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館林つつじまつり

5月2日(月)
4月30日に館林つつじまつりに出かけた。桜の次はつつじの季節だ。つつじの名所では「見頃を迎えている」といった案内がHPに掲示されている。朝から出かけるつもりだったので、関東近辺であれば何処でもいいのだが、館林のつつじの古木というのが珍しく見てみたいと思った。館林というと群馬県でかなり遠いイメージだが、路線案内で見てみると、池袋から湘南新宿ラインを使って久喜まで行き、東武伊勢崎線に乗り換えれば、1時間15分位で行ける。

館林つつじまつりは市の観光協会も力を入れていて、丁度連休中が満開になるという事もあって、様々なイベントを用意して観光客を集めようとしている。この期間は臨時バスも出る。

館林つつじまつり: 館林といえば童話「文福茶釜」のタヌキを連想する人も多いと思うが、関東を代表するツツジの名所でもある。ここにツツジが植えられるようになったのは、戦国時代の末期に第7代館林城主だった榊原康政が、側室お辻の方が城沼へ身を投げたことを嘆き悲しみ、その霊を慰めるために彼女にちなんだツツジを城沼の南岸に植えたのがはじまり。その後、次第に増殖して名園になったと語り継がれている。だが、実際に歴代城主もツツジの保護には相当な力を尽くした。

今では約12.6haの広大な園内には、ヤマツツジ、キリシマツツジ、リュウキュウツツジなど150余品種、約1万株が植えられている。とにかく数も多いが、それよりその大きさの方にビックリ。何しろほとんどが5mくらいあって、下をくぐり抜けて観賞できる。樹齢800年を越す古木もあり、花盛りには本当に花の山のように咲き誇る姿は、まさに圧巻である。(花の名所案内)

館林駅に降り立つ。この駅舎が特別なものであることは後で知ったので、駅前広場で駅を見た時には何も感じなかった。ただ駅前のつつじを写しただけだ。つつじが岡公園行きのバスが出るまで15分位あった。歩いても公園まで30分位だというから、館林市街を散策するのもいいだろうと思って歩き始めた。

駅からの道はきれいに整備され、舗道の両側にはつつじが植えられ「花のまち、クイーンズ通り」といった看板がある。駅から10分位行った所に武鷹館の看板があり、連休中公開となっていた。旧館林藩士住宅である。道々こういったものに出会うのも街の散策の楽しみの一つだ。

館林駅:
 現在の館林駅は昭和12年(1937)に改築された。コンクリート造2階建て、寄棟の建物で正面にはセグメンタルペディメントと称する半円形に膨らませた櫛形破風を設え意匠を施し、下部には上部が半円形の開口部にするなど正面性を強調しています。又、曲線や縦長の開口部を採用するなど洋風建築の要素を取り入れ建築当時の駅舎建築の特徴が見られる。館林駅は平成10年に「関東の駅百選」に選定されている。

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 館林駅                           駅からの道・クイーンズ通り

旧館林藩士住宅(武鷹館): この建物は江戸時代後期に建てられた館林藩中級武家屋敷です。元々は"外伴木"と呼ばれる館林城の侍町に建てられた。館林城下に残る数少ない武家屋敷の遺構で当時の建築技術や武士の暮らしの一端を伝える。同一敷地内にある「長屋門」は、近世の武家屋敷の表門の形式の一つで、物置や使用人などの住居も兼ねていた。江戸時代の武家屋敷街の格式や雰囲気を伝える貴重な建造物である。

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 長屋門                            旧藩士住宅

街中を抜け、市役所前の信号を渡ると周辺の様子は全く異なってくる。ここからは館林城址を含んだ林の中に幾つかの公共施設が点在する。文化会館の奥に土橋門があり、また市役所の他に芸術ホール、向井千秋記念子ども科学館、田山花袋記念文学館、第2資料館(モスリン事務所)、田山花袋旧居などがあり、また鶴生田川沿いには桜とこいのぼりが見所となっている。

このような公共設備を見ながら、この一画を抜けると、旧秋元別邸があり、ここはつつじが岡公園の第二公園となっている。しかしここにはつつじはそれほど咲いているわけではなく花菖蒲がメインである。屋敷の前の芝生広場では、露天が出店されていて、地元の名物、鶏弁当や館林釜玉うどんなどの飲食物や、土産物が売られていた。

館林城跡: 創建年代は明らかではないが文明4年(1472)に館林城の記録が有る。天文元年(1532)には、赤井照光が新城を築いて大袋城から移っている。この工事の時、狐が縄張りを教えたとのことから別名を“尾曳城”とも言われた。

