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入院26日目-荒川自然公園

4月30日(月)
病院にいても治療行為は一切ない。7時、14時、20時の検温以外看護師は来ない。病院食をキャンセルし、昼食を外で好みのものを食べようと思った。どうせ出かけるなら少し早めに出てどこかを散策しようと思い、ツツジか藤を近場で見られる所を探した。

レッツエンジョイ東京で「東京の藤まつり」「東京のツツジまつり」を見てみたら、近くにある荒川自然公園に両方が載っていた。ツツジと藤の両方が近くで見られるということで、昼食前に行ってみる事にした。西日暮里から町屋を経由して都電で2駅目の荒川2丁目で降りると目の前が公園入口になっている。乗れば20分もかからない。

荒川自然公園: 下水処理場の上の人工地盤に造られていて園内は2つのブロックに分かれ、北側は交通園やプール、遊具、芝生の広場と、スポーツ施設があり開放的な雰囲気となっている。南側は、木々に囲まれ、緑が濃く落ち着いた雰囲気で、白鳥の池中心に散策路が巡っている。

荒川自然公園006ed_convert_20120430153538  荒川自然公園010ed_convert_20120430153700
 公園入口 鷹尾総一「波」                つつじ園(剪定された木々に花は咲いていなかった)

荒川自然公園027_convert_20120430175854  荒川自然公園021ed_convert_20120430154150
 藤棚                             咲いていた藤はこれだけ

荒川自然公園024ed_convert_20120430154346  荒川自然公園04ed5_convert_20120430172405
 日高頼子「重奏」                      峯田義郎「風考-空へ」

荒川自然公園035_convert_20120430173905   荒川10_convert_20120501061050
 白鳥の池

荒川自然公園012_convert_20120430153756  荒川自然公園019_convert_20120430154038
 水辺広場                           セイヨウジュウニヒトエ 

公園の入口にオブジェがあり、その周辺にはツツジ咲いていた。しかし、公園の中央付近に丁寧に剪定されたツツジの木々が配置され広がっている一画があるが、そこのツツジはまだ花をつけていなかった。また藤棚が二つ並んでいたが、花は1,2咲いているだけだった。事前に荒川自然公園のホームページを見たが開花情報は載っていなかった。

荒川自然公園037_convert_20120430154920 池の周りに咲くツツジ

荒川自然公園039_convert_20120430155027

荒川自然公園041_convert_20120430155141

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ツツジは中央の白鳥の池の周りと北側のふれあい健康広場にもあって、そこのツツジは結構咲いていて見応えがあった。また公園のあちこちに様々な花が植えられていた。コデマリ、ヒメウツギ、セイヨウジュウニヒトエなどが公園の散策路沿いに植えられ、目を楽しませてくれる。池には白鳥が泳ぎ、池から水辺広場までは岩をたくみに配置し、水を流し渓流の雰囲気を出している。

人工的に作られた自然ではあるが、散策ルートの指示なども行き届いて木々や花に触れながら歩くのにはなかなかいい所だ。連休中は混む観光地に出かけるよりは、近所の公園が比較的空いていてのんびりとした時間を過ごすにはいいだろう。花が一斉に開花する時期、色々な公園で様々な花を楽しむことが出来る。荒川自然公園では1時間半ばかりゆったりと過ごし、昼食に出かけた。

荒川自然公園058_convert_20120430155415  荒川自然公園061_convert_20120430170329 コデマリ

荒川自然公園066_convert_20120430170518  荒川自然公園070_convert_20120430221159 ヒメウツギ

荒川4_convert_20120430211103  荒川5_convert_20120430211231
 ふれあい健康広場                     どうだんつつじ

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テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

入院25日目-荒川土手

4月28日(土)
 久喜駅に着いたのは13時少し前だった。昼食の時間だ。病院では食べられないピザを食べたくなった。駅前のイタリアンに入ってゆっくりと昼食を取った。病院には17時に戻ればいい、少し早過ぎる。病院に帰っても特にする事がある訳ではない。

14時過ぎに赤羽に着いた。「荒川運動場の河川敷、浮間ゴルフ場から野球場グランド前までフラワーベルトとして春にはナノハナが咲き乱れる」という「花の名所案内」の記事を思い出した。川口駅から徒歩10分とある。

一駅戻って川口駅で下り、荒川に向って行った。10分位で高い堤防に突き当たる。それを登りきれば、荒川と河川敷が一望できる。しかし左右何処を見ても黄色の色彩は目に飛び込んでこない。もはや菜の花は一本も存在していなかった。

久喜れんげ祭り012_convert_20120430063751  久喜れん_convert_20120429155057  
 川口駅西口駅前公園ハナミズキと八重桜

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 荒川鉄橋 左側が台形型、右側がアーチ型

 荒川運動公園の菜の花は4月半ばに満開になったということは開花情報で読んでいた。既に2週間たっているのでどうかと思ったが、まだ残っている事を期待して行くことにした。しかし、問題は菜の花の無料摘み取りが4月19日からできるということが、川口市公園緑地公社のホームページに乗っているのを見ていなかったことだ。

以前葛西臨海公園にキバナコスモスを見に行った時に、前の日から始まった無料摘み取りで、コスモスの花は一本も存在なかった。見事に徹底的に刈り取られていた。19日から既に10日も経っている。残っているわけはない。満開の時から直ぐに摘み取りを開始してしまうとは、緑地公社は何を考えているのだろうと思う。

鑑賞しようと思ってきた人はがっかりして帰るしかない。菜の花がまだ残っていれば持って帰れるだろうが、そうでなければ全くの無駄足だ。確かに最盛期を過ぎて萎れかかったものを摘み取っても意味はない。摘み取り時期を何時にするのかを菜の花を見に行こうとする人にどこかで知らせる方法をとるべきだ。そうすればその前に行って観ようとするだろう。

日中は気温が上がり20度を越すと天気予報にあった。汗ばむほどの陽気だ。菜の花は諦めて、河川敷を川の涼しい風を受けて散歩する。対岸にピンク色の帯が土手をおおっている。芝桜のようだ。中央部分にKITA CITYと白で染め抜かれているようにも字が浮きでている。

川口側が菜の花で、赤羽側は芝桜といった対比を見せているのかもしれない。土手の芝の上に花で文字を書いている。近所の小学校の生徒の作品だろう。再び土手に上り、駅への道に出るために土手を進んで行くと土手の上に善光寺という寺と墓地があった。その奥に小学校、中学校がある、土手の上に寺や学校があるのが珍しい。

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 対岸の芝桜のフラワーベルト

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 花で書いた文字

 川口駅には降りたのはずっと昔のことになるが、完全に様変わりしている。キュ-ポラのある町として映画でも知られているが、今では 高層マンションが建ち並んでいる。キューポラという名前はキュポ・ラとして駅に隣接する公共施設、商業施設の建物の名称になっている。内部には行政センター、図書館、メディアセブンなどのほかに、マルエツ、文教堂書店、無印良品など民間の商業施設がある。また川口駅東口公共広場は通称「キュポ・ラ広場」といわれている。

駅前にはオーベルタワー(34階)、リビオタワー(32階)があり、少し土手方面に行くとスカイフロントタワー(29階)がある、川口パノラマステージや、ライフピア川口などのマンションも駅から7、8分の所にある。建設中のタワーマンションも駅に向う途中にあった。川口には全く昔のイメージはない。

久喜れんげ祭り042ed_convert_20120429144157  久喜れんげ祭り039_convert_20120429144326  
 土手から駅の方を見る                   善光寺本堂

善光寺(平等山阿弥陀院 真言宗智山派):
建久6年(1195)、定尊が信濃の善光寺の阿弥陀三尊を模造して安置し開創した。信濃の善光寺と同様「一光三尊阿弥陀如来」を本尊とする。信濃の善光寺と同じ御利益があるとされ、江戸市民は江戸近郊で手軽に善光寺参りができるとあってこぞって参詣した。(浮間わいわいねっと)

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入院25日目-久喜「れんげ祭り」

4月28日(土)
連休だということもあって、本来なら後2、3日様子を見る必要があるのではないかと思われる患者も続々と今日退院していった。4人部屋では2人が退院し、1人は明日、明後日の2日間外泊をする。2日間は4人部屋を個室として使用できるといった感じだ。多分新しい患者は緊急でない限り5月7日以降の入院となるだろう。

担当医に外出許可をもらった。外泊許可でも取れたかもしれないが、昨日からG-CSFをやめているので、明日あたりから好中球が下がるだろうから、病院にいた方が安全だ。外出許可はもらったが何処に行くか決めなければならない。

いつも世話になっている「花の名所案内」を見てみる。チューリップ、シバサクラ、フジ、ボタン、サトザクラ、ツツジ、レンゲソウ、ナノハナ、シャクナゲなど、花の季節が巡ってきた。今までレンゲソウが野原に咲き乱れる風景を見たことがない。場所も久喜からなので行き易い。

レンゲソウ: 蓮の花に似ていることから、レンゲソウ(蓮華草)、ゲンゲまたはレンゲと呼ばれる中国大陸原産の植物。伝来したのは17世紀頃。田園に赤紫の花が咲き乱れるさまは俳句などにもよく詠まれている。また、花はミツバチの重要な蜜源であることも知られてレンゲミツは独特の風味がある。

久喜のレンゲソウ: 市内の農村家では、休耕地の解消、有機栽培、農村環境美化に効果的なレンゲソウの栽培を行っていたが、レンゲ畑が訪れる人の心を癒し、豊かな田園風景を演出する観光資源であることに着目。農村部住民共々見直すとともに、農村部の活性化を図るため、平成元年から地域住民が主体となって実行委員会を組織し「れんげ祭り」を実施。今では約3万人が訪れるイベントに成長。(久喜市役所HP)

久喜れんげ祭り074ed_convert_20120428223723  久喜れんげ祭り067ed_convert_20120428230220 

「れんげ祭り」は4月29日(日曜日・祝日)午前9時~午後3時まで行なわれる。雨天の時は、4月30日開催する。もちつき、手打ちそば、農産物の直売、地元芸能、歌謡ショー、フリーマーケット、その他各種模擬店が出る。混雑を避けて前日に行き人のいない会場でゆっくりとレンゲソウの秘めやかな紫の世界に浸ってみるのもいいだろう。

田端駅を9時17分に乗り、久喜駅には10時8分についた。「れんげ祭り」当日は駅前からシャトルバスが20分おきに出ているが、そのバスはない。ただ休日祭日には循環路線バスは走っていない。久喜市を循環する路線バスが3本あってどれかに乗り「松の木公園」で降りて、5分位歩くと「れんげ祭り」の会場に行ける。

