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入院13日目・M2プロトコル

6月30日(土)
 担当医に今回行った3種の併用療法についての名称を聞いたところM2プロトコルと答えた。ネットで調べたところM2プロトコルとはVBMCP療法の事を指し、ビンクリスチン+BCNU(カルムスチン)+メルファラン+シクロフォスファミド+プレドニゾンを組み合わせた多剤併用療法のことだった。

再び医者に聞いたところ、この病院ではニドラン(ニムスチン)+オンコビン(ビンクリスチン)+エンドキサン(シクロホスファミド)の3種組み合わせの方法をM2プロトコルと言っているということだった。

日本ではカルムスチンが認可されていなので代わりにニドランを使用するという方法をとるとしても、メルファランとプレドニンを除いてM2プロトコルと名乗ることが出来るのかという疑問は残る。名称で効果が変わるわけではないので、それ以上医者に聞いてみることはしなかった。

 1960年代の中ごろから 一般に使用される薬剤の組み合わせによる併用療法が試行されてきた。MPまたはCPと比較し、より高い有効性を示す可能性のある併用療法が開発されていった。以下M2プロトコルを含めたMPに代わる新たな併用療法の状況についての解説を引用する。

「骨髄腫の治療と管理ガイドライン」より

アルキル化剤のより複雑な併用療法は幅広く用いられている。英国では、MRC試験でメルファランよりすぐれていたため、ABCM法(英国/MRCプロトコール)が好まれることが多い。しかし、試験間比較では、ABCMとVMCP/VBAPとは成績が等しく、VMCP/VBAPの効果はMPを上回るとしてもごくわずかでしかないため、さらに複雑な併用療法によっても、微妙に改善をみるのがせいぜいである。

米国では、SWOG試験で優位であったことから、VMCP/VBAPプロトコールが用いられることがある。米国ではこのほか、ECOG試験で生存率がすぐれていたことから、M2プロトコール(VBCMP)が好まれることがある。アメリカ東部でよく使用される併用療法。MPより奏効率と生存に優れると示唆される。

一般的な化学療法剤を組み合わせてさらに複雑な併用法をとっても、総じてメルファランおよび/またはプレドニゾンによる結果と変わりないことが明らかにされている。

VMCP/VBAP : ビンクリスチン+メルファラン+シクロフォスファミド+プレドニゾンとビンクリスチン+BCNU(カルムスチン)+アドリアマイシン+プレドニゾンの交代療法
ABCM : アドリアマイシン+BCNU+シクロフォスファミド+メルファラン

「Concise Review」より
M2プロトコールはニューヨークのメモリアルスローンケタリングがんセンターで開発された。いくつかの研究ではMPとの比較においてM2プロトコール治療群がより高い奏効率と治療成果を示した。

最近行われた Eastern Cooperative Oncology Group (ECOG)の研究によれば、M2プロトコールを施行された患者の全生存はMPのそれと同等だったが、5年生存においてはM2治療群が優れることが示された。VMCP/VBAP療法と ABCM療法においても同様の情報が得られた。 これら治療法はMPとの比較において優位性を示したが、毒性とコストの面ではMPを超えることはできない。

 MP療法を上回る併用療法の開発によって、多発性骨髄腫への様々な治療法が生み出されてきた。「多発性骨髄腫 Multiple Myeloma(MM)研究ノート」(下記URL)というサイトがあり、「化学療法レジメン一覧」が掲載されていて、新薬を含めない従来型化学療法が30種類ほど紹介されている。これを見るとまだまだ治療法はあり、さらにサリドマイドやボルテゾミブなどの新薬を組み合わせればもっと可能性は増えるだろう。

担当医は言う「今回は骨髄抑制が少ない組み合わせを採用した。これが一定奏功すれば、次回はラニムスチン(サイメリン)を中心とした少し強力な併用療法も考えられる。」次の入院治療に関しては、今回のように治療法が中々決まらないということもないだろう。それには今回ニトロソウレア系抗がん剤が効果を発揮することが必要なのだ。

「化学療法レジメン一覧」:
web1.kcn.jp/ikyu3/myeloma/study/myeloma_08.htm

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入院11日目・好中球がまた下がった

6月28日(木)
検査結果

白血球   900(6/28)←700(6/25)←500(6/21)←900(6/18)
好中球   290←410←210←610
赤血球   221←210←243←208
へモグロビン  7.0←6.6←7.7←6.4
血小板   3.2←1.0←2.9←1.4


今日の血液検査ではIgMも総蛋白も検査項目には入っていない。IgMはともかくも総蛋白位は測ってくれてもよさそうだと思う。入院患者の血液検査項目をどのように規制しているか分からないが、それが病院の医事科の指示であったとしても、結局は厚生労働省の指導によるものであるのは確かだ。。もう少し現場の医師の判断を重んじてもらいたいものだ。来週の月曜日の血液検査ではIgMを測るという。。

好中球が290と下がってしまった。25日には410になりこのまま上がると思っていたら再び下がってしまった。今までこんなことはなかった。G-CSFを止めれば下がるが、一般的には時間がたつにつれ、抗がん剤の骨髄抑制が薄れ、一方造血幹細胞が新たな血球を生み出していくので増えていくはずだ。しかし再び減るということは、まだ抗がん剤が力をもっていて、骨髄抑制を強めているのだろうと判断するほかない。

実際には白血球が900に上昇している。採血の場所によって好中球の割合が異なるということを聞いたことがある。確かに好中球は下がってはいるだろうが、そんなに極端に下がっていない可能性もあるということだ。どちらにしても気長に待つほかない。

担当医はニトロソウレア系の抗がん剤は骨髄抑制がだらだらと長く続くという。血小板は3.2と安心領域に入った。赤血球は、輸血をしても中々上昇しない。今日午後赤血球の輸血をし。土曜日に駄目押しの意味で血小板の輸血を行うということだった。

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入院9日目・飛鳥山公園・「飛鳥(あじさい)の小径」

6月26日(火)
梅雨の中の快晴の日
曇りの日が続く梅雨の日々。病室の広い窓が段々と赤く染まってくる。その光がどんどん量増しながら、やがて窓一面の広がりながら、同時に大地をも埋め尽くしていく。そして地上と空、その全てが光に包まれ朝を告げてくれる。一切の遮蔽物のない太陽が最初から姿を見せてくれるのはめったにあることではない。窓を通して太陽の熱を感じられるほど強い光が差し込んでくる。

6時から回ってくる検温が、6時少し過ぎに来たので6時10分位には早朝散歩に出かけるため病棟の扉を開けた。外からの早朝のすがすがしい空気が体全体を包む。閉じ込められた室内の空気から一挙に開放された感じだ。日の光は強いが、気温は高くない。病院周辺散策だけではもったいないような陽気だ。時間はある。大体朝食が配られる8時頃までに戻ってくればいい。駅に行くバスが丁度来た。飛鳥山公園のあじさい散策路「飛鳥の小径」に行ことに決めた。

入退院を繰り返し、動ける時間が限れた日々の中で、否が応でも自然の動きに敏感になる。どこかに出かけようと思っても行くことの出来る時間は少ない。行く場所、時間、体調それらをうまく組み合わせながら選択していかなければならない。そういった中で日々の自然の営みは生命の営みとして自分自身の心臓の鼓動にも似た親近感を覚えざるを得ない。自然に逆らうことなく身を委ねがんとの共生の日々を過ごしていく以外ない。

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飛鳥山公園・飛鳥の小径

あじさいの名所案内で「飛鳥山公園・飛鳥の小径」が紹介されていた。飛鳥山公園なら近い。病院から王子駅まで20分位で行けるだろう。「飛鳥の小径」は京浜東北線の王子駅から上中里駅を結ぶ幅の狭い遊歩道である。JR王子駅の中央改札口をでて南口改札方面に向かう線路際の径が「飛鳥の小径」である。JRの線路と飛鳥山公園に挟まれた路地の350m程の区間がアジサイの花に覆われる。

王子駅中央改札口を飛鳥山方面に出ると、目の前に飛鳥山に上がる「あすかパークレール」というモノレールがある、2分で山の上まで行ける。パークレールの前にピンク色で「さくら新道」という看板が立っている。

王子駅前の飛鳥山の麓に戦後すぐの頃に建設された呑み屋横丁「さくら新道」があり、こんな真近に昭和の佇まいが残されていた。「さくら新道飲食街」は戦後の昭和27(1952)年、王子駅前の闇市が始まった「柳小路」から作られた。「さくら新道」の飲食店街は60年間飛鳥山公園の下で変わらぬ姿で建ち続けていた。しかし今年の1月21日午前5時50分頃出火、「さくら新道」の木造2階建て店舗兼住宅など2棟計約600平方メートルが全焼した。王子駅に行くことはあるが、「さくら新道」があるということには気がつかなかった。昭和の面影を残す建造物が消えてしまうのは何とも寂しいものだ。

線路沿いの飛鳥山公園側にはアジサイ約1300株が植えられている。花の時期になると車窓から色鮮やかなあじさいが見渡せ、通勤客の目を楽しませてくれる。人がすれ違うだけで精一杯という細い道なりに進む。すぐ隣には湘南新宿ラインや貨物列車が行き来する。朝早かったので列車は2,3本しか通過しなかった。「あじさいと列車」の組み合わせは「鎌倉」にあるが、この時間では鉄道ファンに出会うことはなっかった。

あじさいは満開で、色が今まで見た中でも極めて鮮やかだった。赤、紫、青が原色に近いほどきりりとした色彩を放ち、まばゆい朝の陽光を受けて輝いている。曇り空や雨の中でもくすんでしまわない強い色彩だ。梅雨の花としての自己主張がそういった所にあるのかもしれない。。

