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江戸川公園 (神田川の桜)

4月13日(水)
病院を出たのが15時近くになってしまった。今日はどうしてか採血室も込んでいたし、眼科でもかなり待たされた。血液内科の診療は2時間も待つ事になった。その後に点滴が行われた。

外来治療センターが新しくなり、今までは20人分のベッドしかなかったが、リクライニングシートを含めて50床あるということだ。今までは血液内科の患者だけの部屋だったが外科も合流したらしい。ベッドの空きは早かったが、薬と医者がなかなか来なくて結構時間がかかってしまった。

時間が遅くなってしまったので、帰りの沿線にある所に行く他ない。今まで行った事がなく、本駒込から南北線に乗り飯田橋で乗り換えて1つ目の江戸川橋で降りるとすぐ、江戸川公園がある。「神田川の桜」といったネーミングが川とそこに咲く桜の状態と雰囲気をイメージさせてくれる。

桜を見るのも今年は最後だろう。かなり散り始め葉桜になっているところも多い。果たして来年は見る事が出来るのか、IgMの値の事を考えてふとそんな想いが頭をよぎる。それを振り切って絶対に来年も見るのだと決意するほかない。

病院から本駒込駅に向う動坂通りの左右に幾つかの寺院がある。養源寺、連光寺、常徳寺、高林寺があり、それぞれ庭に桜が植えられていて本堂を鮮やかに浮き上がらせている。養源寺には空をおおうような桜の巨木が6,7本ありほかの寺院よりも華やかだ。桜の巨木が寺院をおおっている有様は絵になるようた。ただ本堂の横の桜の木の背が高く、本堂を超えてしまっているので本堂と一緒に写すことができなかった。

江戸川公園003ed_convert_20110414141304  江戸川公園006ex_convert_20110414141340
 養源寺本堂                         連光寺本堂

江戸川公園010ed_convert_20110414141413  江戸川公園012ed_convert_20110414141447
 常徳寺山門                         高林寺本堂

江戸川公園
江戸川の桜: 江戸川公園周辺の神田川が、江戸川と呼ばれていた明治17年(1884年)頃、旧西江戸川町の大海原氏が自宅前の土手に桜の木を植えた。それがもとで、石切橋から大曲まで、約500メートルの両岸にソメイヨシノなどの桜が多いときで241本あり、桜の名所となり新小金井といわれ夜桜見物の船も出て賑わっていた。その後神田川の洪水が続き、護岸工事に伴って多くの桜は切られた。江戸川公園から上流の神田川沿いには、神田川河川改修に伴い、昭和58年(1983年)に新たに桜の木が植えられた。

有楽町線江戸川橋駅で降り、AIという出口から出ると目の前が江戸川公園だ。公園の入口にあるのが江戸川橋である。公園を進むには2通りの行き方がある。桜並木のある公園にある遊歩道を進んで行くのが通常だろう。もう一つの道は、川の対岸にも遊歩道があるのでそちらを行く事も出来る。対岸から神田川に張り出している桜の密集した状態を眺めるのに対岸を通る人も多い。途中橋があるのでどちら側にでも移れる。往復する人は往きと帰りを別の道にすればいい。

公園は桜見物だけでなく、様々な重量感のある石が添えられた石の広場や、西洋風の山小屋を模した時計搭のある四阿、藤棚のあるテラスなどがあり、変化に富んでいる。テラスの先には石組みの池があり、神田上水取り入れ口に使用されていた大洗堰を復原している。

中央が小高い丘になっていて、深い樹間をつづら折に登ると最上部では早稲田方面の眺望が堪能できる。子供達の遊び場もあり子供連れの母親が何人かいた。土日は混むのだろうが平日の夕方なので遊歩道に花見の客はあまりいなかった。

江戸川公園と椿山荘の境目に大滝橋がある。胸突坂を降りた所には駒塚橋があり、椿山荘と新江戸川公園の間にある。この先の道路と駒塚橋には車が通れる。そしてさらに面影橋の方に歩いて行き、豊橋を渡ると早稲田に出る事が出来る。

神田川
日本最古の神田上水は徳川家康の命により大久保藤五郎によって開かれた。井の頭池を水源とし、神社の前を流し、すぐ下流の大滝橋あたりに堰を築き、水位を上げて上水を水戸屋敷に入れ、樋(とい)で地下を神田や日本橋方面に流した。

江戸川公園013ed_convert_20110414141529 江戸川橋より

江戸川公園023_convert_20110414141701 対岸より江戸川公園

江戸川公園026_convert_20110414145313 川面に散る桜の花びら

江戸川公園028_convert_20110414141838 大滝橋より

江戸川公園を過ぎると隣が椿山荘であり、高層の建物はホテルフォーシーズンズである。左に神田川の桜並木を見ながら、右側には薄茶色の椿山荘の塀が延々と続く。さらに行くと新江戸川公園に至る。神田川沿いの桜並木は途中で住宅街の横を通る事になるが面影橋方面までずっと続いている。

椿山荘と新江戸側公園の間には関口芭蕉庵、胸突坂、水神社、永青文庫がある。関口芭蕉庵は地震のため当面休庵すると書かれていた。永青文庫では当面受付は3時までと書いてあって入ることは出来なかった。新江戸川公園の日本庭園は人がほとんどいなかったせいか落ち着いた雰囲気だった。ベンチに腰掛けてゆっくり季節と、景色を味わい、物思いにふけるのは中々いい場所だ。

