいのだが。この先どうなるか分からないがひとまず安心だ。2007年にベルケイド療法をやった時には4クールで効果がなくなり、サリドマイド療法に切り替えた。今回はそれより長く効果が続いている。

一時期ベルケイドは全く効果がなくなったと思われるほどIgMの上昇が見られた、また白血球の減少が顕著だったため中止を考えた事もあった。しかし、再び効果を発揮し始めたという感じだ。医者は「プロテアソーム阻害剤というのは、弱い光しか発せず電池がもうないのかなと思っていた懐中電灯が、ある時再び明るい光を発することがあるように、再び突然効果を表すことがある」と言っていた。

発熱の原因追求に関しては、この間全くそういった兆候がないのとCRPが下がったということでうやむやになってしまった。最近は外出もおっくうでなくその意味で体調はいいので、発熱の件に関しても関心が減少してきているのは確かだ。

IgM値の検査結果が出るのに以前は1時間半位だったが、最近は2時間はかかるようになった。病院の合理化が進行しているのだろうか。その結果で治療方針を決めるので、どうしても結果を待たざるを得ない。それでも2時間待てばいいのだから助かる。

待つのは苦にならない。待合室の椅子にじっと腰掛けているわけではない。大体「医療情報・相談室」というパソコンの置いてある図書館にいる。パソコンを操作しているか色々な本を拾い読みしているかのどちらかだ。買えば高いし買うほどではないが部分的に目を通しておきたい医学的な本を読み、コピーするのに便利だ。

病院によっては血液検査を外注するため、次回の診察日に結果を知らされることになる。私のように進行が早い場合はそれでは治療方針を決められない。その点この病院でよかったと思っている。また担当医が初診から変わらず気心が知れていて、何でも相談できるし言いたいこともいえる関係だという事が何よりも病気の治療にとって重要なことだと痛感している。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

谷津バラ園・谷津干潟

5月25日(火)
久々に晴れたといった気分だった。「5月のバラ」を見に行こうと思い立った。やはりバラは春がいい。今が真っ盛りだろう。花の名所案内のバラを検索して、手ごろな所で「谷津バラ園」に行く事にした。

京成線は各駅停車だとかなり駅が多く時間がかかる。日暮里から谷津駅まで23駅がある。その代わり特急料金なしの特急が定期的に出ていて、これを利用するとかなりスピードアップできる。これが便利なものだから、成田空港に行く時はスカイライナーではなくこの特急を皆利用する。時間もほとんど変わらない。

京成では特急に差をつけ、スカイライナーの利用を増やそうと、特急を佐倉から各駅停車にしようとしている。一部各駅停車の特急というおかしな列車が登場するするかもしれない。日暮里から特急に乗り、船橋で各停に乗り換えて谷津まで40分位なものだ。

谷津駅から5分位でバラ園に着く。今が最盛期だということで、駅からは何人かがバラ園の方に向っていく。平日の午前中だったが、園内は込み合うほどではなかったが、かなりの人出で賑わっていた。

谷津バラ園
バラ園は「谷津遊園」の施設として、昭和33年に誕生したが遊園地は閉園。残ったバラ園は、谷津バラ園として習志野市が運営し、本格的バラ園として復活した。とくに各賞を総なめにしたドイツのスーパースターなど、銘花といわれる優良品種が多いということだ。

園内には、香りの庭コーナー、皇室・王室コーナー、高松宮コーナー、有名人コーナー等がある。およそ700種、約7000株が植えられている。中央に噴水がありそれを円形に囲むように宮廷風広場があり、その周りをバラで囲むといった造りになっている。西洋風庭園の形なのだろう。つるバラで作られたパーゴラ(日陰棚、つる棚、緑廊)があり、ベンチが置かれ涼をとるには最適だ。

谷津ばら園014_edited_convert_20100525215022 管理棟と入口ゲート

谷津ばら園016_edited_convert_20100525215133 中央噴水周辺

谷津ばら園024_edited_convert_20100525215251 中央噴水を囲む花壇

5体の白い塑像が園内の要所に立てられ、花一面の中でひとつのアクセントとして大きな役割を果たしていた。バラ園の一角に池があり、静的なバラに動的な水の流れを配している。これも園内の変化と同時に清涼感を与えるのに役に立っている。長さ60mバラのトンネルに入ると、三方から咲き乱れるバラに囲まれバラとその甘い香りの中にすっぽりと包まれているような感じを持ってしまう程のものだった。

バラ園を散策する楽しみの一つに、その名付け方を見ていくことがある。バラほど名前のバリエーションの多様性を感じさせる植物があるだろうか。バラ園の一画に「有名人コーナー」という場所があって、有名人の名が付いたバラが植えられている。ヘンリー・フォンダ(黄)、ケーリー・グランド(ピンク)、カトリーヌ・ドヌーブ(ピンク)、ニコロ・パガニーニ(赤)、マリア・カラス(赤)、ジーナ・ロロブリジータ(赤)などがあり、ファンのバラ製作者が付けたのだろう。

バラのトンネル
谷津ばら園015_edited_convert_20100525215333  谷津ばら園020_edited_convert_20100525215430

谷津ばら園021_edited_convert_20100525215520  谷津ばら園023_convert_20100525215615

様々なバラ
谷津ばら園008_edited_convert_20100525220350  谷津ばら園010_edited_convert_20100525220425
 モンパルナス                        ロイヤル・プリンセス

谷津ばら園012_edited_convert_20100525220452  谷津ばら園019_edited_convert_20100525220639
 アフロディーテ                       ヘンリー・フォンダ

谷津ばら園013_edited_convert_20100525222205  谷津ばら園027_edited_convert_20100525220756
 オンディーナ                        シャルダンド・フランス

谷津ばら園028_edited_convert_20100525220858  谷津ばら園033_edited_convert_20100526202757
 アキト他                          プリンセス・ミチコ  アイス・キング 

谷津干潟
谷津バラ園を後にし、園に沿って海側にいくと谷津干潟がある。鮮やかな花の色に眼が慣れていたので、急に単色の世界に来たような感じだった。所々に観察所が設置され、それ以外の所は針金の柵で囲われている。野鳥の保護のためだろう。ここには自然観察センターがあり、谷津干潟に飛来する鳥たちに対する観察・学習を指導している。指導員による野鳥観察の案内もしてもらえるということだ。

谷津ばら園037_edited_convert_20100525221005 アオサの異常発生が心配されている

谷津ばら園038_edited_convert_20100525221059 干潟に野鳥は見当たらなかった

谷津干潟について
谷津干潟は東京湾の最奥部に残された約40haの数少ない干潟です。ここには、ゴカイ・貝・カニ・魚そして水鳥などたくさんの生き物たちが生息しています。特に、北の国と南の国を行き来する旅鳥にとって渡りの途中の中継地とし大変重要な場所となっています。また、子育てのためにやってくる夏鳥、越冬のためにやってくる冬鳥、そして春と秋の渡りの途中に立ち寄る旅鳥と、四季を通してたくさんの野鳥との出会いもできます。水鳥と水鳥が生息する湿地を守るための「ラムサール条約登録湿地」となっています。(自然観察センターホームページより)

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「語りかける風景」風景画展覧会

5月24日(月)
 「語りかける風景」コロー、モネ、シスレーからピカソまで・ストラスブール美術館所蔵という展覧会を渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムでやっていた。新聞の集金人がいつもは野球場の入場券を持ってくる。しかし神宮球場で行われるチームの試合なので断っていた。今度は美術館の入場券を持ってきた。幾つかあった中で一番興味が持てそうな「語りかける風景」の入場券を貰った。雨の中を渋谷まで見に行った。

今行きたいと思っているのは、国立新美術館で行われる「オルセー美術館展2010・ポスト印象派」だが、無料の入場券は有り難い。コローは展覧会にも行ったし「真珠の女」や「モルトフォンテーヌの想い出」は気にいっている作品だ。またシスレーの風景画も好きな作品が多い。今回のような風景画だけを集めた展示会は珍しい。

この展覧会に出展しているのは、アルザス地方の中心地にあるストラスブール美術館所蔵の作品である。展覧会では、その所蔵作品から、身近な自然の風景の中に美しさを見出した19世紀半ばのコローやバルビゾン派(注)の秀作から、19世紀末の印象派のモネやシスレー、ピサロ、20世紀のカンディンスキー、デュフィやピカソに至る“風景画”の流れをテーマに分けて紹介している。

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アルフレッド・シスレー「家のある風景」     クロード・モネ「ひなげしの咲く麦畑」

 印象派を中心とした巨匠たち59作家の風景画がテーマごとに展示されている。「窓からの風景」「人物のいる風景」「都市の風景」「水辺の風景」「田園の風景」「木のある風景」の6つの章で構成されている。

「窓からの風景」や「人物のいる風景」の描写は人物画から風景画への過渡的な時代背景を感じさせる。人物画に重きを置き、風景はその背景でしかない画と、風景の中に人物を点在させる事によって、風景に広がりと深みを持たせるといった2つの手法の選択は、画家の感性の問題だろう。