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入院8日目・何故二ドランなのか

6月25日(月)
検査結果
IgM     無検査(6/25)←無検査(6/21)←9155(6/18)←11000(6/11)←7773(6/4)
総蛋白   11.4←無検査←11.4←12.4←10.5
白血球   700←500←900←1800
好中球   410←210←610←1180
赤血球   210←243←208←249
へモグロビン  6.6←7.7←6.4←7.6
血小板   1.0←2.9←1.4←1.2


今日はIgMを測定していないので正確な所は不明だが、総蛋白が6月18日の時と同じなのでIgMは9000を少し超えている数値だろうと推察される。まだ治療薬を投与してから1週間もたっていない。今回の併用療法が効いているか否かの判断ができるまでにははまだしばらくはかかりそうだ。

G-CSF(ノイトロジン)の効果と思われるが、白血球(好中球)が思ったより早く回復傾向を見せている。好中球が100を切る可能性もあったが、白血球に関しての骨髄抑制は思ったより軽くすみそうだ。その代わりというわけではないがヘモグロビンは輸血して7.7まで上昇したがまた元に戻ってしまった。血小板はほとんど底の値だといえる。

ベルケイドを使用するの時、この薬が血小板に重大な影響を与える可能性があると説明されたが、まさにその通りで、1.0まで下がり治療を延期したこともある。しかし今回のニドランに関しては一般的に骨髄抑制の副作用は記載されているが、特に血小板への影響が強調されている訳ではない。今日赤血球の輸血をやり、明日血小板の輸血をする。

G-CSFはしばらくの間、続けて行うことになる。今回は今のところ口内炎に悩まされることもなく、発熱もないので抗生剤の点滴もしないで済んでいる。このまま副作用もなく血球の上昇を待てばいいのであればかなり楽な療法だといえる。

何故ニドランを使用したのか

今回のニドランを中心とした療法を何故選択したのか担当医に聞いてみた。。ニトロソウレア系の抗がん剤は今まで使用したことはない、というのが第1の理由だ。骨髄抑制が比較的強くない組み合わせがあったというのが第2の理由だ。今まで使用したことのない系列の薬は、薬物耐性が全くないので効く時には大きな効果を発揮する可能性がある。

2009年10月頃、サリドマイドの併用療法を行っていたが、段々と組み合わせるものが少なくなってきた時に、ラニムスチン(サイメリン)の併用療法を主治医に相談したことがある。
ラニムスチン+シクロフォスホミド+MP
ラニムスチン+ビンデシン(フィルデシン)+MP(MCNU-VMP療法)
ラニムスチン+ビンクリスチン+メルファラン+デキサメタゾン(ROAD療法)

3種類の併用療法だが、主治医が言うにはラニムスチンはニトロソウレア(ニトロソ尿素)系と呼ばれるアルキル化剤で、併用療法で使用する薬もアルキル化剤を使用していて、骨髄抑制がかなり強く出る可能性がある。とても通院でこの併用療法を使用することは出来ない。

その他幾つかの併用療法があるが、どれもかなり骨髄抑制が強く出そうであって入院治療ならば可能だが通院では無理だろう。
MCEC療法-ラニムスチン+カルボプラチン+エトポシド+シクロホスファミド
MEAM療法-ラニムスチン+エトポシド+シタラビン+メルファラン

今回ニトロソウレア系抗がん剤を使用することになったが、何故ラニムスチン(サイメリン)でなくニムスチン(ニドラン)を使用することになったのか、といった質問に対して担当医は次のように答えた。

ニトロソウレア系抗がん剤を使おうと思って、それぞれの併用療法を当たって見た。現状で血球の状態がよくないので骨髄抑制があまりない強くない組み合わせを探した所、ニドラン(塩酸ニムスチン)+オンコビン(ビンクリスチン)+エンドキサン(シクロホスファミド)が適していると判断した。エンドキサンの骨髄抑制が考えられるが、500mgを1回投与という量なので影響はあまりないだろう。

またニドランが効果的であれば、やがてこの薬が耐性を持って来た場合でも、ラニムスチンを使用していくことが出来る。ニトロソウレア系抗がん剤の効き目を試す上でニドラン使用は重要な役割を持っている。こういった説明であった。

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入院7日目・白山神社のあじさい

6月24日(日)
梅雨の風物として古くから愛されているあじさい。雨模様でも曇り空でもその暗い風景の中で、逆に鮮やかに自らの存在をアピールする。文京区あじさいまつりが6月9日(土)~17日(日)まで行われていた。約3000の多様なあじさいが、白山神社の境内から白山公園にかけて彩る。期間中は、土曜日・日曜日を中心に賑やかなイベントも開催され、日曜日には歯痛止め信仰で知られる白山神社で歯ブラシ供養が行われた。

文京区あじさいまつりは終わったが白山神社のあじさいはまだ見頃だということで、朝の散歩の足を少し伸ばして見に行くことにした。日曜日だということもある。病院への戻りが8時頃になってしまっても、日曜日だと帰り道や病院周辺で通勤する人と遭遇することはない。人混みを避けるには日曜日に出かけるのがいい。

日曜日だと意識するからではないが、何となく空気が澄んでいる。人の動きも穏やかだ。白山神社の境内には散歩する年寄りが数人いる位だった。あじさいの見物客ではない。近所の人だろう。7時前にわざわざ見物に来る人もいないだろう。境内に咲くあじさいは、神社の歴史的建造物を背景として、趣を増している。何百年もの間に培われてきた神社の秘めやかな佇まいとあじさいの色彩の共演が神社の境内に独特の風情をかもし出しているようだった。

白山神社由緒: 創開は古く、天暦年間(947~957)に加賀一宮白山神社を現在の本郷一丁目の地に勧請したと伝えられる。後に元和年間(1615~1624)に2代将軍秀忠の命で、巣鴨原(現在の小石川植物園内)に移ったが、その後五代将軍職につく前の館林候綱吉の屋敷の造営のため、明暦元年(1655)現在地に再度移った。この縁で綱吉と生母桂昌院の厚い帰依を受けた。(文京区公式HP)

DSCF9857ed_convert_20120624143246.jpg 白山神社南側入口鳥居

DSCF9886_convert_20120624145246.jpg 白山神社社殿

DSCF9887_convert_20120624145532.jpg 白山神社社殿前に咲くあじさい

DSCF9861_convert_20120624144706.jpg 

DSCF9885ed_convert_20120624145138.jpg 白山神社西側入口からの参道 

DSCF9866_convert_20120624144159.jpg 参道両側に咲くあじさい

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DSCF9882_convert_20120624145719.jpg 白山神社西側参道入口 

DSCF9881_convert_20120624145621.jpg 白山神社西側参道入口

アジサイの花

DSCF9848_convert_20120624141243.jpg  DSCF9835_convert_20120624140628.jpg
  
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入院6日目・看護師の仕事

6月23日(土)
 土曜日や日曜日は外出や外泊の人が多いし退院する人も週末が多い。また入院する場合治療との関係で月曜日が多い。その意味で土日は医者も交代で休むし、看護師の数も少ない。そういった中で休日に突然患者が入院してくるようなことがあれば 一挙に忙しくなる。看護師は全ての患者を回って検温をしながら点滴薬を設置し管理する。また患者の様々な要望に対応していかなければならない。

痛み止めとして中等度から高度の強さの痛みに用いるオピオイド鎮痛薬には、MSコンチン、塩酸モルヒ、オキシコンチン、オキノームなどがあり、投与間隔が決まっているので増やすことは出来ないが、そうは言って痛みが強く薬を増やしてもらいたいという要望は看護師に寄せられてくる。どうしても必要な場合に担当医と連絡をとってしかるべき対処しなければならない

下痢になったので薬を出して欲しいという要求があってもすくに薬を出すわけには行かない。その下痢がウイルス性のものであれば下痢止めは症状を悪化させる。便の検査が必要だ。しかし患者はお腹が痛いのですぐに薬が欲しいという。

高熱が出た場合は38度以上であれば血培といって、血液採取をしてその熱の原因を調べ、抗生物質を点滴的投与するが医者がいないとそれが出来ない。解熱剤にしても、カロナールを服用する時間は決まっている。しかし次の時間まで待てないで高熱に苦しんでいる人もいる。どうするか判断を迫られる。

 こういった患者のめまぐるしく変わる状況や要望に対して、特に土日は医者がいないことが多いのでそういった場合看護師が窓口として処理せざるを得ない。そしてそれを判断するのはきわめ神経をつかう仕事になる。患者に説得し適量を与えなければならない。こういった作業が幾つか入ると通常の検温の時間がなかなかとれない。

通常午後の検温は14時頃前までには来る。昨日看護師がきたのが15時過ぎだった。夜の検温ではどんなに遅くとも20時までには来るが、昨日は21時だった。就寝が22時だから21頃には寝てしまっている人もいる。

昨日は急に2人の患者が入院し、その対応に手をとられてしまって、一般患者に治して通常の対応が難しい状態だったということだ。看護師の数が少なかったのは事実だ。病棟が改築され新たな体制で臨もうという病院にとって看護師の存在はきわめて大きい。

過酷な労働が彼女たちに集中しないように注目していく必要があるのだろう。看護師たちの疲労は、われわれの病院生活に大きなダメージを与えることになりかねない。入院生活の平穏な日々の維持が、医者の治療の有効性を高める大きな力となるだろう。

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入院5日目・病院内での運動

6月22日(金)
 朝から土砂降りの雨が窓を叩きつける。いつもは5時になれば明るくなってくるが、部屋は薄暗く、朝がなかなか来ない。通常6時起床で朝の検温が30分位の間に行われる。体温、体重は前もって測っておき、血圧、酸素は看護師が測る。採血があればその時行う。

