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入院生活(4日目)

7月28日(木)
昨日から治療を始めたが、体調的には問題はない。体の消耗感も収まってきている。赤血球の輸血による上昇と、デキサメタゾンによる影響もあるかもしれない。デキサメタゾンの覚醒作用で夜寝られないと思って、睡眠導入剤マイスリー1錠飲んだが、5,6時間寝られたようだ。

体重が昨日の朝と比べると1.7kg増えていた。早速利尿剤を使う。最終的に、昨日の朝10時から、今日の朝10時までの尿の排出量は3680mlであった。点滴分3Lプラス食事などでの水分の摂取量は1日4L位だろうから、丁度いい数字ではないかと思う。

検査結果

白血球 5200(7/28)←3400(7/25)←3600(7/20)
好中球 3130←1140←1340
赤血球 249←193←234
ヘモグロビン 8.4←6.6←8.1
血小板 5.9←2.7←2.7


朝採血した血液検査の結果を10頃担当医が持ってきてくれた。IgMが検査されていないのは残念だ。先週20日の6338が治療開始時に何処まで上昇したか知りたかった。白血球が何故こんなに上昇したか不思議だ。赤血球と血小板が上昇した。輸血の効果てき面だ。

今回の治療に関する家族への説明会

今日は家族を含めた病気と治療に関する説明会を行う事になっている。主治医であるO医師の家族への話は、基本的には抗がん剤治療におけるリスクの問題である。あらゆる治療にはリスクが伴う。全く安全だと思って受けた治療で死に至る事もある。輸血や中心静脈カテーテルの挿入に関しても必ず最悪の事が書かれていて同意書を取られる。医者は患者家族に治療における「患者の死」の可能性について語らなければならない。同意移植でも20%~30%の移植関連死がある。この事態に目をつぶるわけには行かない。

O医師は今回の説明会の目的を家族に治療に伴うリスクについて知ってもらうことだという。病気の現状や、治療内容などそれに伴うリスク、治療関連死の可能性など、治療におけるマイナスを知ってもらってある程度の心構えを持ってもらいたい。余命の問題など考える事を避けて通りたい問題を説明し家族にも知ってもらわなければならない、ということだった。

16時から面談室で今回の治療についての説明会が行なわれた。O医師の話だった。彼は2005年原発性マクログロブリン血症発症当初よりの担当医で既に5年半私の病状と付き合っている。そういった意味で私の病気についてはすべての経過を知り、内容について理解し、気心の知れた唯一の医者である。

O医師の話-今回の治療に伴うリスク

今回家族を呼んで説明したかったことは、今回の治療が多くのリスクを抱えているという事を理解してもらいたかったということだ。2月にIgMが急速に上昇したが、入院治療が成功しIgMの減少をもたらした。その過程で、白血球の上昇が中々見られなかったり、その間高熱が続いたりした。高熱の原因もウイルスか細菌か真菌か分からない。免疫力の低下の間はどういった感染症にさらされるか分からないし、それが抵抗力のない状態で死に至るものである場合もある。

今回もまた2月と同じように、IgMが急速に上昇し入院治療でしか対応できなかった。今回の療法は前回と全く同じ内容であるが、同じようにIgMを減少させる事に奏効するとは限らないし、前回は白血球の減少が移植の時並みに下降した。それが続いた。前回の感染症は発熱だけだった。

今回はそれだけで済むかどうか不安要因がかなりある。肺炎や敗血症などの感染症についても最悪の場合考えておかなければならない。免疫力がほとんど機能しない状態ではそれは重大な結果を招くことがある。家族としてはそういった事も今回の治療のリスクとして考慮に入れておいてもらいたい。

今回の治療以降

今回の治療において感染症を克服しIgMが下降した場合、次の方法としてはこの病院でやる事になっている治験が11月から行なわれる。ここに参加してもらおうと思っている。既にアメリカでは高い奏効率を示しているが、日本の製薬会社が発売のために行う治験である。8月に今回の治療が終わり、11月までどういった方法でIgMの上昇を抑えるはまた考えなければならないが、ともかく今回の治療についてのリスクについては理解してもらいたい。

緩和ケア(タイミナルケア)について

まだ病気がどのように推移するか分からない状態の中で、こんなことを今から言うのは縁起でもないと言われるかもしれないが、一切の治療法が無くなった時どうするかを考えておくことは、本人だけでなく家族にとっても重要な問題だ。家族で相談しておく事も必要ではないか。

選択肢は色々あるだろう。そうなった時の相談窓口は幾つかある。自宅で過ごしたいという希望を持つ人も多い。その場合近くの提携している医師が定期的に通って面倒を見るといった制度もある。ホスピスや緩和ケア病棟など様々な施設があるそういった方面の資料の集めてみる事も必要ではないか。本人が元気なうちに幾つかの可能性の中での、これからの事を色々家族と相談し考えておく事も必要だろう。この病院の緩和ケア病棟もその選択肢の一つとして考えられるのではないかということで簡単に紹介した。

 この病院の緩和ケア病棟についての説明パンフレトを、説明会の後看護師が持ってきくれた。
緩和ケア病棟の説明書には「がんなどを治すための治療ではなく、病気の進行によって生じる体の辛さ、心の辛さを和らげる治療とケアを提供します。専門家の多職種チームによりサポートします。」(ターミナルケア)とある。病室:22床すべてが個室(11床は有料個室)。室内設備:テレビ、洗面台、トイレ。棟内設備:キッチン、多目的室、家族室。高額療養費制度が使える。