「都市の風景」は産業革命後の発展し変化する都市の中で、その様子を描く作品もあったが、むしろ変化しない街の古い佇まいを描いた作品が多かった。「水辺の風景」は海を専門的に描く画家と河や池を描く画家に分かれる。海の絵には風雨に逆巻く波に翻弄される舟を描いた作品が幾つかあった。これは画家の荒ぶる心情を表したものだろうか。それとは対照的に池や河の穏やかな雰囲気は心安らぐ画家の内面なのかもしれない。

「田園の風景」は、風景画の最も基本的なテーマである。ミレー、コロー達のバルビゾン派の流れが多くの画家に引き継がれ、それぞれの個性に応じて様々に展開している有様が画の中に見られる。「木のある風景」は木の使い方の多様性を知る事になった。木を力強い自己の存在の象徴として描いたり、画面を切り分けたり、画の構図を決めるのに使ったりとキュービズムにつながる方向が示されている作品もあった。

展覧会場に次のような文章があった。「語りかける風景」の趣旨を的確に表した言葉だと思う。
「高原を吹き抜ける爽やかな風―。こんなヨーロッパの風景のイメージは、ある人にとっては憧れであり、ある人にとっては懐かしい思い出です。しかしその風景は、画家の眼差しを通して初めて風景画となるのです。つまり語りかけているのは実はその風景を選んだ画家であって、私たちはその画家が描いた作品に感動しているのですが、描かれたその風景は、それでも私たちを、遠い国への旅へと誘いつづけます」

 今日のような風景画が誕生したのは19世紀になってからだった。自然主義、写実主義の流れのなかで、画家たちは飾らない風景そのものをテーマに描き、印象派のように光や大気までをも描くようになった。また一方では、自らの心模様をそこに重ね合わせる画家も現れた。

この展覧会で興味深かったのは、デュフィやカンディンスキーなどその後全く違った画風になっていく画家の風景画が展示されていたり、画家を諦め彫刻家として大成したマイヨールの風景画があったり、ブラマンク、エルンスト、クールベなど多様な画家の風景画が見られるということだ。

ピカソの画もあった。「闘牛布さばき」という題が示すように、どう見ても牛の画でしかなく風景画とはいえないと思える作品だった。中央に牛が描かれていて、遠景に観客が小さく点のように見える。広い意味で「人物のいる風景」に入るのだろう。この画だけはベルフォール美術館からの特別出品だということだ。

風景を描く時、その対象を一旦自己の内部を通して描く事によって画家の独自の風景が完成する。天候の状態、空模様それらは画家の心象風景と重なり合いながら独自の色彩を放っていく。そこに写真と違った風景の写し方が存在する。

アルルで共同生活をしていたゴッホとゴーギャンが同じ麦畑を描いている作品を見たが全く異なる捉え方をしている。一つの風景でも画家の心の中で様々にデフォルメされ、画として描き出されるものなのだろう。そこに風景画の面白さがある。

(注)バルビゾン派(École de Barbizon)は、1830年から1870年頃にかけて、フランスで発生した絵画の一派。フランスのバルビゾン村やその周辺に画家が滞在や居住し、自然主義的な風景画や農民画を写実的に描いた。

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『燔祭』から『クロスファイアー』へ

5月20日(木)
 『クロスファイアー』は宮部みゆきの超能力者を主人公にした小説だ。中編集『鳩笛草』収録『燔祭』のヒロイン青木淳子が再登場する。念力放火能力(パイロキネシス)を持つ彼女は、「装填された一丁の銃」として法によって裁かれない悪を滅ぼすべく生きようとしていた。

1_convert_20100618085616.jpgそんな彼女が女子高生連続拉致殺人事件の容疑者を焼殺してから二年後、偶然、廃工場で凶悪な若者のグループと遭遇する。4人の若者は瀕死の男を“始末”するために運び込んできた。またしても闘いの火蓋は切られる。彼女は、命を落とした男性から恋人の救出を頼まれた。息絶えた男に「必ず、仇はとってあげるからね」と誓う。だが敵のアジトに乗り込みあと一歩というところで、監禁されていた恋人の女性は何者かに射殺されてしまった・・・。

『燔祭』の中で淳子は一樹に言う「私は装填された銃みたいなものだ、装填された銃を持っていたなら、誰だっていつかは撃ってみたくなる、だけど撃つときは、正しい方向に向って撃ちたい。誰かの役に立つ方向に向って」今がその時だから、妹雪絵を殺した犯人に殺意を抱く一樹に会いに来たという。

「だって誰の役にも立たないなら、ただの人殺しになるなら、どうしてあたし、こんな力を持って生まれてきたか分らないじゃない!」彼女はその特殊な能力故に、個人の制裁を肯定する。

『クロスファイアー』は『燔祭』から2年後の出来事である。淳子は自らの制裁を、「戦闘」として「義務」としてとらえ、自分が装填された銃である事に自覚的に生きようとしている。しかし彼女にも、何が「悪」で、何が「正義」なのか迷うことがある。

絶対的凶悪犯の存在。そしてそれに対峙する超能力を持った人間。個人的制裁は許されるのか。絶えずその疑問は彼女の心をよぎる。しかし状況は次々と彼女に多くの人の死を強制してくる。それに曖昧な形で自分を納得させ次の行動に踏み込んでいく。

人間は、歴史の中で個人的制裁(私刑・リンチ)から、裁判によって裁かれるという被疑者の権利を保障する法制度を作り上げた。心証的には絶対犯人に間違いないと考えられる容疑者でも、裁判の場で証拠によって犯人であると証明されなければ有罪に出来ない。色々な問題点はあったとしても、これはある意味で人間の英知の到達した一つの地平なのである。

被疑者が黒である状況証拠がどんなに揃っていても、明確な物証がなければ任意の取り調べは出来るが逮捕も難しい。証拠によって有罪に出来る反面、裁判で使える証拠が揃わなければ、起訴する事すら出来ない。被害者や被害者家族の報復感情は、法の網の目くぐってのうのうと社会の中で生きている加害者に対する殺意を抱く事になるのだろう。

法によって裁かれない悪を個人的に制裁することへの強い願望を、被害者家族は抱くことがあるのは当然だ。裁かれなかった加害者を淳子の力で葬り去ろうとし、直前で制止した一樹はいう。「俺はひとりの殺人者を葬るために、もうひとりの殺人者を連れてきたんじゃないか」「殺意と正義を取り違えていたのは誰だ」「あれは殺人だ。あんなことしたら俺も君も雪絵を殺した連中と同じになっちまう」ここに個人的報復への歯止めが存在する。

人が個人的に人を裁くことが出来るのか、正義の名のもとに行われる「制裁」は肯定できるのか。この本のテーマは、本の最終章で作者の回答として示される。

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ジャンル : 日記

東京スカイツリー

5月18日(火)
東京スカイツリー
スカイツリーは、よくテレビで放映される。まだ完成もしていないのに、異常に人気が高い。休日ともなるとスカイツリー・ウオッチャーがカメラスッポットに大挙して押しかけるということだ。部屋の窓から見えるスカイツリーを毎日撮影してブログに掲載している人もいるらしい。その人気の秘密は何か、まだ見たことはないので一度行ってみる価値はある。

スカイツリーは東武鉄道の本社隣接地で所有地でもある貨物駅跡地に建設される。電波塔としての機能はもちろんだが、周辺には展示場、店舗、ミュージアム、事務所、ホール、各種学校が作られ多目的な場所として利用できるようになる。高さの「634」には世界一の期待とともに「むさし(武蔵)」の語呂合わせもある。

地上350mには空中を散歩しているかのようなガラスで覆われた空中回廊やレストラン、店舗が、そして地上450mにも展望台が設置される。東武タワースカイツリー(株)が建設費約450億円、総事業費約650億円でプロジェクトは進められているということだ。

スカイツリ-2024_edited_convert_20100517191807 スカイツリ-2040_edited_convert_20100517193941 スカイツリ-2039_edited_convert_20100517203203
 境橋より                 十間橋より                十間橋よりり                                                             
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 西十間橋より              京成橋より                真下から

香取神社から浅草通りを押上駅方面に向うとスカイツリーが目の前に見え、どんどんと近付いてくる。浅草通りと平行して北十間川が流れていて、ここに架けられている橋が、スカイツリーの絶好の観察スポットとなっている。休日など橋に人が群がっている様子をテレビで見た事がある。

平日だったが境橋→十間橋→西十間橋→京成橋と近付くにつれどんどん人が増えていく。スカイツリーの周辺には40~50人の人がたむろしていた。スカイツリーは北十間川を挟んでいるので工事の邪魔にはならないが、川沿いの道にはぞろぞろと行列を作る位に次々と人がやってくる。この人気は何なのだろう。

5月15日現在高さは379mだと書いてあった。確かにある物が完成を目指して徐々に形を表していく様は人の心に感動を呼ぶ物があるのかもしれない。それにしてもこんな見世物になるとは誰が想像しただろう。

スカイツリ-2052_edited_convert_20100518183012  東武橋から見た工事現場風景

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亀戸天神社・周辺寺社巡り

5月18日(火)
両国に用があった。隅田川を越えることなどめったにない。以前から亀戸天神社の藤を見てみたかった。今まで何故か機会がなかった。5月5日に藤まつりは終っているのでもう駄目だと思ったが、最近あまり運動もしていないし少し歩くにはいいだろうと思って足を伸ばした。