大体6時半頃から30分位病棟の周辺を散歩する。雨の日は早朝の散歩といっても病棟の周りの屋根のある通路を回るか、2階にある長い通路を行ったり来たりするほかない。昨日気がついたが、病院の右奥におそらく患者散歩用の場所として作られたのだろう木々に囲まれた広場がある。その広場を回るように楕円形の散歩道がつけられている。そこを何周か回ればいい運動になる。大都会の病院で患者のために広い場所を確保するのは難しい。その中でも、広場や散歩道を利用して体を動かすことは出来る。どのようにうまく活用するかそれが重要だ。

病院敷地の一番奥にある散歩広場

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病院外壁沿いの散歩道と病院を巡る通路
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 入院することによって退行する体の機能を少しでも維持しようとする本人の健康管理の問題意識がなければ、ウォーキングなどはやろうと思わない。病院側としては、とりあえず場所を提供することに意味を見出しているのだろう。リハビリの支援は行うとしても、運動の指導などは行われていないから、目的意識を持たない人は、一日ベッドにいて体力を減退させていくことになる。

慶応義塾大學医学部での話を聞いた。リハビリテーション科があり、そこで血液ガン患者に対するリハビリテーションの実施を実際に行っているという。一般的にはリハビリテーションというと脳溢血などでの体の麻痺に対する機能回復を意味するように思えるが、がん患者が長期入院で体が弱り、退院しても中々日常生活に戻れない現状を回復するべく、入院中、例え移殖室に入ってもベッド体操などで体の筋力の衰えを進行させないため、体操のやり方を書いたパンフレットを配って、指導しているそうだ。しかしほとんどの病院では運動指導など行われてはいない。

確かにがん患者は倦怠感や疲労感に悩まされている。体を動かすのも億劫な状態であることが多い。しかしいずれ治療後、退院すれば日常生活に戻らなければならない。その時に入院中どれだけ体を動かしたかどうかによって決定的な差が生まれる。社会復帰のまでの期間は体を動かした量に比例すると行っても言い過ぎではないだろう。

 普通の人が社会生活ではほとんど動いてないと思っても、また専業主婦が家事しかしないとしても、それでもかなりの運動をしていることになる。しかし入院中は目的意識的に体を動かさない限り筋肉はひたすら減退してくる。最初は筋力が低下してくるが、長い期間筋肉を使わないでいると、体はその筋肉を不要だと考えて少しずつ「リストラ」を開始する。それをどこかで止めなければならない。

筋肉には速筋と遅筋の2種類があり、速筋は速い動きをするときに、遅筋はゆっくりした動きをするときに機能する。ウォーキングは有酸素運動であり減量、高血圧や糖尿病などの生活習慣病などの予防に効果がある。しかしウォーキングは遅筋ばかりを使う運動であるため、速筋を増やす効果は期待できない。

そういった意味で筋トレとウォーキングをうまく組み合わせて運動する必要がある。筋トレといっても筋力アップを目的にする訳ではないので、無理のない柔軟体操位を規則的に行っていれば良いだろう。入院中であれば、ベッド体操と敷地内のウォーキングをする位しか出来ないが、重要なのは習慣化していけるかどうかだろう。ベッド体操は色々紹介されているが、自分に適した組み合わせでやっていけばいいだろう。起床時間前の10分位でも体を満遍なく動かすことによって、かなり気分は爽快になる。

ベッド体操の一例 :

両手を組んで、大きく伸びをするように頭の上まで組んだ両手を上げます。次は、膝を立てた状態になり、股を開きます。その後は、膝を立ててそろえた状態から左右交互に倒しましょう。それができたら、今度は腰を浮かせます。同じように膝を立てた状態から腰を少し浮かせます。腰周りの筋肉を鍛えることができます。最後は、おへそをのぞきこむように顎をひいて頭を上げましょう。腹筋を鍛えることができます。(リハビリ体操をはじめよう)

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入院4日目・血液検査結果

6月21日(木)
検査結果
IgM     無検査(6/21)←9155(6/18)←11000(6/11)←7773(6/4)
白血球   500←900←1800←1700
好中球   210←610←1180←980
赤血球   243←208←249←203
へモグロビン  7.7←6.4←7.6←6.4
血小板   2.9←1.4←1.2←2.5


19日の治療薬投与によって、骨髄抑制がどこまで進行するのかが今日の血液検査の目的である。18日に赤血球の輸血、19日に血小板輸血をしたので、それぞれの数値はそれなりに上昇していた。今日の値まで行けば輸血はないだろう。

ただ白血球の数値が問題だ。G-CSFの皮下注射を今日か明日からか始めることになる。好中球210とかなり下がっている。アイソレーター(空気清浄機)付ベッドに寝かされることになるかもしれない。早朝の散歩位はどうにかなるだろうが、病院内も自由に行き来できなくなる。

白血球が回復するまで、最低1週間はかかるだろう。それまでは感染予防に努めるほかない。折角今の所大した副作用も出ていない。日和見感染はしょうがないとしても、外部感染になってそれで苦しんだりしたら元も子もない。おとなしく病院での療養生活を続けていこう。

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ももの木交流会・お魚会

6月20日(水)
先週の土曜日(6月16日)麹町番町教会で、定例の「ももの木交流会」が行われた。交流会の後、18時から釣り好きのニチさんが釣ってきた魚を食べる「お魚会」が、神楽坂にある海老専家で行われた。海老専家のマスターはニチさんとの釣り仲間であり、仕事上の付き合いもあり色々料理の注文などについても面倒をみてくれる。

ニチさんは、急性リンパ性白血病の患者として患者会と関わり、おいしい料理を皆に食べてもらって元気になるようにと「お魚会」を何度か企画している。彼は平成15年8月無事退院し、その後の15ケ月の維持療法が終わり、平成19年12月に行った最後の骨髄穿刺の検査も異常なしで、寛解後5年になりようやく完治といえる状態になった。

「お魚会」で料理を食べると、料理の奥深さをいつも感じる。まず料理には最高の素材が必要である。いつもそうだが、料理のメインは当日釣り上げたイナダ・ヒラメの刺身にエンガワ、そして友人から提供してもらった生マグロである。これをニチさんの包丁裁きで調理してくれる。この刺身がおいしいのは当然で、これと素材で勝負することは出来ない。

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 生マグロ、イナダ、ヒラメの刺身にエンガワ       キントキの甘酢あんかけ          

釣ってきた魚をいかに調理するのか、それが何よりも楽しみだ。素材を生かし、その素材にも最も適した調理法、味付けは何か、本場上海の料理人がどんな料理をつくるか。今回は、釣魚がハタ、カサゴ、キントキ、マトウダイ、イカ、イワシである。

キントキの甘酢あんかけが大皿に盛られてくる。骨や皮までぱりぱりになるように火を通してある。この歯ざわりを出すのには、火力が強くなければならない。そういった意味で中華料理としての調理は最も適しているだろう。カサゴの唐揚はねぎなどを散らして醤油味であっさりとしている。唐揚の油を感じさせない。大海老・黒胡椒葱塩炒めも店の最も人気の高いメニューとして出された。

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 カサゴの唐揚げネギ醤油                 大海老・黒胡椒葱塩炒め         

入梅イワシ、カサゴ、ハタの唐揚は骨まで柔らかく、身がホクホクで塩と胡椒、唐辛子だけで食べるという素朴な味がたまらない。今のいわしは入梅イワシといって小ぶりながら味がしっかりしている。またアカイカは小さいが輪切りにしてセロリと一緒に炒めると、その柔らかさ驚く。スルメイカなど調理することがあるが小型のアカイカは買ったことはない。一体誰がこの柔らかさを想像するだろう。

「当日には釣りたての入梅イワシ、アカイカを釣って持参予定です」とニチさんからのメールがあったが新鮮さがおいしさを余すところなく引きだしている。その後ヒラメの濃厚スープの味の深さに感嘆する。海老炒飯と杏仁豆腐で食事を終えていった。

中華料理のコースにはもちろん多種多様あるだろうが、大体3000円コースだと次のようになるだろう。コーンスープ→3種前菜盛り合わせ→エビチリソース→酢豚→野菜炒め→牛肉とピーマンの炒め→炒飯→デザート。今日の海老専家での料理は、新鮮な素材使って、それをどのように調理し、味付けするのか、何十年もの修行でどのような組み合わせが最もベストなのかを知った料理人の腕によるものだ。それは決められた方法ではなく、創作的な内容をも要求されるものである。なかなかこういった料理を食べる機会はない。

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入院2日目・治療の開始

1006月19日(火)
今日から早速治療に入る。といっても治療は今日1日、4時間ばかりで終わる。腕からの点滴静注で行う。中心静脈カテーテルを使用しなくて済むのも助かる。時間は9時半から14時まで、4時間程で薬液を投与する。

オンコビンは点滴管の側管から1分位で注入する。治療自体は外来でも出来るような内容だ。ただ初めて使う薬で副作用が不明であり、また血球の大幅な減少が見られる現状では、外来治療ではどの位血球が減るか分からないということもあり入院治療に越したことはない。

9時半になると看護師が点滴薬を順番にひとつづつ持ってきて、終わった薬を差し替えていく。そうこうしているうちに治療は吐き気や発熱などの副作用も出ず終了した。治療後、血小板の輸血を行った。その後今回の治療に関係してると思われる副作用はなかった。ただ夜の検温で体温が37.2度と少し上がっていた。体調的には特に倦怠感や消耗感が出るということはなかった。