久喜駅を降りると、運よく循環バスが止まっていた。20分に発車するという。乗客は途中にある理科大の学生と年寄りだけだ。ローカル線や地方のバスは、大体学生か病院に通う高齢者しか乗らない、皆マイカーで動く。市内循環の路線パスは、細い住宅街の道までわけいって、右に曲がったかと思えば左に曲がり、その地域を隈なく網羅するかのように走る。久喜駅から「松の木公園」まで40分もかかってしまった。市内観光ツアーのつもりで周りの景色を楽しめばいいのだが、今は地方都市の作りが均一化されてきていて何処にいっても同じように見え面白みがなくなって来ている。
 
バス停で降りて、帰りの時刻を調べてみたら、循環バスが2系列あったがそれぞれ2時間か3時間に一本しか出ていない。帰りは12時23分に乗らなかったら13時59分のバスに乗る外ない。1時間半あればどうにか見られるだろう。バス停の周辺を見回しても何処にも「れんげ祭り」会場の案内が出ていない。

案内にバス停から南西方向400mと書いてあったので、太陽の位置から南西方向の見当をつけ5分ばかり行くと鯉のぼりがなびいているのが見えてきた。鯉のぼりが目印になっていてそれがなければただの原っぱだと思って通り過ごしてしまうかもしれない。その位レンゲソウの花は目立たない。レンゲソウの開花状況には満開とあったが、それでも近くに行かないと紫の花が群がって咲く様をじっくりと観察することは出来ない。

レンゲの咲く草原では、明日の「れんげ祭り」の会場設営のため業者がイベントの舞台づくりを行なっていた。また飲食場や模擬店のためのテント設営の場所作りをしていた。レンゲが見頃で「祭り」当日でなくてもそれなりの人が来ていると思ったが、近所の施設にいる車椅子の乗った中年の婦人2人その付添いの若い介護士と出会っただけだった。会場はレンゲの咲いた広場が2ヶ所あり、それぞれの中央付近に鯉のぼりが立てられている。

久喜れんげ祭り043ed_convert_20120428222926 第1広場

久喜れんげ祭り050_convert_20120429072410 第1広場のレンゲ畑

久喜れんげ祭り057ed_convert_20120428223212 第2広場

久喜れんげ祭り065ed_convert_20120428223415 第2広場のレンゲ畑

久喜れんげ祭り072ed_convert_20120428224319 レンゲソウの帯
久喜れんげ祭り077ed_convert_20120428224429 第1広場

レンゲソウ自体が芝桜やチューリップのように華やかで、鮮やかで色彩豊かな花ではない。野原の中にひっそりと咲いている感じだ。イベントもない時に花だけを遠くから見に来る人は少ないのかもしれない。交通の便が悪いのも行きにくい原因なのだろう。そうはいっても初めて見るレンゲソウの群落は華やかでも鮮やかでもないが、落ち着いた紫の佇まいで人の心に安らぎをもたらす。

「春の小川」という歌の中に「春の小川はさらさらいくよ、岸のすみれもれんげの花も・・・」とあるように以前は、どこの田んぼでも種を播いて緑肥としていたが、今ではほとんど見られなくなってしまった。

久喜れんげ祭り085_convert_20120428224543  久喜れんげ祭り093_convert_20120428224658  
 会場周辺の八重桜                    菜の花

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 松の木公園                         ハナミズキ

会場を後にして、バス停で12時23分のバスを待つ。バス停前に松の木が植えられた三角の所が「松の木公園」だと書かれていた。二十三夜と書かれた墓のような塔とこの地域の開発を記念する石碑の二つが立っているだけの公園だ。帰りのバスは、やはり駅まではかなり回り道をしたが15分位で着いた。

二十三夜塔:
18世紀の後半から昭和の初期にかけて、日本の各地で「講」を組織した人々が集まって、月を信仰の対象として精進・勤行し、飲食を共にしながら月の出を待つ、月待ちの行事をしました。その際供養のしるしとして建てた石碑(月待塔)のひとつが、二十三夜塔です。(「道祖の神と石神様たち」 西川久寿男著)   (つづく)

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孫が硬膜下血腫になった

4月27日(金)
孫の発熱、痙攣
23日夜、孫が高熱を発し、右半身に痙攣が走るので救急車で脳外科のある近くの病院に行ったというメールが入っていた。自分で動けるわけでもなく、事情がわからずかえって心配になる。、24日の朝電話してみると、熱は収まり痙攣も止まったということだった。脳のCTを取り原因を調べる。その結果手術をするかどうか判断するという。

検査結果が判った。脳に血腫が見られる。硬膜下血腫と診断された。25日は22時就寝、夜中に起きることなく6時過ぎに起床した。26日に手術が行われ1時間位で無事終わり、ICUで1日過ごした。術後の経過は順調で2~3週間で退院できると息子から報告があった。

手術前に撮った写真を送ってくれた。何の問題もなく元気そうに見える。入院してから孫が面会に来る予定だったが、私の方で白血球が少なくなったり、孫が熱を出したりして来られなかった。1ケ月以上会っていないうちの顔の表情が豊かになって来ている。子どもの成長はめまぐるしく変化するなあと写真を見ながら感じいってしまう。。

14_convert_20120428083707.jpg  16_convert_20120428083754.jpg 手術前の姿

乳児はどんな病気を抱えているか分からない、先天的にかかえている病気が突然現れるも知れない。体の中に潜在している細菌やウイルスが免疫の関係で発現する事もある。空気中に浮遊していて、初めて遭遇する様々な細菌やウイルスに対して母親の免疫力で対抗しているが、それが乳児を襲い重い病気を引き起こすこともあるだろう。

保育園に通い始めたがそこでの感染もありうる。様々、種種雑多、千差万別、至る所に蔓延する細菌やウイルスや真菌、さらに体に中にどういった問題が隠れているか分からないし、それが何時発症するかもわからない。そういった中で子育てをしていかなければならない。

親だと直接の当事者だから全てを背負わなければならない。孫に対しては第三者としてじっと見守るほかない。直接関係や出来ないだけに何か体に異変があると聞くと余計心配になる。過干渉にならないように距離を取りながらも親身に助けて上げられられような関係を作っていくこと必要だろう。

硬膜下血腫という病気はどういったものだろう。ネットで色々見ていてその予後に関して少しは安心した。脳に何らかの損傷を与えるかも知れないということを心配していた。部分的だが硬膜下血腫について書いたものを引用しておく。

硬膜下血腫
この血腫は、脳を覆っている髄膜の外側と中間の層の間にある架橋静脈からの出血が原因です。血腫の部位が硬膜外か硬膜下であれば、早期治療によって脳内血腫よりもより早く、しかも完全に回復します。これは脳内血腫と異なり、硬膜外血腫と硬膜下血腫では血液が脳組織に触れないために、脳に直接的な炎症が起こらないからです。(メルクマニュアル医学百科)

小児慢性硬膜下血腫は生後3~9カ月頃をピークに発生する。出産時、胎児が産道を通過する際に頭蓋骨の重積が起こり、架橋静脈が断裂するという説がある。その他の要因としては、頭をぶつけたなど比較的軽度な頭部外傷が原因のことが多いが、原因となる外傷が思い当たらないことも多い。(Wikipedia)

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入院23日目-脱毛

4月26日(木)
検査結果
白血球  1200(4/26)←1000(4/23)←200(4/19)←300(4/16)←400(4/12)
好中球   580←380←70←20←150
赤血球   245←225←183←237←243
へモグロビン  7.8←7.2←5.9←7.7
血小板   3.4←2.1←0.8←2.8
CRP定量  0.45←1.47←9.99←11.09

IgM    無検査(4/26)←6369(4/23)←無検査(4/19)←無検査(4/16)←8471(4/12)
総蛋白  8.7(4/26)←10.6(4/23)←9(4/19)←11.2(4/16)←11.4(4/12)


今回の採血結果

今日の採血の最大関心事は総蛋白の値だ。8.7とかなり下がってきている。8.6の時IgMは4715だった。そこから類推すると4000台になっているのは確かだろう。少しは安心した。しかしまた上がるかどうかそれが問題だ。今までは治療が終ればひたすら下がり続ける。その時は何時また上がるかどうかか問題だったが、治療後でも上下するという今回の場合下がり続けることを期待せざるをえない状況だ。

白血球、好中球の上昇速度が遅い。これでも今週末退院できるとは医者は言うが、現在の値もC-CSFで底上げしている状態なのでこれをやめたらまた下がるだろう。週末の退院した場合また5月2日に外来で来なくてはならない。外来の時にIgMの値が分っても主治医は短い診療時間の中で的確な判断をし、今後の治療方針を決めていくのは難しいだろう。

そこで5月1日まで入院を延期してもらった。1日に血液検査をしてIgMの数値を見ながら主治医と今後の方針について話すことにした。またG-CSFを止めた状態での白血球や好中球の値も知っておいた方がいいだろう。また昨日背中に違和感があって、今日調べてみると帯状疱疹だということが分かった。この治療もしていく。G-CSFと抗生剤の点滴は明日の午前中までの分で終わりとなる。

帯状疱疹に何回かかかればいいのだろう。今回は背中に1ケ所1.5cm位の傷が一つあるだけで神経痛がなければ帯状疱疹と分からなかった。帯状疱疹を診てもらった皮膚科の医者が言っていたが、通常病気をすると抗体が出来て中々同じ病気にはかかりにくいものだ。しかし罹っている病気が抗体の機能に問題がある。特にIgGがその機能を担うらしいがかなり減少している。免疫グロブリン製剤の輸血はなかなかやってくれない。

脱毛のこと
DCEP療法では過去2回必ず脱毛があった。脱毛は副作用の中でも一番発症が遅く、白血球の数値も上がりそろそろ退院だという頃から始まる。移植の時のように大量抗がん剤を使用する場合はほぼ確実に脱毛するが、化学療法の場合は薬によっても違うし、同じ薬でも脱毛する人としない人がいる。最初のVAD療法では脱毛しなかった。

抗がん剤は活発ながん細胞を攻撃するという特徴があり、同じような特徴を持つ毛母細胞をも攻撃しそれが脱毛となる。毛球の下面の凹んでいるところを毛乳頭と言い、毛細血管が入り込んでいて髪の毛を成長させる栄養分を運んでいる。その栄養分を受けて分裂している細胞を「毛母細胞」と言う。細胞分裂は盛んに行われていて、抗がん剤はそれを破壊し脱毛を引き起こす。