亀戸天神社だけではウォーキングにならないので、江東区の観光協会で地域の観光スポットを探した。どこの区でも観光コースが設定されている。江東区の城東・亀戸地区のコースは、亀戸天神社から周辺の神社・仏閣を巡るものだった。少し変えながらコースを作った。法性寺だけは墨田区だが、コース上にあったので寄ってみた。

亀戸駅→駅前公園HANEKAME→亀戸天神社→普門院→光明寺→香取神社→境橋→天祖神社→龍眼寺→十間橋→法性寺→西十間橋→京成橋→押上駅

このコースははからずも、亀戸七福神巡りに重なっていて、七福神のうち4体と対面できた。普門院の毘沙門天はどこにあるのか分らなかったが、香取神社は本殿の横に大黒神と恵比寿神の像があった。天祖神社は水盤の所に可愛らしい福禄寿の石像が置かれていて、庭にも幾つかの石像が配置されていた。龍眼寺には布袋堂があり、また布袋尊の石像も庭に置かれていた。

亀戸七福神: 常光寺 [寿老神]→東覚寺 [弁財天]→普門院 [毘沙門天]→香取神社 [恵比寿神][大国神]→天祖神社 [福禄寿]→龍眼寺 [布袋尊]


HANEKAME’92

JR亀戸駅前にある亀戸駅前広場公園に羽のついた亀の噴水がある。親亀・子亀・孫亀がそれぞれ背中に重なった格好で、高さ3mある。羽がついているのは、「亀戸地区が未来にむかってはばたくように」願いからだということだ。亀戸だから亀がマスコット・キャラクターなのだろう。池袋だとふくろうといった具合に各地で地名にちなんだマスコットを作り上げている。

スカイツリー003_edited_convert_20100517185730 亀戸駅前の羽のついた亀の像

亀戸天神社
寛文2年(1662)九州太宰府天満宮の神職が神木飛梅の木で菅原道真の像を造りまつったのが始まりで、翌年に神殿以下、反橋、心字池などすべて太宰府天満宮に模して造らた。学問の神様として信仰を集めているほか、梅や藤の美しさは、広重の「名所江戸百景」で有名で、現在でも藤の花は有名で、「新東京百景」の一つにもなっている。亀戸天神社の藤はやはり終っていた。もはや鮮やかな紫の色彩は失せていた。ただどのように咲いていたか分る位には残っていた。

スカイツリー007_edited_convert_20100517185822 大鳥居と太鼓橋

スカイツリ-2002_edited_convert_20100517190146 藤棚

スカイツリ-2009_edited_convert_20100517185926 本殿

普門院(真言宗智山派・福聚山)
元和2年(1616)に豊島郡石浜三股城内(いまの荒川区南千住3丁目)から移転してきたと伝えられている。その移転の際に誤って梵鐘を隅田川に落としてしまい、そこが鐘ヶ淵(墨田区)の地名の由来となったと言われている。墓地には、歌人の「伊藤左千夫」がある。(写真は本堂と伊藤左千夫の墓)

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光明寺(天台宗 亀命山遍照院)
創建は弘治元年(1555)と伝えられている。境内には、寛永5年(1628)という区内でも古い年号をもつ法篋印塔、延宝4年(1676)の庚申塔、寛永寺旧蔵石造燈籠、歌川豊国(国貞1786~1864)の墓などがある。

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香取神社
創立は、中臣鎌足が東国へきたとき、この亀島に船をよせて太刀をひとふりおさめて旅の安泰を祈ったことが始まりであると伝えられ、鎮祭は、天智天皇の4年(665)と伝えられる区内で最も古い神社です。また、平将門の乱のとき、俵藤太秀郷が当社に戦勝を祈り、祈願成就の後、弓矢を奉納した。この古事に因む祭「勝矢祭」が、毎年5月5日に行われている。(写真は恵比寿神・大国神の像と本殿)

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天祖神社

推古天皇の時代に建てられ、聖徳太子の神体がまつられていたと云われている。また、天正年間(1573~)悪病が大流行したとき、織田信長がこの神社で流鏑馬の行事を行わせたところ、たちまち収まったので、以来病気を治す神社として有名になった。

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龍眼寺 (天台宗 慈雲山無量院)(萩寺)
創立は、応永2年(1395)開山は良博。39世元珍が萩を好み、元禄6年(1963)に境内に萩を植えた。その後、明和7年(1770)住持義梅がさらに萩を増殖したので当寺を萩寺と称した。中秋のころは遊覧の人が多く集う江戸の名所の一つとなった。(写真は布袋堂と本堂)

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柳島妙見山法性寺(日蓮宗 真間弘法寺の末寺)
北辰妙見大菩薩を祀った法性寺は1492年の建立で、墨田区でもっとも古い寺院だ。古くから歌にも歌われ、多くの錦絵にもその偉容が残されている。芸術家、芸能人に縁のある寺で、境内には、「北斎顕彰碑」をはじめ芝居や落語の記念碑が多く、江戸時代から人々の信仰を集めていた。北斎が熱心に信仰し、広重も「名所江戸百景」に取り上げている。

浅草通りを亀戸方向から横十間川を越えて直ぐの所にレンガ色の5、6階建てのマンションが建っている。とても歴史ある寺院だとは思えない。このマンションの1・2階部分が柳島妙見山法性寺となっている。何故マンションになってしまったのだろうか。

業平・押上・文花・立花地域の広域避難場所計画が起こり法性寺移転の話が出た。地域住民の移転反対の対策として、堅固な建造物建設の必要性から、当時町会長であった住職の決断で「柳島妙見様の敷地にマンションを建設」との苦渋の選択をせざるを得なかったという経緯があったということだ。しかし、柳島の妙見様と古くから慕われている由緒ある寺院が、都市計画のため味気ないビルに作り変えられてしまったのは何とも残念な話だ。

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(参考資料:江東区プロフィール・地域別観光スポット他より)

法性寺を出ると十間橋がすぐ傍にある。ここからがいよいよスカイツリーの見学コースとなるわけだ。

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T大付属病院患者・家族交流会

5月15日(土)
N氏の状況
同じ原発性マクログロブリン血症の患者であるN氏が、循環器内科での心臓アミロイドーシスの治療を終え、一旦退院し今度は血液内科でアミロイドーシスの原因である原発性マクログロブリン血症の治療を始めるため、再度13日からT大病院に入院した。

15日にT大病院患者会の定例の集まりがあった。2ケ月1度奇数月の第3土曜日に行っている。入院中なのでN氏は参加するだろうと思って集まりに行く事にした。患者会は、以前レセプションルームという会議室を借りて行っていた。しかしその場所はコンビニか飲食店に改築されるということで使用できなくなっている。利益を生まない会議室よりもテナントに場所を提供した方が利益になる。独立行政法人になると利益優先になるのは止むをえないのか。

やはりN氏は、アミロイドーシスであって、既に地元の役所で難病指定の特定疾患の手続きを行い医療費助成を受けているということだった。16日、月曜日から治療を始める。
アルケラン錠(メルファラン)6~8mg/m2  4日間
デカドロン錠(デキサメタゾン)40mg  4日間
これを点滴でなく服薬で行う。通院でも出来る治療だが、デカドロンが心臓に影響を与える恐れがあるというので、薬の副作用を見るために、2週間ばかり入院する事になった。

ある患者の話
今41歳の患者は、36年間病と向き合い続けてきた。5歳の時の発病から今日まで輸血と薬剤の服用を切らした事がない。度重なる合併症や薬の副作用で次々と様々な病気が襲ってくる。その度に入院を余儀なくされ、学校もまともに行けず、友人も作る事が出来ない、そういった人生を今まで歩んできた。

端から見れば凄まじい人生に思える。年取ってからの発病とは訳が違う。物心ついてから長い今までの人生を病気と切り離せなかった、そういった生き方をどう受け止めたらいいのだろうか。

1973年5歳の時、発熱と出血傾向を繰り返すので医者に行った。医者はクロラムフェニコール(クロロマイセチン)を処方した。この薬は抗生物質製剤で細菌を殺菌する。細菌の蛋白質の合成を阻害することで、その増殖を抑える(静菌作用)働きをする。しかし再生不良性貧血など血液の副作用が出やすいので、一般的な感染症に第一選択することはなく、他の抗生物質が効かないときに使用する薬である。

医者が何故この抗生物質を使用したか不明だが、彼はそのため再生不良性貧血に罹患してしまった。それからはひたすら入院を繰り返し、通院を通して輸血とは切り離せない生活になっていった。

14歳から16歳の間位が一番厳しかった。血小板値が下がり通常の輸血用の血小板が効果を発揮しなくなった。移植の時のドナーのようにHLAが一致した人からの血小板しか受け付けなくなってしまったのだ。運よく型が一致した4人見つかり交代で輸血を繰り返し危機を乗り切った。血液の提供者の献身さには頭が下がる。1回の献血でも大変なのに、何度も血を提供するなど並みの問題意識では到底出来ないだろう。