 O医師の言うようにターミナルケアについて考える時期に来たのかもしれない。回りの友人ががんで何人か死んでいっている。人生は不慮の死か、寿命を全うした生かのいずれかである。そこには選択の余地はない。人間とはどちらかの道を歩む事になり変更は不可能だ。それは人知の及ぶ所ではない。そうならばそれを受け入れる外ない。淡々と静かに、それが不慮の死であったとしても、時の流れに逆らうことなく死をあるがままのものとして受容すること以外ない。
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入院生活(2日目、3日目)

7月26日(火)
赤血球の輸血をしたせいか体調は大分回復した。体のだるさも軽減してきた。一昨日までは、何時間でも寝られたが、昨夜は3時間位しか寝られなかった。このことは逆に体の消耗感が少なくなってきたことの表れでもある。

今日の予定は、血小板の輸血、骨髄穿刺(マルク)、中心静脈カテーテル挿入である。中心静脈カテーテルを以前は胸から入れたが今回は首から入れた。入れ方は幾通りかあるのだろう。最近は首から入れるらしい。首からだと、エコー画面で首の静脈を移してそれを見ながら挿入できるので失敗がない。以前のように胸からだとあくまでも医者の長年の経験と感による外ない。静脈が曲がっているので挿入の時、肺や動脈に刺さる可能性があった。首からの挿入には胸からに比べてかなり時間かかった。明日からDCEPの治療が開始される。


7月27日(水)

10時から、治療開始、その前に風呂に入っておく。日曜日の10時まで4種類の点滴のためカテーテルにつながれっぱなしとなるので入れなくなる。吐気止めのカイトリールを30分、デキサート(デキサメタゾン)30分の点滴をしながら、シスプラチン、シクロホスファミド、エドポシドを中心静脈カテーテルから点滴していく。

輸液ポンプの設置にかなり手間がかかる。電源コードから、延長コードを引いてくる。それを3つの輸液ポンプに差込む。薬液は24時間で終るように輸液ポンプの時間を設定する。一旦設定すれば、後は4日間朝10時に終った薬液を差しかえればいいだけだ。

また同時にソルデムを1日1.5L点滴する。計3Lである。その外に通常食事で1L近くの水分を取る。トイレの回数が増える。大量の水分で希釈して抗がん剤という毒物に対して腎臓の負担軽減させる処置である。また腎機能を活性化する働きもある。体重と尿の量を測りながら、尿が十分に排出されていない場合、利尿剤で調整する。

デキサメタゾンとカイトリール(吐気止め)をそれぞれ30分で点滴し、11時から3種類の抗がん剤を薬液ポンプを通して点滴が開始された。14時頃体重を量ってみると1.2kg増えている。十分に水分が排出されていないようだ。16時に再び測ってみると0.2kg減少していた。利用剤を使うかどうか考えたが、明日の朝の結果で使うかどうか判断しようということになった。

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入院生活(1日目)

7月25日(月)
10時に病院に着き、入院受付で手続きをして、部屋に案内される。血液内科病棟は、以前入院した2、3月の頃は10階の右半分しか完成してなかった(210病棟)。さらに以前6階にあった移植室が同じフロアーに合流したということもあって、移植病室が15室あり、それ以外には一般患者のための4人部屋が4部屋しかなく、がん・感染症センターと名をうっているにもかかわらず、16人の相部屋の患者、4人の個室の患者、計20人の受け入れ体制しかなかった。そういったことで中々ベッドが空かなかった。

現在10階の左側が完成し(110病棟)、その多くの病室に血液内科の患者を収容することが出来るようになった。ここは肝臓内科の病棟と共有である。面白い組み合わせだ。210病棟では移植室を抱えている事もあって、感染管理が厳重で、面会者の入室にも看護師に断って、手洗いマスクをし、コートをクローゼットに収めてからしか面会できない。また患者も白血球数が少ない場合病棟から外に出ることが出来ない。

110病棟では共有の病棟であるということもあって、面会人の出入りは自由だし手洗いマスクもない。患者の外出にもチェックはない。感染予防は自分で気をつける外ない。

部屋数は18室、4人部屋が10室で、個室が8室である。血液内科の患者としては28人受け入れることが出来るということだ。これで、210病棟の患者と合わせると48人、改築前の50人にかなり近い数字になる。この位の収容力があればかなりの患者に対応できるだろう。今回空きベッドが早く見つかったということもこういった事情があった。ただ急に受け入れ人数が増えたので血液内科専門の看護師の補充にかなり手間取ったということだ。

荷物を整理し終わって、採血と尿検査を行う。また輸血をするのに血液型や抗体検査をするために採血した。分っているはずだと思うが念には念を入れということだろうか。心電図を測りレントゲンを撮り、今日の検査は終わり、その後赤血球の輸血をした。何と赤血球が193、ヘモグロビンが6.6と大幅に減少している。これでは体がだるいはずだ。

検査結果
白血球 3400(7/25)←3600(7/20)
好中球 1140←1340
赤血球 193←234
ヘモグロビン 6.6←8.1
血小板 2.7←2.7