大体脱毛といってもまばらに抜ける。長い所と短い所が混ざっていてみっともない。そこでそれを揃えるためにかなり短めの丸刈りにする。今回は月曜日の朝、枕にかなり髪の毛がついていて始まったなと思ったので、白血球も上がってきたので美容室に行って三分の丸刈りにしてもらった。入院前に丸刈りにしておけばいいものを、今回は大丈夫かもしれないと期待して抜けるまでそのままにしておくことになる。今は年寄りでもスキンヘッドや丸刈りの人が結構いる。ひげでも伸ばして今風のファッシでも着こなせば様になる。

女性にとって、抗がん治療による脱毛は目に見えてわかるつらい副作用となっている。ところが周りからは「命にかかわることではない」と軽視され辛さが分ってもらえず、さらに精神的に傷つけられてしまうこともありうる。脱毛することで「自分自身が変わってしまうのではないか」と不安に感じる人もいるという。

脱毛が女性に与える心理的影響はかなり強いものがある。看護師さんから髪は抜けるがまた生えてくるという事を聞いていても、いざ抜け始めるとかなりショックだ。「朝白い枕カバーにパラパラって髪の毛が落ちていました。抜けてきたんだなと思って髪の毛をかきあげたら、ばさっと抜けちゃって・・・」

髪を見ながら涙を流しているのを見ていた病室の一人が、さっとバンダナをはずして「さっぱりしていいよ」ってツルツルの頭を見せて励ましてくれた、といった話を聞いたことがある。患者同士で脱毛の体験などを語り合い、かつら等を含む脱毛の対策を共有化出来ればかなり精神的抑うつは取り除かれるだろう。

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入院21日目-早朝散歩

4月24日(火)
一週間近く曇りか雨だった。久しぶりの快晴だ。東の空が明るくなり始めるとすぐにその明るさが空全体をつつみ始める。最初は橙の光が建物を色づけ始めるが、それが段々と白く変わっていく。

立ち並ぶ建物全体が白く染まり、まるで白亜の建物が足下に広がっているような気分になる。そこには都会の喧騒も雑踏もなく澄んだ空気の中、青い空を背景にしてより一層白さを増してくる立ち並ぶ建物があるだけだった。

病院周辺001ed_convert_20120424095559  病院周辺005ed_convert_20120424095645

昨夜雨が降ったのだろう草木の匂いを吸った湿った空気すがすがしい。朝の散歩は病院内から周辺へと足を伸ばした。町はまだ静まりかえっている。病院周辺でもまだ回っていない方面もある。病室から、吉祥寺方面とは反対方向に木々が茂った所がある。そこを回ってみようと思い、そちら方面に向かった。

着いてみると何の変哲もない公園だった。そうはいっても公園に生い茂った木々は新緑に覆われ雨に洗われた葉は日の光を受け輝いている。昼間であれば、公園があるな位にしか思わず、通り過ごしてしまうような公園でも、全く別の姿を表しているようだった。

病院周辺014_convert_20120424095822  病院周辺015_convert_20120424095908

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 散歩の途中住宅に咲くヒラドツツジとシャクナゲ

26日の血液検査で白血球は上がっているだろう。例え十分とはいえないとしても、今までそういった状態でも通院を続けていたのだから週末の退院許可は出るだろう。今はダメ押しの抗生剤とG‐CSFの点滴を行っている。退院前に念のため赤血球と血小板の輸血をするかもしれない。退院を待つだけの入院生活だと何か張り合いがない。退院までに持ってきた本を読んでしまおうなどと考えるが、あまり進まない。集中して何をするという気分にならない。

人間の体とは不思議なのもので、熱があったりだるさが強かったりしている状態だと、何時間寝ていても退屈ということがない。元気な時は、朝4時頃眼が覚めてしまった時などじっと寝ていられない。家にいれば起き出して何かをしてしまう。病院だと起床時間6時までベットに横たわっていなければならない。10分おき位に時計を見て早く6時にならないかと思う。特に何かをしなければならないことがある訳ではないがじっと寝ているのが退屈なのだ。

病院にいるとやることが限られている。本を読み続けると疲れてしまうし、何もせずぼんやりと窓の外に広がる空を眺めていたりすることがよくある。「何もしないでいる時間が持てることの幸せ」と言った人がいたが、中々そういった心境にはなれなかったが、やっとそれがどういったものであるか分るような気がした。

「限られた人生を生きる」ということと「何もしないでいる」このことは矛盾するように聞こえるが、実は限られた人生を自由に選択できる、つまり何もしないという選択も可能だという精神の幅広さを意味するのではないかと思えてきた。限りあると自分を縛ることによって「あれもこれもやろう」などと思って逆に自分の人生を切縮めていってしまうことになりかねない。「何もしなでいる時間」は、自分自身が作った精神の呪縛から解放してくれる。このことの持つ意味を改めてかみしめてみたい。

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入院20日目-白血球が上がる

4月23日(月)
検査結果
白血球  1000(4/23)←200(4/19)←300(4/16)←400(4/12)←2500(4/9)
好中球   380←70←20←150←1740
赤血球  225←183←237←243←211
へモグロビン  7.2←5.9←7.7←7.9
血小板  2.1←0.8←2.8←1.7
CRP定量 1.47←9.99←11.09←0.99

IgM    6369(4/23)←無検査(4/19)←無検査(4/16)←8471(4/12)←無検査(4/9)
総蛋白  10.6(4/23)←9(4/19)←11.2(4/16)←11.4(4/12)←10.6(4/9)←11.0(3/29)
IgG    178(4/23)←141(4/12)←278(1/4)

昼過ぎ担当医が今朝採血した血液検査のデーターを持ってきた。

担当医からの説明
・ 白血球、好中球ともに上昇してきている。次回の採血は26日だが、この時白血球と好中球が上がっていれば、今週末退院できるだろう。
・ 赤血球と血小板の輸血を今日の午後から行う。19日検査で赤血球と血小板の値がかなり少なかったので、今日輸血の予定を入れておいた。ヘモグロビンはかなり上がってきたが、まだ少ないので予定通り輸血することにした。
・ IgMが6369とかなり高い数値となっている。19日の時の総蛋白から判断すると、その時はもっと低かったはずだ。つまり上がったり下がったりを繰り返してしている。このまま下がってくれればいいが、そうでなかったらどうするのか主治医ともよく相談してみる。
・ CRP定量は急激に下降していて、基準値近くまで下がった。もはや抗生剤の点滴は必要ないが予防的に後2、3日行う。

やはり一番の問題はIgMの数値だろう。IgMの数値に関して、1回目のDCEP療法では、治療開始日から22日目の検査では2673であった。2回目のDCEP療法では、同じく22日目には3629だった。今回、18日目の今日の数値は6369と治療の効果を見せていない。

26日にはIgMは測定しない。総蛋白から判断するがどうなっているか。今週末退院するとしても、外来診療日がいつ入るか分からないが、その時IgMが下がっていればいいが、下がってなければこれからの治療方針を巡っての主治医との頭の痛くなる話が待っていることになる。

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入院19日目-口内炎への対処

4月22日(月)
熱は下がったが抗生剤の点滴は相変わらず続けている。メロペンとバンコマイシンを8時からと、20時からそれぞれ2回1時間かけて点滴する。G-CSFは10回までは上腕に皮下注射をしていたが、皮膚が固くなり内出血してきたの、点滴にかえてもらった。

口内炎への対処
抗生剤の影響か、口腔ケアの影響か口内炎は大分収まってきた。口内炎になった時にまず食事内容を柔らかいものにすることが必要だった。それで通常食をやめ、朝はパン食、昼は煮込みうどん、夜はお粥にかえ野菜も軟菜という項目があったのでそれにした。それでかなり食べることのできる量は増えたが、やはり痛みのため7、8割位しか食べれなかった。

口内炎にとって何よりも痛みをとることが重要だった。鎮痛スプレーをもらい食事前に口の中全体にスプレーするようにした。するとかなり痛みが麻痺し食事もはかどるようになった。食事以外に歯磨きの時に鎮痛スプレーを使う。痛みを抑えて隅々まで歯磨きが至るようにするためだ。

口腔外科の医者が診察し時、「痛みのため歯磨きがきちんと出来ていなくて、歯間に食べかすが残り、そこに細菌が繁殖し歯茎が炎症を起こしかなり腫れ上がっている。その炎症が口内炎を広げていっている。まず口の中を清潔にすることが第一だ」ということだった。痛み止めをスプレーし、10分位かけて丁寧に歯間のかすを取り除いていった結果、2、3日で歯茎の炎症が治まってきた。それと平行するように口内炎も縮小していった。

さらにキシロカインビスカスゼリーも使ったほうがいいといわれ渡された。ゼリー状で綿棒を使い口内炎ができて痛みを強く感じる所に塗る。この痛み止めとして効果抜群のゼリーを塗ると全く痛みを感ずることなく食事が出来る。ハッサクなど柑橘類が食事に出るが何の痛みもなく食べられる。それによって食事を完食できるようになった。

体力維持に口内炎治療、痛み止めの処方はきわめて重要だ。口の中は細菌に満ちている。白血球が少なくなると普段は免疫力で守られているが、細菌が勢いづき歯茎の炎症や口内炎を拡大する。白血球が増えてくると同時に口内炎も治ってくる。

早朝ウォーキング
再開2日目だが、退院までしっかりと続け日常生活への速やかな復帰を実現したい。家に帰ったら病院生活の延長線のような生活はしたくないものだ。

入院中の散歩コースは、まず病院の外壁の内側を歩くコースであり、外に出ない限り一番長距離で一周20分位かかる。次に雨の日とか点滴に繋がれている時には、病棟四方を囲む通路を歩く、建物右側は外来や面会人の通路、左側は病院関係者、業者の通路だが、朝早ければ誰も通っていない。10分位の距離だ。

病棟内では本館と3号館を結ぶ通路があり、60~70mあり幅も広いので歩き易いし、2,3往復すればそれなりに歩いたことになる。階段の上り降りを1日何回か行いながら体力維持に勤めていた人があったが、そこまでは無理だ。散歩というのは単に体力維持ということだけでなく、自然に触れ気分をリフレッシュする役割を持っている。なるべく外を歩きたい。

昨年12月にベンダムスチン療法で入院した時には、眠気とだるさでつい体を動かすことを怠けてしまった。真冬だったことあって散歩も含めて一切運動らしきものをしなかった。入院期間は18日と短かったが、退院後の体調は中々回復しなかった。ベンダムスチンの影響もあるだろうが、だるさと倦怠感がかなり期間付きまとった。今は気候もいい、せいぜい散歩に励もう。