今度は、長年の大量の赤血球の輸血によって、ヘモクロマトーシス(血色素沈着症)になってしまった。この病気は体内貯蔵鉄が異常に増加し、肝臓、膵臓、心臓、皮膚、関節、下垂体などの諸臓器の実質細胞に過剰に沈着し、その結果それぞれの臓器の実質細胞障害をもたらす。臨床的には、肝硬変、糖尿病、皮膚色素沈着の3主徴、さらに心不全を加えた4主徴のほかに、種々の内分泌障害(甲状腺・副甲状腺・下垂体の機能低下、性機能低下など)がある。

現在はヘモクロマトーシスによる糖尿病と下垂体の治療を1ケ月2回通院で行っている。肝臓機能も低下しているが治療は行っていない。これからも終りなき治療が続く。

病気になったことをどう受け止めるのか
自分があるいは家族ががんを宣告された時どう考えたか、という質問が元患者の1人から出された。それに対して、ある人が答えた内容になるほどと思えるものがあった。

患者家族の人で30代の夫が白血病と宣告され、長期の治療を余儀なくされるという事を聞き、将来への不安でパニックになりかけていた。その時、障害者の子供を持つ母親が助言をしてくれた。「先の事を考えると絶望に陥ってしまう。階段を一段ずつ上がるように、自分の目の前の事を一つずつやりこなしていく事に専念することによって先の道は開けてくる。」

こう考える事によって、今出来る事を精一杯やって行く事がこれからの人生を築き上げていく事になると自覚し、それからは将来への不安は消えていった。病気になるということは今まで生きてきた人生を根底的に変えてしまう事になりかねない。しかし、将来の事を幾ら考えてもなるようにしかならない。今は思い惑い絶望と不安の中で落ち込んでいるよりは、今出来ること、心穏やかに治療に専念する事が重要なのだ。

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池袋ラーメン探訪

5月14日(金)
 池袋は都内でも有数のラーメン激戦区だ。池袋駅周辺のラーメン屋は128件あるそうだ。中華料理の店ではない。あくまでもラーメンで勝負を挑んでいる店だ。福しんや日高屋なども128件の中に含まれるが、基本はラーメンの味で客を集めようとしている店である。

食べログに池袋ラーメンランキングTOP100が載っていた。このランキングは、実際にレストランを利用したレビュアーから寄せられた採点を元にしたもので、かなり信頼が置けると書いてある。しかしラーメンの味には好みがあるのであくまでも参考程度に考えた方がいい。括弧内はラーメンランキングでの順位である。

池袋には東京周辺で人気になった店が、暖簾分けして出店している。「なんつっ亭」(23位)は秦野で評判になり、2003年度ラーメンオブザイヤーグランプリ受賞し、毎年トンコツラーメン部門の優秀賞を受賞している店だ。品川、川崎そして池袋に進出してきた。

「ラーメン二郎」(20位)や「麺屋武蔵」(28位)など、池袋は自信を持ったラーメン店が店舗を出している。好みに応じてあらゆる種類のラーメンを堪能できる。おいしいラーメンを食べようと思ったら池袋では選り取り見取りだ。

ジュンク堂に本を買いに行く時に、道路を挟んだ所に「無敵家」というラーメン屋があるがここはどんな時間でも必ず行列が出来ている。ここは点数ランキング(レビュアーの採点)では25位だが、人気店のランキングでは3位になっている。

並んでまで入ろうと思わないから入ったことはないが、やはり行並の出来る店のラーメンは食べて見たい気はする。区役所の傍の「馳走麺 狸穴」(2位)も行列が出来ていた。待つことで、より一層美味しさが増すのだろうか。

 池袋ラーメンランキングTOP100を見てからは、池袋でラーメン屋に入る時はそれを参考にするようになった。それまでは行き当たりばったりに、区役所に用がある時はその近くの、社会保険事務所に用がある時はその傍のラーメン屋に入っていた。

今まで利用した店を拾ってみた。鶏の穴(9位)、麺屋武蔵二天(28位)、ばんから(33位)、北海道らーめん・味源(40位)、四天王(89位)、山頭火(95位)、どうとんぼり神座(かむくら)(38位)、ちゃぶ屋・森住(76位) 、東京とんこつ・屯ちん(6位)、だるまのめ(93位)、福しん(65位)。あまり機会があるわけではないが、昼頃、池袋で用があったり、池袋を乗換えで通る時には、大体ラーメン屋に入る。
                                                   ちゃぶ屋入口
320x320_convert_20100514233530.jpg「ちゃぶ屋」のラーメンは気にいっている。とんこつラーメンにありがちな臭みはなく、麺は中細麺で、スープはしつこくなく飲みやすい。あっさりしていて中細麺とスープが程よくマッチしている。「四天王」は500円のラーメンがそこそこいけるので利用している。

「味源」の味噌ラーメンや「福しん」のタンメンは野菜たっぷりで、野菜不足を補おうと思ったらおすすめだ。こういった利用のしかたもある。「麺屋武蔵」は濃厚豚骨魚介のスープに太麺という組み合わせだが、つけ麺にすればいいと思うが、ラーメンとしてはどうも好みに合わなかった。スープが濃すぎて、最後にスープを味わう気がしなかった。最近は濃厚豚骨魚介系のラーメン屋が多い。魚介系でないラーメンを食べるとほっとした気分になるのは何故だろうか。

誰でも好き嫌いがあるのだから、ランキングに左右されず気に入ったラーメン屋を見つけて利用すればいいし、馴染みの店を見つけて贔屓にするのもいい。ただ池袋にある多種多様なラーメン屋が、それぞれ味のこだわりと独自の工夫をこらして、しのぎを削って商売をしている中で、多くの店を回って色々な味を試してみたくなる欲求が生じてしまうのは止むを得ないだろう。

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定期検診の日・ベルケイド4クール4回目

5月12日(水)
今日はベルケイド4クールの最後の日だ。ベルケイドの静注とデキサート(デキサメタゾン)、ゾメタの点滴を行う。IgMの数値から、次の療法を考えていかなければならない。再来週からベルケイド第5クールを行うかどうかの判断が迫られるわけだ。

検査結果 
 IgM   2647(5/12)←2572(5/6)←2538(4/28)←2455(4/21) 
 白血球  3700(5/12)←3600(5/6)←4400(4/28)←5000(4/21)
 好中球  2760←2560←2890←3490
 血小板  9.7←11.6←11.4←13.3
 赤血球  310←312←313←319
 ヘモグロビン  10.3←10.3←10.4←10.6
 網赤血球   17←13 ←13 ←9
 CRP    1.52←1.67←1.0←4.0
 IgG    297(5/12)←218(5/6)←233(4/7)


これからの治療
IgMの数値は2647だった。この間は毎週IgMの検査をしている。その数値が分からないと、治療方針を立てる事が出来ない。今回の上昇は75だった。2月の半ばから一時期急に上昇したが、4月になって上昇は穏やかなカーブとなった。

ベルケイドが再び効き始めたのだろうか。シクロホスファミドの増量が効果を発揮したのか、ともかくこのまま行こうという事になった。来週は休薬で、再来週26日からベルケイド第5クールの1回目を行う。このまましばらく安定した穏やかな上昇で推移してくれればいいのだが。

発熱の原因は?

3月3日の38度の発熱以来、定期的に発熱を繰り返している。4月4日と20日に37度の微熱が出た。最近では4月30日の夕方37.1度あった。次に5月8日、この時もまた夕方に37.5度の熱が出た。4日とも熱は夕方に出て、3、4時間で収まる。夜寝る頃には平熱に戻っている。これで3月3日以降4回目だ。夕方にだるい気がして熱を測って見ると微熱がある。しかしすぐに収まってしまう。原因は不明だ。

白血球は依然それなりの数値を保っている。これは体の異変の結果なのか、正常値に戻っているのかわからない。CRPは高いままだ。何かが炎症反応をもたらしているのだろう。担当医は蜂窩織炎の徴候はないか、皮膚の赤みや腫れが出ていないかと聞いてきた。そういった症状は全く出ていない。血液培養をして原因を調べられないかと聞いたが、37度位の熱で突発的だから難しいかもしれない、と言われた。

入院している時には38度以上の熱が出ると、採血して血液培養をする。通常血液培養は臨床的に菌血症を疑った時、上気道炎がなくて発熱が持続する場合、重症の肺炎や呼吸不全、イレウスなどの消化器症状、 感染性心内膜炎を疑った場合などの時行うというが、入院中は無条件に採血して血液検査を行う。結構大量に血を採るので、38度以上あっても少しだったらさばを読む患者もいる。

担当医は心臓に真菌が感染しているのではないか。次回心臓のエコーをとって調べようといった。心臓に真菌が感染するなどという話は全く聞いた事がない。そんな事があるのだろうか。肺への真菌の感染は聞いた事がある。「肺真菌症とは、肺に真菌というカビが感染し炎症性病巣が形成されて、さまざまな呼吸器症状がみられる病気のこと」というものだ。