赤血球が何故減少していったのか理由はよく分からない。以前は全く影響を与えなかったサリドマイドの影響だろうか。形質細胞腫瘍が骨髄内で増殖し、造血細胞の産生を圧迫しているのだろうか。また血小板も2.7と減っている。血小板も輸血する事にした。外にいれば輸血しないで済ませるのだが、病院にいると臨機応変に対応できる。

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入院日が決まった(7月25日)

7月22日(金)
思ったより早く入院日が決まった。11時頃病院から電話があり、入院日が決まったので7月25日10時頃までに病院来てくださいと連絡があった。

一昨日の夕方から昨日にかけて倦怠感は少しは収まったように思えたが、これは水曜日に行なったデキサメタゾンの点滴の影響だろうと思う。今日の朝は結構体調がよく、ラジオ体操まで行った位だ。小学校の生徒がかなり来ていた。そういえば夏休みが始まったのだという事に気がついた。季節の移り変わりと無関係な生活をしているなとつくづく思った。

朝は元気だったが、午後のなってやはり疲れやすさがぶり返してきた。このような倦怠感にさいなまれながら、何処かに出かける事もできず寝たり起きたりの生活をしている位なら、入院治療を早く始めたい気もする。

スケジュールは大体前回と同じだろう。入院日に採血、心エコー、レントゲンなどの検査をし、骨髄穿刺(マルク)をやり、中心静脈カテーテルを挿入する。そして26日火曜日あたりから治療を開始すると思われる。火曜日の朝10時から開始し、土曜日の朝10時までの96時間の継続点滴が行われる。

その後は骨髄抑制で、白血球、赤血球、血小板が急激に減少する。C-CSFは毎日点滴するだろう。また血液検査の結果をみながら血小板と赤血球の輸血が適宜行われるだろう。そして白血球の回復を待って退院という段取りだ。

前回と全く同じ療法をやるのでコースは分っているが、前回のような感染症として定期的に繰り返された発熱が、今回なければ入院生活もかなり楽になるだろう。どういう生活をすれば感染症にかからないかは全く分からない。ヘルペスウイルスによるものだというが、これは体の中常在していて、免疫力が落ちると活性化してくるので防ぎようがない。

どちらにしてもほぼ1ケ月の入院生活を送らなければならない。感染症にかかって長引くことがなければ、うまくいって8月末には退院できるだろう。

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眼科の診療

7月20日(水)
最初に眼圧の検査をやる。左眼15、右眼13という数値で、左眼は寝る前のキサラタンの点眼のみで眼圧コントロールはうまくできているようだ。検査が終ると眼底検査のためにミドリンという瞳孔を開く目薬を注し、瞳孔が開くまで20分位待機する。

診療では先週、左目の房水を採取し、それを医科歯科大学のウイルス研究所に持って行って調べてもらった報告だ。左目にはサイトメガロウイルスがかなり存在していたということである。左眼は白内障が進み眼底検査が出来ない。そこで左眼の状態を観察するために、超音波検査をするという事になった。時間がかかるので、血液内科の診療、点滴の後に行う事にした

超音波検査のため、手術用ベッドで15分ばかり待機していると、担当医ではなく細菌専門の医師が検査を行った。目蓋と眼球にジュル状の液体を塗り、筒状のものをぐりぐりと動かしながら、画面を観察していく。最初は眼球に直接筒状のものを当てて動かしていたので少し痛かったが、その後は目蓋の上からやったので痛みはなかった。心臓のエコー検査とやり方は全く同じだ。

超音波検査の結果について、担当医はサイトメガロウイルスは前回炎症を起こした所にあるが、特に眼圧を上げたり悪さをしているわけではない。そういったことで特にそれを殺すためにデノシン硝子体注射を行う必要はないだろう。ただそれが全身に波及したり、右目に転移しないように注意深い観察が必要だ。そういった意味でこれからは週1度検査をした方がいいだろうということだった。

眼球超音波検査:
白内障の濁りは、眼科医の側からいっても、眼球の中が観察できなくなくなるため、診察しづらく判定に困難を極めます。そこで登場するのが、眼球の超音波検査です。超音波検査は、内科や産婦人科では腹部エコーといって、超音波を使ってお腹の中の様子を観察しますが、眼科でも小型の超音波装置を使って眼球内を観察します。
眼球内の組織に超音波を当てて、反射してくる波を画像化し、眼球内の様子を調べます。それによって網膜剥離や硝子体出血、腫瘍の有無などを調べる時や、眼球の長さや角膜の厚さを判定する場合にも使われます。(「病院検査の基礎知識」より)

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血液内科の診療(入院することになった)

7月20日(水)
検査結果
IgM   6368(7/20)←5658(7/13)←4808(7/6)←4955(6/29)
白血球  3600←3100←2500←1100
好中球  1340←830←500←450
赤血球  235←234←236←236
ヘモグロビン 8.1←8.1←8.1←8.2
網赤血球   12←11←13←7 
血小板  2.7←3.1←2.7←2.4
CRP定量  0.98←5.41←0.98←1.37
尿素窒素  25←15←16←14


IgMが下降することはなかった。ベルケイド+サリドマイド+デキサメタゾンの併用療法は終焉を迎えた。入院治療しかない。医者にレナリドミド+ベルケイド+デキサメタゾンという併用療法でやったらどうか、3,4ケ月は持つのではないかと提案したが、骨髄抑制が強いし腎臓に負担をかける。ということでやってもいいがと言いながら積極的ではない。どうもレナリドミドはあまり医者に評判が良くないみたいだ。