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入院18日目-新緑とつつじ

4月21日(土)
 『新緑の頃』 高村光太郎
 青葉若葉に野山のかげろふ時、ああ植物は清いと思ふ。
 植物はもう一度少年となり少女となり、5月6月の日本列島は隅から隅まで濡れて出たやうな緑のお祭。
 たとへば楓(かえで)の梢を見てもうぶな、こまかな仕掛に満ちる。
 小さな葉っぱは世にも丁寧に畳まれてもっと小さな芽からぱらりと出る。
 それがほどけて手をひらく。
 晴れれば輝き、降ればにじみ、人なつこく風にそよいで、ああ植物は清いと思ふ。
 さういふところへ昔ながらの燕が飛び、夜は地虫の声さへひびく。
 天然は実にふるい行状で、かうもあざやかな意匠をつくる。 

 K病院001ed_convert_20120421090942 天祖神社の社

   K病院011ed_convert_20120421091147 駐車場花壇のツツジ

 K病院012ed_convert_20120421091429 花壇を囲むカスミソウ

   K病院013ed_convert_20120421091555 天祖神社裏

 K病院016ed_convert_20120421091750 14階から見た神社と花壇

 熱も下がり体調も良くなってきたので、早朝散歩をまた始めようかと思った。外の気温はあまり気にせず、フリースを羽織っただけだった。病院の扉を出た途端その寒さにしり込みしてしまった。10度以下だろう。それでも10分ばかり歩きそそくさと病棟に戻って、廊下を少し歩いて今日の散歩に変えた。

病室から見える駐車場の紫の花はツツジだろうと思ってはいた。桜が終ったばかりなのにもうツツジが満開になるのかなあと思ってもみた。駐車場の花壇のツツジはすでに満開だった。何時から咲き始めたが全く気が付かなかった。桜が終ってから病棟の窓から、意識して木々や花壇を眺めることがなかったので、ツツジが植えられていることすら知らなかった。季節の進み具合のあまりの速さに圧倒されそうだった。

白い花は何だろう。遠くから見ると白い長い花のように見えたが、近付いて良く見ると細い枝に数限りない小さな白い花がびっしりと咲いていた。よく見慣れたカスミソウだった。紫のつつじと白いカスミソウが天祖神社の木々を背景にして、その色を強く引き出していた。

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入院16日目-IgMが下降か

4月19日(木)
検査結果
白血球  200(4/19)←300(4/16)←400(4/12)←2500(4/9)←3700(4/4)
好中球   70←20←150←1740←2670
赤血球  183←237←243←211←224
へモグロビン  5.9←7.7←7.9←7.0←7.4
血小板  0.8←2.8←1.7←3.3←1.6
総蛋白  9←11.2←11.4←10.6←10.4
CRP定量 9.99←11.09←0.99←0.04


今回の一番の注目は、DCEP療法は奏効しているのか。IgMは下降しているのか。IgMは測らないないというので、総蛋白から類推するしかない。11.2から9.0に下降した。総蛋白が9.2の時IgMは5138だった。それと比べるとかなり下がってきているといえるだろう。これで一安心だ。

白血球は200。好中球70、少し上がったが亀の歩みだ。赤血球は7.7だったので大丈夫だろうと思っていたら、治療後大分立っているのに5.9と急激に下降した。へモグロビンが5.9ではだるいはずだ。血小板も0.8という急激な下降だ。まだ抗がん剤が骨髄抑制を強めている。後は気長に数値が上がってくるのを待つ外ない。

日曜日夜からの発熱は、37.5度から38度2,3分の間の行ったり来たりを繰り返して一行に下がる様子を見せなかった。今日になって朝の検温で36.9度と下がり、日中、上がっても37.2度までだった。少しは体が楽になった。そして夕食後検温では36.3度と平熱にもどった。このまま下がってくれればいいが。

点滴三昧の一日だ。抗生剤メロピン、バンコマイシンをそれぞれ1時間かけて点滴し、それが終わると赤血球、血小板の輸血を途切れることなくおこなっていった。C-CSFはいつもの通り。夜2種類の抗生剤の点滴を行う。

夕食後19時30分頃、スカイツリーがライトアップされている、見たい人はこちらへと看護師が声をかけてくれた。今スカイツリー側の個室が空き室になっているので、そこで見られる。何人かが集まってきた。どういったことでライトアップされることになったかは明日のニュースで分かるだろう。

ヘリコプターが二機スカイツリーを旋廻していた。見ている分にはきれいで楽しめるが、どうも夜景の写真がうまくいかない。夜景の設定にすると手振れしてしまう。普通に撮ると暗くなってしまう。三脚がないと難しいのだろうが、記念に載せておく。

スカイツリー_convert_20120420102204









5月22日に開業する東京スカイツリーが19日夜、初めて“本番”と同じライティング「粋」「雅」を披露した。2010年秋から部分的に行ってきた点灯試験の最終段階で、1995台のLED照明器具をすべて使ったテストは初めて。(スポーツ報知 4月19日(木)20時10分配信)

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入院14日目-治療の行方

4月17日(火)
 昨日の17時頃突然連れ合いが訪問した。面会が目的ではない。昼頃担当医から職場に電話あって、近いうちに患者の病状治療状態について説明したいから来てほしいというのであった。今日だったら早退できるので今日にしたということだった。医者が患者に家族を呼ぶこと知らせないとは何ということだ。おまけに患者は立ち会わないで家族だけの説明だという。大体こんな場の設定は、昔だったらがん宣告、いまだったら余命宣告を家族にする時だ。

確かに入院2,3日後に家族のスケジュールに合わせて、担当医による病状、治療計画の説明が、患者・家族に対して行なわれていた。今まで欠かしたことがなく、必ずやらなくてはいけないことなのだろう。ところが今回大分遅れあわてて説明会を入れたのだと思う。

何を言われるか聞いてきてほしいと面談室に送り出した。15分位して戻ってきた。大きく話は3点だった。
1、IgMがなかなか下がらない。IgMが増えてくると血液が粘着化し、脳梗塞などになる可能性がある。そういったことが起こりうる事を知っていてほしい。
2、白血球が300、好中球が20というと殆ど免疫力がない状態だ。どんな感染症にもかかる可能性がある。その中には死に至るものもある。
3、今回の治療がうまくいかなかった場合、かって効果的だった薬を再利用できる。難しい点もあるがやってみるしかない。(これはどういった時出された言葉だろう。私の治療経過を熟知していると思えない担当医が、あまりにも一般的な答えを言ってしまうのは考えものだ。)

担当医の話はこの病気一般の解説から、病気のリスク、今回の治療の問題点に及ぶものであった。一応家族には病気治療途中の突然死について話した。しかし今回の治療で一番問題なのは、DCEP療法が効果なくIgMが下がらない場合どうするかということだ。IgMが増え続ければ血漿交換法で一時的にはしのげるが、形質細胞腫瘍が活性化している状態ではすぐに抹消血にIgMを作りだしてしまうだろう。DCEP療法以降の治療展望は全くない。

▼ 夕方口腔外科で口内炎に関して全国的に名が知れているエキスパートK医師の診察を受けた。彼女は移植患者の口腔ケアを中心に口内炎の予防、症状緩和、治療に眼ざましい成績を上げてきた。辛い口内炎を彼女に救われた人はどれ位いるか分からない。

丁寧な説明をしながら実践してやり方を教えてくれる。今まで食後の歯磨きの後アズノールのうがいをし、アズノールの軟膏を患部に塗っていた。K医師はまず治療より痛みを止めることが必要だということで、スペシャルスプレーという鎮痛スプレーを持ってきた。まずそれを口腔内にスプレーし痛みが収まったらごくごく柔らかい歯ブラシで歯磨きをする。痛くないので隅々まで出来る。その後アズノールでうがいを繰返し、最後に歯茎から出血しているので、止血スプレー(ボスミンスプレー)を歯茎にスプレーする。アズノール軟膏は舌の裏側の一番ひどい所に塗っておく。

G‐CSFは毎日皮下注射をしている。点滴している時も皮下注射だ。昨日の午前中から抗生剤の点滴を1日2種類2回始めた。10時から1時間、22時から1時間だ。また抗生剤の種類も、メロペン、バンコマイシンと変えていっている。

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入院13日目-発熱

4月16日(月)
血液検査結果
白血球  300(4/15)←400(4/12)←2500(4/9)←3700(4/4)←1800(3/29)
好中球   20←150←1740←2670←1160
赤血球  237←243←211←224←256
へモグロビン  7.7←7.9←7.0←7.4←8.5
血小板  2.8←1.7←3.3←1.6←1.9
総蛋白  11.2←11.4←10.6←10.4←11.0

 4月12日の血液検査で白血球が400、好中球が150という数値が示めされた。これが以降体中の諸機能に影響を与えることになる。まず口内炎だった。家にいる時から口腔ケアには気をつけていて食後の歯磨きの後にはアズノールのうがいを欠かしたことはなかった。

口内炎に関しては、最初の入院の時、移植経験者から話を聞いた時に侮れないなと強く心に焼きつけられた。彼は移植後の白血球の減少に伴い口内炎を発症した。口の中がパンパンに腫れ、しゃべる事も、ものを食べることも飲むことも出来ず、栄養剤を点滴し、痛みが激しくモルヒネの24時間投与を行なった。こういった話を聞いていたので、何時も入院の際には口腔ケアに気をつけていた。

病院に行ってもその習慣は継続していた。しかし12日以降徐々に口内炎は広がり、食物の咀嚼、垂下に大きな支障を生ずるようになった。アズノールの軟膏をもらって口腔内に定期的に塗っているがあまり効果は見られない。今日専門医が来て指導してくれるという。

 今までは全く発熱はなかったが、4月12日以降夕方になると微熱が生ずるようになった。12日、37.3度、13日、36.7度、14日、37.1度だった。

そして昨晩15日、夕方の検温で37.8度だった。夜中に上昇するかもしれないということで測ってみると38.2度だった。朝には37.7度と少しは下がったがこれからはしばらく発熱に悩まされることになる。熱が38度以上になると血液を採取して血倍を行う。血液を培養することにより、敗血症(血液中で細菌が増殖した状態)の有無や、原因細菌の同定をする検査法であるが、発熱の原因である細菌を探し出すことは難しい。CRP定量が11.09だった.かなりの炎症反応あるということだ。

発熱に対して抗生剤の点滴を始めることにした。セフタジジム1g(セフェム系抗生物質製剤)を100mlの生理食塩水に混ぜ1時間で点滴する。抗生剤が発熱に何処まで効果があるのか、やってみないと分からない点もあるが、他にに選択の余地がある訳ではない。ヘモグロビンが7.7ということで思ったより低くなっていなかった。今日予定されていた赤血球の輸血は中止になった。

