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立山黒部アルペンルート2日目 弥陀ケ原

9月27日(月)
ホテル立山の1階に降りると美女平行きの高原バスの発着所がある。20人位の団体客以外は10人ほどの個人客がバス停に並んでいる。立山高原バスは全員着席の定員制なので、途中下車する場合には降車時に次の乗車便を予約しなければならない。高原バスは低公害化を進め、立山特有の急勾配や厳寒期の気象状況に対応できるよう幾度の走行試験を重ね開発された高出力型ハイブリッドバスを採用している。

弥陀ヶ原の高原散策が今日の目的の1つである。室堂から弥陀ヶ原までは10分位だ。個人客の大部分の人は弥陀ヶ原で降りた。バス停には車掌が待機していて、途中下車の人に次の便の予約を取っている。マイカー規制をしているだけあって丁寧な対応だ。

ここは標高1600m~2000mのなだらかな斜面に広がる高原で、室堂の険しい山々と溶岩台地のごつごつした雰囲気とはガラッと変わり、色彩的にも落ち着いた色になり、秋のさわやかな高原の空気を思う存分を味わうのにふさわしい雰囲気である。

DSCF1116_convert_20100928222827.jpg 木道の遊歩道

弥陀ヶ原ホテルの脇から木の遊歩道が高原の只中に伸びている。遊歩道からは、広大な草原が広がりとその先の大日岳、奥大日岳を中心とした大日連峰の姿を存分に楽しむ事が出来る。完全な紅葉はまだだが、木の葉は色付き始め、草の葉は既に黄色に染まってきている。草原を進むと湿地帯になり、至る所にガキ田と呼ばれる池塘(ちとう)が遊歩道の左右に現れてくる。

DSCF1106_convert_20100928222543.jpg 湿原と大日連峰

DSCF1126_convert_20100928222939.jpg 大日連峰

山々と反対側は開けていて富山平野が一望できる。霞んでいたので富山湾までは見えなかったが、からりと晴れた日にはよく見えるそうだ。ともかくアルプスの山々、富山平野、高原の広々とした風景、湿地帯の珍しい情景など様々な見方が可能で、飽きることなく色々な楽しみ方を見出す事が出来る。

立川黒部114_convert_20100930223858 富山平野の眺望

弥陀ヶ原に広がる湿原には池塘(ちとう)が大小約3000ある。地獄の餓鬼たちが耕したという伝説でからガキ田という名が付いた。池塘とは水はけの悪い低温の地面に枯れた草木が腐ることなく水がせき止められて出来たものだそうだ。

7~8月頃には高山植物が咲き乱れ、湿原植物も豊富であると言われていて、特にワタスゲ(果穂)の群生は見ものだそうだがもはやすべて終ってしまっている。コウメバチソウ(エゾウメバチソウ)の可憐な姿をやっと目にする事が出来ただけだった。最初高山植物で馴染み深いチングルマだと思ったが、葉が違うので調べたらコウメバチソウに近い。恐らくその花に違いないだろう。

DSCF1118_convert_20100928222432.jpg ガキ田(池塘)

DSCF1131_convert_20100928223101.jpg コウメバチソウ
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立山黒部アルペンルート1日目 室堂平

9月26日(日)
大観峰からの立山トンネルトロリーバスは10分程で室堂に着く。バスの改札を出ると、そこがホテル立山の入口だった。土産物屋がありさらに進んで行くと、ホテルのロビーに着く。そこで荷物を預け、アルペンルートのメインコース室堂平のトレッキングに出かけた。標高2450mの溶岩台地で、火山湖や地獄谷などが点在する。

トレッキングコース : ホテル立山→みくりが池→みくりが池温泉→エンマ台→山崎カール→血の池→みどり池→立山室堂山荘→立山室堂→ホテル立山

ホテルの裏手からトレキングコースが始まる。立山と書かれた石の碑がありその背後には雄大な立山の稜線が連なっている。そこから石畳の整備された遊歩道が続いている。遊歩道の左右はハイマツにおおわれていて高山の雰囲気が否が応でも高まってくる。

DSCF1071_convert_20100928221300.jpg みくりが池

みくりが池は立山の火山の水蒸気爆発跡に出来たもので、名の由来は神の台所=御厨から来ているそうだ。真っ青な水をたたえ山々の姿を写し出している。みくりが池の周辺を進んで行くと、地獄谷に至る長い下り階段があった。それを降りるのはいいが上がるのはかなり大変そうなので、エンマ台という地獄谷を見下ろす高台があり、そこから地獄谷の景色を眺める事にした。エンマ台の手前にみくりが池温泉があって、登山で疲れた身体を温泉に入ってほぐし、ゆったりするのに最適だ。

DSCF1082_convert_20100930081308.jpg 地獄谷

立川黒部272_convert_20100930211220 山崎カール

エンマ台からはガス蒸気が噴出している地獄谷が眼下に見下ろせる。山の方を見ると山崎カールが岩肌を切り裂いている。氷河が山肌を移動する時に岩を削り取った跡だ。さらにコースを進むと血の池、みどりが池と続く。

DSCF1084_convert_20100928221405.jpg 血の池

DSCF1090_convert_20100928221708.jpg みどり池

遊歩道は立山の雄山に近付いていく。室堂山荘の裏に雄山が聳えている。すぐに頂上に登れそうな位間近にある。雄山トレキングのコースチャートによると頂上まで3時間半はかかる。室堂山荘の裏に立山室堂がある。山岳信仰の歴史を示すもので、立山に登拝する人達の宿泊と礼拝のための山小屋であった。江戸時代に現在の形になった。中には昔使われていた食器や登山道具などが展示されている。

立川黒部276_edited_convert_20101001000705 室堂山荘と雄山

DSCF1093_convert_20100928221826.jpg 間近に見る雄山

DSCF1100_convert_20100928222043.jpg 立山室堂

室堂山荘の前には溶岩台地が広がっている。そこには円い形をしていて中が黄色で周りが赤という変わった形の植物が自生している。とがった供養塔がみくりが池との分岐点にあり、そこからホテル立山まではすぐだ。

DSCF1062_convert_20100930081154.jpg 溶岩台地

DSCF1095_convert_20100928221937.jpg

夕方頃から室堂平は雲におおわれ始めた。ホテルの窓から時々外を見たが一向に晴れる気配はない。結局星を見ることは出来なかった。

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立山黒部アルペンルート1日目 黒部ダム、大観峰

9月26日(日)
扇沢
信濃大町から扇沢までバスで40分程で着く。扇沢から先は一般車両は入れない。富山側から来る場合は立山駅で観光バスやマイカーを降りてケーブルカーに乗る事になる。扇沢から立山間は環境保護のため専用車両しか使用できないということだ。美女平から室堂までは高原バスを利用することになる。扇沢から立山までの交通機関は全て立山黒部貫光株式会社の経営である。この会社はホテル立山の経営も行っている。

280px-Ogisawa_Station_1-1.jpg 長野-信濃大町-扇沢への路線バスには乗客が5人しかいな
 かった。季節はずれだし日曜から行く人は少ないのではないか
 と思っていたが、扇沢駅〈左写真)の駐車場に着くと、広大な
 駐車場には観光バスが何十台も並び、マイカーも含めてびっし
 りと埋まっていた。