3、4時間、37度前後の微熱が出たからといって日常生活に差し障りがあるわけではないが、やはり原因を究明しそれが大きな病の徴候でない事をはっきりさせなければ、どうも落ち着かない気分だ。

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高額な分子標的治療薬

5月11日(火)
日曜日に行われた「4団体共済公開フォーラム」で話された高額な分子標的治療薬の薬価について少し調べてみようと思った。健康保険での3割支払いや高額療養費制度で患者が負担する金額は、実際の薬価とは違う。病院から渡される明細では、注射や投薬はまとめて記載されているので分りづらい。

2009年7月現在、米国で承認されている分子標的治療薬は21薬剤であるが、そのうち日本で薬価収載されているのは15薬剤である。血液がんの治療薬を中心にいくつか取り上げてみた。

分子標的治療薬の有効性について次のように語られている。「がん細胞の増殖や浸潤、転移に関わる分子を標的として、その分子を阻害し、がんの増殖を抑えたり進展を阻害するところに大きな特長がある。より確実にがん細胞を狙い撃つことができると同時に、正常細胞へのダメージを抑え副作用を減らせると期待されてきた。」(埼玉医科大学病院・佐々木康綱)

分子標的治療薬や新規薬剤は、無憎悪期間を延長し、患者のQOLの改善に大いに貢献しているのは事実だ。生存期間の延長に関しては、まだ統計数値が揃わないのでなんともいえない点はあるが、例えば多発性骨髄腫に関しては、治癒不能で、延命治療しかないという病であったのが、慢性病の一つになりつつある、と言われるほどの効果を見せている。新規薬剤のおかげでまだ生きていられるといった実感を覚えざるを得ない。

リツキサン (リツキシマブ) 注射用100mg42,832円。
375mg/m2を静注。1回分の薬の価格は約26万円、4回投与で約105万円、8回投与で約210万円。1ケ月4回投与するとして、月額約105万円。 効能:B細胞性非ホジキンリンパ腫 

グリベック (イマチニブ)
 100mg錠2,749円
1日4錠からの内服で連日服用。月額約33万円。 効能:慢性骨髄性白血病 
                                                     この1瓶で16万円
y10313.jpgベルケイド (ボルテゾテゾミブ) 注射用3mg1瓶164,934円。
1.3mg/m2を週2回ずつ点滴。4回で1クール、8クールで1サイクル。1クール659,736円、8クール5,277,888円。1ケ月1クール行うとして、月額約66万円。 効能:多発性骨髄腫

ゼヴァリン (イブリツモマブチウキセタン) 静注用セット1,787,490円。  
効能:難治性の悪性リンパ腫

マイロターグ (ゲムツズマブ オゾガマイシン)
 注射用5mg1瓶241,096円。
1回量9mg/m2静注、投与回数は2回。月額約50万円。効能:急性骨髄性白血病

アムノレイク (タミバロテン) 2mg1錠3,824円。
1日6mg/m2を朝夕2回、寛解が得られるまで服用。月額約90万円。 効能:急性前骨髄球性白血病

ベサノイド (トレチノイン)
 10mg1カプセル777円。
1日60~80mg(45mg/m2)を2回に分けて食後経口服用。月額約32万円。 効能:急性前骨髄球性白血病

イレッサ (ゲフィチニブ) 250mg錠6,774円。
1日1錠を連日内服。月額約20万円。 効能:肺がん

ハーセプチン (トラスツズマブ) 注射用150mg73,981円。
1日1回初回投与時は8mg/kg、2回目以後は6mg/kgを3週間間隔で点滴静注。月額約37万円。 効能:乳がん

分子標的治療薬ではないが参考までに
サレドカプセル (サリドマイド) 100mg錠6,570円。
1日1錠を連日内服。月額約19万円。  効能:多発性骨髄腫

(対表面積や体重は標準的な数字で計算したので、月額の計算は概算でしかありません)

薬価に関しては、「医薬品情報・検索イーファーマ」を参照(http://www.e-pharma.jp/)

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「4団体共催公開フォーラム」

5月9日(日)
「4団体共催公開フォーラム」が開催されるというので出かけた。場所は早稲田大学の元安部球場があった所が井深大記念ホールとなり、その1階が定員450名の国際会議場になっている。いつも思うのだが、がん関係のフォーラムで使う会場がかなり豪華なことだ。普通の市民会場ではない。今回は中外製薬と、ファイザーが協賛しているが、スポンサーの協力が大きいのか、会場が協力的なのか分らないがともかくいつも驚く。

高田馬場からスクールバスで西早稲田まで行きそこからはすぐだ。バスがかなり混んでいて降りにくかったので、早大正門まで行きそこから構内を通って会場に行く事にした。大学では、ちょうど司法試験の日だったようだ。伊藤塾の職員が受験生への激励のチラシを撒いていた。日曜日だというのに構内はかなりごった返していた。

早稲田005_edited_convert_20100510134634  早稲田大学国際会議場・井深大記念ホール

「4団体共催公開フォーラム」の共催の4団体とは財団法人パブリックヘルスリサーチセンター・特定非営利活動法人日本臨床研究支援ユニット・特定非営利活動法人血液情報広場つばさ・特定非営利活動法人キャンサーネットジャパンである。

このフォーラムは4回目で、今回のテーマは高額医療費の問題を扱う。「がん先端医療を速やかに患者さんに届けるには―がん医療費の実際と改革の可能性、知って欲しい高額医療と患者の生活実態」という内容で行われる。

最初に、開会の挨拶として「今回のフォーラム開催に至る経過と期待するもの」についての提起がなされた。基調講演1は「がん治療の費用について、患者・患者支援の視点から」ということで、3人が話した。

慢性骨髄性白血病の患者が一生治療薬グリベックスを飲み続けなければならず、高額療養費制度を使っても毎月44,000円を一生払い続けなければならない。多発性骨髄腫の治療薬サリドマイドは一昨年認可されたばかりだが、1錠100mg6,570円と高額で、保険適用によって患者3割負担でも月59,000円かかる。しかしその他の薬代と合わせても80,100円を越える事がなく、高額療養費の対象にならない。つまり毎月7万円前後の支払いが生ずることになる。

基調講演2では病院経営の立場から、「がん治療の費用について」、基調講演3では、研究者の立場から「海外での医療経済評価研究の紹介、イギリスNICEの例」、基調講演4では、オンコロジストの立場から「分子標的治療薬など高額な薬剤の使用に関して」、基調講演5では、研究者からの提言として、「がん患者の支出する医療費その他関連経費の統計からの分析」が話された。

講演の中で印象に残った話の1点目は、医療経済評価という考え方だ。イギリスのNICEが行っている。つまり新規の高額な薬剤が、患者の生存期間の延長や、QOLの改善に効果があるのか、従来の薬より高額の税金をつぎ込む価値があるのかを判断し、その効果があまりなく、しかも患者が使いたい場合患者の負担分を増やすという仕組みになっている。日本ではまだ導入されていないが、医療費高騰の対策として行なわれる可能性もある。

新規薬剤は、無増悪生存期間を延長させることには効果を発揮する。しかし、多くの場合生存期間の延長という点では従来の治療薬との有意差はない。高額な新規薬剤によって患者の生存を長らえることができない場合、病気の進行を遅らせることに意義を見出せるかの問題である。NICEで判断する場合、患者のQOLの改善も薬の効果として判断される。その効果によって国からの援助が可能となる。

もう1点は医療費の国庫負担である。患者が窓口で払う個人負担分の医療費の総計は5000億円位である。これを全額国で補填するということは出来ないものか。昔個人負担は1割だった。それが3割にまで増額した。5000億円という額は、子供手当てなどのことを考えると出せない数字ではない。国が患者の事を真剣に考えるならば不可能なことではない。

基調講演を踏まえて、講演者を中心にした「もっと知ってほしい、がん高額医療のこと」と題してパネルデスカッションが行われ、最後に、キャンサーネットの事務局長からの閉会の挨拶で終った。詳しい内容は「CNJがん情報ビデオライブラリー」で公開するというのでそれを参照する事が出来る。

確かに日本の健康保険における高額療養費制度は患者にとって有り難い制度であるのは間違いない。幾ら医療費がかかっても、最初の3ケ月は80,100円支払うが、それ以降は44,400円支払えば済むというのは経済的に助かる。

しかし、血液がんなど長期に治療を続けなければならない、また治癒しない血液がんなどは一生高額な医薬品の使用を余儀なくさせられる。正社員で普通に働ける人にとって支払いが可能かもしれない月額44,000円は、例えば国民年金受給者にとっては大変な金額である。40年間年金を払い続けても受け取る額が月79,000円でしかない。ここから44,400円払うのはどれ程の負担になることだろう。

そもそも治療中のがん患者はなかなかまともな職に就けない。従って低賃金に甘んじなければならず収入も不安定だといった状況にある。金が払えず治療を諦めるという事があってはならない。

今の制度の抜本的見直しを考えていかなければならない時期に来ている。血液情報広場つばさ、慢性骨髄性白血病患者家族の会、骨髄異型性症候群連絡会、日本骨髄腫患者の会の4団体が協働して、社会に働きかけるために「血液がん・高額療養費制度見直しを提案する連絡会」による運動をスタートさせた。こういった運動によって、誰でもが必要な治療を経済的な心配なしに受けられる体制を築いていくことが求められている。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