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入院10日目-吉祥寺の桜

4月13日(金)
 就寝時間が22時ということもあって、朝は4時とか5時に眼が醒めてしまう。病院では体動かすことが少ないから眠りは浅い。早く目が醒めても6時まではベッドにいなければならない。それでも5時半頃になると、洗面歯磨きを始めて、談話室にある給湯器でドリップコーヒーを入れゆっくりとたしなむことにしている。談話室は日中には子どもの面会者などおり感染上問題があるが、早朝なら大丈夫だろう。

6時過ぎには看護師が朝の検温に来る。体温、体重は自分で測っておく。血圧、血中酸素を測り、採血があればその時にする。その日の予定を患者に伝える。それが終ると8時頃に朝食が配られるまで特にやることはない。

運動は患者にとっては極めて重要である。幾つかの病院では緩和ケアチームによる患者への運動指導が行なわれている。ベッドから離れられない人はベッド体操のやり方を指導されるし、移植室の廊下には足こぎバイクがあっていつでも使用できる。体力の維持や退院後のスムーズな社会復帰のため入院中の運動は不可欠なものである。

 今の時期だと朝はすがすがしく気持ちいい。散歩には最高にいい陽気だ。ウォーキングほどいい運動はない。基礎代謝を高め、身体の活性化を促す。そのことが免疫力強化につながる。感染症の中でリスクの高い肺炎の予防には運動が一番だといった移植患者への説明書を読んだことがある。

白血球が300という状態で散歩に出るというのはなかなか決意のいることだ。医者や看護師に話とたとしてもベッドから出ないようにといわれるだけだろう。しかし6時過ぎ空気がきれいで誰もいない病院の敷地内を30分位散歩するのは、ベッドにこもっているよりはずっと体にいいと思う。こう自分で勝手に判断し6時過ぎ散歩に出かけた。

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 吉祥寺山門

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 参道から山門を見る

吉祥寺037_convert_20120413160457 吉祥寺参道 

吉祥寺040_convert_20120413160408 参道の桜並木

吉祥寺011_convert_20120413150351 鐘楼

吉祥寺013_convert_20120413150459 経蔵

吉祥寺006ed_convert_20120413150100 経蔵

吉祥寺016_convert_20120413150841 鐘楼と経蔵

▼ 
桜の満開の時期はあっという間に終わり、そろそろ葉桜の時期だ。桜の花見は最後だろうと思って病院裏手の寺院・吉祥寺の桜見物に行くことにした。病棟の窓からは境内の至る所にある桜の木が眺められる。

吉祥寺(曹洞宗 諏訪山): 太田道灌が江戸城築城の際、井戸を掘ったところ、「吉祥増上」の刻印が出てきたため、現在の和田倉門のあたりに「吉祥庵」を建てたのが始まりといわれる。徳川家康時代に水道橋際(現在の都立工芸高校一帯)へ移った。明暦3年(1657)明暦の大火で焼失し現在地に移転。関東における曹洞宗の宗門随一の栴檀林(せんだんりん)がおかれ多くの学僧が学んだ。(文京区公式HP)

山門の右側に咲く桜は古い山門と見事な調和を作り上げていた。山門から続く参道には枝垂桜が鮮やかなピンクのカーテンを作っている。参道を進んでいくと右に鐘楼と経蔵がありその周りを囲むように桜の花が覆いを作っている。本堂前の広場には枝垂桜、山桜など様々な種類の桜が花を咲かせている。本堂の右側に枝垂桜があったが大分は花を落としてしまっていた。しかし、全体的に桜の花はまだかなり残っていて十分楽しむ事が出来た。

寺院の佇まいと桜は色彩的に明と暗ではなが、古くくすんだ建造物を背景としながら鮮やかなピンクのコントラストが絶妙な調和を見せてくれる。古い寺院、歴史的建造物、深く険しい山々に囲まれた桜の情景を考えていたら高野山の桜を思い出した。真言宗総本山金剛峯寺。まだ行ったことはない。一度行ってみたいと思っている場所だ。行ってみたいと思う所があるのは生きていく上で極めて重要なことだと思う。

吉祥寺014ed_convert_20120413150535 吉祥寺本堂

吉祥寺024_convert_20120413162040 吉祥寺本堂

吉祥寺017_convert_20120413150926 本堂前のソメイヨシノ

吉祥寺028ed22_convert_20120413164054 山桜とソメイヨシノ

吉祥寺009ed_convert_20120413163921 枝垂桜

吉祥寺018d_convert_20120413150700 本堂裏の山桜

吉祥寺021_convert_20120413150615 おかめ桜

吉祥寺023_convert_20120413150756 山桜

 吉祥寺の帰りは天祖神社を回っていくことにした。天祖神社の社には巨木が林立している。参道の銀杏並木を中心にスラジイ、ケヤキ、クスノキなど文京区指定の保護樹林が結構ある。その木々が芽吹き始めていた。社の木々は一斉に黄緑の葉を付け始めている。12月に入院した時は、病室から神社の大イチョウが紅葉し、夕日に照らされた枝をきらめきながら惜しげもなく天空に広げていた。それが4ケ月もたつと今度は全く様相を変える。自然の生命力を感じる時だ。新緑は再生する命の営みを深く心に刻み付ける。

吉祥寺042ed_convert_20120413151738 天祖神社拝殿の桜

吉祥寺041_convert_20120413151853 吉祥寺043_convert_20120413162209 新緑の木々

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入院9日目-白血球の大幅減少

4月12日(木)
血液検査結果
白血球  400(4/12)←2500(4/9)←3700(4/4)←1800(3/29)←2400(3/22)
好中球   150 ← 1740←2670←1160←1060
赤血球   243←211←224←256←227
へモグロビン  7.9←7.0←7.4←8.5←7.6
血小板  1.7←3.3←1.6←1.9←2.8

総蛋白  11.4(4/12)←10.6(4/9)←10.4(4/4)←11.0(3/29)←10.4(3/22)
IgM    8471(4/12)←無検査(4/9)←無検査 (4/4)←7260(3/29)←6395(3/22) 


IgMが8471であった。まだ薬の効果が出ておらず上昇するのは止むを得ない。IgMが下がり始めるのは治療後10日位たってからである。ただ総蛋白の数値を見るとIgMが下がったり上がったりしているようだ。どういったことだろうか。迷走しているといった数値だ。

1回目のDCEP療法では、治療終了日に2200だった白血球が3日目の血液検査で白血球300、好中球が90になった。2回目では、治療終了日に4400あった白血球は3日目に白血球は500、好中球は330であった。今までの経験で白血球はかなりの落ち込みを予想していたが残念ながら予想通りだった。どの位で回復するかを見守るしかない。今日から毎日G-CSFの皮下注射をする。

白血球の減少で、すぐにベッドの枕元に空気清浄機が設置され、ベッドがビニールで囲まれた。感染予防のためなるべくベッドから出ないようにいつもの通りいわれる。しばらくはこの中での生活を余儀される。

血小板は5日に輸血し少しは回復したが、また元に戻ってしまった。明日輸血をすることになっている。また赤血球に関しても来週月曜日に採血し問題があれば輸血をすることになる。DCEP療法は骨髄抑制がかなり強く、何回かの預血が必要だろう。また久しぶりに計測したIgGが141だった。いくら何でも少なすぎる。IgMの増加がIgGを圧迫しているのだろう。白血球の回復が中々見込めない状況の中で免疫グロブリ製剤点滴で免疫央力を補うことが必要ではないか。

今回はソルデムの治療前後の単独投与がなくて、助かった。今までは治療を終えてから4,5日間位1日1500mlのソルデムを点滴していた。今回は薬と一緒に1日1500mlの水分を補給したが、治療同時に投与が終った。4日間で点滴キャリーから開放され1500mlの水分補給が短期間で済んだのはかなり負担が少ないと感じた。

腎機能の維持のため水分の大量補給はどこまで必要なのか。今回は治療事前も事後も水分投与は行なわなかった。腎臓の数値に注意を払っているが、クレアチン、GFR、尿素窒素、尿酸値全て基準値に止まってる。肝臓の値も大丈夫だ。そういったことでソルデムの事後投与を止めたのかどうか分からないが、治療はなるべくコンパクトに出来ればそれに越したことはない。大量の水分補給は抗がん剤治療にとって腎臓を守る大きな役割を持っている。絶えず食事時なども含めて大量の水分補給は必要だ。

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入院8日目-旧古河庭園

4月11日(水)
 暗く重い空が窓辺に広がっている。今日のスケジュールは何もない。朝食を終ったら、特に何もすることがない。明日血液検査で白血球値が下がったら外出する気分になれないだろう。桜を見るには青空がかなり重要な要素になる。桜のピンクは青の背景の中で、より一層眩さを増す。しかし入院中外出の機会はなかなかない。行けるときにいく外ない。

昨日赤血球の輸血をおこなった。治療が終了し点滴のチューブが外れ、ステロイドの影響もなくなり久しぶりにぐっすり眠った。体調のいい時は限られている。

▼ 文京区の桜情報があった。六義園、旧古河庭園、飛鳥山公園、音無親水公園などが紹介されていた。飛鳥山公園と音無親水公園は昨年桜を見に行った。六義園は枝垂れ桜で知られているが満開の時行ったことがある。

旧古河庭園はバラの季節に2度ばかり行ったことがあるが、桜の時期には行っていない。どのような桜が咲くのだろう。「赤味を帯びた新小松石で覆われた洋館の周りに薄紅色のサクラが咲き始めると、洋館は普段と違った表情を見せる。日本庭園では、存在感のあるヤマザクラの大木が多く、見事なまでに気高い風情で花を咲かせる。」洋館のくすんだ歴史を刻み込んだ壁とマッチした桜、日本庭園の山桜の静かな佇まいといった雰囲気が紹介されていた。

飛鳥山や親水公園の華やかさは、入院中の精神状態からいうとあまりぴったりしない。旧古河庭園の山桜を見に行くことにした。朝食をとり、庭園には開園直後の9時に着いた。曇り空で今にも雨が降りそうだ。

旧古河庭園006ed_convert_20120413120426 洋館正面入口

旧古河庭園034_convert_20120413121144

旧古河庭園037_convert_20120413121213

▼ 庭園にはこの時間誰もいない。自分の家の庭のように散歩できる。風が出てきて、桜の花びらが洋館の周りを乱舞する。咲き始めたと思った桜もはや散る段階に入ってしまった。洋館の前には花壇があり、春の色彩豊かな花が咲いている。バラは剪定され茶色の新しい葉が吹き出し、花開く準備をしている。

旧古河庭園012ed_convert_20120413120643 旧古河庭園の花壇

旧古河庭園016ed_convert_20120413120726

旧古河庭園013_convert_20120413120548  旧古河庭園040ed_convert_20120413121337
 芝生広場の山桜                        バラが咲くのを待つ庭園