江戸川公園031_convert_20110414152156  江戸川公園039ed_convert_20110414142326
 椿山荘ホテルフォーシーズンズ              関口芭蕉庵

江戸川公園032_convert_20110414142109  江戸川公園033_convert_20110414142257
 水神社鳥居                         水神社拝殿

江戸川公園034_convert_20110414142025  江戸川公園035_convert_20110414145354
 胸突坂                            永青文庫

関口芭蕉庵
江戸時代を代表する俳人松尾芭蕉(1644~1694)が、2度目の江戸入りの後、1677年から3年間この地に住んだ。当時、旧主筋の藤堂家が神田上水の改修工事を行っていて、芭蕉はこれにたずさわり、工事現場か水番屋に住んだといわれる。後に芭蕉を慕う人々により「龍隠庵」という家を建てたが、これが現在の芭蕉庵につながる。

胸突坂
目白通りから蕉雨園(旧田中光顕邸)と永青文庫(旧細川家下屋敷跡)の間を神田川の駒塚橋に下る急な坂。 坂が険しく、自分の胸を突くようにしなければ上れないことから、急な坂には江戸の人々が よくつけた名。

水神社
いい伝えによれば、水神が八幡宮社司の夢枕に立って、「我水伯(水神)なり、我をこの地にまつらば堰の守護神となり、村民をはじめ江戸町ことごとく安泰なり」と告げたため、ここに水神を祀ったという。神田上水の守護神となっている。

永青文庫
江戸時代の熊本54万石細川家の江戸下屋敷跡にある。細川家伝来の文化財と16代護立のコレクション4500点を収蔵し、展示公開を行っている。貴重な文化財が数多くある。

新江戸川公園
江戸時代末期、熊本藩主細川家の下屋敷。その後、細川家の本邸となる。素朴さの中に江戸時代の純日本式武家庭園の面影をとどめている。起伏の変化を利用し、自然景観を重視した回遊式泉水庭園である。

江戸川公園049_convert_20110414142822  江戸川公園050_convert_20110414142919

江戸川公園045_convert_20110414145150  江戸川公園052_convert_20110414145223

新江戸川公園の閉館時間が17時だということを係員が盛んに告げまわっている。17時までには退去して下さいとうるさい位だ。まあ一通り見学したので係員の指示に従って17時丁度に園内から出る事にした。新江戸川公園から早稲田に向おうと思ってしばらく川沿いを歩き、豊橋で川を渡った。豊橋から見る桜は外の所よりもまだ満開に近くかなり花を付けていた。

江戸川公園055ed_convert_20110414142521 豊橋から見る桜

江戸川公園042_convert_20110414142447 渦を巻いて流れる花びら

江戸川公園059ed_convert_20110414142643 夕日が差し込んでくる

豊橋を渡るとすぐ新目白通りに出る。都電荒川線の始発早稲田駅が目の前に現れる。東西線の早稲田は早稲田通りに面していて歩くと結構ありそうだった。都電に乗って東池袋4丁目まで行き、東池袋で有楽町線に乗り換え家に戻った。6時近くになってしまったがまだ明るい。
(参考資料: 文京区公式HP・文京区の観光案内)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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飛鳥山公園より生還

昨年,播磨坂のあと,徒歩で江戸川公園に行こうとしたのですが,Webから印刷したざっくりとした地図のおかげで行き着けず,飯田橋駅から撤収しました。
お花見ドライブも,いいもんですね。ラクチンだし。
だれかが運転してくれるの前提ですが。

わたしは,シクロを毎日50mg摂取しています。50mgは最低用量なので,それほど骨髄抑制は強くないと思いますが,ひとにより感受性が違うので,むずかしいものです。yosimineさんに,奏効しますように。

桜の次は

MOTOGENさんも色々な所を回っていますね。音無親水公園と飛鳥山の記事は拝見しました。播磨坂は近いので行きたかったのですが機会を逃しました。桜が終わり次の花々の季節がやって来ます。治療経過については焦りもありますが、花でも見てゆったりとした気分で過ごしたいものです。
来週からシクロを服用するかどうか分りませんが、どちらにしても何らかの方法を取らざるを得ないでしょう。

No title

江戸川橋公園の北東の一帯は、私が通っていた小学校と同じ学区でした。
神田川とか、椿山荘とか懐かしい!

たしか江戸川橋の交差点近くと思いますが、関口パンというパン屋さんがあって、給食で食べていましたし、小学校の時神田川があふれて洪水になり、みんなで古着などを寄付したこともありました。

今でも近くに住んでいる京子ちゃん、この前手紙をもらったけれど、会いたいなぁ。

No title

Koharuさんの街も震災の被害を受け、復興に向けた様子がブログを拝見しているとありありと見えてくるようです。毎日少しづづ変わり、立ち直っていく人々の姿を見ると、人間の生きる力の大きさに感動します。

話は変わりますが江戸川公園周辺はKoharuさんの思い出の場所だったのですね。思い出として風景を思い浮かべると、実際に見る風景とは全く違って、色々な出来事が万華鏡のように色鮮やかに思い出せるものです。そういったきっかけを提供できたのであれば嬉しいことです。
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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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