 観光客の大部分は旅行会社のパック旅行の人達なのなのだろう。トロリーバス乗り場には出発20分前だというのに長蛇の列が作られていた。駅員はまだまだこの倍位は並びますよという。バス1台で乗せきれなければ2台でも3台でも出すらしいから心配はないということだ。

出発の10分位前になった時、列に並んでいる観光客に向って、駅員の一人が富山名物のます寿司の売込みを開始した。駅員がこのような売込みをするのは初めてだ。それが終ると次に土産物を、そして最後に扇沢専用トロリーバスのチョロQを宣伝した。日本でトロリーバスを運転しているのはここだけで、従ってトロリーバスのチョロQはここでしか買えない、となかなか売込みが上手い。駅員にしておくのがもったいない位だ。観光地だからか駅員がこういったことまでしなければならないとは大変だ。

黒部第4ダム
トロリーバス2台に人をぎゅうぎゅうに詰め込んで、映画『黒部の太陽』の舞台となった関電大町トンネルを15分ばかり進むと黒部ダムに到着する。このトンネルは破砕帯にぶつかる難工事で、171名の犠牲者を出した。ここをバスで何事もなかったようにすんなり通るのは、何ともいえない気分を味わう事になる。

切り立った断崖の間に、この地形を利用してダムを造るということは水力発電にとって極めて有効であるのだろうが、そのためにダムそのものより資材を運ぶ道路建設の方が、いかに時間と労力がかかるかということをトンネルを走りながらつくづくと思い知らされる。

黒部ダムの改札口を出るとレストハウスに行く下りる階段と、展望台に行く上る階段に分かれる。展望台までは220段あるという。エネルギーがあるうちに上ってしまおうと思って展望台に向う階段を上る。60段毎に後何段と表示があり、体力の調整に役立つ。途中何箇所かベンチがありそこで休憩を取りながら、階段を上りきり展望台にたどり着く。

展望台からは、黒部第4ダムが放水している全景と黒部湖が眼下に広がる。正面には立山の山並みを仰ぎ見ることが出来る。主峰雄山、大汝山、富士ノ折立の三峰を総括して立山と呼ぶ。

DSCF0997_convert_20100928220812.jpg 黒部第4ダム

DSCF0995_convert_20100928220706.jpg 黒部湖

DSCF1006_convert_20100928220952.jpg 展望台から立山連山を臨む

DSCF1016_convert_20100929215554.jpg展望台からダムを見ながら長い階段を下りて、レストハウスに行く。昼食には御当地グルメとして紹介されていた、「黒部ダムカレー」を食べることにした。真ん中の扇型に盛ったライスはダム、カレーは黒部湖、ヒレカツは流木、ポテトサラダは放水、キャベツは水しぶき、パセリは対岸の松と色々工夫している。

カレーが来て、見てみるとカレーが緑色っぽい。湖の色を模しているのだろう。これはほうれん草を加えているからだそうだ。カレー自体はレトルトカレーの味位だろうと思っていたが、なかなかどうして侮れない、ココナツやクリームを使用した本格的な味だ。

黒部平、大観峰
レストハウスからダムの堰堤を渡って、トンネルを潜ると、そこがケーブルカーの黒部湖駅である。この黒部ケーブルカーは全て地下を通っている珍しいものだ。景観を守るためと雪などの影響を考えた結果だということだ。この駅でも改札前に駅員が黒部渓谷の自然や見所を説明し、最後に「立山黒部写真集」の購入を勧めるという、本の販売営業をやった。

このケーブルカーは標高差372m、最大勾配31度という急斜面を登り、黒部平に5分で着く。黒部平から大観峰までは立山ロープウェイで行く。このロープウェイは支柱が1本もない。標高差は488mである。展望台の見晴らしはさすが大観峰というだけことはある。目の前に後立山連峰の峰々が連なっている。

大観峰の標高は2316mで向かいのアルプスの連山を同じ高さで見ているようだ。正面に赤沢岳、針の木岳などの3000mに近い山が目の前に広がる。遠くに鹿島槍ヶ岳が雲海の間に姿を見せている。背後は立山の絶壁だ。大観峰から黒部平まで広がる広大な斜面はタンボ平と呼ばれている。原生林や高山植物が群生し季節ごとに違う景観が見られる所だということだ。

DSCF1033_convert_20100929215659.jpg 大観峰正面の赤沢岳

DSCF1035_convert_20100928221143.jpg 左から赤沢岳、スバリ岳、針の木岳と黒部湖

DSCF1032_convert_20100928221043.jpg 鹿島槍ヶ岳

DSCF1047_convert_20100929215756.jpg ダンボ平

大観峰からトロリーバスで室堂まで行く。このバスも全て地下を通る。室堂には今晩宿泊するホテル立山がある。バスの停留所の改札を出るとそこがホテル立山だった。

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定期検診の日

9月29日(水)
血液検査結果 
 IgM   3887(9/29)←3487(9/15)←3305(9/1)←3383(8/18) 
 IgG    558←518←501←470
 白血球  3400←3500←3300←2600
 好中球  1310←1550←1690←1090
 血小板  8.2←9.0←7.5←7.1
 赤血球  299←294←296←318←325
 ヘモグロビン 10.1←9.9←10.2←11←11.1
 網赤血球   11←14←10←10←8
 CRP   0.31←0.44←0.58←0.6←0.83 


2週間前、サイトメガロウイルス網膜炎の治療にとって免疫力を落とさないようにする事が必要だったので、服用予定だったメルファランとプレドニンの服用を中止した。当然のことながらIgMは上昇した。もはやサリドマイドは単独では何ら効果を発揮しない。薬を服用しなくなると2週間でIgMが400も上昇してしまうのだ。無治療だと半年で4200上昇するという訳だ。薬を手放せない身であるという事を思い知らされた。

今回レナリドミド(商品名レブラミド)を初めて使用するということで、担当医から「レブメイト(レブラミドミドカプセルの適正管理手順)への登録及び遵守事項に関する同意説明文書」を読み上げられ、その14項目に関して同意する旨サインする。また絵入り説明書のファイルを広げ(医者は紙芝居と言っていたが)レブラミドの副作用や使用方法についての説明が行われた。

特に副作用については念入りに説明された。便秘、または下痢、吐き気、筋肉のけいれん・ぴくつき、めまい、むくみ、けん怠感、皮膚のかゆみなどがある。特に重要なのが 足に生じる深部静脈血栓症と、肺に血塊が詰まる肺塞栓症で、足のふくらはぎの痛みやシビレ、突然の息切れ、胸の痛みといった症状が前触れとなる。

骨髄抑制にともなう血液障害が起こる可能性がある。担当医が受け持っている患者でレナりドミド使用している患者が5人いるが2人に骨髄抑制が見られた。白血球減少が主なものだが赤血球減少も見られる。

重い副作用として、皮膚障害や間質性肺疾患、腫瘍崩壊症候群、心筋梗塞など心障害、甲状腺機能低下症などが報告されている。医者はいつでも最悪の事を言うので話半分に聞いておけばいいが、聞くほうは気持ちのいいものではない。