塩船観音寺

5月8日(土)
最近あまり出かけていない。少しは体を動かさなければということで、上天気の屋外に踏み出した。まだつつじは咲いているだろう。青梅の河辺からバスで10分位の所にある塩船観音寺のつつじが見頃だと書いてあった。何と2万本近くのつつじが植えられているというのだ。根津神社のつつじも良かったが、規模が違う。どんな風に咲いているのか見てみたかった。

青梅線沿線には色々行き方があり、大江戸線で中井まで出て西武新宿線で拝島まで行く。東中野まで出て中央線で行く。西武池袋線の最寄り駅から乗車し所沢で乗換え、西武新宿線に乗り拝島まで行く。結局西武池袋線を利用した方が楽だという事が分った。

河辺駅では塩船観音寺直通の臨時バスが停車していて、次々と駅から吐き出されて来る人達をバスに詰め込んでいる。土日はどこでも混むという事に難点があるが、臨時バスなどを増発したりして対応するので目的地に行くには便利だ。平日だったら30分、40分に1本位しか出ていないだろう。

塩船観音寺では、毎年4月中旬から5月中旬にかけて「つつじ祭り」が行われ、約15種類17000本のつつじが、一望に見渡せるすり鉢状の境内に早咲き・中咲き・遅咲きと順に咲き、例年4月末から5月のゴールデンウィークがピークだという。赤、白、ピンク、紫と色とりどりにつつじが咲き誇り、なだらかに斜面に咲き広がるツツジが古い寺院の建物と一体化となって、心を癒してくれる。

塩船観音寺 (京都府伏見区の醍醐寺を総本山とする真言宗醍醐派の別格本山)
縁起: 大化年間(645~650)に若狭の国の八百比丘尼が紫金の千手観音像を安置したことに始まり、周囲の地形が小丘に囲まれあたかも小船のような形状である ことから、仏が衆生を救おうと願う『弘誓の舟』になぞらえて、天平年間に僧、行基が『塩舟』と名づけたと伝えられています。

このような伝説の残る寺の敷地内には、観音堂(本堂)を始めとして、仁王門、阿弥陀堂、銅鐘、薬師堂、板碑堂などがあり、そのほとんどが都や市の文化財に指定されている。指定文化財の宝庫である。

観音寺への直行バスは、10分位で着いた。そこから寺までは歩きで8分と書かれていた。最初に目に入るのが「別格本山国宝塩船観音」と書かれた石柱である。ここからが観音寺となる。仁王門が古めかしい姿を見せる。

塩船観音035_edited_convert_20100508220703 観音寺入口の石柱

仁王門(国指定重要文化財)
木造、三間一戸の八脚門で屋根は切妻造り。寿永三年(1187)の建立。正面には『大悲山』の額を掲げ、正面両脇には、東京都指定有形文化財でもある金剛力士像二体が安置されている。阿吽の金剛力士立像が左右に構える仁王門をくぐり、参道を進むと目の前が阿弥陀堂である。

塩船観音003_edited_convert_20100508192829 仁王門

塩船観音004_edited_convert_20100508192925 参道

阿弥陀堂(国指定重要文化財)
木造・単層・寄棟造り銅板葺。正面一間、側面二間の身舎にひさしを廻らせた、いわゆる阿弥陀堂形式。内部にはヒノキ材寄木造りの阿弥陀三尊像が安置されている。建立は室町時代。旧国宝建造物。

塩船観音006_edited_convert_20100508193010 阿弥陀堂

阿弥陀堂から本堂に向う途中に入場券売り場がある。つつじ祭りの間だけ300円徴収される。都の天然記念物に指定されている大スギが左右にそびえ立つ石段を上がっていくと、水屋と薬師堂が見えてくる。

本堂・厨子(国指定重要文化財)

さらに階段を上がると正面に本堂があり、その右手にひっそりと建っているのが板碑堂である。本堂は木造・寄棟造り・茅葺で桁行七間、梁間六間の密教堂形式。内陣中央の本尊を安置する厨子は極めて精巧な作りで、内側右扉には普賢菩薩、左扉には文殊菩薩が描かれており、本堂と共に室町時代の建築で旧国宝建造物。(参考:塩船観音寺ホームページ)

塩船観音009_edited_convert_20100508193054 本堂(観音堂)

本堂の横から、すり鉢状の斜面を囲むようにして尾根に沿って、観音参道が遊歩道となっている。都内最大級と言われる15mの「塩船平和大観音像」は、2010年開創1350年祭を記念し建立され4月8日から一般公開された。この観音像に向かって、観音参道の緩い傾斜を登っていく。観音像が建てられている場所は塩船観音寺の最も高い所にあり、河辺の町まで眺望が開けている。

塩船観音021_edited_convert_20100508193418 塩船平和大観音像

塩船観音020_edited_convert_20100508193607 観音像の高台より河辺の町の眺望

斜面に咲き誇るつつじはどこから見ても見応えがある。最初は一番高い尾根伝いにぐるりと一周して上から鑑賞した。今度は、低地に降りて下から斜面を見上げる。どこから見てもつつじは斜面一面を覆って咲いている。紫のつつじが全体の色調にインパクトを与え色彩の絶妙なバランスを作っていた。

つつじ園の風景
塩船観音010_edited_convert_20100508193218 塩船観音014_edited_convert_20100508193329

塩船観音018_edited_convert_20100508194003 塩船観音023_edited_convert_20100508194103

塩船観音024_edited_convert_20100508194336 塩船観音029_edited_convert_20100508194210

テーマ : 思ったこと・感じたこと
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宮部みゆき 『鳩笛草』

5月7日(金)
人の心に去来する感情は、どんな場合でも、純粋で混じりけのないものではない。喜びにはそれを失うのではないかという不安が、悲しみにはそれが生み元となったものに対する怒りが、侮蔑には優越感が―という具合に、配分の度合いはどうあれ、多種多様の物が入り混じって存在しているのが普通だ。(光文社文庫P201)

鳩笛_convert_20100507164037この言葉がこの小説に貫くテーマになっているのではないか。共通するテーマは、超能力者であるが故の悲劇や悲しみである。どこにでもいる普通に生活していた若い女性がある日自分の持っている能力に気がつく。

「朽ちゆくまで」で予知能力、「燔祭」で念力放火能力(パイロネキス)、「鳩笛草」では、透視能力。「喜ばしく持っている」わけではなく、「持ってしまった」といった感じの主人公が、その力をどうしたいいか思い惑いながら、周りの人に気がつれないように静かに目立たないように普通の生活を淡々とこなしている。

宮部みゆきの小説では、超能力者が登場するものが結構あるが、非現実的である超能力者が、特別の存在としてではなくどこにでもいる普通の人間として描かれている。超能力自身も決して特殊な能力ではなく、誰にでももしかしたら似たような能力をもっているのではないかといった印象を与える。誰にでもある得意技の一つのようなものだ。そういった意味で、主人公の悩みに対して、自分のことのように感情移入して読んでしまう事が出来る。

「朽ちてゆくまで」
では未来予知ができる女性。事故で両親を亡くし、8歳の時のその事故で過去の記憶を失った女性が、育ててくれた祖母の死後、両親の遺品を整理していたら押入れの奥に隠されるように置いてある箱を見つけた。それは彼女にとって「パンドラの箱」だったのだ。

箱の中身は両親が撮影した自分の子どもの頃のビデオテープで、自分に予知能力があった事を発見する。しかし両親の死は何故予知できなかったのか。

「燔祭」は発火能力を持つ女性。妹を殺されて復讐に燃える男の前に、自分の持つ特殊な能力を復讐に使って欲しい、自分を武器にして報復するように申し出る。彼女は念力で対象物を燃やす事が出来る、もちろん人間も焼き殺す事が出来る。

「鳩笛草」
は相手の心を読める女性。主人公の女性刑事はこの透視能力を利用して、交通課から刑事課へと、地位を上げてきている。そういった意味で自分の能力の重要性を強く自覚し、それを捜査に役立てる事が出来るのをこの上もなく有意義に感じ、自分の生きがいに思っている。

しかしある日、その能力が少しずつ失われていくことに気がつく。その能力が衰え始めた時どうなるか、力を失った時に自分には何も残らないと恐れる。それこそ命すらなくなってしまうのではないか。こういった葛藤がこの小説のテーマとなっている。

宮部みゆきは書いている。「どういう能力でもそれは必ず、便利さや楽しさと背中合わせに、厳しさや辛さ隠し持っている恥だと思います。例えその能力が“超能力”と呼ばれる種類のものであったとしても・・・。SFという形に思い切ってジャンプせずに、ミステリーや恋愛小説の中でこのテーマを書くことは出来ないか、と考えている内に、本書が生まれました。」(カッパノベルス版・著者の言葉)

大体超能力SFというと超能力を使って世界変革や巨悪との対決を描くタイプだ。しかし宮部みゆきの超能力者が登場する小説は多くあるが、全くタイプが違う。特殊な能力を持つ普通の人間の物語なのだ。読者も超能力者という感じで一段高いものを見るように相対するのではなく、一つの変わった力を持った普通の人として接する事が出来る人物として描かれている。