さらに入院治療をする必要がある決定的な数値が検査詳細情報に書かれていた。5月18日以降全く記載されてこなかったPlasma-Lyの文字が先週の検査結果の中に突如現れた。そしてその数値は何と2.0である。今まで0.5だったのが増加している。Plasma-Lyが2.0という数値のどれ程の意味を持つのか分からないが大きな問題であるのは確かだ。

「白血球分画で20%を超える形質細胞を認める場合、形質細胞性白血病と診断する」とある。そこまでは行ってはいないだろうが、こういう状態になってしまったからには入院治療でやって行く外ない。

入院で行うのはDCEP療法、2月に入院して行った療法と同じである。
デキサメタゾン33mg―30分で点滴4日間
シスプラチン10mg/m2+生理食塩液500ml―4日間96時間連続点滴
エドポシド40mg/m2+ブドウ糖注射液500ml―4日間96時間連続点滴
シクロホスファミド400mg/m2+生理食塩液500ml―4日間96時間連続点滴
この組み合わせで4日間が治療期間だ。その外腎臓に負担をかけないように大量の水分を補給する。薬と一緒に点滴する生理食塩水などで1500mlさらに1000mlのソルデムが点滴される。

医者に体全体の消耗感の原因は何かと聞いてみた。赤血球が減少していると思っていたが、数値的には前回前々回と変わっていない、にもかかわらず消耗感が激しくなったのは何故だろう。医者はこういう体の状態では消耗感が強くなるのは当然だろう。赤血球の減少にIgMの増加、風邪によって体力を奪われてきた。腎機能が低下している。尿素窒素の数値が上昇している。入院したら検査して対応していく。

腎不全が進行して代謝性老廃物が血液中に蓄積すると、疲労感や脱力感を感じるようになり、注意力が低下する。そこまでは行ってはいないが、腎機能と疲労感は大いに関係している。

半年位は外での生活を維持したかったが、4ケ月半でまた病院に舞い戻る事になってしまった。7月25日から入院の手続きが始まり、空きベッドを探しを始める。ベッド探しに時間がかかるだろう。入院は7月下旬か8月上旬になると思われる。そしてほぼ1ケ月の入院生活が始まる。8月の暑い夏の丁度その時期病院にいるという何とも贅沢な入院生活だ。

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倦怠感強まる

7月19日(火)
風邪の方は治まってきた。鼻水と咳が少し残るくらいだ。しかし風邪の快方に合わせて体力も回復してくると思ったがそうはいかなかった。消耗感は以前よりも増して強まってきた。動くことそれ自体がしんどいといった感じだ。赤血球(へモグロビン)の減少が影響していると思われる。先週ヘモグロビンは8.1だったがもっと下降しているのだろう。また以前IgMが急激に上昇した時に強い倦怠感を感じたことがあるが、それかもしれない。

9日に風邪をひいて以来、外出したのは13日の診療の日と買い物に行った1日だけだ。それ以外一歩も外に出ていない。倦怠感が強まってからはなおさら外に出ることが出来ない。30度以上の外の太陽にさらされるとそれで家の外に出る気力が萎えてしまう。

家にいてもグッタリしていて、すぐに横になりたくなる。もはやラジオ体操にいく気力などない。朝は朝食をとり家事を片づけた後、しばらくニュース番組などを見ていているが、少し立つと横になってしまう。すると本当に2時間ばかり寝てしまうのだ。起きたばかりだというのに。

午後には昼食後、なるべく寝ないようにソファーで、時代劇チャンネルや外国物のFOXやAXN、ムービープラスなどのテレビドラマを漫然と見ている。集中して本などが読めないないが、寝てばかりいると代謝機能が衰えくるのでなるべく起きていた方がいいだろうと思って午後は横にならないようにしている。

夕方は夕食後、やはり横になってしまう。そこでも2時間位寝てしまう。実際には12時から7時頃まで寝ているので10時間位寝ている計算になる。大体治療ではステロイドを使っているので睡眠時間は少ない。今回ほど良く寝られるのは初めてだ。ぐっすり眠っても起きた時に、倦怠感が減少しているということはない。やはり赤血球の問題なのだろう。明日の血液内科の診療で赤血球の輸血をしてもらうことになるだろう。

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風邪をひいてしまった

7月15日(金)
先週の金曜日(8日)、水曜日の検査結果で好中球が500しかなかったので、ノイトロジンの注射を行いその後院内患者交流会に出席した。その時は風邪の兆候はなかった。体のだるさは暑さのせいだと思っていた。夜になって喉が痛み出した。

土曜日(9日)になって体のだるさが増し、風邪をひいてしまった事を自覚した。交流会でも話が出たが、ガンの治療がうまくいったが風邪から肺炎になり死んでしまった人を2人知っているということがあったので注意が必要だと思った。午後になって熱を測ってみると36.8度あった。平熱が36度位なので体の消耗感を感じる。喉の痛みが増し、咳が出始めた。

日曜日(10日)
になって風邪の症状は悪化する一方だった。咳はかなり頻繁に出るし、喉は炎症を起こし熱く痛い。熱は37度だった。以前処方してもらって残っていた咳止めのアストミンを飲み、炎症を抑えるうがい薬でうがいをし、ヴィックスメディケイテッドドロップをなめてしのぐ他なかった。