日本庭園を回る。白い山桜とピンクのソメイヨシノが池に姿を映し庭園の情緒を高めている。時折風に吹かれた花びらが舞い散る以外何の動きも感じられない。時間は何処に行ってしまったのだろうか。重い曇り空の中で、時間の中に漂っている気分だ。日本庭園の池の端に佇みながらゆったりとした時間に身を任せるのであった。

旧古河庭園029ed_convert_20120413121059 心字池周辺の山桜

旧古河庭園026_convert_20120413121026

旧古河庭園025_convert_20120413120952

旧古河庭園019ed_convert_20120413121435 旧古河庭園020ed_convert_20120413121508
 日本庭園斜面の山桜

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 日本庭園の斜面に咲く山吹とカスミソウ

旧古河庭園の中では誰とも会わなかった。帰る時、1人の老人が入っていくのに出会っただけだ。桜の名所の一番の見頃時期ではあるが、さすがに開園直後に来る人もいない。旧古河庭園の静かな落ち着いた雰囲気は山桜の清楚な色合いの中に溶け込みながら心に安らぎをもたらしてくれるものであった。

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入院7日目-DCEP療法終了

4月10日(火)
昨日(4/9)の血液検査結果
白血球  2500(4/9)←3700(4/4)←1800(3/29)←2400(3/22)
好中球 1740←2670←1160←1060
赤血球   211←224←256←227
へモグロビン  7.0←7.4←8.5←7.6
血小板  3.3←1.6←1.9←2.8

総蛋白  10.6(4/9)←10.4(4/4)←11.0(3/29)←10.4(3/22)
IgM    無検査(4/9)←無検査(4/4)←7260(3/29)←6395(3/22)  
 

今日の11時にDCEP療法4日目が終わり治療は終了する。電源コード付き3台の輸液ポンプを載せた点滴キャリーにしばられ、バッテリーで動ける時間が限られているので電源のある病室から出る事にも制限される。それから開放されるということは気分的にはかなり楽だ。

通院中は毎週IgMを測定していたが、保険適応になるのは2週間一度らしい。そこを何らか方法で保険を適用し測定してもらっていた。入院するとそれが厳しくなる。4日も9日も検査対象にIgMは入っていない。29日に測ったので次の採血予定の12日には測定するといわれた。

総蛋白で見てみると10.6となっている。3月29日の検査でIgMが7260の時、総蛋白は11.0であった。そう見ると3月22日のとき10.4で、IgMが6395だったから10.6だとおおよそ6500~600という所だろう。どの道12日の検査結果ではまだ変動は期待できない。

これから副作用との対応が始まることになる。5日の輸血で血小板は3.3にまで上昇したが、赤血球は下がり続けている。午後から輸血の予定が入っている。白血球が大幅に下がらないことが一番望ましい。下がれば病室のベッドのビニールの覆いの中で過ごさなければならない。食事も生禁食に制限される。

白血球の数値が基準値に達した時に退院の目処が立つ。白血球は第1回DCEP療法の時も、第2回の時も治療後2,3日から下がり始めて、1回目の時は回復まで2週間もかかったが、2回目の時には一週間で回復した。1回目の時は39度前後の高熱が何日か続いたが、2回目の時は骨髄抑制以外に殆ど副作用はなかった。これから身体の中で色々な異変が生じてくる。何が起こるか予想は出来ない。

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入院5日目-病院での読書

4月8日(日)
 病院生活をどう過ごすかは、どのように時間を使うかによる。一日中テレビを見ている人もいる。しかしやはり多くの人にとって読書は主要な時間の時間の使い方だろう。新聞や週刊誌を含めて読むことで時間を使っている。

何を読むか、病院に持っていく本の選択はどのような病院生活をするのかを決定する。何かを研究しようと思っている人は専門書を持っていくかもしれないが、苦しい治療や発熱などに悩まされる病院生活では肩のこらない娯楽小説がやはりベストだろう。

趣味として昔よく読んでいたのは海外ミステリーだった。しかし病気になって体調が思わしくない時でも気楽に読める娯楽小説に出合った。それは藤沢周平の時代小説だった。その前から宮部みゆきの時代小説を読んでいて本所深川の人情噺に惹かれていた。しかし本格的に時代小説に引き付けられたのは藤沢周平の秘剣を取り上げたシリーズ物『隠し剣孤影抄』『隠し剣秋風抄』で、それ以降ひたすら藤沢周平の時代小説を読んできた。

517NQBsbgSL__SL500_AA300__convert_20120410151833.jpg 図書館の藤沢周平の本がなくなると、今度は池波正太郎の『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』『鬼平犯科帳』である。またある時本屋の店先で平積になっていて、ベストセラーと書かれた佐伯泰英の『居眠り磐音・江戸双紙』のシリーズが目に入った。図書館で借りて読むと、かなり面白い。36巻まで出ているが、図書館にあった分を抜かしたり、戻したりしながら4分の3位読んできた。全体を貫いた物語はあるが、各巻ごと独立のものとしても読めるので途中からでも筋を追える。

今回はどんな本を持っていくか。いつも入院する前の日に図書館に行って10冊ばかり借りてきて病院にもって行く。貸し出し期間は2週間だが、返却日の前日までに延長を頼めば2週間延長できる。1ケ月借りられれば退院の時には読み終わっている。

面会者が本を持ってくることもあるし、図書館から借りて来た本を読み終わってしまったら、病院の「医療情報室」内の図書室から借りることもできるが、いつも3週間前後の入院生活なので図書館から持ってきた本で大体まかなうことができる。

今回借りたのは佐伯泰英の『居眠り磐音・江戸双紙34~36巻』と藤沢周平の本が丁度図書館に戻って来ていたので『藤沢周平短編傑作集巻1~4』と『秘太刀馬の骨』という本だった。

 何故時代小説に興味を惹かれるのだろうか。映画にしても最近WOWOWで見たりDVDを借りてきたりして見たのは『最後の忠臣蔵』『十三人の刺客』『桜田門外の変』といった時代物だ。そもそも小学校の頃から『紅孔雀』『笛吹童子』そして『赤胴鈴之助』『白馬童子』『鞍馬天狗』『怪傑黒頭巾』などで育った世代だ。

舞台設定が現代でないということで話の展開を幾らでの広げることができるし奇想天外な世界に誘ってくれる。一方史実に基づいている点もあって現実味もある。そういった別の世界の中にどっぷりと浸り現実世界から逃避させてくれる。

入り組みあった現代の世の中とは別に勧善懲悪的、予定調和的解決を用意し読者に心地良い安定をもたらしてくれるのである。だからこそ体調が少し位悪くても読み続けることが出来る安心感がある。そういった意味でも病院で読むには極めて適していると思って、毎回借りて持って行っている。

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入院4日目-土曜日の病院

4月7日(土)
 土、日は普段とは病棟内の雰囲気が違う。穏やかな空気が漂っている感じだ。継続している点滴などがなければ治療もなく、検査や医者の巡回もなく落ち着いた静かな雰囲気だ。土曜日は比較的退院の人が多い。

私がいる病室から今日2人の人が退院する。4人部屋の病室に2人しかいないと急にシーンとした雰囲気になる。昔と比べて今は退院が早い。病院にはできるだけ長期入院させないというのが厚生労働省の方針だ。入院させると病院が損をするという仕組みになっている。

退院する一人の人は、一昨日たまっていた胸水を抜いたばかりだ。もう一人は昨夜の検温で37度4分の熱があった。糖尿病の治療を受けてはいるが何の病気で入院したのかはわからない。2人とも血液内科の患者ではない。この病棟は肝臓内科と血液内科の合同の病棟だ。色々な病気の患者がいて出入りが激しい。その分血液内科病棟に比べて管理が厳しくなく気が楽だ。

 上天気だ、少し寒いらしいがお花見には最高だ。桜は今日、明日がピークだという。何十年も夜桜見物や桜の樹の下での宴会はやっていない。「仕事が忙しい」と自分にいい聞かせ自然の営みとは切り離された世界に生きてきた。しかしそれは自分の置かれた労働の現実を直視する事を避けるための口実でしかなかったのかもしれない。

病気になってからは当然宴会などの機会はない。その代わり季節の移り変わりには敏感になり、仕事で追いまくられていた時には全く関心がなかった季節の花が開く時を待つようになってきた。

千川通り桜007_convert_20120409093610 病院駐車場の桜

それは生きているという事を実感するための時間でもあるのだろう。後何年この花を見ることができるのだろう、季節の移り変わりを体感することが出来るのだろう。そういった思いで自然の循環に身を委ねながら、花々が咲き散る様を愛でてきた生き方を繰り返してきた。

駒込病院桜001_convert_20120409093546 病室の窓から見た病院入口の桜

そして今年もまた桜の季節。病院駐車場の桜は満開だった。そして病室から夜の闇を見ながら思い浮かべる。頭の奥深く焼きつけられた濃紺の空を背景にしたピンクと照明の淡い光のコントラストを。この色彩の乱舞を辺りに魅せながら桜は今夜も闇の中に輝いているのだろう。

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入院3日目-DCEP療法第1日目

4月6日(金)
▼ 治療の前に風呂に入る。96時間連続点滴なので、その間点滴管をはずさないで済むよう風呂に入っておく。11時から治療を開始した。デキサート(デキサメタゾン・ステロイド剤)33mg+生理食塩液50mlを30分で、カイトリル(吐気止め)3mg+生理食塩液50mlを15分で点滴する。その後以下の3種類を一斉に24時間連続静注点滴する。これを4日間繰り返す。

・シスプラチン(白金・プラチナ製剤)15mg+生理食塩液500ml
・ペプシド(エドポシド・植物アルカロイド)60mg+5%ブドウ糖注射液500ml
・エンドキサン(シクロホスファミド・アルキル化剤))600mg+生理食塩液500ml

 既に3回目で要領は分っている。いつもと同じく薬を混ぜてある水分を1日1500mlと大量に補給する。前の2回はこの外にソルデム1500mlを投与し、計1日3000mlの水分を補給していた。今回はソルムの単独投与はないので量は半分だ。トイレがよいがかなり楽になる。何で今回は水分補給が半分なのかと医者に聞いたら、食事も普通に食べられ自分で水分補給が出来るので、そこで水分多く取るよう心がけてもらいたいということだった。

輸液ポンプは3台使用し、ポンプの電源は部屋の延長コードから取っている。ベッドから離れる時には点滴キャリーを動かすが、その時はコードをその度に電顕コードから抜かなければならない。色々手間のかかることもあるが、ここでの生活には時間だけはたっぷりある。