このような説明を受けて初めてレブメイトに登録される。そして登録証としてレブメイトカードを支給される。その後薬剤部に書類を持って行く。薬を受け取る時には、薬剤師からレナリドミド服用に関する注意事項の説明を受ける。殆どサリドマイドと変わりないような気がする。今日は最初だったので煩雑な手続きをしたが次回からは簡素化されるのだろう。

レナリドミドの処方に関しては、デキサメタゾンとの併用やMPとの併用が考えられるが、どのような副作用が出るか分からないので単剤で服用する。通常1日5mgカプセルを5カプセル服用する事になっているが、最初だということで3カプセルにして様子を見ようという事になった。

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立山黒部アルペンルート

9月24日(金)
明日から3泊4日で旅行に出かける。以前から行きたかったがなかなか機会がなかった。体力があれば南アルプスの山歩きにでも挑戦したい所だが、それは今の体力では難しい。安易な選択だが、アルプスの高山まで交通機関を利用していける所を選ぶ外ない。

トロリーバスやケーブルカー、ロープウェイを乗り継いで2400mまで行けるのは、立山黒部アルペンルート位しかない。『剱岳』の映画に出てきた紅葉が素晴らしかった。室堂辺りでは9月半ばから紅葉が始まると書いてあった。ただ今年は暑かったのでどうなっているか分からない。

通常1日目は、上野から新幹線で長野まで出て、そこからバスで扇沢まで行く。ただ時間もあることだしゆっくリ見て回りたいので、朝一番で扇沢に行くバスに乗りたいと思い、土曜日に出発する事にした。そうすれば家を出る時間も適当でいいし、新幹線を使わずに新宿から中央本線-大糸線を利用して信濃大町までいけるので安上がりだ。もっとも直通の特急を利用すれば値段はあまり変わりない。信濃大町では安い駅前旅館を探し泊まればいい。

2日目は信濃大町からバスで扇沢まで行き、黒部ダム-黒部湖-黒部平-大観峰を経て、様々な乗り物を乗り継ぎ室堂に到着し、そこで宿泊する。標高2,450m、日本最高所のホテル立山に泊まる。夜晴れていれば星を見るのに絶好の場所だ。

000363-001_convert_20100924214307.jpg  イワイチョウの草紅葉(ホテル立山のHPより、9/18撮影)

次の日は室堂から、弥陀ヶ原-美女平-立山まで、バス、ケーブルカーを利用して行き、そこからは富山地鉄立山線に乗り、寺田で富山地鉄本線に乗り換え、宇奈月温泉駅まで行って宿泊する。

4日目は黒部渓谷トロッコ電車に乗り欅平駅を往復し、宇奈月駅に戻ってくる。後は東京に帰るだけだ。宇奈月温泉駅から富山地方鉄道で新魚津まで行き、北陸本線に乗り換え、越後湯沢で新幹線に乗れば1時間少しで東京に着く。

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高額療養費委任払い制度(2)

9月23日(木)
高額療養費制度の様々な使い方
◆ 高額療養費の現物給付化
平成19年4月より、入院に係る高額療養費を現物給付化し、一医療機関ごとの窓口での支払を自己負担限度額までにとどめることができるようになりました。この制度を利用するには、事前に全国健康保険協会に「健康保険限度額適用認定申請書」を提出し、「健康保険限度額適用認定証」の交付を受け、医療機関の窓口に認定証と被保険者証を提出してください。(社会保険庁:保険給付より)

認定証による、自己負担限度額のみの支払いに関しては、2007年12月ベルケイド療法で入院した時に利用した。その時は申請書を提出したことはなく、健康保険組合に電話して認定書を送って欲しいと依頼したら次の日には送られてきた。

その頃は会社が加入していた組合保険で、自己限度額が25,000円だったが、窓口で払ったのは国民健康保険の限度額と同じ80,100円だった。25,000円との差額は3月後に戻ってきた。この制度はかなり助かった。昔はカードによる支払いも出来ず、入院中毎月数10万円の金を窓口には運ばなければならなかった。

◆ 委任払い制度

入院で出来る制度を通院でも可能にするのが、委任払い制度である。初めから還付額を見越し、自己負担限度額のみを支払うものである。レナリドミドを長期に使わざるを得ない状態で医療費負担をどうするかは極めて大きな問題だった。

「委任払い制度」手続きの概要
1、病院が「委任払い制度」を引き受けてくれるかどうか確認する。
2、確認が取れたら、健康保険組合(国民健康保険課)に行って、書類を貰う。3通の文書に、住所、氏名を記載し、印鑑を押す。この書類は毎月健康保険組合に取りにいかなければならない。
3、その書類を病院の会計課(医事課)の高額療養費の担当者に渡し手続きは終る。
4、支払い窓口では「委任払いになっている」といって医療費明細だけ貰い、支払いはしない。
5、その月の最後の診療日、または翌月の最初の診療日に病院の会計課(医事課)に行って、自己限度額の44,400円を支払う。

今月は既に10万近く払っている。ここから44,400円を引いた額は、病院に提示した銀行口座に振り込まれる。来月からは月末か、翌月初めかに44,400円支払えばいい。9月26日からレナリドミドを使用するが、2週間分の処方となるので通常月よりは少ないが、その分眼科の費用が加算され、30万円は超えてしまうだろう。9月からこの制度を適用してくれたのは有り難いことだ。

44,400円の限度額のみを払えばいいという事になったのは、今年の4月に1つの制度の改変があったからだ。それまでは総合病院で幾つの科で診療を受けていた場合、診療科ごとに保険者(健康保険組合)に請求が行っていた。その関係もあって、1つの科で限度額を越えた支払いをしていても、別の科での支払いはその額に加算されない。その額が21,000円を越えた場合にその分戻されるという事になっていた。

しかし、今年の4月から、総合病院からの健康保険組合への請求が一括になったため、診察を受けている幾つかの科の合計額が自己限度額を越えた場合返却されるという事になった。そのおかげで血液内科と眼科の支払いの合計額が自己限度額の対象となったのである。

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眼科治療の現状

9月22日(水)
4回目のデノシンの硝子体注射を行った。今までは週2回やっていたが来週からは週1回になる。デノシン(一般名ガンシクロビル)はサイトメガロウイルス(CMV)感染症に対する薬剤で、血液中に発現した場合、1回体重1kg当たり5mgを1日2回、12時間毎に1時間以上かけて、点滴静注する。

CMVが血液中になく眼内にのみ現れたので、デノシンの眼内注射をする事になった。その方法とは、デノシン(ガンシクロビル)1アンプル(500mg)を20mlに溶解して、そのうちの0.1ml(2.5mg)を30Gの針を用いて眼球内に注射する。この際の眼の消毒は通常の眼科手術と同様の方法で行う。

眼底の写真を見ながら担当医からの説明があった。CMVの影響が網膜に出ると血管炎、出血、炎症を起こし、視力の低下を招く。CMVはかなり減少している。眼圧も9/2-27、9/13-22、9/17-18と減少してきている。見え方も右の方の3分の1位がまだ視野欠損しているが、左の方が見え始めている。