月曜日(11日)、朝起きた時の熱は37度だったが夕方から熱が上昇し始めた。19時には38.4度まで上がった。カロナールを飲んで、保冷剤をビニール袋に入れた簡易水枕をして寝ていたら23時頃には熱は引き、37度まで下がった。しかし咳は激しくなる一方で喘息のようにひっきりなしに咳こむ。喉の痛みは増し、咳き込むとかなり痛む。

火曜日(12日)
は朝から熱が出始めた。9時には38.7度になり、カロナールと簡易水枕で昼には37度までになったが、夕方になりまた38.5度になり、それが寝る時まで続いた。一日中激しく咳き込み、このままいくと肺炎になってしまうのではないかと心配になってしまうほどだった。

水曜日(13日)、血液内科診療の日だった。昨日のような調子だったら病院に行くのもかなり辛いだろう。いざとなればタクシーを利用するしかない。朝起きたら熱が36.8度になっていて咳も大分収まった。体調もかなり持ち直して病院には電車で行ける状態だった。

採血をして、眼科診療を行い、血液内科の診療で、金曜日からの風邪の症状を医者に説明した。医者は風邪薬の処方を行い、抗生剤の点滴をやった方がいいだろうということでベルケイド、デキサメタゾン点滴の後に一時間かけて抗生物質製剤マキシピームの点滴を行った。

医者が処方した風邪薬
クラビット錠500mg 1日1回  細菌の殺菌
PL配合顆粒 朝昼夕1回1錠  総合感冒薬-鼻水、鼻づまり、ノドの痛み、熱などカゼ全般の症状
ムコダイン錠250mg 朝昼夕1回2錠  粘膜正常化剤、去痰剤
アスベリン錠10mg 朝昼夕1回1錠  鎮咳、去痰剤

木曜日(14日)
、医者の処方してくれた薬を服用しながら、様子を見守る外ない。喉の痛みは大分収まり、咳もほとんど出なくなった。鼻水が出るようになった。倦怠感は強く少しでも動くと息切れがするような状態だ。後は気長に体力回復を待つ外ないだろう。

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眼科の診療

7月13日(水)
眼科での眼圧検査では右15、左18であった。左目の眼圧降下のため、ダイアモックスなどの錠剤服用や、3種類の点眼薬を使用してきたが、前回の治療後、寝る前のキサラタン点眼だけにしてきた。しかし眼圧が上がり目の痛みを感ずることなく過ごせて来た。今日の検査では左眼の眼圧は基準値まで下降している。

左眼が充血しているということで、眼底検査を行った。その後目蓋にゲル状の液体を塗りしばらくしてからまた眼底検査を行った。それがどのような検査かは分からない。

その後細菌専門の別の医者の所に案内され、説明を受けた。最初に左目の失明の原因についてはサイトメガロウイルスの増殖、網膜中心動脈・静脈閉塞症、ぶどう膜炎3つが重なってしまったこと事にあると話した。左目のこれからの問題は、左眼がしぼんでくるということがある、これは眼圧の状態を把握しておくことが必要だ。また、左眼でウイルスが増加し、それが全身や右目に転移するのを防ぐ事にある。こういった眼科での治療方針について詳しく説明してくれた。

その後房水採取の手術を行った。手術前に「手術・処置・検査についてのご説明」という文書に署名する。
症状・疾病名: 左目 虹彩炎
左眼の前房(角膜から水晶体の間)に炎症が出ています。
白血球の減少もあり、サイトメガロウイルスやその他のヘルペスウイルス感染症の可能性が高い。
眼の中の水を採取し、ウイルスの有無について検査をします。
合併症:採取した傷口からの感染症、前房が浅くなり眼圧上昇リスクがある。

眼科診療はいつもだと、眼圧と視力の検査をして、その後眼底検査を15分位行って終わりだ。今日は左眼が充血しているということで幾つかの検査を行い、細菌専門の医師とコンタクトを取り説明を受け、房水採取の手術まで行った。1時間半もかけて診療してくれた。この対応のすばやさと、医者同士の連携の良さなど丁寧なフォローには感謝すべきだ。採取した房水は担当医が医科歯科大学に持って行ってくれるということだ。

次回は一週間後に診療日を入れた。左目の炎症の原因が分かるはずだ。手術の後の傷口の抗菌点眼薬としてクラビットを毎日4回点眼するようにと処方された。

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血液内科の診療

インターネットの不具合で更新が遅れました。

7月13日(水)
検査結果
IgM   5658(7/13)←4808(7/6)←4955(6/29)←5526(6/22)
白血球  3100←2500←1100←3700
好中球  830←500←450←3120
赤血球  234←236←236←246
ヘモグロビン 8.1←8.1←8.2←8.6
網赤血球   11←13←7←9 
血小板  3.1←2.7←2.4←3.5
CRP定量  5.41←0.98←1.37←0.1


IgMが一挙に800も上昇してしまった。先週の血液内科診療の報告で書いたことが本当になってしまった。下がる時には少しずつ、上がる時には一挙にといったパターンが繰り返されている。上昇したからといって次の療法が用意されているわけでは無い。今日の所は、従来通りベルケイド+デキサメタゾンの点滴をする事にした。