▼ 11時から点滴を始めた。するとすぐに閉塞になってブザーが鳴り出す。上腕に挿入したカテーテルが細く流れが悪いらしい。色々とやって見たが、夕方になってもそれが続いている。夜寝る時になってもそれが続くとなると困ったことになる。

思い切って点滴針を止めるために張ったテープを一旦完全に剥がし、今度は点滴針の周辺をがっちりと固定的に張りつけた。それによってどうにかスムーズに点滴薬が入るようになり、連続して鳴っていた閉塞のブザーは止んだ。やっと治療が軌道に乗って始まったという感じだ。

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入院2日目-輸血とカテーテル挿入

4月5日(木)
▼ 中心静脈カテーテル挿入
血小板の輸血を行なった。血小板が少ないので中心静脈カテーテルを挿入時の出血を防ぐためだ。その後中心静脈カテーテルの挿入の手術をすぐにし始めた。しかしいつもと違って中々うまくいかなかった。中心静脈カテーテルの挿入は、鎖骨の脇に穴を開けて、中心静脈にカテーテルを挿入する。見えるわけではないから、へたをすると肺にカテーテルを間違って刺し穴を開けたり、動脈に傷を付けることもある。事前に危険性を了解した旨の同意書を取られる。

この手術は、今回で5回目だ。移植の時2回、1回目のDCEP療法の時には鎖骨から挿入した。かなりスムーズに行き15分位でできた。後から聞くとかなりうまくいったという。他の人の話ではそう簡単にいっている例ばかりではないといわれた。かなり楽をしたようだ。

▼ 首からのカテーテル挿入
2回目のDCEP療法では首からのカテーテルの挿入を行うとい方法をとった。首からの挿入ではエコーで首の静脈のありかを探りながらカテーテルを挿入できるので,全くの経験と勘に頼るしかなかったいわばベテランの腕の見せ所だった鎖骨からの挿入と違って、一定の経験者でも出来るので最近ではこの方法をとっている。その時は手間がかかったとはいえ30分位で挿入できた・

今回の担当医師と助手の立会いで、首からのカテーテル挿入が始まった。しかし中々いい血管が見つからない。麻酔をして挿入しようとするがうまくいかず、あきらめて他の位置を決めようとするがそれもうまくいかない。結局1時間かかっても挿入できず首からの挿入をあきらめざるを得なかった。血小板が少なく内出血を起こしやすい状態だったそうだ。

▼ 上腕血管からのカテーテル挿入

次に上腕部の内側の血管からカテーテルを挿入した。これをグロ-ションカテーテル、又はピックカテーテルというらしい。腕の血管から挿入したカテーテルを鎖骨辺りの静脈まで送り静脈内にカテーテルを挿入するというやり方だ。この方法でもかなり時間がかかった。どうにか挿入が終った。(カテーテルには先端孔型のオープンエンドタイプと、逆流防止機能をかねた側孔がつき、先端がふさがったグローションタイプに大別される。PICCは末梢穿刺中心静脈カテーテル)

結局DCEP療法で点滴する方法としては、中心静脈カテーテルを挿入できなかったので、左上腕のカテーテルと右の血小板輸血の時に使った点滴針を使用する。左手に点滴管を2本つなぎ、右手に1本つなぎその3本で薬液を体内に投与する。両手に点滴管がぶら下がっていて動き辛いのは確かだが4日間の辛抱だ。

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入院1日目-第3回DCEP療法

4月4日(水)
強風が家をがたがたと揺らす。どのニュース番組も嵐のニュースだ。交通機関が軒並み影響を受けている。一夜明けると抜けるような上天気になっていた。土砂降りの中を病院に出かけるなんてことにならなくて気分的にはかなり開放された感じだ。

千川通り桜009_convert_20120405090908 千川通りの桜

千川通り桜014_convert_20120405090955 千川通りの桜

病院に行く前に、少し回り道をして桜の花を見ていこう。そういったことで、遠回りになるが千川通りの桜並木を通っていくことにした。桜の花は、強風に何らの影響を受けることなく咲き始めていた。

眩い日差しの中、千川通りの桜はまさにこれからの花を付けていた。そこから新青梅街道、中野通りへと回ろうと思ったが、時間の関係で病院に向った。入院受付は10時だが特に厳密なものではない。

病院の敷地内にも、病院の周辺にも桜が咲いている。病棟の窓からは吉祥寺の境内の桜が花を咲かせ始めている。2006年3月末に見た光景と変わらないだろう。今年の桜もまた鮮やかで、華やかな色を放ちながら、病棟の殺風景な景色に色彩を与えてくれることだろう。

千川通り桜001_convert_20120405091349 病院入口の桜

千川通り桜027_convert_20120405091035 病棟からの景色

入院手続きを終え病室に向う。いつもの通り、体重、身長、尿検査、血液検査を行う。血小板が少ない可能性がある。そうなると中心静脈カテーテルを挿入することは出来ない。明日血小板の輸血をしてからカテーテルの挿入を行うほかない。輸血は血液検査の結果が出てから判断するということだ。

心エコーの検査があった。1年前の2月に行なって以降のことだ。抗がん剤治療は心臓に負担をかける。心臓に問題がないかどうかの検査だ。受付を14時前に行い30分以上もかかって検査をした。心臓の外壁が若干拡大しているが、これは今までの抗がん剤治療で生じたものだろうということだった。その外、収縮能、拡張能、心室、心房異常なしということだった。そういった意味で心臓そのものには問題はないそうだ。じっくりと丁寧に検査してくれるということは有り難いことだ。

午後一番で採血した血液検査の結果が出た。白血球・3700、好中球・2760、赤血球・224、ヘモグロビン・7.4、血小板・1.6であった。先週金曜日からデキサメタゾンを服用しただけで、特に抗がん剤を服用したわけではない。それなのに何故、血小板とヘモグロビンが大幅に下降するのだろう。3月22日から一週間服用したサリドマイドが影響しているのだろうか。造血機能がどうなっているのか全く分からない。

今日やることば、心エコーで終わり。明日やるのは血小板輸血と、中心静脈カテーテルの挿入、そして明後日金曜日からDCEP療法の第一日目が始まる。

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初孫のこと

4月3日(火)
明日から入院
昼過ぎに病院から電話があった。病棟のベッドが空いたので明日から入院できるということだった。DCEP療法で3週間程度の治療予定だ。果たしで何処まで効果があるかやって見なければ分からない。ともかく何もやらないわけにはいかないといった気分でのぞむほかない。治療内容は分っているし、副作用の出方も大体見当がつくので気は楽だ。

読書とパソコンで時間を過ごす。家にいてもあまり変わらない生活だ。家事全般をやらず、外に出ることが出来ない生活が待っているだけだ。2011年2月から4回目の入院、DCEP療法で2回、ベンダムスチン療法で1回、好んでやりたいとは思わないが、もう慣れたものだ。

最初の入院が2005年12月だった。その時余命5年と言われた。2010年12月で5年たった。そして2011年からは通院治療では効果を期待できず入院治療をせざるを得なくなった。より一層厳しい延命治療に移行せざるを得なくなったということだ。そういった意味で5年というのは一つの区切りの数字だったのだろう。

孫のこと
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再び入院というこの時になって、書いておこうと思い立った。随分前のことのような気がする。もはや3ケ月近くも前の話だ。1月9日、初孫が生まれた。次男の子どもで男の子だ。ずっと記事にはしていなかった。一体この事態をどう受け止めればいいのか判断に迷うこともあった。生きているうちに孫の顔など見られるとは思わなかった。孫の顔を見られたのは嬉しい。もはやこの世に未練はないと思っていたが、孫の成長を見たいというのは一つの未練だろう。

また90歳になる母親に初ひ孫の姿を見せてあげることが出来たというのも一つの親孝行だろう。3月25日、暖かくなったので母親の所に、両親でひ孫の顔を見せに連れて来た。普段はめったにしゃべらない母親が「可愛いね、可愛いね」と言いながらひたすら抱きかかえてあやす。いろいろしゃべりかける。一気に元気になったようだ。

人は死にそして新たに生まれる。そういった循環の中で生きとし生ける者の営みが繰り返される。だからこそ人は次の世代に命のリレーをつなぎ去っていくことができる。それが定めならばどうして受け入れる事を拒否できるだろうか。死は一つの別の生の始まりでしかない。何も不思議なことでも驚くべきことでもない。ただ淡々と受け入れるだけのことでしかない。

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染井霊園

4月2日(月)
都内の桜の名所では既に咲き始めの所が幾つか出てきている。入院前にもう1ケ所位近場で行って見たい。まだ咲いていなかったらしょうがない。巣鴨だったら近い。午後から出かけて、1,2時間の散歩コースとして染井霊園を選んだ。公園だとすぐに回ってしまう。染井霊園だと、桜並木有り、著名人の墓があり、近くにある寺院めぐりも出来るので時間的にも丁度いいだろう。

巣鴨駅で降りて、まず山手線の線路際の桜並木を巡る。この程度咲いているのならば、染井霊園の桜もみられるだろう。巣鴨駅から10分も歩かないで染井霊園に着く。巣鴨門から南そめいよしの通りに入って行き、桜を見物しながら、著名人の墓を探す。

巣鴨駅前線路際の桜並木
染井霊園004_convert_20120402164426  染井霊園003_convert_20120402164358

染井霊園

都立霊園の中で最も規模が小さく、桜の古木が点在する中に、歴史を感じさせる墓地である。著名な芸術家や文学者の墓地がある。水戸徳川家墓所。水戸徳川公爵家や府中松平家の江戸期の墓。徳川斉昭の生母や徳川昭武の生母、側室高橋悦子の墓がある。開設は明治7年で面積は67,911平方メートル、およそ5,500基の墓がある。

園内には約100本のソメイヨシノが植えられ、遊歩道の一部は桜並木になっており、霊園の西側には本妙寺や慈眼寺などの寺があり、広大な岩崎家の墓所に隣接していることから静寂な地となっている。ソメイヨシノの「染井」とは、江戸時代のこのあたりのことで、当時の染井村には植木屋が多く、幕末に品種改良の上「吉野桜」と称して売り出されたものがソメイヨシノとして広まったといわれている。(「公園に行こう」より)

染井霊園012_convert_20120402165339 南そめいよしの通り

染井霊園017_convert_20120402165409 南そめいよしの通り

染井霊園021_convert_20120402165447 花吹雪広場

染井霊園025_convert_20120402165555 花吹雪広場

染井霊園041_convert_20120402165619 霊園事務所付近

染井霊園051_convert_20120402165801 西そめいよしの通り

染井霊園070_convert_20120402165729 谷戸川土手付近

染井霊園の墓

染井霊園019_convert_20120402165527  染井霊園024_convert_20120402165845
 高村光太郎、智惠子の墓                 岡倉天心の墓