眼底写真を見ると左の方が白くなっている。まだCMVによる炎症があり、視野の回復に至っていいないということで、さらにデノシン硝子体注射は続けざるを得ない。また3種類の点眼剤を使用している。抗菌剤クラビットを毎日4回、炎症を抑えるステロイド剤サンベタゾンを2回、瞳孔を開くミドリンを寝る前に点眼しなければらない。

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リレーフォーライフ・ジャパンin新横浜2010

9月18日(土)
昨年に引き続き今年もリレーフォーライフに参加した。ももの木として団体参加しテントを確保してある。

リレーフォーライフ024_convert_20100919121316 ももの木のテント

リレーフォーライフ(命のリレー)は、がん患者や家族、その支援者らが公園やグラウンドを会場に、交代で24時間にわたって歩き、地域社会全体でがん征圧を願い、がんと闘うための絆を育むための、啓発サポートキャンペーンである。

思ったより会場に着くまでに時間がかかり、着いた時には開会の挨拶が始まっていた。実行委員長より開会宣言が行われ、神奈川県知事、横浜市長からの挨拶があった。会場に着いて、閑散とした雰囲気を感じた。昨年の半分位の人しか集まっていなかった。

2006年に日本で始めて「RFL inつくば」が開催された。その後各地に広がっていた。2008年新横浜で開催された時には、ここが関東で最初であった。その時はかなりの人が集まった。

その後、茨城、埼玉、千葉、東京と開催され、新横浜の会場に来ていた人達はそれぞれの地域でのRFLに参加するようになり、その分新横浜の会場に来る人達も少なくなって来るのは当然だ。会場の日産フィールド小机は400mのトラックを持っているかなり広い会場なので、人が少ない感じが強調されてしまう。

今年の関東のリレーフォーライフ
茨城(5月22日~23日・2回目) 埼玉(9月11日~12日・2回目) 川越(9月18日~19日・2回目) 千葉(9月18日~19日・初開催) 東京(10月9日~10日・2回目)

リレーフォーライフ027_convert_20100919121420 サバイバーズウオークのももの木のメンバー

RFLの新横浜会場では、12:55にリレーウォークがスタートし、それ以降ひたすら、参加者はトラックを回る。15:00にはサバイバーのみによるウォークが行われ会場を1周する。19:00キャンドルに灯が灯され、ルミナリエが始まる。21:00には全てのイベントが終わり、夜間タイムになり、ナイトウオークとなる。

ルミナリエとはメッセージを託したキャンドルに火を灯して、がんで亡くなった人たちを偲び、またがんと闘っている人たちへの思いをキャンドルに託し祈りを捧げるというものだ。

会場正面のステージでは最初に華やかなよさこいの踊りが披露される。その後、次々とボランティアの演奏家たちが、様々な曲を聞かせてくれる。KeStar with T(歌と演奏)、横浜市消防音楽隊演奏、馬頭琴(モンゴル伝統楽器のソロ演奏)、para-e-sola N.U.(歌と演奏)、自由が丘ゴスペル(合唱)、AFROPIEA(歌と演奏)、ハープ演奏といったグループだ。

リレーフォーライフ001_convert_20100919120945 よさこいの踊り

リレーフォーライフ015_convert_20100919121112

会場脇のテントが講演会場になっていて、そこでは、紙芝居、福さんの読み聞かせ、がんとお金(講演)、「今増えている大腸がん」(講演・昭和大学横浜市北部病院消化器センター教授 工藤進英先生)が行われた。

リレーフォーライフ018_convert_20100919121213 大腸がん撲滅キャンペーン(大腸の模型)

ももの木のテントには新しい横断幕が張ってあった。これはある患者家族の寄付によって作られたものだ。今回かなり前からももの木のホームページでRFLへの参加を呼びかけたかいがあってか、延べ20人ほどのメンバーの参加があった。知らなかったメンバーもいて、一緒に歩きながら色々話をし交流を深める事が出来た。

リレーフォーライフ041_convert_20100919121523 ルミナリエ・暗くなりキャンドルに灯が入る

リレーフォーライフ058_convert_20100919121647  リレーフォーライフ060_convert_20100919121850

20時頃になって田中先生が食事をしに行こうと皆を誘った。最初に3人ほど偵察に行き、場所が決まったら連絡するということだった。場所は新横浜の駅の傍だというので、21時には帰るつもりだったので荷物を持って会場を後にした。

行ったのは居酒屋で13名が集まった。結局飲み会であった。ももの木の交流会の後でも、あまり飲む人がいないので飲み会はめったにやらない。珍しい機会だ。1時間半ばかり歓談し、何人かは新横浜駅から帰り、2人の女性は近くのホテルに泊まってまた明日会場に行くという。残りのメンバーは会場に戻り、今晩は会場のブルーシートの上で野宿になる。

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高麗・巾着田

9月17日(金)
病院での眼の治療
連日35度といった猛暑の中で、とても外出する気分ではなかった。出掛けたとしてもウォーキングで身体を鍛える所ではなく、熱中症で倒れるのが関の山だったろう。2、3日前からやっと涼しくなった。そろそろウォーキングの開始時期だ。

今日は眼科でデノシン硝子体注射の3回目を行った。眼圧も30から22になり今日は18だった。網膜の腫れも引いてきていると言われた。幾分か視野が広がってきたような気がする。デノシンはサイトメガロウイルスに対して効果を発揮しているようだ。9時予約で10時半には終了した。

病院を出ると空気がすがすがしい。少し郊外に足を伸ばしたいと思った。昨日見た花の名所案内に「巾着田曼珠沙華まつり」を9月15日から30日までやっていると書いてあった。開花は遅れているとあったが少しは咲いているだろうと思って出かけた。

池袋から高麗へ
池袋に着いたら特急のレッドアロー号が間もなく出発する所だった。臨時で高麗駅にも止まるという。いいタイミングだ。高麗駅の改札口には御丁寧に「曼珠沙華は咲いていません」と書かれた看板が立てられていた。しかし高麗まで来て、この看板を見たからといって誰だって引き返しはしない。とりあえず行ってみるだろう。

駅前にはベンチが並べられテントか張ってあり、色々な出店の準備が進められていたが営業はしていない。本来なら15日頃から書き入れ時なのだろうが、曼珠沙華が咲いてないことには客も集まらない。駅前は「曼珠沙華まつり」ののぼりや垂れ幕で飾り付けられ、18~20日の連休に来るであろう大量の観光客を迎える準備を進めていたはずだ。しかし残念ながら花は咲かなかったというわけだ。

高麗001_convert_20100917182227 高麗駅前

高麗石器時代住居跡
高麗で降りて案内看板を見るといつも気になって、行こうと思って行ってなかった「高麗石器時代住居跡」を最初に訪れた。縄文時代中期の遺跡・竪穴住居跡だ。三内丸山遺跡位の規模になると感動するが、どこの石器時代の住居跡に行っても感じるのだが、大体円い窪みがあるだけで期待したほどでないのでがっかりする。その窪みに太古の世界を感じる想像力が欠如しているのだろうか。

この遺跡は国指定史跡となっている。竪穴住居は円形で、直径が約6メートルほどの大きさであり、周囲には柱をたてたと考えられる小さな穴が十数個めぐっている。住居跡からは多数の縄文土器をはじめ、耳飾などの土製品、打製、磨製石斧、石皿、くぼみ石、石鍬、石錐等の石製品も検出されている。(現地案内板より)