超能力を異質なものとしてではなく、誰にでもある特殊な能力の一つとしてとらえることによって超能力者を普通の日常に引き入れ、我々が共感できる人物像を作り出してきた。そして特殊な力を手に入れた個人が、その力とどう付き合っていくのか、というと問いが彼らには付いて回る。

人間は誰でも特殊な事情を抱えている。それを好のむと好まざるとにかかわらず付き合っていかなければならない。このような普遍的テーマが我々の共感を呼ぶのだろう。彼女のような形で超能力を扱った小説は、SF超能力の物語を天上から地上に引き下ろしたものといえるだろう。

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臨時検診・ベルケイド4クール3回目

5月6日(木)
今日のメインは何といってもCT検査の結果、骨病変があるかどうかが分るということだ。あったららどうしようという心配がつのる。治療としては、ベルケイドとデキサメタゾンの静注、月1度の免疫グロブリンの点滴を行う。

検査結果 
 IgM   2572(5/6)←2538(4/28)←2455(4/21)←2367(4/14)
  
 白血球  3600(5/6)←4400(4/28)←5000(4/21)←4500(4/14)
 好中球  2560←2890←3490←2770
 血小板  11.6←11.4←13.3←10.5 
 赤血球  312←313←319←314
 ヘモグロビン  10.3←10.4←10.6←10.3 
 網赤血球   13 ←13 ←9←17 
 
 CRP   1.67←1.0 ←4.0←1.3
 IgG    218(5/6)←233(4/7)←245(3/3) 
 IgA    5(5/6)

治療方針について
今回のIgMの上昇は34だった。シクロホスファミドを2週間に4日間連続で100mgを服用する事にしたのが奏効したのだろう。以前はシクロホスファミド50mg1月4日間服用した位で白血球(好中球)が減少したが、今回は減少しているが問題になる数字ではない。薬の副作用は人によってもそうだが、同じ人でも時によって大きく変わるのだなと思った。IgMの状態が安定しているので当面今の療法を継続する事にした。

CT検査報告書

先週行ったCT検査の結果が報告書として医者の下に届いていた。前回2007年10月27日に行った胸部CTと比較されている「肺の状態は変化なし。胸水を認めない。肝臓、胆、膵、脾、副腎、腎に有意な所見を認めない。結腸に明らかな炎症変化、粗大病変を認めない。」

問題次の項目だ。「胸腹部大動脈、主要血管の壁石灰化が見られ、動脈硬化と考えられる。」確かに、年齢を重ねると動脈硬化になる。動脈硬化はある種の老化現象と言える。どのように動脈硬化の進行を抑える事が出来るかが重要だ。

一時ステロイドの影響でかなり上昇しことがある総コレステロールの値や、中性脂肪値は、今では基準値以内に止まっている。体重も入院とその後の自宅療養の中で8kg増えたが、それも食事内容の工夫で元に戻った。ともかく脂肪控えめのバランスの良い食事をとり、がんばって歩く以外ない。また高脂血症予防薬のベザトールはかなり前から毎日200mg1錠を服用しているが、これを続けることが必要だろう。

動脈硬化の進行を抑えるために方法として「動脈硬化NET」では3点提起している。
適正な運動: ストレス解消をかねて適正な運動を習慣化する。運動の目的は肥満の解消と同時に、運動を継続的に行うことで、善玉コレステロールが増える。
バランスのよい食事: 脂肪の摂り過ぎに注意し、血液中の脂質を減らすためには、 野菜や海藻類、食物繊維と豆類のほか、いわしやさばなどDHA・EPAを多く含む青魚を多く摂取する。
薬物による治療: 動脈硬化の危険因子の改善、合併症予防のために治療薬を服用することがある。

骨病変の有無
骨病変の有無に関しては「CT上明らかな骨密度の異常、骨外病変を指摘できない」といった診断だった。腰痛の原因が骨髄腫細胞による溶骨性病変でなかったということは一安心だ。骨髄腫細胞が原因の腰痛であれば、疼痛緩和のため放射線治療を用いる。また骨髄外形質細胞腫が腰痛の原因だったら腫瘍縮小のため放射線治療などを行わなければならない。さらに身体に負担をかけることになる。

報告書には「胸腰椎の変形、側弯を認める」ともあった。むしろこれが腰痛の原因なのだろう。胸腰椎の変形は昔通っていたカイロプラクティックの整体師から「大体の人は長年の生活習慣から背骨が曲がっている。それが肩こりや腰痛、さらには内臓疾患の原因になっている」と言われ私のも曲がっているということだ。治療は脊椎を矯正し正常に戻すことに主眼が置かれる。

「それでは腰痛の原因は何だろう」と医者に聞いた。「骨粗しょう症によるものかもしれない。しかしゾメタを毎月一度点滴しているので、この方法以外骨病変や骨粗しょう症に対応出来るものはない」ということだった。そういう事だから、医者から提示できる治療法はない。

昔から仕事の関係で腰痛には悩まされた。治療は知り合いが開業しているカイロプラクティックに通っていた。2、3回いくと治療が効いたのか治る時期が来たのか収まった。今回も普通の腰痛の治療を行っていく外ない。

CT検査での造影剤の使用について

CT検査での造影剤の使用に関して「造影剤はWMやMM患者は原則禁忌ではないのではないか」と医者に質問した。医者は「造影剤はベンス・ジョーンズ蛋白に過剰反応をする。しかしIgMは分子が大きいから大丈夫だ。正確な画像診断が撮れる方を優先した」と応えた。IgMの分子の大きさがどう関係するか分らなかったが、一応回答はあった。

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墓参り、新松戸の喫茶店

5月3日(月)
 昨日帰りがけに、明日5月3日の父親の命日に墓参りに行かないかと誘われた。弟が3日だけ空いているということもあって今日にしたということだ。母と妹、弟と4人で墓参りに行くのは何十年ぶりだろう。特に用があるわけではないので行く事にした。

昨年9月の時は、母親の腰が直りきっておらず長く歩けないので、八柱霊園の墓に行くのに、新京成線の八柱駅から、墓の前までタクシーで行った。墓の掃除をし花と線香をあげ、墓参りをしてまたその車で引き返した。霊園の入口近くのバス停から墓まで20分近く歩かなければならない。広い霊園は移動が大変だ。

今年もその楽なパターンで行くことになった。昔はタクシーを待たせるのにかなり抵抗があったが、最近は距離・時間合算の料金体系なので、運転手は快く待っていてくれる。金は取られるが待たせる方も気が楽だ。ゆっくりと掃除をし墓参りをした後、記念撮影までした位だ。

 新松戸から歩いて15分位の所に、知り合いが喫茶店をやっている。今の生活では常磐線沿線に来る用事は全くない。武蔵野線の新八柱から、新松戸まで一駅だ。こういった機会でないと一生その喫茶店に行くことはないだろう。家族で昼食を一緒に食べ、八柱駅で別れた。

DSC0010321.jpg喫茶店は、新松戸の駅から歩くとそれなりの距離がある。駅周辺からその喫茶店に来る人はいないだろう。地元の人が相手だ。周辺には工場や、事務所があるわけではない。流山電鉄の小金城址駅はすぐ近くにある。

「foo cafe」という名の喫茶店だ。住宅街の中にあり、回りは緑に囲まれ静かな雰囲気だ。ホームページに店の紹介が書かれている「フーっと一息、ゆっくり流れる時間を過ごせる隠れ家カフェ、木の温かさとナチュラルな雰囲気の店内でおいしい珈琲はいかがですか。古民具やアンティーク家具、自作のテーブルをゆったり配置。のんびりとくつろげる空間。」

 知り合いが店を開店したのが2002年11月で、店主のこだわりとして2点ある。一つはオーガニックの食材を出来るだけ提供する。フェアトレードの品物を使用し、それを紹介する。

オーガニックコーヒーは2002年に誕生した東ティモール民主共和国のマウベシ郡6つの集落、約200家族により生産されたフェアトレードの珈琲を使用している。その外紅茶、日本茶、ウーロン茶なども無農薬、自然農法のオーガニックの品物を使っている。

フェアトレードとは途上国の人々の仕事に正当な報酬を支払い、彼らが自らの手で暮らしと環境を守れるようにサポートする貿易のあり方であり、一方的な援助とは違う対等なパートナー同士として共存を目指すものである。フェア(公正)なトレード(交易)によって、生産者に不公平な負担、貧困を強い中間業者の搾取と収奪を横行させている貿易全体の構造を変えていく事を目的としている。

喫茶店で店主と1時間ばかり四方山話をして、店を後にした。よくフランスなどのカフェで朝から来て一日中いる人が見かけられるという事を聞くが、雰囲気のいいカフェだったらそういうこともあるだろう。「foo cafe」はそういった種類の喫茶店であると思う。ゆったりと流れる時間を味わうのにふさわしい空間だ。

