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石田衣良 『夜の桃』

4月21日(木)
yorun_convert_20110421112445.jpg 図書館で石田衣良の棚を探すと、彼の本で読んだことない本は『夜の桃』という本だけだった。この本は石田衣良の人間的欲望の奥深さをえぐったものであると同時に、現代社会の抱えている病理の原因にも踏み込んで分析を試みている。

欲望を失った時人は機械と同じになってしまう。そして今の社会は人間的欲望を削り落とす装置に満ち溢れている。こういった中でどのように地位や名誉に優先して自分の欲望に忠実に生きていくのかその模索の過程が小説の骨子となっている。

 広告代理店の新社屋は汐留だった。再開発された地区の中でも、ひときわ高いガラスの塔である。薄青いハーフミラーの壁はゆるやかな曲線を描いてうなり、巨大なディスプレィのように青い空とそこをいく雲を反射していた。リアルなものが現実には見えず、ただの反射にすぎないものが、より現実らしく感じられるのはなぜだろうか。この時代は逆立ちしていると、雅人は思った。(新潮社単行本P41)

 会議室の奥には、一面汐留のビルが広がっていた。ガラスとステンレスとコンクリートの林である。こんなものばかり毎日眺めていたら、若い男の欲望が消えていくのもあたりまえかもしれない。そこには砂粒のような人間ひとりの欲望では動かしがたい圧倒的な重量感があった。

雅人は間にあってよかったと思った。欲望や生きることの愚かさをまるまる肯定したバブルの時代を若いころ経験できてよかった。そうでなければ、自分もこの風景に欲望を吹き消されていたかもしれない。(P43)

 新橋駅前の広場には街金融の看板をもった男たちが、ただ立ち尽くしていた。カラフルな看板の向こうの空に、超高層ビルがガラスの盾のように寄り集まってそびえていた。こちら側の貧しさから、向こう岸の豊かさまで、日本ではひと飛びだった。向こうも駅前の貧しい世界と混ざり合うのが怖いのだろう。どれほど大きな企業でも、いつ滑り落ちるかわからない時代である。(P63)

汐留シオサイトはJR新橋駅すぐ近くの「旧国鉄汐留貨物駅跡地」を利用した都内最大規模の再開発都市で、日本テレビ本社ビルをはじめ、レストラン、ショップ、シティホテルなどの高層ビル13棟やイタリアをイメージした街などが建ち並んでいる。

浜離宮から新橋方面を見ると、汐留シオサイトの高層ビルが隙間なく並んでいる。まるで海からの陸を守る防波堤のようだ。しかしこの壁が海からの風をさえぎり、都心の空気の循環を遮断しヒートアイランド現象を引き起こしているのは確かである。

500px.jpg 
 シオサイト全景: 左が北端のシティセンター、右が南端の汐留芝離宮ビル

また江東、中央、湊区の臨海部では、工場跡地などの遊休地を活用しようとする再開発ラッシュだ。30階以上のビルの数を2000年と2008年と比べてみると開発の状況が良く分る。江東区では6件が24件に、中央区では10件が25件に、港区では15件が72件に増えている。

しかし臨海部はもともと地盤が軟弱な上、再開発地域は埋立地が多く、また海や川に面している。新木場地区では液状化で道路が土砂で埋まった。高層ビルが液状化でどういった影響を受けるのか、さらに耐震性の問題、津波に対する不安などが募る。超高層ビル群は首都繁栄のシンボルから、震災をきっかけに、防災の不安が指摘される危険な存在へと姿を変えている。再開発の多くは、経済的利益が目的で、都民への安全への視点はない。

小説の内容からは、話がそれたが立ち並ぶ高層ビルが意味するものを明らかにしたかったのである。

高層ビルの多くはベイサイドの「緑あふれる美しい水辺」といった宣伝文句で売り出されるタワーマンションがほとんどである。億ションもある高級住宅でありタワーレジデンスと呼ばれている。そこに住むことが自らのステータスを明らかにするものでもあるのだ。再開発によって作られた高層ビルのほとんどは富裕層のための高級マンションである。

高層ビルの中に身を置き住人はなにを考えているのだろう。美しい港の夜景を見ながらワインでも飲んで豊かさを実感しているかもしれない。しかしそこに人間的な真実は存在するのだろうか。本当の豊かさはあるのだろうか。金で買える豊かさと心の充実を与えてくれる豊かさは別のものである。石田衣良は無機質な高層ビルの描写と平行して人間的欲望をキーワードとした恋愛論を展開し、両者を絡めながら人間的真実を追い求めていく。

以下の引用は石田衣良の恋愛論である。解説は不要だろう。彼の恋愛についての考えの一端を知ることができると思う。空虚な空間としての高層ビル群と対比して、人間の心のあり方、豊かさを何処に求めていくのかの彼なりの回答が示されている。

 欲望を育てるには、必ずタイムラグというか、ためが必要なんだ。現代にはためがなくなった。欲望を育てる時間がなくなったんだ。

おれたちはみんな待てなくなったんだ。すべてが便利になったが、なにかを待つことができなくなっているんだ。

人と人とが結びついたり欲望を分け合ったりするのは、恐ろしいくらい無駄な時間がかかるものだ。そういう意味では、なにも生み出さない恋愛というのは、現代ではなによりも贅沢なものなのかもしれない。そして今の若い男たちみたいに、もの心ついた時から時間に追われていたら、恋愛や欲望にあこがれる気持ちさえなくなるんじゃないか。だって、恋愛には得をすることなんて一つもないんだ。(P48)

 「なぜ恋愛を繰り返すのだと思いますか」「恋愛がわからないからだと思う。いくら中年になっても、上達もしないし学習もできない。毎回ゼロかイチの繰り返しです。なんでも簡単にわかってしまい,誰かに全部解読されてしまう世のなかで、恋愛みたいな謎はないですよ。」一生そのために生きても、決して解けない魅力的な謎。それこそが生きる目的ではないだろうか。(P68)

 いくらビジネスで成功し、そこそこ有名になり、富を積み上げても、女のいない男たちに幸福などやってくるはずがなかった。・・・人を愛する力を失えば、人間などただの機械と変わらなかった。この世界を見ろ。働く機械、金をつくる機械、組織を守る機械に、満ちあふれているではないか。(P281)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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