高麗006_convert_20100917182335 竪穴住居跡

巾着田

住居跡から10分位で鹿台橋に着き、橋を渡り住宅の間を入っていくと巾着田に出る。高麗川沿いに川風を受けながらゆるゆると散策するだけで気持ちがいい。夏中じっと家に閉じこもっていた感じだった。曼珠沙華の群生地の入口に入園料を徴収する所がある。「現在は無料です」と書かれていた。

高麗018_convert_20100917182436 鹿台橋から見た高麗川

群生地に入って驚いた。大体咲いてないといっても1、2割はあるものなのだ。それがまだ芽が出たばかりという有様だ。群生地はただの草も生えていない野原でしかない。広い群生地の中にたった2本だけ花を開いている曼珠沙華があった。白と黄の珍しい種類だ。

高麗020_convert_20100917182550 わずかに芽が出た群生地

高麗023_convert_20100917182659

高麗028_convert_20100917182753

花はなかったが、群生地は密集した木立に覆われていて涼しく、遊歩道は散歩するにはいいコースだ。満開の時などは行列を作っている状態だから散歩なんて気分にはなれない。花を見るという目的ではなく、高麗川沿いを散策に来たと思えばいい。巾着田を半分位進んだ所に広場があり、屋台村が出来ている。地元の物産を売っていたり、飲食物を販売している。中央のテントには長椅子が並べられ、休憩所と食事場所となっている。

高麗036_convert_20100917183033 屋台広場

屋台広場

屋台村の写真を撮っていると、傍にいた店の親父が「亀屋の巾着田まんじゅう」という看板をとって宣伝してくれと言う。宣伝媒体なんか持っている訳はないが、写真を撮ることは出来る。希望通り撮ってあげた。亀屋の饅頭の中に栗が入っているのだがそれがかなり大きい、今年の栗だなどといった話の成り行きでその饅頭を買う羽目になってしまった。なかなか商売上手だ。ビールでも飲もうと思っていたが、代わりに饅頭を食うことになった。

高麗034_convert_20100917183133  高麗035_convert_20100917190512

あいあい橋
屋台村からあいあい橋まですぐだ。橋長91.2mで木製トラス構造の橋としては日本一だということだ。橋を渡ると高麗郷民族資料館がある。資料館の前の広い通りを少し行くと天神橋があり、さらに行くと往きに渡った鹿台橋に着く。天神橋と鹿台橋の間が巾着田の巾着の入口の一番狭くなっている場所なのだ。今日歩いたのは巾着田を一周して元に戻ったというコースだ。

高麗040_convert_20100917183301 あいあい橋

高麗033_convert_20100917182919 あいあい橋から見た高麗川

水天の碑、筆塚

鹿台橋から川沿いの道を高麗駅に向う。途中「水天の碑」があった。この碑は天保年間(1830~1844年)に繰り返された干ばつ、洪水などの天災や水難事故を鎮めるために、台村の人々が建立したものである。またその近くに「筆塚」があり、この塚は宿老庵貫斎翁を称えて弟子たちが建立したもので、碑文「筆塚」は勝海舟、碑の扁額「宿老庵貫斎翁」は七卿落ちの一人として有名な東久世通禧の筆である。(現地案内板より)田舎の路傍に目立たず佇む碑も曰く因縁があるものだ。

高麗047_convert_20100917183640 水天の碑

高麗049_convert_20100917183746 筆塚

筆塚の傍らに赤い曼珠沙華が咲いていた。今日見た3番目の曼珠沙華だ。

高麗056_convert_20100917183902

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定期検診の日

9月15日(水)
今日はレナリドミド(レブラミド)の治療を開始するかどうか判断する。今までの療法が効果を維持していた場合と、そうでない場合によって異なるだろう。

検査結果 
 IgM   3487(9/15)←3305(9/1)←3383(8/18)←3562(8/4) 
 IgG    518←501←470←466
 白血球  3500←3300←2600←2500
 好中球  1550←1690←1090←1200
 血小板  9.0←7.5←7.1←8.6
 赤血球  294←296←318←325
 ヘモグロビン 9.9←10.2←11←11.1
 網赤血球   14←10←10←8
 CRP   0.44←0.58←0.6←0.83
 

IgMは上昇していた。サリドマイド+MP療法は効果を失って来たようだ。レナリドミドを使用する時期に来たと言えるだろう。ただ担当医は現在眼科で行っているデノシン硝子体注射によるサイトメガロウイルス除去の治療法が続いている段階で、どういった副作用が出るか分からない新たな薬剤を使用することは避けたいという考えだと言った。

次回の検診日(9月29日)まで今までの療法を続けようということになった。しかし、本来だったら明日から4日間メルファランとプレドニンを服用する予定だが、サイトメガロウイルスの活性化を抑えるには、体全体の免疫力を高めなければならない。メルファランは白血球に影響するし、プレドニンは免疫抑制の働きを持っている。

この2つの薬が現在進めているサイトメガロウイルスとの闘いに、マイナスの作用を及ぼすだろう。IgMは上昇するだろうが、眼の治療を優先することにした。結局サリドマイドのみを服用することにした。

9月29日からレナリドミドの治療を開始する。最初はレナリドミドを通常25mg(5カプセル)服用するが3カプセルにしようという案もある。また併用する薬としては、デキサメタゾンかメルファラン+プレドニンが考えられるが、両方とも免疫機能に影響を与える。レナリドミドを単独で使用するという方法もある。次回までに組み合わせを考えておくということだった。 

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高額療養費委任払制度(1)

9月14日(火)
レナリドミドを使用するに当たって、毎月の負担がどうなるか考えてみた。サリドマイドが1錠6500円と高額だったが、月々窓口で払う金額は55,000円+その他の薬だった。ベルケイドを使用するようになって、サリドマイドと合わせて支払額は月20万を越えるようになった。ベルケイド療法は半年間で終った。今度使用するレナリドミドはもっと高くなる。そして効果があれば2年、3年と使い続ける可能性がある。

 1日あたりのレナリドミドの費用は、
       8,861円×5カプセル = 44,305円  
 1ヶ月あたりのレナリドミドの費用は、
       8,861円×5カプセル×21日 = 930,405円 
 自己負担額:3割負担で279,121円

月々の支払いはその他の薬を含めて30万前後だろう。10月から開始するとして、10月に支払った30万は1月末に4万4千円を引いた26万ほどが戻ってくる。これは2月の支払いに使用できる。11月に支払った分は3月に使える。しかし問題は10月、11月、12月、1月に窓口で支払う分は用意しなければならない。つまり30万×4ケ月=120万円の金が用意できなければ、レナリドミドは使用できないということなのだろうか。

そして120万が戻ってくるのはレナリドミドの療法が終了した時であり、いつになるか分からない。どこからか借りるとしても返す時期は明らかに出来ない。こういった意味で高額療養費制度利用したとしても、高額な新薬の使用を断念する人がいるのだろう。さてどのようにして120万円を捻出するのか思案のしどころだ。

何かいい方法があるはずだ。区の国民健康保険課に電話して聞いてみた。委任払制度があるという。この制度を利用する場合は、事前に医療機関の承諾が必要となる。その承認をもらってから区の健康保険課で手続きをして貰いたいということだった。