来週も同じように上昇するようだとそれこそ新たな療法に移行せざるを得ないだろう。もしくは入院治療という事にもなりかねない。

相変わらず白血球、血小板は少ない。赤血球も一向に上昇しない。しかし輸血をするまでには至らない。形質細胞が末梢血中に出てくる白血化は5月18日以降止まっている。色々問題を抱えてるが「なるようになるだろう」といった心構えで行く他ない。

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院内患者家族交流会(おしゃべり会)

7月8日(金)
定例の病院内での交流会が行われた。昔は病棟内のカンファレンス・ルームでやっていたので、患者や家族の人が通りかかって何だろうと参加してくれる事もあったが、いま交流会をやっているのは病棟を出たすぐの所にあるディ・ルーム(面会室)で、そこだと気楽に入ってくる患者はやはりいない。

血液内科病棟の管理が厳重になり、病棟に入るには許可をとって入らなければいけないし、血液データが一定基準以上(白血球)ないと病棟から自由に外出できない。病棟と外との間に壁があるようなものだ。

交流会に参加したA氏の話
彼は骨髄異型性症候群で、昨年2月に骨髄バンクからの提供で移植を受けた。移植後しばらくして好中球が3日間連続して500以上となったのでもう大丈夫と言われたのでほっとひと安心というと所だったが、4日目に好中球が失われ生着不全となり、移植は失敗した。同種移植の場合こういったことが起こるという事を初めて知った。(注)

医者はこういったことが起こるのを予測していたのかどうか分からないが、移植用の臍帯血を用意していた。4月に2回目の移植を行った。この移植は成功して6月には退院となった。退院して1年経つが2度の移植、前処置の大量抗がん剤投与などは体にかなりのダメージを与えまだ仕事に戻れる状態にない。

10月の定期検査の時、医者から再発しましたと言われた。後で精密検査をした所間違いだと分かったが、言われた時には、「移植はやりたくありません。このまま放っておいて下さい」と医者にいった。2度目の移植の時かなり辛い目にあった。治療中に意識を失いこのまま戻れなくなるのではないかという恐怖にさらされた。また下痢を始め皮膚疾患など激しいGVHDが全身を蝕んだ。

針灸の治療院を開いていて、今は若い人に引き継いでやってもらっている。いつ復帰してもいいが、やはり他人を治療するとなると体力と精神力を使う。また一旦仕事を始めてしまうと無理をしてしまうこともあるだろう。無理をして体に負担をかけると弱っている所にダメージがくる。早く仕事に復帰したい気持ちもあるが、まだ体力的に不安がある。

彼はGVHDの症状として腸に集中して症状が出た。下痢が止まらない。鍼灸と漢方薬で症状を抑えようと医者に相談したが、免疫抑制剤を服用している限り外の治療は止めてもらいたいといわれた。鍼灸や漢方薬は免疫増強の役割をする。彼は自分の専門分野の治療に関しては、結局免疫抑制剤の服用をやめてからしか使えなかった。

GVHDでお腹が痛く苦しんでいると、看護師がモルヒネを使うよう進めてくれた。彼は性格的に痛いという事を回りに絶対に口にしないようにしていた。看護師は痛い時には痛いと言ったほうがいいと言ってくれる。モルヒネを服用した。すると急に幻覚が見えるようになった。ベッドが床から離れて天井に向って浮き上がってくる。体を起こすと元通りになっている。また様々な色が目前に次々と出てくる。こういった幻覚が出たので、結局モルヒネの服用は1日で終った。

下痢が中々治らないので、消化器科で胃カメラを飲んだり、大腸検査をやったりしたが結局GVHDだろうということで、今は下痢止めのビオフェルミンを処方されているだけだ。

抗がん剤治療をやっているとどうしても、下痢と便秘は必然的に体験する事になる。抗がん剤は骨髄抑制と同時に内臓粘膜を破壊する。口の中から肛門まで様々な症状が出てくる。特に腸に影響がでる。夜の検温の時、多くの患者が看護師と相談している。昨日もらった便秘薬はあまり効かないもう少し強いやつがほしいなどと話している。下痢に関しては下痢止めしかないが、それを飲むと今度は便秘になるなど中々うまく行かない。

色々な患者がいる。それぞれ今まで全く違った人生を歩んできた人達が患者会で話しあう事になる。皆がんで生死をさ迷いこれからどう生きていくか深く悩み考えざるを得ない。そういった患者たちの声は、自分の生き方を省みる大きな示唆を与えるものである。

注:移植した造血幹細胞が骨髄内に入り込み、新たに血液細胞を作り始めます。これが「生着」です。一般的に、血液検査で好中球(白血球)の数を調べ、好中球が500(白血球700~1000)個以上となった日が3日続くと「生着した」となるようです。生着までに要する期間は、骨髄移植がおよそ3週間、臍帯血移植ではやや遅く4~6週間ぐらいです。そして、この期間を経過しても生着しない場合が「生着不全 (拒絶)」となります。

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ジャンル : 日記

西武ゆり園

7月6日(水)
病院を出たのが13時、今日は血液内科の診療とベルケイド+デキサメタゾンの30分の点滴だったので比較的早く終った。西武球場に隣接する西武ゆり園に行ってみたかったが、なかなか機会がなかった。朝から行こうと思って外の様子を伺うと、9時ごろでも既に30度を超えていてじりじりと太陽が肌に突き刺ささるように照り付けている。その炎天下の中に踏み出していく気力はなかった。