高村光太郎(1883年~1956年):日本の詩人・彫刻家。本職は彫刻家・画家であるが、今日では『道程』、『智恵子抄』等の詩集が著名である。
高村智惠子(1886年~1938年):日本の洋画家。夫は彫刻家・詩人の高村光太郎。夫の光太郎が、彼女の死後に出版した詩集『智恵子抄』で有名である。

岡倉天心(1863年~1913年):東京美術学校(現・東京藝術大学)の設立に大きく貢献し、日本美術院の創設者としても著名である。近代日本における美学研究の開拓者で、英文による著作での美術史、美術評論家としての活動、美術家の養成といった多岐に渡る啓蒙活動を行い、明治以降に於ける日本美術概念の成立に寄与した。

染井霊園032_convert_20120403220131 長谷川辰之助(二葉亭四迷)の墓

二葉亭四迷(1864年~1909年):写実主義小説『浮雲』は言文一致体で書かれ、日本の近代小説の鼻祖となった。また、ロシア文学の翻訳も多くてがけ、ツルゲーネフの「あひゞき」「めぐりあひ」は特に有名。自然主義作家へ大きな影響を与えた。

染井霊園030_convert_20120403221026  染井霊園033_convert_20120402170042
 緒方正規、則雄の墓                    水原秋桜子の墓

緒方正規、則雄(1853年~1919年):日本の衛生学者、細菌学者。東京帝国大学医科大学学長、東京帝大教授。日本における衛生学、細菌学の基礎を確立した。息子の緒方規雄も細菌学者である。

水原秋桜子(1892年~1981年):1931年に主宰誌『馬酔木』に『自然の真』と『文芸上の真』を発表し『ホトトギス』から独立。これをきっかけにして青年層を中心に反伝統、反ホトトギスを旗印とする新興俳句運動が起こった。主宰誌の『馬酔木』には、『ホトトギス』の沈滞したムードを嫌った五十崎古郷と門弟の石田波郷や若手の俳人達が集い、さらに加藤楸邨、山口誓子なども加わり、やがてホトトギスと対抗する一大勢力となった。

慈眼寺(正寿山 日蓮宗)

了現院日盛が深川六間掘猿子橋に創建した。元禄6年(1693)本所猿江に移転、のち身延山久遠寺末から水戸久昌寺末となった。明治45年(1912)谷中妙伝寺と合併の上、当地へ移転、山号を正寿山と改号した。

染井霊園055_convert_20120402170246  染井霊園057_convert_20120402170342
 慈眼寺山門                          慈眼寺本堂

染井霊園060_convert_20120402170418 芥川龍之介の墓

染井霊園061_convert_20120402170448  染井霊園064_convert_20120402170600
 司馬江漢の墓                       斉藤鶴磯の墓

芥川龍之介
(1892年~1927年):日本の小説家。その作品の多くは短編である。また、「芋粥」「藪の中」「地獄変」「歯車」など、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』といった古典から題材をとったものが多い。「蜘蛛の糸」「杜子春」といった児童向けの作品も書いている。

司馬江漢
(1747年~1818年):江戸時代の絵師、蘭学者。浮世絵師の鈴木春重(すずき はるしげ)は同一人物。

斎藤鶴磯
(さいとうかっき・1752年~):江戸時代後期の儒学者。地誌研究家。水戸藩士の子として江戸に生まれた。寛政8,9年(1796-7)から文化13年(1816)頃までの約20年間、江戸から離れて所沢に住み、鈴木牧之(ぼくし)(秋月庵)の『北越雪譜』(ほくえつせっぷ)や赤松宗旦(義和)の『利根川図誌』と並ぶ江戸時代の地誌『武蔵野話初編』を文化12年(1815)に完成させた。

専修院(正業山迎接寺 浄土宗)

西久保天徳寺末として元和3年(1617)浅草新寺町に創建、東京府による市区改正事業のため明治41年に当地へ移転したという。北豊島三十三ヶ所霊場27番札所。この土地は、江戸時代に多数の植木屋が集住していた上駒込村を代表する伊藤伊兵衛の屋敷跡と考えられている。

染井霊園045_convert_20120402170114  染井霊園046_convert_20120402170143

蓮華寺(法林山 顕本法華宗)
京都妙満寺末。元和4年(1618)下谷車坂に創建、明治40年当地に移転した。

染井霊園072_convert_20120402170630  染井霊園074_convert_20120402170731

勝林寺(萬年山 臨済宗妙心寺派)

元和2年(1616)御殿医中川元享が湯島天神前に創建、明暦3年(1657)本郷へ移転、明治41年当地へ移転したという。境内には中興開基となった田沼意次、意知の墓所がある。

染井霊園076_convert_20120402213439  染井霊園077_convert_20120402170821

(参考資料: 猫の足あと・首都圏の寺社情報サイト)

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「まつだ桜まつり」

4月1日(日)
今週の半ばから入院だ。丁度桜の開花の時期と重なってしまった。早く退院でき、体調が良ければ東北地方の桜がまだ見頃だろう。駅のポスターで宣伝しているがで弘前や、北上、角館など4月下旬のツアーがあるようだ。それを期待する外ない。

昔から桜の時期がくると変わらぬ桜の風景に心引かれる。また月日が巡ってきたのだという感慨が襲ってくる。春になり、桜の開花予想が新聞やテレビで話題になり、さらに桜の開花宣言が出れば、今週末ぐらいは満開になるのかと春うららの中で満開の桜の光景を思い浮かべ心が浮き立つ。今年も出会えるだろう桜の風景を思い浮かべる。

最初に入院した頃高層の病院の窓から近くの神社の境内に咲き誇る桜の花を見ながら来年は桜見物にいこうと思っていた。その後何年桜見物できるだろうと思って過ごしてきた。既にそれから6年たっている。今では今回が最後の桜見物になるかもしれないと思ってしまう。何もするにも今回が最後かもしれないと思うことは人生に区切りを付けるのにはいいことだ。誰でも必ずしも明日がくるとは限らない。限りある人生を生きていかざるをえないわけなのだが、患者である身としては心の準備が出来るだけわかり易い。

まつだ桜まつり035_convert_20120402110531 あぐりパークの桜

「まつだ桜まつり」の記事を見て桜まつりの期間が、2月11日(土)~3月11日(日)であったが開花が遅れたため4月1日(日)まで延長されたと書いてあった。29日の写真を見ると松田山ハーブバーデン脇の桜並木は少し葉桜はあったが満開だった。まだ都内の桜は咲いていない。まつだの河津桜を見に行こうと思い立ち出かけた。

新宿からロマンスカーで秦野まで行き急行に乗り換え新松田まで1時間15分、そこからハーブガーデンまでは20分だとあった。新松田の駅には「桜まつり」に行く様な客は見当たらなかった。「桜まつり」の立て看板はあったが駅は閑散としていた。

駅にあったパンフレットでコース通り行くと、最初が延命寺だった。延命寺の境内を突っ切って高速道路の下を潜り、延命寺の桜並木と霊園の脇を進んでいく。

延命寺(曹洞宗萬松山)

観音堂の中には町指定文化財の3仏像が安置されている。最も古いのが「薬師如来坐像」で像高65cm、台座がなく鎌倉時代の作といわれている。ご本尊は、「聖観音菩薩立像」で、像高さ153cm、鎌倉時代末期の作と考えられている。「薬師如来立像」は、像高145cmで室町時代前期の作と考えられている。

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 延命寺山門                          延命寺本堂

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 観音堂山門                          観音堂

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 延命寺桜並木                         延命寺霊園の桜

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 沢入沢沿いの散策路

ハーブガーデンの3階建ての建物が渓の向こう側に見えてきた。このまま高速道路沿いにハーブガーデンの入口に行っても面白くないなと思って谷を迂回してハイキングのつもりもかねて、沢入沢に沿って山道を登り始めた。この道では誰にも会わなかった。あまり人が通らないのだろうか。木が倒れていて道を塞いでいる所もあった。結構険しい道で少し来たことを後悔したが20分ばかりでコンクリートの道に出た。

道を下っていけば自然館やみかん畑を経て施設の中心である松田山ハーブガーデンと河津桜散策路に至る。登ると「あぐりパーク嵯峨山苑・菜の花まつり開催中 河津桜、おかめ桜、春めき桜」といった立て看板が幾つか立てられていた。ここまできたので寄ってみようと10分ばかり登ると、そこには菜の花と鮮やかなピンクのまばゆく咲き誇った桜の園が出現した。期待していなかっただけにその見事な光景に驚いた。

あぐりパ-ク嵯峨山苑
西に富士山や箱根連山、南に相模湾・伊豆大島、東には東名大井松田IC.と曽我丘陵を見渡せる文字通りの大パノラマの中で菜花の収穫体験や苑内花紀行が楽しめます.更に標高差(標高230~285m)による景観の変化は、目を見張るものが有り、きっとご満足頂けると思います。あぐりパーク嵯峨山苑には、6種類の桜が植栽されています。河津桜・春めき・寒緋桜・おかめ桜・八重桜。(ようこそ内藤園へHP)

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松田山ハーブガーデン

松田山の中腹に位置し、ハーブ館・子どもの館・ふるさと鉄道・自然館などの施設がある。箱根連山、富士山、相模湾が一望でき181種16.500本のハーブが植裁されたハーブ園。 リース作り等が体験できる工房やハーブ料理が楽しめるレストランもあり、数々のハーブグッツを販売している。6月には収穫が行なわれ、10月には秋の松田山ハーブフェスティバルが催される。(松田町観光協会HP)

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子ども館の吊るし雛

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松田山河津桜散策路

まつだ桜まつり: 松田山ハーブガーデンの桜は、1995年、松田町民100人が早咲きの河津桜(かわづざくら)を西平畑公園に植栽したのが始まりで、その後追加植栽を行い、現在では遊歩道の桜が360本ある。河津桜の開花期間は満開近くから2週間前後と長く、木の大きさや場所の違いもあり、山の1合目から9合目まででは開花に多少差が出る。桜まつり会場は山腹となるため、富士山や箱根山をはじめ相模湾まで見渡せる足柄平野の見事な風景が広がり、天候によっては遠く伊豆諸島の利島、新島までもが望める。(ぐるたび 全国のイベント情報 神奈川のイベント情報)

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 河津桜散策路1合目          散策路3合目

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まつだ桜まつり181_convert_20120401231220 真鶴半島方面

まつだ桜まつり153_convert_20120401231618 明神ケ岳(1169m)方面

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