高額療養費給付を受けるには、一度3割負担分を病院窓口で支払わなければならない。委任払制度とは、3割の自己負担の医療費が支払い困難な場合、自己負担限度額のみを医療機関に支払い、それを超えた医療費は保険者(健康保険組合)が直接医療機関に支払う制度である。

手続きとしては、ある病院のホームページに次のように書かれていた。
1、請求書と保険証、印鑑、必要書類等を持って、各市町村の国民健康課で手続して下さい。
2、自己負担して頂く金額が記入された医療券を当院へ提示して下さい。
3、自己負担額を支払って頂き、申請書は当院より申請先の国民健康課へ郵送します。
4、国民健康課より当院へ不足金が入金されます。(出田眼科病院HOME)

地域によって手続きが若干違う事もあるかもしれないが、おおよそ上記の様なやり方だろう。高額な医薬品が数多く登場している。医療費の3割負担の支払いで困っている人は、こういった制度もあるという事を知っておけば、高額な医薬品による治療を諦めないで済むだろう。

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院内患者家族交流会(おしゃべり会)

9月10日(金)
病院の改装で、交流会の場所が決まらず、日時が定まらなかったが、今まで通りの奇数月の第2金曜日に戻った。場所は血液内科病棟が元の階に戻ったので、そこの面会室を使わせてもらう事になった。新しい面会室は2部屋あり、10人位入れる方の部屋で交流会を行った。

新しい病棟は二重扉になっていて、ナースステーションを通さないと入れず、面会の相手がいればいいのだが、見学者として回る事が出来るような雰囲気ではなかった。どのように変わったか知ることは出来なかった。

少し前に入院患者に聞いたところ、昔は共有の冷蔵庫があり食料などに名前を書いて入れておくことが出来たが、今は各部屋に有料の冷蔵庫がある。しかしこれの使用料がかなり高い。1週間位の入院ならまだしも長期入院の血液がんの患者にはとても使えない。

またテレビも昔は1日3時間以上無料だったが、今は見た時間全て金がかかる。2000円のカードがあるが、朝から晩まで見ていると一日でなくなってしまう。こんな所にも患者の負担は増えてきている。

交流会に参加した患者の話は、病名の確定の難しさを考えさせられるものだった、悪性リンパ腫になって、抗がん剤と放射線治療で寛解になりその後再発もなかった。しかししばらくして手足がだるくなり、関節が痛むようになった。段々手足の痺れも強くなり、関節の痛みも増してきた。色々な医者の診断を受け、様々な検査も行ったが、どこでも身体に現れる症状の原因を説明する事が出来なかった。

結局病名が確定したのは発症から1年半後だった。膠原病の一種だということだ。病名が分かったからといって、そのまれな病気に対する標準治療法などなく、今でも様々な薬を試しながら服用している。しかし一向に症状は収まらないという状態だ。

もう1人の患者の話も似たところがある。血液検査で血小板数や赤血球数が少ない事が分かった。病名の確定のために骨髄穿刺などを行った。しかし再生不良性貧血か、骨髄異型性症候群なのかの判断がつかず、なかなか治療に入れない。そのうち輸血が必要となり、月1度赤血球と血小板の輸血をするようになった。

ドナーを待ちながら、輸血を続けていたが、やっとドナーが見つかり同種移植をした。GVHDはまだ続いているが、病気のほうは寛解状態が続いている。2001年に発症し、移植が行われたのがそれから7年後ということだ。これは病気の確定が出来なかったからなのだろう。

私の場合も眼病の発症から、病名の確定まで1ケ月半もかかった。運よくたまたま担当医が不在で、眼の細菌に関する専門医の診察を受け、眼の症状、視力の低下は細菌によるものではないかと言われ、検査をして分かったというわけだ。

若干の検査で病名が確定し、標準治療が幾つか用意されている病気にかかるということはそれなりに運がいいと言わなければならない。もちろん同じ病気でも患者は様々でその標準治療が効果を発揮するとは限らないが、それでも打つ手は残っているだろう。病名も分からず、分っても原因不明で治療法の確定していない病気の人に会うとまだいい方だと思わざるを得ない。

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硝子体内薬剤注射術

9月8日(水)
 血液中にサイトメガロウイルス(CVM)があるかどうかの検査結果が出た。血液中には見当たらないということで、入院点滴治療はしなくて済んだ。そこで、眼だけの治療になる。

眼球の中のCMVの活動性をなくし、失明を予防する硝子体内薬剤注射術を行うということになった。この注射の前に説明文による手術内容について話があり、同意書が渡されそれに署名した。

説明文の病状の説明の所には「CMV網膜炎とは、視神経、ぶどう膜が病原体に侵され眼の外からの光や物の映像が脳まで届きにくくなり、その結果視機能が落ちている状態」と記載されていた。

手術の内容は「点眼麻酔後、硝子体腔内(眼内)に薬剤を注射する。この治療は免疫力が回復するまで、または網膜炎が改善するまで週1回ないし2回施行する」とあった。注射する薬剤はデノシン点滴静注用(一般名ガンシクロビル)というCMV感染症に対する抗ウイルス剤である。

 手術用の椅子に腰掛ける。それが水平になって寝た姿勢で手術を行う。ベノキシールやキシロカインの点眼麻酔をして、まず眼の回りの消毒をし、眼球を消毒液で洗う。その後デノシンの硝子体注入が行われる。最後に感染防止のため抗生物質のエコリシン軟膏を眼に塗りこみガーゼで覆う。

最初は週2回行う。その後週1回となる。9月13、17、22日と今日を合わせて4回行い、その後10月1日からは週1回となる。この5回の手術日のスケジュールを決めた。しばらくは病院通いが続く。

家での点眼薬が処方された。合成抗菌剤クラビットを1日4回、炎症を抑えるサンペタゾンを2回、瞳孔を開くミドリンを寝る前に点眼するように指示された。

 この間は原発性マクログロブリン血症の治療報告ではなく眼科の治療報告が主になってしまった。しかしCMV網膜炎の発症は、抗がん剤による骨髄抑制、ステロイド剤による免疫抑制、免疫グロブリン機能の低下などを原因とした免疫不全による日和見感染症である訳で、決して無関係な訳ではない。CMV感染症はがん患者にとって最も身近な感染症である。それが眼に出てしまったということなのだ。

今まで眼科での治療費は2000円を越えることはなかったが、今回は1万円を越えていた。これ以降手術の時にはこの額だろう。区の高額療養費の係りに聞いてみた。昔は科が違うと、2万1千円以上分しか戻って来なかった。今年の4月から制度が変わって同一病院であれば44,400円を越えた分は科が違っても戻ってくるということだ。これはかなり助かる。

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サイトメガロウイルス網膜炎

9月6日(月)
 眼科の検診があった。9月2日に医科歯科大学付属病院で眼から房水を採取した。そのウイルス検査の結果が分かる。それによって病名が確定し治療方針が決まる。