外に出たついでにその勢いで何処かに行く外ない。昼過ぎでまだ時間があるし、外は曇りで涼しい風が吹いている。池袋から西武球場前までは飯能行きの急行を利用すれば40分位でいける。

西武球場では今日は試合のある日なのだろう。14時過ぎだというのに西武球場前駅ではかなりの人が降りて西武ドームの中に入っていく。試合前に何かイベントでもあるのだろう。係員が入場者に色々指示している。ゆり園の方に行く乗客は誰もいなかった。

ゆり園は6月半ばが一番の見頃だという。すかしゆりが満開でよく写真で紹介されている風景が見られるのはその頃で、ゆり園のホームページにあるパノラマ写真もその時期に撮ったという。しかしハイブリッドの咲く時期もまた別の情景を楽しむことが出来る。

西武ゆり園: 西武池袋線「西武球場前」駅から徒歩3分、狭山丘陵の林間2万㎡の斜面に、すかし百合種とハイブリッド種の50品種、約40万株が植栽されていて、6月上旬から7月上旬にかけて、黄桃赤白橙とカラフルな色の花が咲き乱れる。森林浴と散策も楽しめる。

すかしゆりの時期が終わりになる頃、6月半ばから7月上旬にハイブリット系の花が咲き始める。今の時期咲き変わるすかしとハイブリッドのグラデーションを楽しめる。

早咲き「すかしゆり」が見頃を過ぎ、五色の丘はハイブリッドに咲き替わってきている。遅咲き「ハイブリッド」は見頃で白・黄色・ピンクと様々な色が開花し、園内は花の芳香に包まれている。とゆり園の開花情報にあった。

西武球場駅から陸橋を渡ってすぐにゆり園に着く。閑散とした雰囲気だ。すかしゆりがピークを終え、平日だということで見物客は少ない。入場料1000円を払って中に入る。二つのコースに分かれている。山口観音の八角五重塔が遠くかいま見える。

らくらく観賞コース(約100m)-お体の不自由な方や高齢の方にも、咲き誇るゆりを一望いただけるゆるやかなコース。自然散策コース(園内一周約1000m)-森林浴を楽しみながらゆりを観賞できる。

自然散策コース入口
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自然散策コースを進んで行く。ゆり園に入るとゆりの強い芳香が当たり一面を覆っている。すかしゆりはまだかなり残っているが、ハイブリト系に入れ替わってきている。ハイブリット系は色彩的には白、ピンク、黄色と穏やかな色が主流でゆり園全体が落ち着いた雰囲気に包まれている感じだ。すかしゆり系の朱色や濃いピンクを中心とした派手で華やかで豪華な雰囲気とはかなり違っているだろう。

ハイブリッド種(イエローウイン、アルマータ、ロンバルディア、アカプルコ、ゾゴラほか)は黄、桃赤、白、橙とカラフルな色と芳醇な香りに満ちあふれた癒しの空間を作り上げる、とパンフレットにあったが、まだかなり咲いているすかしとハイブリット系のコンビネーションはなかなか見所があった。

ハブリット種が見頃

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ゆり園の花々
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 ソルボンヌ                          イエローウィン

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 アカプルコ                          ゾゴラ

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 アルマータ                          アマロネ       

すかし: 花は上向き(受け咲き)、芳香はなし。茶碗型で、花びらと花びらの間に隙間があり、透かして背景が見えるところから「すかしゆり(透かし百合)」と呼ばれている。下向きで咲くユリが多い中、この系統は上向きで咲く。

ハイブリッド: 下向きに咲き、素晴らしい芳香があるやまゆり系はオリエンタル・ハイブリッドと呼ばれている。日本固有のヤマユリ、カノコユリ、オトメユリ、ササユリ、タモトユリなどが交配されて作られた種類で、大きな花を咲かせるカサブランカなどが知られている。

黄色の協演
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1時間ばかりかけて自然散策コースを回る、園内を1周したという感じだ。西武ドームの見える休憩場でしばらく休んだ。この休憩所から見える斜面には6月半ばにはすかしゆりが満開に咲き一面花で覆われていたのだろう。盛りは過ぎたがまだかなり花はあった。多分デキサメタゾンを点滴注射したので体調がいいのだろう。1時間ばかり歩いても全く疲労感はなかった。

ドーム方面斜面
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入口ではゆりの鉢植えが売られている。一鉢2200円だが安いのか高いのかゆりは買ったことがないので見当がつかない。西武球場前駅に戻った。16時を過ぎていたので野球観戦の観客が改札口からぞろぞろと出てくる。改札口の前にはチアガールが3,4人立っていた。何をしようとしているのか分からないが、確かめないでそのまま改札口に向った。
(参考資料:西武ゆり園HP) 

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血液内科の診療

7月6日(水)
検査結果
IgM   4808(7/6)←4955(6/29)←5526(6/22)←5649(6/15)
白血球  2500←1100←3700←2200
好中球  500←450←3120←1830
赤血球  236←236←246←269
ヘモグロビン 8.1←8.2←8.6←9.5
網赤血球   13←7←9←18 
血小板  2.7←2.4←3.5←3.3