投与スケジュール

9:30~10:00
カイトリル注(3mg3ml)+生理食塩水(50ml)
10:00
オンコビン注(1.4mg)+生理食塩水(20ml)
10:00~11:00
ニドラン注(100mg)+注射用水(20ml)
ブドウ糖注射液5%(80ml)
11:00~14:00
エンドキサン注(500mg)+生理食塩水(500ml)

平行してソルデム(500ml)+メイロン(7%20ml)を10:00~22:00まで点滴。

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入院1日目・ニドランによる治療


6月18日(月)

今日から入院だ。先週月曜日の診療でIgMの値が11000と急激に上昇し、入院治療をせざるを得ないと判断した。どういった薬を使って治療をするかどうか決まっていないが、入院治療しかないだろう。今日担当医から説明がある。10時少し前に入院案内所に行く。50人位待っている。月曜日の入院患者はいつもかなり多い。入院手続きを終え待っていると、それぞれの病棟から看護師や医療事務の人が迎えにきて病棟に案内する。

入院してからのパターンはいつもと同じだ。採血、採尿、レントゲン、心電図をとる。血液検査の結果を見て、輸血をするかどうか判断する。30分位で血液検査の結果が出た。白血球も赤血球、血小板も押し並べて少ない。今日は赤血球の輸血をすることにして、明日血小板を輸血する。G-CSFの投与は治療で使った薬の影響を見て判断しようということになった。

IgMの急激な増加に対して、先週火曜日からエンドキサン200mgを4日間とレナデックス(デキサメタゾン)40mgを4日間服用した。その効果だろうか、2000減少した。上昇するのも激しければ、下降するのも激しい。先々週の時にはまったく効果がなかったが、それが少しは効いたということだろう。

検査結果
IgM    9155(6/18)←11000(6/11)←7773(6/4)←8230(5/28)
総蛋白  11.4←12.4←10.5←11.8
IgG    200(6/18)←135(6/11)←204(6/4)←352(5/14)
白血球   900←1800←1700←2400
好中球   610←1180←980←740
赤血球   208←249←203←241
へモグロビン  6.4←7.6←6.4←7.6
血小板   1.4←1.2←2.5←1.9


担当医から今回の入院治療で使用する薬の説明が行われた。今回は今まで1度も使われたことのないニドランという抗がん剤をメインに使用する。それにオンコビン(ビンクリツチン)とエンドキサンを組み合わせた療法だ。

ニドラン (一般名 塩酸ニムスチン) :
 
1970年代に日本で開発、発売されたニトロソウレア系のアルキル化剤に分類される抗がん剤。アルキル化剤とは、がん細胞のDNAをアルキル基という構造を持つ分子に変化(アルキル化)させることで、DNAの合成を阻害し、がん細胞の成長を止めるはたらきを持つ薬剤。ニトロソウレア系の薬剤は、分子量が比較的小さく、高い脂質溶解性(脂への溶けやすさ)を持つため、脳内に有害物が入るのを防ぐ血液脳関門(BBB=ブラッドブレインバリア)を通過しやすいという特徴を持っており、それゆえ脳腫瘍に対して多く使われる。

大きく分けて、エンドキサン(シクロホスファミド)やイホマイド(イフォスファミド)などのナイトロジェンマスタード系とニトロソウレア系などがある。ニドラン(ACNU)のほか、サイメリン(MCNU・ラニムスチン)、ロムスチン(CCNU)、カルムスチン(BCNU)などがこのグループに属する。(がんサポート情報センター)

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堀切菖蒲園

6月15日(金)
堀切菖蒲園に散歩出かける
12時過ぎに病院での検査を終え帰ってきた。人の家の台所を使っての調理というのはよほど広くて使い勝手がいい場所でないと気がすすまない。たとえ材料を買ってきたとしても、調味料などどこに何があるか分からないのでいちいち聞かなければならないし、またものによっては量加減も違う。昼食は自宅で調理し、パンを焼いて持ってきた。焼きたてパンというのは、どんなおかずにでも豪華さを演出してくれる。それが食卓の中央にあると全体に豊かさと香ばしさ増してくれる。

昼食を終え、堀切菖蒲園に行こうということになった。入院前の私のために、ゆっくりと孫と一緒に散歩してもらおうと思ったのかもしれない。しかし孫にとっては菖蒲園の散歩よりも自宅のベッドで昼寝の方がよかったかもしれない。菖蒲園までは地図で見ればそれ程距離があるわけではない。

まず明治通りに出て京成曳舟駅の踏み切りに行きあう。ここでかなり待つことになる。さらに東向島で水戸街道を越えなければならない。。この2ケ所が渋滞の元仁となっている。大体子供がぐずるのはお腹が減ってい時か、オムツが濡れている時だ。そして渋滞して景色がかわらないと退屈するのかぐずる。

車は白髭橋の団地の間を抜けて、墨堤通を荒川に向かっていく。堀切橋を渡り、京成堀切菖蒲園駅駅に出る。最近のカーナビは駐車場の表示まである。しかし問題は空いているかどうかの表示がない。駅前にコインパーキングは3,4件あったが全て満杯だった。

20分位探して、やっと退出しようと車が出て来たパーキングにはいることが出来た。そこから10分位商店街の間を歩くと掘切菖蒲園にたどり着く。やはり、歴史を持つ下町の庭園の菖蒲園は、広い公園の菖蒲園とはまったく異なった情緒を感じさせてくれる。

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堀切菖蒲園
江戸名所の一つとして数えられ、その景観は安藤広重を始め、歌川豊国・清親等の錦絵に描かれている。江戸時代中期には、花見の名所としてたくさんの江戸っ子でにぎわい、明治・大正の頃までは、文人墨客も多く訪れたという。

堀切の菖蒲園は、江戸時代末期から明治にかけて、数多く開園した。江戸時代には「江戸百景」に数えられ、名所案内や紀行文、鈴木春信・歌川広重の浮世絵に登場する。昭和の始め、名勝を含めいくつかの園があったが、現在の堀切菖蒲園は、都が旧堀切園の一部を公園とし、のちに葛飾区に移管されたものである。

堀切菖蒲園の花菖蒲の見頃は6月の中旬あたり。貴重な江戸系花菖蒲を中心に面積約7,700m2 の園に200種6,000株が咲きそろう。菖蒲の他にも四季折々の草木が植えられ、様々な風情が楽しめる庭園である。(葛飾花だより 堀切菖蒲園 TownNet)

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 乳母車の中で目を覚ます
 
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東京スカイツリー見学

6月15日(金)
4月末に孫が硬膜下血腫で入院した。ちょうど自分自身の入院と重なっていた。その定期検診が今日ある。10時からCTの検査があり、10時半から診療がある。離れて住んでいるのでなかなか会う機会がないので出かけた。次男の家にまで行ったが病院まで付いて行ってもしょうがない。また病院にはなるべく出入りしないほうが良い。

次男と連れ合いが孫の検査に出かけた。次男は押上に住んでいる。スカイツリーまで歩いて行ける距離だ。スカイツリーが出来たからといっても展望台に登る機会などない訳だし、スカイツリー付属の商業施設「ソラマチ」がどうなっているか見学に行こうなどとは思ってはいなかったが、孫を医者に連れて行く間2時間以上時間がある。そこで、スカイツリー見学に出かけた。近くだからいつでも行けると思うとかえってなかなか行くことはない。ある意味で人生の時間が限られているから色々な所に出かけようと思うし、出かけたいとも思う。

スカイツリーへの興味を皆はどこまで持っていたのか。あれよあれよという間に工事がどんどん進んでいく。マスコミは騒ぎ立てる。2007年・押上業平橋地区新タワー関連街づくり連絡会結成。2008年・環境影響評価書提出。2008年7月着工。10年商業業務施設運営会社「東武タウンソラマチ株式会社」を設立。12年には「東京スカイツリー駅」と改名。しか地元活性化は他力本願性経済優先の巨大開発でどこまで進行するのか。

日本の超高層建築とは、芸術性や美的感覚を満足させるようなものというよりも、最先端土木技術の結晶である。そういった意味で経済発展の象徴ともいえるものである。それを集約的に表現するものだ。

経済的発展や開発から、生活の豊かさを強調する民主党政権は政権交代のマニュフェストで「国民の生活が第一」「コンクリートから人へ」を掲げその象徴的存在八ツ場ダムの建設を取りやめようとしていた。しかし民主党の掲げたスロ-ガンが少しは効果を発揮するかもしれないと思っていたが、全く期待はずれだった。ある意味でスカイツリーはその裏切りの象徴のような意味を担ってしまった。

そしてさらに3.11の震災と原発事故は日本の発展への根底的問題点を抉り出した。一つの時代が終わりが告げられ、その終わりをスカイツリーという超高層タワーの姿の中に見出すことが出来る。そこにあるのはまだ夢から覚めたくないという気分でしかないのではないのではないか。

十間橋方面より
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スカイツリー・ソラマチ方面に向かう
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東武タウンソラマチ入口
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ソラマチ伝統工芸店

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ソラマチ入口モニュメント
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スカイツリー駅とすみだ水族館

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展望台行きのホール
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スカイツリー真下あたり
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スカイツリー周囲
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東村山・北山公園菖蒲まつり

6月14日(木)
西武線沿線で探してみると駅のポスターにもあったが、東村山の北山公園が花菖蒲の名所として紹介されている。6月11日の開花状況を調べてみると3~4分の咲き始めだが、開花はどんどん進んでいて、今週末までには見頃になりそうだということだった。
  
北山公園は狭山丘陵を背景にした自然公園で、新東京百景に選ばれている。「となりのトトロ」に登場する“七国山”の由来となった八国山を背に、広大に広がる水と緑の公園である。初夏には、170種、7000株、10万本の花菖蒲が咲き誇る、花の名所で、雨の季節に映える、艶やかな紫の花々を楽しみに、毎年、多くの人が花菖蒲散歩を楽しむ。