再診受付をすると、眼科診療の前に検体検査と記載されていた。血液検査で何を調べようというのだろうか。記入通り血液検査を受け、眼科診療を待つ。

眼の房水のウイルス検査の結果、サイトメガロウイルス(CMV)が発見されたと告げられた。サイトメガロウイルス網膜炎ということだ。血液検査を何故したかというと、CMVが全身に回っている場合、抗ウイルス薬の点滴による全身投与を入院して行わなければならない。

血液検査でウイルスが発見できず、眼だけの感染症であれば徐放性ガンシクロビルを含む小さな装置を眼の中に埋めこんだり、フォミビルセンを直接眼に注射する治療を行う。ただこの薬の作用はウイルスの増殖を抑制するものであり、病気そのものを治す効果はないということだ。本質的な治療は、全身の免疫不全の改善以外ない。

 サイトメガロウイルス感染症に今になってかかるとは思いもしなかった。造血幹細胞移植後、免疫機能が衰えている時に注意すべき感染症として、CMVと帯状疱疹ウイルスが真っ先に上げられている。CMVによる肺炎に注意するよう指示されていた。CMVが網膜の炎症を引き起こすということは想像も出来なかった。

血液中のウイルス検査は外注しなければならないので、CMVが全身に回っているかどうかの結果は火曜日の夕方になる。その場合、血液内科での治療になる。眼だけだった場合眼科で治療する。眼底所見では、網膜が腫れ炎症を起こしている。毛細血管が詰まっていてそれが視力に影響している。炎症を改善するためにはCMVを消滅させなければならない。

 次の診断日に水曜日の午後が指定された。その日は丁度社会保障審議会医療保険部会で高額療養費制度についての論議が行われるということで傍聴希望を通知していた。水曜日の診療を外すとかなり先になってしまう。病名がやっと確定し、治療は大幅に遅れている。

早いほうがいいので、やむをえず水曜に診療を入れた。どういった治療になるのか入院しての抗ウイルス剤の点滴による治療になるのか、眼球への週一度の注射になるのか。水曜日に確定する。

サイトメガロウイルス網膜炎:サイトメガロウイルスには、日本では成人の約90%の人が潜伏感染しており、ほとんどすべての人がこのウイルスを体内にもっています。すでに体内に潜伏感染しているウイルスが、免疫力の低下に伴い暴れ出し、網膜に重い炎症を引き起こすのです。サイトメガロウイルス網膜炎が発症、進行すると、網膜は壊死に陥り、失明にまで至ります。代表的な眼の日和見感染症のひとつです。(メルクマニュアル家庭版 goo ヘルスケア)

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報道ステーション特集「医療費高額負担の苦悩・・・特効薬飲まねば命続かず」

9月3日(金)
 昨日の報道ステーションの特集で「医療費高額負担の苦悩・・・特効薬飲まねば命続かず」という番組をやっていた。この番組はM氏というフリーの番組企画者が報道ステーションに持ち込んで受け入れられた企画である。

M氏から連絡で昨日の夜に放映されるという事を知ってみる事が出来た。民放の番組は殆ど見ないので、教えてもらわなければ見逃す所だった。

6月の始めに慢性骨髄白血病患者・家族の会「いずみの会」の人から、高額医療費の問題について取材を受けてくれる人を探している人がいるということで、私の所に電話があった。誰もいないので話だけでも聞いてもらえないかということで、M氏と会う事になった。

がん患者に対しての取材申込みは結構あるのだが、なかなか取材に応じてくれる人がいない。未だがん患者という事を公表してもいいという人は少ないし、ましてテレビに出てもいいという人はめったにいない。確かに誰でもテレビや新聞に自分のプライバシーに関することも含めて公表したいとは思わない。しかし、少しでもがん患者の現状の改善につながる企画であれば何らかの形で協力したいとは思う。

M氏とは一度喫茶店で話をしただけだ。確かに私自身高額な医薬品を使っているが、高額療養費制度によって生活が困窮するという状態ではない。もっと高額医療費によって困窮している家庭を取材した方がいいだろうということもあって、私が番組に出ることはなかった。

 昨日の報道ステーションの特集に出演した夫婦は、高額療養費制度による月々44,400円の支払いも難しい家庭だった。妻が慢性骨髄性白血病になり、特効薬「グリベック」を使用する事になった。しかし、値段は1錠約3000円(毎日4錠服用)と高額である。

この薬はがんの進行を抑える画期的な薬だが、この薬によって根治するわけではないので、一生飲み続けなければならない。使用をやめると必ず再発する。急性転化した場合1年もしないうちに死に至る。どんな高額な薬でも一時期ならどうにかなる。しかし、グリベックは何といっても一生服用し続けなければいけない。一生月44,400円支払い続けなければならない。確かに2ケ月処方や、3ケ月処方をいう方法もあるが、色々制約があり必ずしも出来るわけではない。

夫の年収は390万円。子供が2人いる。子供が成長し金がかかるようになる。夫の残業が減り、月々4万円ほど減収になる。とても医療費は払えない。彼女は自分が悪いんだと一時自殺を考えた。また一時薬の服用を中断した事もあるが、友人の説得で再び服用し始めている。別の病気で入院したがその医療費は未払いになっている。今彼女は幾つかのパート労働を掛け持ちで働いて家計を助けている。

 この夫婦の現状そのものが現在の医療制度の矛盾を告発するのである。金が払えず、それによって死を招くかもしれない薬の服用を中止せざるを得ないという現実が今の日本にあるということだ。グリベック服用を中止した17人のアンケート内容も番組で紹介された。全てが金銭的理由からだ。命を金で買う世の中になったのか。

番組は高額医療費について、1つの家庭の状況を描写しながら、その問題点を鋭くついている。医療が進歩を続けるなか、高額になってきた医療費の問題を考えさせる。

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医科歯科大学付属病院眼科での検査

9月2日(木)
昨日の病院での眼科検診の際、網膜の炎症の原因として眼内感染症の疑いがあるということで、それが検査できる医科歯科大学付属病院の眼科を紹介された。この病院で診療を受けるのは初めてだ。

最近の病院はどこに行っても真新しく見える。待合室はホテルのロビーのようだと何処かの病院がテレビで放映されていたが、それ程ではないがここの病院の待合室も吹き抜けの天井が高く広々としゆったりとした雰囲気だ。

初診手続きを終え、眼科受付に初診受付で渡された書類を出し待合室に行く。50人近くが待っている。これは時間がかかりそうだ。診察室は7つある。最初に通常の検査をして、診療を待つ。10分もしないうちに呼ばれた。7番の診察室は初診の人の専用らしい。

眼底検査をする。眼底の毛細血管が詰まっている。これが視力低下の原因だ。それは網膜が炎症を起こし腫れて血管を圧迫しているからだ。炎症の原因がぶどう膜炎(注)や眼内感染症の可能性があるという事で今日の検査をする事になった。一通りの検査をして、次に教授の診察があるので待つように言われた。

教授の診察は、さっき診察した医者が必要事項を説明するのを聞きながら、眼底検査をする。説明に対してそれでいいだろうと何度か言って、診療は5分位で終った。やはり大学病院なのだなと思った。

眼内の細菌検査のため前房水を、注射器で0.1ml採取する。その処置のため「眼内液・眼内組織採取に関する説明・同意書」(外来前房水採取)があり、それを医者が説明し患者が署名する。点眼麻酔をした後、眼球表面を洗って消毒をする。さらに麻酔をして眼球の黒目の外側から注射液で前房水を採取する。それを病院内のウイルス研究所に持って行って検査する。