IgMが先週に続いて減少した。こんな調子で少しづつでも下がってくれればいうことはない。しかし何故同じ療法を行なっているのに効いたり効かなかったするのかその理由が分からない。そうであるから、来週の血液検査の結果IgMが一挙に500とか増える可能性もあるということだ。

白血球が2500になったのに、好中球は500である。通常50%位はある。20%しかないというのはどういうことだろう。確かにいつも白血球中の好中球の割合が少ない。それでも30%以上はあった。今回は少なすぎる。

ヘモグロビンが8.1になった。8以下になると輸血が必要だ。今日は赤血球の輸血はしなかったが来週血液検査結果を見て行う可能性がある。ただ、今日の網赤血球が13と増えているので、来週はヘモグロビンの値が上昇している可能性がある。

最近疲れやすい、少し動くとだるくなるなど体力の消耗感を感じていた。夏ばてだろうと思っていた。夏の暑さも影響はしているだろうが、6月22日の血液検査でヘモグロビンが8.6になって以降のことだと気がついた。体に酸素を運ぶ機能が低下し、疲れやすさとなって現れてきていたのだろう。

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「ももの木 10歳 みんなありがとう」

7月2日(土)
「ももの木10歳 みんなありがとう」といった催し物が12時から、品川グランドコモンズの三菱重工ビルの3階で行なわれた。内容は「ももの木設立10周年記念パーティ」である。この会場はアリス・アクアガーデン品川という貸しパーティ会場のようなもので、会場を2時間貸出し、バイキングで立食形式の飲食が出来るようになっている。

品川駅の西口方面は何度か降りたことがあるが、東口方面は全く行ったことがない。再開発され高層ビルが林立していると聞いたことがあるが、見たことはない。どんな所か興味があって早めに家を出て見て回ろうと思った。

品川駅で中央改札口を出て、港南口方面に向かう。レインボーロードといったしゃれた名がつけられた通路を出口に向う。東口駅前は港南ふれあい広場になっていって広々とした空間があり、そこから品川インターシティとグランドコモンズに向うスカイウエイが中央に作られた幅45m、長さ400mセントラルガーデンの木々の緑に覆われた公園を挟んで左右に伸びている。

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 品川インターシティとグランドコモンズ         品川グランドコモンズ

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 品川インターシティA・B棟     スカイウエイ              グランドコモンズの高層ビル

品川インターシティは品川駅東口にあった旧国鉄の操車場跡地の開発プロジェクトの一つで1998年11月に竣工した。約35,564平方メートルの敷地にA棟・B棟・C棟の3棟からなる高層オフィスビルとShop&Restaurant棟のショッピングエリア、ホール棟からなっている。

同じく旧国鉄跡地を再開発して2003年誕生した品川グランドコモンズとの再開発計画が中心となって品川駅東口は大きく景観が変わった。グランドコモンズには43階建てのVタワーを始め30階前後の高層ビルが7棟つらなっている。

三菱重工ビルに入口の前にエスカレーターがあって、それに乗ると3階に着く。その左側が会場のアリス・アクアガーデンである。参加者は80名。同窓会みたいな集まりでもある。関西、秋田、金沢からも参加してくれた。しかしももの木の理事長田中祐次氏は当日体調不良で参加できないということであった。よほど悪いのだろうか過労だろうということ以外詳しい説明がなかった。

「ももの木10周年記念パーティ」は、3部で構成されている。第1部として「ももの木の10年史」では、プロジェクターで正面に思い出の写真を写しながら今までの歩みを説明していった。交流会、お楽しみ会、院内イベント、3.2.1(俳句)の会、運動部、いのちの授業などの活動経過が紹介された。

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第2部は「会食、歓談」となる。会場の後ろの3分の1位が空いていて左右に料理が並べられ正面にアルコールを含めた飲み物が並んでいる。乾杯のあとそれぞれバイキング形式に並べられた食事を取りに行く。軽食が主流だ。ピラフ、パスタ、ピザ、サンドイッチ、チーズを挟んだクラッカー、その外にトマトの焼いたもの、ハム、ゆで豚などである。

元患者や現患者の参加者も多い中で食事の量は少なかったがそれも十分間にあったようだ。飲み食いしながらお喋りをするといっても、次の第3部もあるのでゆっくりしゃべっているといった雰囲気ではない。大体私の場合には入院したという噂を聞いた人が体調を訪ねてきてそれに応答するだけで会食の時間は終ってしまった。

第3部は「お楽しみアトラクション」として、マジックショーを山中邦人さんが行う。次にコミュニケーションゲームという、制限時間10分の中で7人にインタビューして交流を深めるもので、例えば「あなたがももの木と出合ったきっかけは」などの質問が用意されている。

10分たって皆が質問を終わり、回答を書き終えた段階で、参加者の中に隠れているラッキーパーソンと話した人に景品のプレゼントがあるということで、ラッキーパーソンが紹介され、話した人ともども景品が渡された。ももの木10周年の記念ケーキが分けられ皆に配られた。それを食べて集会のすべてのイベントは終了した。

最後に実行委員長からの挨拶を行い、2時間という集会の時間は瞬く間に過ぎ去ってしまった。こういった状況だったので、結局参加者同士の話はほとんど出来なかった。隣に座っている人とも全く話す機会はなかった。交流会としてはまた別の設定が必要だろう。今日の目的はあくまでも10周年記念パーティとして10年の歴史を確認する事に目的があるといえるだろう。

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yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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