現在の公園がある土地はもともと水田地帯であった。70年頃より不動産業者によって開発が進められつつあったが、東村山市は自然環境保護の観点から用地を確保し、1976年に都市計画公園として「北山公園」の設置を決定し、花菖蒲などの植栽を始めた。

北山公園の菖蒲苑に行くことにした
東村山の北山公園に花菖蒲を見に行った。北山公園菖蒲祭りは6月9日から24日まで開催されその間様々なイベントが催される。開花時期を考えるともう少し時期を遅らした方がいいだろうと思うがそうも言っていられない。西武線で一本だと思うとあまり距離を感じない。駅から20分ばかり歩いて菖蒲苑に到着する。

梅雨入りしたが、今日は久しぶりに晴れた。東村山駅からはかなりの人が北山公園に向って歩いていく。丁度途中に弁天橋があり、直接菖蒲苑とは関係ないが、距離の目印にはなる。北山公園は、北川に面していて善行橋を渡ると公園が八国山緑地を背景にして広がっている。

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 弁天橋                            善行橋

東村山・北山公園菖蒲苑
北山公園菖蒲まつり143_convert_20120614203729 菖蒲苑を見晴台から見た情景 

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菖蒲苑を埋める菖蒲と見学客
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名前の変わった花菖蒲

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 蛇の目傘                           満月の恋

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 みちのくの黄金                       筑羽根
 
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 清雅                              桃霞

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 暁の闇                             皇王

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 月夜野                             京舞

菖蒲苑を囲むアジサイ
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近くに老人ホームがあるのだろう、その遠足のようで車椅子が30台ばかりいた。八国山緑地周辺は環境がいいからだろう病院が幾つかある。また介護老人保護施設「保生の森」や老人ホーム「白十字ホーム」がある。

老人ホームや介護施設では皆で出かける機会は出来るだけ多くしたいと思っているだろう。部屋の中ばかりに閉じこもっていると気分が滅入ってしまうだろうから、出かけるということが気分転換にどれだけ必要なことだろう。ただ、皆で出かけるのには車椅子一台に介護者が一人つかなければならない。出かける時にはボランティアの人を要請し体制を整わなければならない。そういった体制が地域で出来ていればいいが、そうでなければ、老人たちはスタッフの数に合わせた外出しか出来ない。老人介護におけると地域との連携の必要性を改めて感じた。

歩くことも出来ず、介護者の世話になり、認知症にでもなったら何のために生きているのか、分からない。でも人間は寿命がある限りそれを全うする外ない。人は生きることに何の目的もなくなっても生き続けざるをえない。辛いことだがやむをえない。しかしそういった状態の中でもそれなりの楽しみを見出していくことが可能かどうかは、介護ホームの体制と福祉の質によることがかなり影響することだろう。こういった事を考えながら北山公園の花菖蒲苑を巡り鑑賞していった。

北山公園周辺散策
東村山駅でもらった「水とみどりの東村山、わくわくMAP」によると駅へ向う途中に幾つかの神社仏閣があり紹介している。北山公園から東村山駅までの最初に行き当たるのが正福寺と千体地蔵堂である。正福寺は東村山トリップアドバイザーによると観光名所人気ランキングで狭山公園についで2位であった。駅までの道を正福寺、大善院、猿田彦神社、諏訪神社と寺院、神社を見学しながら戻って行った。

正福寺(金剛山 臨済宗建長寺派)
北条時宗が鷹狩りの折病気になり、夢枕に黄衣をまとった地蔵菩薩が現れ丸薬をくれた。これを飲み、眠りから覚めたら病いが治ったので、地蔵尊を信仰して、弘安元年(1278年)この地蔵堂を建立した。しかし、昭和9年改修の際発見された墨書銘により、室町時代の応永14年(1407年)の建立と分かった。鎌倉の円覚寺舎利殿とともに禅宗様建築の代表的遺構で、国宝建造物。本尊は千手千眼観音。

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 正福寺山門                          正福寺本堂

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 正福寺地蔵堂                        地蔵堂を横から見た様子

大善院(恵日山 天台宗寺院)
創建年代は不詳。八王子市円通寺の塔頭として創建したという。東村山周辺の檀信徒の希望により明治32年に移転願を提出、当地へ移転した。現在「野口のお不動さま」「水子地蔵堂」「七福神」として知られている。境内には溶岩の築山がありその山には唐金製の不動明王を中心にした三十六童子像が立ち並んでいる。

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 大善院境内                        大善院本堂

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 築山と三十六童子像

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 境内の溶岩                水子地蔵尊              七福神像

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 七福神像

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 七福神像

猿田彦神社

明治28年8月に東村山停車場の開業を祝って、道の神猿田彦大神を鎮守として創建した。当地周辺の旧道辻には庚申塔があり、庚申塔を神体として当地へ移したという。

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 猿田彦神社鳥居                       猿田彦神社拝殿

諏訪神社

創建年代は不詳、諏訪町の鎮守。当地の桜井利兵衛氏が勧請したと伝えられ、徳蔵寺に当てた文書に貞享2年(1685)とあることから、江戸時代初期に創建したといわれてる。御祭神は信濃の諏訪神社から分祀された。

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 諏訪神社参道                         諏訪神社本殿

(参考資料:東村山市公式サイト)

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権現堂公園・あじさいまつり

6月13日(水)
6月18日から入院だ。それまでに行きたい所に行っておこう。入院治療まで、全く薬を飲まない訳にはいかないので、それまでのつなぎとしてエンドキサンとデキサメタゾンが4日分処方された。それを12日から服用しているが、その影響だろう体力は問題なく日常生活を送れるし、ウォーキングを楽しむまでには回復している。今の時期だと花菖蒲とアジサイが見頃だろう。

幸手に権現堂公園という所がある。桜の季節が終わってからも四季折々に咲く花を、季節ごとの植物の色づきを楽しんでもらおうとアジサイ、曼珠沙華(彼岸花)なども植えられた。今まで桜の花見に行こうと思ったことはあるが行ったことはない。アジサイを見に権現堂に行ってみようと思った。今は時期ではないが権現堂の桜堤というのはどういった所だろうという興味もあった。

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 駐車場脇のアナベルの群落

昔から「権現堂の桜堤」として桜の名所としても知られ、桜が満開の同じ時期にナノハナも咲き美しい花畑を見せてくれる。1~2月はスイセン、9~10月はヒガンバナと1年を通じて四季折々の花々が楽しめる。そんな中、6月には約100種9500株のアジサイが色付く。中でも見応えがあるのが白いアナベルのアジサイ。駐車場の傾斜地を利用しての群落が美しい。(花の名所案内)

権現堂公園では12回あじさいまつりが6月2日(土)~7月8日(日)間開催される。アジサイは、開花が順調に進んでおり、見ごろを迎えているアジサイも日々増えてきている。土手一面に咲き誇るアナベルをはじめ、多くのあじさいは今週末には見ごろを迎えるだろうということだった。

権現堂の名の由来は、村の中に「熊野権現社」、「若宮権現社」、「白山権現社」という三つの神社を一緒にまつった旧い神社があったので、「権現堂村」となった。権現堂堤は、天正4年(1576年)頃に築かれたといわれている。権現堂川は暴れ河川としても恐れられ、宝永元年(1704年)に、はじめて権現堂堤が切れてより、幾度も決壊をしてきた。その被害は遠く江戸にまでおよび、大江戸八百八町の半ばは水浸しになると言われ江戸を守る堤として大切に管理されてきた。(幸手市観光協会公式HP)

8時50分の池袋発の湘南新宿ラインで、大宮まで行き東武野田線で9駅も乗り、春日部に到着し、さらに幸手行きに乗りかえる。東武線は北関東に張り巡らされている。ローカル線だったが、今ではツクバエクスプレスや湘南新宿ラインとの乗り入れが進み、周辺地域は通勤圏内として広がっている。

幸手に行くには湘南新宿ラインで久喜あたりまで行って東武線に乗り換えればいいと思っていたが、中々複雑で、大宮-春日部-幸手、大宮―久喜-東武動物公園-幸手、大宮-栗-幸手と3ルートあって乗換えが面倒だった。路線案内に従って乗り換えていったがもっと楽な方法があるだろう。

幸手と地名はよく聞くので大きな駅かと思っていたが、こじんまりしていて、駅から権現堂に向う主要道路も閑散としていて車も殆ど通らない。例によって途中の神社仏閣に寄り道をしていく。

権現堂050_convert_20120613211408  権現堂056_convert_20120613211720
 閑散とした駅前通                     旧日光街道に立つ看板

権現堂047_convert_20120613214022  権現堂048_convert_20120613211648
 正一位一色稲荷大明神                  稲荷神社本殿

権現堂061_convert_20120613211804  権現堂065_convert_20120613211856
 正福寺(真言宗智山派)本堂                 千体観音

権現堂073_convert_20120613211953  権現堂074_convert_20120613212028
 八幡神社参道                       八幡神社本殿

権現堂083_convert_20120613214121  権現堂086ed_convert_20120613212101 
 行幸橋より見た中川                    権現堂桜堤入口

30分位で権現堂公園に着く。川縁の道を行こうとまず中川まで行く。行幸橋がかかってる。川の手前から権現度桜堤が始まる。入口の所に「行幸堤の碑」が建てられている。1876(明治9)年、明治天皇の巡幸の際、堤防工事を視察した。堤の名を行幸堤(みゆきづつみ)と呼ぶことが許され、記念碑を建てるための費用が下賜された。