思ったより待ち時間はなかった。なかなか連携の取れた体制でスムーズに何種類かのスケジュールをこなした感じだ。

夜、病院眼科の医師から、今日の検査について電話連絡があった。細菌の量が少なくまだ正確な分析が出来ていない。細菌の培養をして検査しなければならないので、後24時間位はかかるということだった。月曜日には結果が出ている。それを見て治療方針を決める。ということで診察の予約を入れた。

医者は「網膜の毛細血管の詰まりはすぐには回復しない。しばらくは見えづらい状態は続くが、細菌を除去し炎症を抑える事ができれば、回復してくるだろう。」と言った。

ぶどう膜炎:ぶどう膜は網膜とほぼ全面で接しているので、そこに炎症が起こると網膜に影響を与えやすい。網膜の感度が悪くなると、視力が低下する。炎症によって集まった細胞や血液成分が硝子体に広がると、眼球内部が濁り、霧がかかったように見えたり、まぶしかったりして、視力が低下する。

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眼病の原因不明

9月1日(水)
27日に眼球にアバスチンを注射した。眼底出血と網膜の腫れによって、医者は新生血管緑内障と判断したのだろうか。そうでなければアバスチンは、新生血管緑内障のみではなく他の眼病にも効果を発揮する薬なのかもしれない。

27日の治療以降、徐々に視力が回復するのではないかと期待していたが、むしろ視力が徐々に落ちていく気がした。それが日を追って進行してくる。アバスチンは視力を回復させるどころか、病状を進行させただけのように思える。右目を塞ぐと左目だけでは物の輪郭と光と鮮やかな色彩は分かるが、それ以上は判別できなくなくなってしまった。

次の診察日が13日なので、それまでにさらに進行してしまう恐れがある。今日は丁度血液内科の検診日なので、運が良ければ診察してもらえるかもしれないと思って眼科外来に電話した。

病院の眼科に電話して担当医を呼び出してもらったが今日は休みだということだった。状況を話すと他の医者が見てくれるということだった。予約外で診察してくれるというのでいつ来てもらってもいいということだったが、午後に血液内科の検診があるので午前中にしてもらった。今日電話してよかった。同じ病院だとその点便利だ。

眼科では最初に一般的な検査をした。眼圧は30ということで、全く変化はない。視力検査では丸の切れている所を示すのだが、視野の一部だけに見える所があり、その中に入ると見えるが他の所だと全く分からない。網膜の断層写真も撮った。

予約外診療を引き受けてくれた医者は、かなり丁寧に眼底検査をし、あらゆる角度から眼底写真も撮った。網膜に炎症を起こしているのだろうという。アバスチンは炎症を抑える働きがあるそうだ。しかし、何が原因で炎症が起きているか分からない。

その医者では判断がつかず、他の医者に変わって検査してもらった。その医者が言うには炎症の原因はヘルペスやサイトメガロウイルスなどの常在細菌が免疫力の低下によって増殖し病気を引き起こす、日和見感染ではないか。

どのような細菌が網膜の炎症を引き起こしているか検査をしなければならない。検査は眼の端からスポイトで液を取り、それをある装置にかけウイルスや細菌の正体を明らかにする。そして治療方針を決める。ただその細菌探査装置は近くでは医科歯科大付属病院にしかない。そこに行って検査してもらって欲しいということだった。

最初に検査してくれた医者が、医科歯科大学付属病院にも週1回行っているので、紹介状を書いてくれてそれを持って明日診察に行く事になった。一体眼病の原因は何だろうか。果たして細菌なのか、他の原因なのか。眼圧が上がったということで緑内障と診断されたが、全く別の眼病かもしれない。

FOXというケーブルテレビのチャンネルで、「Dr.House」という番組をやっている。患者がある症状で病院に担ぎ込まれる。様々な検査をするが病名が特定できない。住んでいた自宅の調査までする。黴や動物の毛、麻薬の痕跡、建物建材など感染症の原因になりそうなものを調査する。

病名を検査結果から推定し、それで治療を開始するが一向に症状は改善しない。また別の観点から考え検査内容も変えて病気の原因を追究して行く。このように病気の原因、病名が確定出来ればそれに見合った治療が可能だ。それさえできれば患者は助かる。原因が分からなければ患者は死ぬ。

病気の原因が分かれば治療は可能だ。半分は助かったようなものだ。最初はただの緑内障だということで、眼圧降下剤のキサラタンを1日1回点眼していた。一向に良くならないので、さらに検査し眼底出血と網膜の腫れを発見しアバスチンで炎症を抑えようとした。しかしこれも効果がなかった。今度は細菌が原因かもしれないということで検査に出かける。

担当医と今日の2人の専門医が様々な検査データーを見ながら、何通りかの方法で事細かに眼底検査をしながら原因を突き止められないでいる。別の見方をすれば3人に検査してもらえたのは幸運だったかもしれない。1人の医者の判断で間違った治療法が行なわれた可能性だってある。1日も早く原因を突き止めそれに見合った適切な治療を開始してもらいたい。

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定期検診の日

9月1日(水)
今日は、サリドマイド+MP療法が効果を失い、また白血球の減少によってこの療法を断念せざるを得なくなった場合、レナリドミド(商品名レブラミド)を使用する予定だった。そのため診療時間は最終の14時になっていた。まだレブメイト(レブラミド適正管理基準)の説明が行われていないからだ。

検査結果 
 IgM   3305(9/1)←3383(8/18)←3562(8/4)←3445(7/28) 
 白血球  3300←2600←2500←2500
 好中球  1690←1090←1200←1800
 血小板  7.5←7.1←8.6←8.3
 赤血球  296←318←325←292
 ヘモグロビン 10.2←11←11.1←9.8
 網赤血球   10←10←8←12
 CRP   0.58←0.6←0.83←0.71
 
 IgG    501(9/1)←470(8/18)←466(8/4)←410(7/28)


IgMは減少しており、白血球(好中球)の値も上昇してきている。他の血球も問題ない。IgGも500を越えているので免疫グロブリン製剤の点滴はしなくて済んだ。この薬は高額であるだけでなく、点滴に2時間かかるので、やることに抵抗がある。最もリツキシマブは4時間かかるというから、それに比べれば短い方だと思わなければいけないのだろうが。

レブメイト(適正管理手順)の説明は10分位で済んだ。サイリドマイドと基本的には同じ内容だ。別に時間を設定するまでもなかった。製薬会社セルジーンが出しているレブメイト説明用のDVDを渡された。もし今日からレブラミドを使用するのであれば、14分のDVDを別室で見なければならなかった。

このDVDは2枚組で医療関係者用と患者教育用がある。患者用の内容は、レブメイトとは/レブメイトへの登録/レブラミドの受け取りまで/赤ちゃんに影響を及ぼさないために/その他注意していただきたいこと、となっている。

レナリドミドが使用できる手続きは終った、今の療法がいつ効果を失っても次に有望な薬があるということは心強いものだ。サリドマイドを処方してもらい、ゾメタの点滴を行った。

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なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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