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母親の米寿

5月2日(日)
母親の米寿の祝いを実家で行った。誕生日は4月26日なのだが皆の都合で今日になった。それぞれ贈物を持ち寄って、楽しく会食をした。母親はこういった機会が今までなかったのでかなり喜んでいた。やったかいがあったというものだ。

時が経つのは早いものだ。母は65歳で定年退職してから、既に23年も経っている。77歳の喜寿の時はイタリア旅行に行っていて誰も年齢のことなど考えなかった。一昨年はロシアに行こうとしていたが、旅行のⅠケ月前に滑って足首を捻挫し、しばらく起き上がれなかったことから全く事態は変わってしまった。

それまでは毎日1時間は必ず歩いていた。その散歩の最中に転んだのだ。また地域の「歩こう会」にも参加し定期的に出掛けていた。しかし、転んで1ケ月ばかり寝ていて体力が衰えたのが原因なのか、起きてからも足が十分回復していないからか歩こうという気が起きないのか、散歩にも出かけず、外に出るのは近くの整骨医にマサージに行く位になってしまった。

本当に動かなくなると体力は、それに比例するように減退してくる。日常生活には全く問題はないが、座っていたり、ごろりっと横になっている時間が多くなってきた。それでも妹と曼珠沙華を見に高麗の巾着田に行ったり、鬼怒川に行って江戸村を巡ったり、時々は誘われれば外出する。その体力はあるが、もはや1人でどこかに行く気力はなくなっている。
 
年齢から言えば当然の体の状態なのだろうが、かっての元気な姿を見ているだけに2、3年でこんなにも老けてしまうとは少し驚かされる。年齢は足腰からということを目の当たりに知る事になった。

母親は米寿の祝いなどいいといっていたが、皆で盛り上げてやることにした。親孝行といっても何かを出来るわけではない。せめてこの位のことをしなくては。プレゼントの選び方が皆特徴的だ。

弟はフラワーアレンジメントのバスケットを買ってきた。全体が紫色の色調で、何とその中に青いバラが入っていた。これはサントリーが最新のバイオテクノロジーの遺伝子組換え技術を用いれば可能になるはずということで、パンジー由来の青色遺伝子を導入したバラがデルフィニジン(青色色素)を作ることを発見し、2004年にようやく開発に成功したという代物だ。このような駕籠の中に含まれるようになったという事は大量生産が可能になったのだろうか。

長男は今日ライブで祝いの会食には参加できなかった。その代わりプレゼントをどうしようか色々考えたらしい。最初は着物を贈ろうなどと大それた事を考えたが、体のサイズを聞くため電話した時「貰ってもどの道着る機会は全くないので気持ちだけ受け取っておく」とあっさりと断られた。そこで、今度はエルメスに行って気に入ったものを探してきた。他の人とのバランスを考えてくれと言いたい位の品物だった。

次男は昼間向島に住んでいる友人の家に遊びに行っていた。そこで友人に薦められ奮発して買って来たのが、青柳正家の栗羊羹。職人が一つ一つ丹念に作っているため2日で80本の限定商品で4000円近くするらしい。それをお祝い品として買ってきた。これはさすがに美味しかった。栗が大きく甘みが押さえられていて、栗の甘みだけで甘さを出しているような感じすらする。

息子たちと母とは、通常の祖母・孫の関係とは少し違う。母は退職後住んでいた八丁堀から豊島区のその頃住んでいた借家の近くに引越してきた。うちでは両親が共働きで、保育園や学童クラブに息子たちを通わせていたが、二人とも遅くなる時には母に子供を頼んだ。週1、2回子供たちの夕食を作り、家の掃除や片づけを手際よくこなしてくれた。息子たちは母にかなり世話になったという印象があるようだ。

皆色々祝い品を考えてくる。私が一番安易なもので、いつも使っている湯飲みが安っぽいものだったので、湯飲みの良い物を買おうかと思って店員に聞いて、薦められた織部焼のものを迷わず買ってしまった。贈物はこんなものでしかなかったが、私の役割は夕食のメインの食料の調達だ。

椎名町の駅から3、4分の所に魚河岸寿司という店がある。人が来たりしたり、誕生日とか、何かあって会食をしようとする時に、昔からよく利用していた。安くてネタがいいと評判だったので行ってみて、それからもっぱらこの店を利用している。特上でも1人前1000円だ。色々取り混ぜて今日参加する5人前分位を見繕って持って帰った。

参考-長寿祝いの由来
61歳:還暦 十干十二支が一巡して自分の干支の戻る年なので、生まれた時に還るという意味。
70歳:古希 中国・唐の詩人、杜甫の「人生七十古来希なり」に由来したもの。
77歳:喜寿 喜の字の草書体「㐂」が七十七に通じる。
80歳:傘寿 傘の略字は「仐」と書く。これが八十と読める。
88歳:米寿 「米」という漢字を分解すると八十八になる。
90歳:卒寿 「卒」の略字は「卆」と書く。これは九十と読める。
99歳:白寿 「白」という字も九十九も、一を足すと百となる。

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哲学堂・つつじ園

5月1日(土)
ゴールデンウイークの渋滞が始まっているとニュースで言っている。仕事をしていた時は、取引先が百貨店や量販店だったこともあって、ゴールデンウイークだろうが、正月だろうが仕事がある。仕事の量は全く普段と変わらない。ただ休む人がいるため余計仕事はきつくなる。そういった意味で自分が休めない分、休日特に連休は負担に感じた。

休日になるとそういった事が思い出されて、今の生活とのあまりの格差を改めて思い知る。永遠に続くと思われていた日常生活が、ある日がんの宣告と共に突然切断される。日常生活の中に不条理な出来事が突如として侵入してくる。その不条理性に驚愕し、日常性のもろさを痛感するのだ。その異質で、不条理な生活がやがて、日常性へと慣らされていく。

何事もなかったかのように日々が、実際にはかってと全く違った生活が、何の矛盾もなく繰り返されていく。平日と休日の間に区別がなくなり、同じように日常生活の中に存在している。

初夏の陽気だった。地方の観光地は混んでいるのだろう。都心は空いている。近くを散策する事にした。哲学堂公園のつつじ園に出かけた。公園の入り口の所に野球場がある。息子が地元の少年野球チームに入っていたので、この球場での試合の応援によく駆けつけたものだ。

哲学堂の建物は5月の連休の期間開放される。四聖堂・宇宙館・絶対城・六賢台、無尽蔵の扉が開けられ中を見学できる。陳列所である無尽蔵や図書館であった絶対城には哲学堂の歴史を示す展示物が陳列されていた。哲学堂は明治37年にこの地に、四聖堂(釈迦、孔子、カント、ソクラテスの東洋、西洋の哲学者をまつる)を建設したのが始まりである。

六賢台は六角形の三層の建物で、以前からこの中に入ってみたいとは思っていた。狭い木の階段を上がり最上階に行くと、中庭が眺望でき、四聖堂や宇宙館がその全景を見せている。四聖堂には寝釈迦仏の像(釈迦涅槃像)が置かれていた。宇宙館には聖徳太子立像が安置されている。普段目に出来ない物を、偶然目に出来たようで得した気分になる。春と秋の年2回1週間しか開放しない場所なのだそうだ。
 
哲学堂004_edited_convert_20100501155933 六賢台からの四聖堂と宇宙館

哲学堂の古建築物を巡り、つつじ園に行く。つつじは種類が多く咲く時期がまちまちでなかなか一斉に満開といった形で咲かない。哲学堂のつつじ園も半分位しか咲いていなかった。まだ早すぎたのだろうか。

哲学堂009_edited_convert_20100501160040 つつじ園

妙正寺川を渡り、梅林のある方に行ってみると、1年位前にいった時にはなかった聖人の立像が10数体建てられていた。立ち並ぶ立像の群れは公園の雰囲気を大きく変えていた。その聖人の選択の基準が良く分らないが、哲学堂の創立者井上円了の趣味なのだろうから何とも言えない。四聖人はともかくも、ガンジー、達磨大師、マホメット、ヘロドトスなど脈絡も関係もあまりはっきりしない。

哲学堂013_edited_convert_20100501160146 聖人の群像

暖かい昼下がり、哲学堂を後にして、新青梅街道をしばらく行くと、ダイニングSHISUIというイタリアンレストランがあった。昔西落合に住んでいた時にこの店の名前は聞いたことがあり、前を通った事もあったが入ったことはなかった。

オープンカフェ風にガラス戸がなく、涼しげな雰囲気だった。昼を大分回っていた関係からか、都心にあまり人がいないせいなのか客は2人しかいなかった。ランチをまだやっていたのでここで昼食をとる事にした。街道の車は少なかった。歩道の人通りもあまりない。穏やかな日差しが歩道を照らし、店の中はもの静かな曲が流れている。外からの風が肌に心地よい。とてつもなく心豊かな雰囲気を感じる事が出来た。

帰りは、荏原中野通りから、千川通りに出て里桜(カンザン)の並木を潜りながら戻った。ひたすら花びらが舞い散っていた。

里桜(カンザン006_edited_convert_20100430231535 里桜(カンザン)

里桜(カンザン005_edited_convert_20100430231440 千川通り沿いの桜並木

里桜(カンザン001_edited_convert_20100430231345

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