桜は一年中見る人を楽しませてくれる、春の華やかで一方寂しげなのもいい。初夏新緑の季節、萌葱色から深緑にかわりながら、光を跳ね返しながら深い影を投げかける並木道を提供してくれる。秋は紅葉、一枚の葉に朱色から黄色まで色彩のバリエーションを作り上げる奇跡の色使い。冬枯れの木々は水墨画の世界。無骨で黒く、雪が降ればそのコントラストは芸術の世界。こんな事を考えながら新緑の桜のトンネルを作っている権現堂桜堤を進んで行く。

権現堂090_convert_20120613214252 権現堂088ed_convert_20120613212417
 権現堂桜堤入口の看板                        行幸堤の碑(明治天皇が立ち寄った記念)

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10分位桜堤を進んで行くと、色鮮やかなアジサイが一斉に周辺を包み込んでいく。峠の茶屋を中心に、堤の左右と駐車場の周辺にアジサイが咲き乱れている。時期的には丁度よかった。祭りの期間だということで、茶屋も営業していて、展示即売会も開かれ、観光協会のテントが設置され、地元の食材の物産展も開かれていた。そういった催し物を眺めながらゆっくりアジサイを楽しむことが出来た。

権現堂003_convert_20120613221343 駐車場横のアナベル

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権現堂017_convert_20120613221610 峠の茶屋周辺のアジサイ

権現堂018_convert_20120613221642 峠の茶屋周辺のアジサイ

権現堂019_convert_20120613221739 峠の茶屋周辺のアジサイ

権現堂026_convert_20120613221850 駐車場横のアナベル

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様々なアジサイ

権現堂115_convert_20120613222053  権現堂117_convert_20120613222255

権現堂118_convert_20120613222335  権現堂116_convert_20120613222129

権現堂123_convert_20120613222503  権現堂119_convert_20120613222415 
 
権現堂033_convert_20120613224242  権現堂130_convert_20120613222639  

DSCF9884_convert_20120624163529.jpg  権現堂126_convert_20120613222548

アジサイの植えてある場所が終ると、再び権現堂桜堤が始まる。行幸橋から始まって数キロに渡って桜並木が続いている。それも桜が一列ではなく、場所によって土手の斜面に2列3列と植えてあるから立体的でボリュームがある。新緑の並木道を歩いていても緑の深さはそこから来ているのだろう。

それ程歩いた訳ではないが、帰りは路線バスで帰ることにした。権現堂公園が終わり、出口の傍にお堂が建っていた。清保堂という。この辺りには徳の高い清保善士という僧が住んでいて、ここに本尊が祀られている。昔から耳の病には御利益があると言われていて、全快のお礼として大工道具の錐を奉納する習慣があるという。

4号線のバイパスから来ている道に出ると、路線バスの停留場がある。バスは1時間に一本しか出ていない。20分ばかり待ってバスが来た。駅までは10分位なものだ。

権現堂044_convert_20120614090032  DSCF9630_convert_20120614000735.jpg
 清保堂                             外野橋(権現堂公園の中央で中川を渡る橋)     

幸手駅で都心に向う列車を探した。直ぐに出る便は幸手から東武伊勢崎線で北千住方面に向かう急行だ。池袋に向う湘南新宿ラインや宇都宮線を使うよりずっと便利だ。帰りは東武伊勢崎線を利用した。又スカイツリーが出来たので、急行東武スカイツリーラインが増発され沿線から都心に向う便が便利になった。

往きは幸手に着いたのが10時6分で池袋から1時間15分かかった。帰りは幸手を13時57分に乗り北千住と西日暮里を経由して池袋に着いたのが15時10分だった。全く同じ時間だった。しかし帰りは北千住方面行きの東武伊勢崎線は殆ど待たなかった。久喜まで行って宇都宮線乗ったらどの位で池袋に付けるかわからない。東武線もかなり便利になったという事を実感した。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

IgMが11000まで上がった

6月11日(月)
検査結果
IgM     11000(6/11)←7773(6/4)←8230(5/28)←6877(5/21)
総蛋白   12.4←10.5←11.8←11.0
IgG     135(6/11)←204(6/4)←352(5/14)←287(5/7)
白血球   1800←1700←2400←3000
好中球   1180←980←740←143
赤血球   249←203←241←231
へモグロビン  7.6←6.4←7.6←7.3
血小板   1.2←2.5←1.9←3.0
尿酸    8.8←7.5←8.4←9.4
β2マイクログロブリン  3.8←3.4←3.7←3.7


IgMの値が11000になってしまった。この高数値を経験したことは初めてだ。2005年12月に入院した時、IgMが7110だったが、最初にやったフルダラビン療法が全く効果を発揮せず、1ケ月後に9470に上昇してしまった。その数値が今まで経験したなかで一番高い数値である。体調的には、だるさやふらつきなど体力消耗を感じる。体力減退はヘモグロビン減少の影響かと考えていたが、実際に数値が出てみるとヘモグロビン減少よりもIgMの増加が体調に影響を与えていると思われる。

血小板が1.2とぎりぎりの数値だった。特に血小板に影響を与える抗がん剤を使用しているわけではないのにひたすら数値が下がる。毎週赤血球か血小板の輸血を通院でやっているが、ここまで血球の減少をカバーできるなら入院治療でなくても通院で大丈夫だろう。白血球の減少の場合はそうは行かないが。今日は血小板の輸血だけだろうと思っていたが、赤血球の輸血もやることになった。両方合わせれば4時間の長丁場だ。IgGの数値がかなり減っている。IgMの増加によってその生成が疎外されている可能性があるので、免疫グロブリン製剤の輸血が必要だろう。

第3回DCEP療法での退院以降、入院治療によってIgMの減少が殆ど見られなかったということもあって、きっちりとした通院治療方針を立ててくることができなかった。エドポシドを使ったりシクロホスファイドを使用したり、これは単にDCEP療法で使用し効果が見られたから使ったという、まさに付け焼き刃的療法でしかなかった。診療日に採血結果を見て次は何を使おうとかとその場しのぎのため無理やり考え出した方針でしかない。といってもそういった方法をとるしかなったほど、治療方針にに関しては手詰まり状態であった事も確かだ。

入院治療に関しても次に用意されているものがある訳ではない。医者は又DCEP療法をやっていくと言っている。今度やれば4回目になるDCEP療法に効果が期待できるのかどうか何ともいえない。DT-PACEやVDT-PACEについてはどうか。本に書いてあるということは知っているが、効果や副作用、薬の用量など内容については全く知らないが、今までと同じDCEPよりは効果が期待できるのではないかと、医者に提案して見た。

医者はDCEP療法も含めて入院時までに治療方針について検討してくるといった。DT-PACEとはデキサメタゾン、サリドマイド、シスプラチン、ドキソルビシン、シクロホスファミド、エドポシドの組み合わせだ。VDT-PACEの方は、ベルケイドをそれに加えたものである。アルキル化剤、アルカロイド、抗生物質系、プラチナ製剤、など昔からの強力な抗がん剤に新薬とステロイド剤を加えたものである。入院してどういった治療を行うかまだ決まってはいないが、通院ではどういった方法も残されていない。6月18日からの入院に決まった。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

血液内科の診療

6月4日(月)
検査結果
IgM     7773(6/4)←8230(5/28)←6877(5/21)←6225(5/14)
総蛋白   10.5←11.8←11.0←10.6
白血球   1700←2400←3000←2600
好中球   980←740←1430←1040
赤血球   203←241←231←211
へモグロビン  6.4←7.6←7.3←6.8
血小板   2.5←1.9←3.0←3.6
尿酸    7.5←8.4←9.4←8.0
β2マイクログロブリン  3.4←3.7←3.7←3.3←2.8


IgM
先週のIgMの値が8230あり、本来なら入院治療が必要である数値だったのだろう。しかし入院しても治療法があるわけではなかった。今日の採血結果でIgMが増えていたらどういった展望もなかった気がする。果たしてエンドキサン(シクロホスファミド)が少しは効果を発揮してくれたのだろうか。エンドキサンとレナデックス(デキサメタゾン)の組み合わせでIgMを少しだが抑えてくれたようだ。もはや薬が効くか効かないかは運に任せるほかないといった気分だ。

白血球、血小板
エンドキサンの効果を期待するが、骨髄抑制が強いアルキル化剤を使用するのだから、白血球(好中球)が減る事も心配の種だった。しかしどうにか、好中球が980に保たれていたので助かった。血小板は先週輸血をしたので少しは回復していたがそれでも微々たるものだ。血小板の回復を待ってベルケイドの使用を始めたい。しかし血小板が2.5では血小板を抑制するベルケイドを使用するわけには行かない。医者としてはベルケイド(ボルテゾミブ)、エンドキサン(シクロホスファミド)、レナデックス(デキサメタゾン)の3種併用療法をやって行きたいようなので、血小板の回復を待っているのだ。

赤血球(ヘモグロビン)
ヘモグロビンが一向に上昇しない。先週火曜日からデキサメタゾン40mgを3日間服用していたから、旅行中結構元気が出た。しかし帰ってきてからガクッと疲れが出た感じだ。6.4と大幅に減少していた。輸血によってしか増やすことが出来ないのか。ヘモグロビンが6.4では疲れやすいはずだ。

以前は入院治療が終わってしばらくすれば血球は回復していた。しかし造血幹細胞の機能がかなり衰弱しているのだろう。再生不良性貧血や、骨髄異型性症候群のように血球の産生能力が極端に落ち込んでいるに違いない。既に、病気になってから7年、造血幹細胞に悪影響を与える抗がん剤を長期に使用してきたのでしょうがないともいえるだろう。しかし問題はこれからどうするのか。輸血でつないでいくのか。しばらくすれば復活してくるのか。

β2マイクログロブリン
医者が何故か5月7日からのβ2マイクログロブリンの値を検査時系列情報に掲載した。血清β2-m値は糸球体濾過値の低下に伴い上昇するので、腎糸球体障害の指標として有用だということだ。(基準値:血清0.9~1.9mg/dl)

腎臓関係の最近の数値としては、クレアチニンが1.0←0.9←0.9←0.8であり基準値内だし、尿素窒素も18←17←18←15と基準値を保ってきていた。尿酸値が一時期9.4とかなり上昇し、GFRも58.8←66←66←75.1と少なくなってきていた。β2マイクログロブリンの値も加味しながら腎臓の状態には注意していかなければならないだろう。

今週の治療
先週エンドキサン(シクロホスファミド)200mgを2日間、レナデックス(デキサメタゾン)40mg4日間を服用したが、これが効果があったので同じ療法で行っていくことになった。この効果が持続すれば何の問題もない。医者は以前はデキサメタゾンを使用するとき、4日間40mgを服用し、その後4日間休薬する事を繰り返す高用量投与を行なっていた。しかし、前回も色々考えて減らしたが、今回も一週間2日間40mgと極めて少ない量で対応している。高用量と低用量にあまりさがないということの臨床データーによるものなのだろうか。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

谷川岳・天神平

6月1日(金)
峰旅館から谷川岳ロープウェイ駅へ
旅館のチェックアウトが10時だ。今日は谷川岳に行ってみる事にした。谷川岳といっても、頂上まで登る体力はない。ヘモグロビンが7.6しかないのだから体力的にはとても無理だろう。しかし高い山には登りたい。昔南アルプスや北アルプスに登った時の気分を味わってみたいとは思うが、それはもはや不可能だ。せめてロープウェイを利用して高山の雰囲気を堪能したい。

谷川岳に行くといっても天神平までロープウェイで行き、そこからリフトで天神峠に行く。そこまでは決めてある。そこからどうするか。コース案内があった。谷川岳山頂登山コースは5時間で天神峠から山頂を往復する。次に天神尾根ウォーキングコースというのがあって、尾根を歩いて熊穴沢避難小屋を往復する2時間のコースだ。他に一の倉沢岩壁トレッキングコースという1時間50分のコースがある。天神平に登るので一の倉沢出合のコースは別だ。

谷川岳ロープウェイに乗るには、旅館から水上駅まで出なければならない。タクシーに乗る外ない。10時に頼んでおいたタクシーが来た。水上駅10時45分発のバスで谷川岳のロープウェイ駅に向うつもりだったが、タクシーの運転手が今日は暇だからとロープウェイの駅までバス代より安くして送っていってくれるというので好意に甘んじて、駅まで行ってもらうことにした。

土台口ロープウエィ駅
ロープウェイといってもゴンドラの形式で待つ必要がない。それに待っている人がいるわけではないのですぐ乗ることが出来た。2005年9月、老朽化した旧ロープウェイに変わり、複式単線自動循環式(俗に言うフニテル)のロープウェイが出来た。これにより、混雑時の待ち時間が大幅に改善されたということだ。また強風による運行中止の回数も大幅に削減された。

ロープウェイの駅はかなり広い。冬の時期には天神平スキー場はスキーヤーで賑わう。5月13日までスキー場は営業していたそうだ。ロープウェイの駅は7階建てになっていて、各階とも駐車場になっている。2000台の車の駐車スペースがある。

ロープウェイは6階のベースプラザという所で切符を買って7階から乗る。乗り場までかなり歩くが、スキーのシーズン中の混み合った時期にはかなり広いスペースが必要なのだろう。

八ヶ岳057_convert_20120603221242  八ヶ岳006_convert_20120603222236
 土合口駅                          ゴンドラ(フニテル)

八ヶ岳007_convert_20120603221156  八ヶ岳073_convert_20120603221403
 天神平駅                           天神峠行きリフト

天神平峠展望台
746mの土合口駅から10分で1319mの天神平駅まで行く。そこから1502mの天神峠駅まではペアリフトで登ることができる。この高さまで、乗り物で行けるようになったのだなとつくづくと思う。天神平峠には展望台があり、周辺の山並みがせまってくるような眺望を楽しめる。

目の前には残雪に覆われた谷川岳がそびえ、谷川岳連峰山頂はトマノ耳(1963m)とオキノ耳(1977m)という頂になっている。谷川岳の右側には奥利根連山の朝日岳をはじめ、笠ケ岳、白毛門山などの峰々が白と青のコントラストを作りながら、連綿と連なる山並みを晴れた大気の中にくっきりと表している。

八ヶ岳079_convert_20120603224915 谷川岳連峰山頂

八ヶ岳085_convert_20120603231228 天神峠展望台より谷川岳

八ヶ岳095_convert_20120603225026 天神尾根

天神平峠の展望台で周辺の景色を満喫しながら、結局天神尾根方面には行かず、「貴重な高山植物のお花畑をのんびりウォーキング」というコースを行くことにした。天神峠のペアリフトの降りた所に神社が祀られていた。その周辺にはミズバショウが花を付けていた。ここにある神社の奥院が谷川岳山頂にある。薬師如来が祀られていて富士山浅間大菩薩奥院という。

八ヶ岳114_convert_20120605222451  八ヶ岳111_convert_20120603222906
 富士山浅間大菩薩表院                  天神峠頂上のミズバショウ

八ヶ岳112_convert_20120603223002  八ヶ岳002_convert_20120603221741
 諸天善神獄(中院)に咲くミズバショウ          芽を出し始めたフキノトウ
   
天神峠から天神平へ
天神峠の頂上から、お花畑に沿って天神平駅の方に下っていく。正面には奥利根連山の朝日岳(1945m)をはじめ、笠ケ岳(1852m)、白毛門山(1720m)が連なっている。尾瀬方面に視線を向けると至仏山(2228m)、笠ケ谷(2057m)、武尊山(2158m)などの高山が霞んで見える。

真下には天神平駅がはるか彼方に見える。この周辺が天神平スキー場となっている。スキーの季節には、天神平駅までロープウェイで上がりそこから、4基のリフトに乗ってそれぞれのコースを滑る。天神峠リフト、天神平リフトと右側にある高倉山(1449m)の斜面に沿って第1、第2リフトがあり、今は天神峠リフトが観光用リフトとして営業しているが、外のリフトは停止している。スキーの時期には活躍したことだろう。

スキーに行ったのは30年も前の話だ。子供が小学校低学年で、家族や友人仲間、学童クラブの保護者会などでひと冬3,4回は行っていた。それ以降全く行く機会がない。ゲレンデの雪の斜面を見ると無性にスキーをしていた時の事が懐かしく思い出される。

ロープウェイ駅の隣にはビューテラスてんじんレストランがあり、欧風の建物で大きな窓からは谷川連峰が見渡すことができる。セルフサービス式になっている。スキーの時期に合わせてあるのだろう、300~400人の収容は可能なようだ。さらにその隣に天神平観光センターがある。

天神平に向うコースにはお花畑があるといっても全てが咲いているわけではない。カタクリは既に終ってしまっているし、ニッコウキスゲやクルマユリが咲くまではまだ間がある。殆どの高山植物は6月末から8月にかけて咲く。高山植物を楽しむ時期にはしばらく時間が必要だ。

結局天神峠からスキーコースを下ってロープウェイの天神平の駅に降りてきた。ミズバショウ以外にはフキノトウを見ることが出来ただけだったが、谷川岳を始め奥利根の連山を眺めながら雪道を下っていくコースは気分を限りなく爽快にするものだった。

八ヶ岳067_convert_20120603224837 笠ケ岳、朝日岳、白毛門山方面

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八ヶ岳116_convert_20120605213755 至仏山、笠ケ岳、武尊山方面、右高倉山

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八ヶ岳127_convert_20120603221620 天神平駅とビューテラスてんじん

ビューテラスてんじんから水上駅、上毛高原駅へ
ロープウェイの天神平駅に隣接する「ビューテラスてんじん」で食事をした。ロープウェイの土合口駅から上毛高原行きのバスが出るのは1時間1本ほどだ。時間調節をしながらロープウェイに乗った。丁度その時雷が鳴った。乗ったゴンドラは出発したが、土合口駅ではロープウェイは運休となってしまった。ぎりぎり間に合ったという感じだ。バスに乗った途端今まで晴れていたのに大粒の雨が降り始めてきた。

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 水上駅                           水上駅前の繁華街

13時15分発のバスに乗って、谷川岳を後にした。バスは14時05分に上毛高原に着く。そこから大宮までは1時間もかからない。なんと早くついてしまうのだ。早いということはいいことだが、旅行気分という点では若干物足りない気もしないわけではない。もっとも上越線の普通列車に乗ればいいだけのことなのだが、やはりスピードに慣れてしまった現代人の心情が邪魔しているのかもしれない。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

浜屋旅館、峰旅館

5月31日(木)
今日は1日温泉の日だ。川沿いの温泉宿は大体傾斜地に建てられている。この広河原温泉は名の通り広い河原を利用して建てられている。この場所だけがかなり広い平地になっていて、旅館を建てるのには都合がよかったのだろう。この地域が広河原村と呼ばれているので広河原温泉という。旅館の名はおじいさんの屋号から来ているという。82年に作られ、個室の露天風呂は8年前に作ったという。

峰旅館は濱田旅館の別館だから、どちらのお湯も楽しめる。朝食後、浜田旅館の方に行って見た。峰旅館からは途中鱒養漁場があるが、今は寂れている雰囲気だが営業しているのだろうか。鱒が跳ねていた。まだ鱒は元気で成長しているのだろう。

八ヶ岳193_convert_20120602162751  八ヶ岳033_convert_20120602170034
 峰旅館玄関                         対岸から見る峰旅館

八ヶ岳049_convert_20120602171701  八ヶ岳239_convert_20120602163252
 広い河原に面している                  大出又沢川が川古温泉で赤谷川と合流する

八ヶ岳207_convert_20120602163158  八ヶ岳202_convert_20120602163020
 鱒養魚場                          温泉碑

浜屋旅館までは7,8分の距離だ。河沿いに瀟洒な3階建ての建物が立っている。旅館の前に架かる橋からその全景が見える。峰旅館が平屋であるのに比べると、「鉄筋コンクリートの建物」で立派に見える。

旅館に入口には峰旅館にいた女将が店番をしていた。両方の旅館を共通で管理しているようだ。浜屋旅館の内湯と露天風呂も楽しみだ。内湯は峰旅館と同じような造りだ。やはりぬる目の湯がこんこんと湧き出している。浜田旅館の見世物はその広い露天の岩風呂だ。何人か入っていても、岩陰が幾つかあるので長湯をしていても邪魔にはならない。

岩風呂は河原に面していて、真夏など風呂場から泳ぎにいけそうな気がする。岩風呂の造りが複雑なので、一ケ所で飽きたら別の場所に移動すればいい。打たせ湯のように流れている場所もある。ともかくぬるいので何時までも入っていられる。

八ヶ岳247_convert_20120602165914 川古温泉浜屋旅館

八ヶ岳252_convert_20120602164431 浜屋旅館内湯

八ヶ岳259_convert_20120602164757 浜屋旅館露天風呂

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八ヶ岳256_convert_20120602164714 露天風呂から河原を見る

午後は峰旅館の周辺を散策した。峰旅館は広い河原に面している。対岸が広河原部落というのだが数軒の家があるだけだった。そこには発電所がある。東京発電赤谷川第2発電所という。発電所の奥に赤三ダムというのがあるようだ。こんな所にダムや発電所があるのだ。広河原の峰旅館のから赤谷川を下っていく川沿いの山道があり、高原千葉村という所まで山道が通っているはずだが、そこまで行かずに引き返した。鮮やかな緑が当たり一面をおおい、川のせせらぎを聞きながら、自然の音以外静寂につつまれた世界の中で、時間を忘れ散歩するには丁度いい場所だといえるだろう。

八ヶ岳042_convert_20120602171454  八ヶ岳051_convert_20120602202706
 東京発電赤谷川第2発電所と広河原部落への道

八ヶ岳016_convert_20120602171853  八ヶ岳028_convert_20120602200538
 峰旅館への道                       赤谷川と広河原

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 川沿いの道

旅館に戻って、サンダルを脱ごうと思ったら蛭が一匹足のかかとにへばりついていた。直ぐに引き剥がして捨てたが、蛭が血を吸った所から血がしたたってティッシュをあておさえておいたが中々出血が止まらない。バンドエイドを貼ってみたが直ぐに血がにじみだしてきてしまう。女将さんが風呂場で湯の中のよくもんでおくといいという、動物に咬まれて出血した場合は中々止まらないらしい。おまけに私の場合は血小板が極端に低い。やはり山の中だなとつくづく思った。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

広河原温泉峰旅館

5月30日(水)
 Y氏と上野駅で10時30分に待ち合わせた。10時58分発のMaxたにがわ407号とでどうかという。この列車は8両編成2階建てで5号車までが自由席だ。旅行に行くにはかなり遅い時間の列車ではある。旅館のチェックインの時間が14時なのでそれに合わせたということだ。

こんな遅い時間にしたのに、椎名町の駅に着いた時に、うっかりと肝心な携帯電話を忘れた事に気がついて家まで取りに戻った。椎名町で時間を見ると、池袋行きは10分後にしか出ない。そうなると上野駅の待ち合わせ時どころか、目的の列車の出発時間にも間に合わない。焦ったがどうしようもない。

Y氏は携帯電話を持っていない。自宅の留守電に大宮駅でMaxたにがわ407号に乗ると伝言しておいた。うまくいくか。所が今度は池袋駅で、大宮方面の埼京線や、湘南新宿ラインが遅れているということだ。止むを得ず、丁度来たスペーシア鬼怒川10時21分池袋発の列車に乗って、大宮でMax407号に乗り換え時間ぎりぎりで乗ることが出来、Y氏と社内で合流できた。

朝っぱらからアクシデントで困ったことだったが、彼は当然大宮で合流できると思っていたらしく、既につまみとビールで一杯やっていた。上野駅発(10:58)-新幹線Max谷川407号→上毛高原駅着(12:07/1時間9分/5550円)→上毛高原駅発(12:35)-関越交通路線バス→猿ヶ京温泉着(13:06/31分/860円)といったスケジュールだ。

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 上毛高原駅前

 猿ヶ京温泉のバス停で旅館に迎えの電話をしたが、なかなか都合がつかないらしい。そこで、Y氏が前回「川古温泉」に訪問した時に待ち合せた日帰り温泉「まんてん星の湯」という公共浴場に行くことにした。水上町営のかなり豪華なところらしい。そこで昼食をし、ゆっくりと湯に浸かっているうちに迎えの車の都合もつくだろうということで、バス停から10分くらいの所にある「まんてん星の湯」に行った。

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 まんてんの星の湯本館(食堂)               本館の右隣は浴場

まず食事をした。レストランのオープンテラスからは赤谷湖を一望できる。赤谷湖は赤谷川をせき止めた相俣ダムにより出現した人造湖。かつて湖の底には笹の湯、湯島温泉などがあったが、ダム建設により湖底に沈み、湖岸に猿ケ京温泉が造られた。赤谷湖の広々とした景色を堪能しながらゆっくりと食事をした。

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 食堂のテラスより赤谷湖を望む  

公衆浴場はかなり広い。大自然に囲まれた野趣あふれる大露天風呂が並んでいて、目の前の赤谷湖を見ながら、湖に溶け込むような一体感を演出し、さわやかな風を吹かれながら旅の1ページ目を作り上げていった。「まんてん星の湯」の由来が書いてあった。「施設敷地内に咲くつつじ・満天星(どうだんつつじ)と夜のとばりの訪れとともに輝く満天の星空から名付けられたもの」といったしゃれたネーミングからきている。

八ヶ岳158_convert_20120601214902 まんてん星の湯の大浴場

八ヶ岳162_convert_20120603092532 七夕の湯大浴場

八ヶ岳157_convert_20120601215403 露天風呂

八ヶ岳156_convert_20120601215207 露天風呂から赤谷湖

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 食事をして、十分に湯を堪能した後、今晩泊まる旅館に再度電話した。今度は都合がついたので、後10分で迎えに行くということだった。車は猿ヶ京温泉街を抜け、深い山道に入っていく。川古温泉・浜屋旅館の別館である、広河原温泉の峰旅館という所到着する。山の中の一軒宿だ。川古温泉からは歩いて7,8分の所にある。川古温泉は兄が、峰温泉は妹がやっているということだ。峰旅館では97歳のおばあさんが旅館番をしている。

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露天の岩風呂付個室など贅沢な部屋に泊るつもりはなかったのだが、迎えに来てくれた女将との話で、それが目的だったような話をしているうちにその高い個室に泊ることになってしまった。早速露天風呂付きの個室に案内してもらう。10畳位の個室に岩風呂ついている。どちらにしても今日の泊り客は我々しかいない。何処の部屋を選ぶのも自由だ。露天風呂付きの部屋は三部屋ある。

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 部屋から見た露天風呂                   外から見た露天風呂

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 露天風呂の外                        玄関前の観音像

大きな岩をくり貫いて作り上げた立派な浴槽が置かれ、ふんだんに湯が溢れている。風呂は新緑の緑に覆われ、その下が河原で、そのせせらぎの音を聞きながら湯船に浸かっている気分は最高だ。溢れ流れる源泉と静かな山間の環境、絶妙な温度のぬるま湯の温泉、38度位だということだ。

真冬だと寒いだろうが今の季節なら、丁度いい温かさだろう。内湯の方だが4時間入っていた人がいたというから、何時間でも入ってくつろげるのだろう。特に露天風呂付個室にと止まることになったのだから、誰かが入ってきて長時間一緒に過ごすことになるということはない。

 内湯もありその雰囲気もよく、やはり湯治湯のための旅館なのだ。浴場は男女別内湯各1のみで、木造り浴槽には大小の川石が敷き詰められていて川底にいる感じで、大量掛け流しのぬるいお湯だ。説明に「入浴し15分位で、見事なほど全身に泡が付き気泡の発熱作用で入浴後も長時間身体が温かく、また、気泡の乳化作用で皮膚や毛穴の奥の脂肪や老廃物を取り、新陳代謝の促進効果があります。」とあった。

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 内湯

ここの料理の特色は「旅館の料理はたくさんありすぎてという人のために、自慢の川魚料理を中心にコンパクトにまとめたお食事は如何でしょうか。湯治の食事ではちょっと物足りないという方にもおススメです。(食事の例-鍋物・川魚のお造り・川魚の焼き物・煮物・小鉢他)」という特徴もあってそれもある意味で興味のある点だ。

個室であるということもあって思う存分入浴を堪能できる。ぬるいから30分でも40分でも入っていることが出来る。個室での風呂に飽きたら内湯に行って気分をかえてみるのもいい。食事もあっさりしていて日本酒でたしなむには丁度いい。中々秘湯の一軒宿でいい所を見つけるのは難しい。それ程色々な温泉を知っているわけではないいが、満足させてくれるに値する場所であった。

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