城の建物の大半は明治7年(1874)に焼失したが、現在でも本丸、三の丸、稲荷郭、樹下町などの土塁の一部が残されており、三の丸には土橋門が復元されている。土橋門は、城の中心(三の丸)への出入口の一つで、在城当時は、正門の「千貫門」に対し、通用門として使用されたものである。

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 土橋門                            市役所入口の花壇

旧上毛モスリン事務所: この建物は明治43年(1910)、上毛モスリン株式会社の事務所として館林城の2の丸に建てられた擬洋風建築。木造2階建て、入母屋、瓦葺きで1階玄関屋根と小庇が銅板葺きになっている。外壁は下見板張り、縦長の上げ下げ窓の採用、屋根にはドーマを設えるなど当時の洋風建築の要素を取り入れている一方工法的には和風建築を踏襲していて所謂擬洋風建築の1つと言える。

旧田山家住宅: 旧田山家住宅は江戸時代末期に建てられた武家屋敷で木造平屋建て、寄棟、茅葺、直屋形式で元々は館林城の総廓内の「裏宿六番町」に建てられていた。又、この建物は自然主義文学作家田山花袋が住んでいたことでも知られ明治11年から明治19年の8年間ここで過ごしました。

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 旧モスリン事務所                      旧田山家住宅

旧秋元家別邸: この建物は明治時代後期に旧館林藩主秋元家別邸として建てられた。木造平屋建て、入母屋、瓦葺き、庭園側がほぼ全面ガラスの引き戸で構成されている。廊下部分が主構造部から張りだし上部が銅板葺きの下屋が下がっている為、若干むくりの附いた瓦葺きの大屋根と対象的であるのと同時に水平線を強調した日本建築らしい品位のある印象を受ける。(群馬県WEB観光案内所・館林市)

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 旧秋山邸正面                        旧秋山邸庭園側

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 旧秋山邸庭のつつじ

旧秋元別邸を出て尾曳橋を渡るとつつじが岡公園の端に出る。そこから西入場券売り場まで、白いハナミズキの並木道を通り向う。西入場券売り場からは新公園が霧島つつじの古木群を中心として始まっている。新公園は芝生広場の右側に土手のように高くなっている。その高台に遊歩道があり、つつじの古木が左右に花を咲かせている。芝生広場から斜面のつつじを見るのもいいが、本命は遊歩道のつつじ群だ。新公園の遊歩道は西入り口から中央広場まで1km位あるようだ。新公園の面積は 5,461m2 と言われている。

新公園のつつじ
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中央広場は正面入口に面している。ここが正面入場券売り場でメインの出入口になっていて、かなりの人手ごった返していた。駐車場とバス乗り場から来る人が列を作って入場してくる。駐車場から正面入口までに何軒かの店が並んでいる。土産物屋と飲食店だ。今まで観光客がほとんどなかったのかも知れない。ゴールデンウイークで売り出さなければといった意気込みで、店の前に品物を並べ呼び込みが激しく飛びかう。

旧公園は17,414m2で新公園よりかなり広い。中は迷路のようになっていて、なかなか全体を回ることが出来ない。こっちの方には来たことがないと思って行ってもさっき通ったところだったりする。一応ルートが1~8まで設定されているがそのルート通り行けない。それでもぐるぐると回っていると全体の道順が分ってきて無駄なく回れるようになる。

15分間隔位でボランティアの案内が解説付きで一緒に回ってくれる。それを利用すれば道に迷わずにすむ。それを知ったのがすべて見終わって旧公園の入口まで戻ってきてからだったので利用することはしなかった。

旧公園は城沼に面している小高い岡の上にある。行啓記念碑の所に見晴台があってそこからは城沼の全景が見渡せ、渡船乗り場や物産展時コーナーが見える。丘を下れば宇宙つつじ園に行ける。旧公園のつつじを堪能し、中央広場に戻ってくる。

旧公園のつつじ
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館林うつじまつり084_convert_20110502213515 展望台より城沼方面

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館林うつじまつり082_convert_20110502213451 名木シリーズ・滝ツツジ(ヤマツツジ系)
推定樹齢650年、樹高3.8m、枝張り直径7.7m。八重咲きのヤマツツジが二重咲きになった品種。

館林うつじまつり091_convert_20110502213620 名木シリーズ・花山姫(ヤマツツジ系)
 推定樹齢650年で、樹高3.7m、枝張り長径4.6mのヤマツツジ系。花はうす紅色で花の中心が白い。

館林うつじまつり092_convert_20110502213647 名木シリーズ・桃色ヤマツツジ(ヤマツツジ系)
 推定樹齢650年で、樹高4m、枝張り長径6m。花は鮮やかな桃色で斑点は紅紫色。

館林うつじまつり093_convert_20110502213816 名木シリーズ・乙女心(オオヤマツツジ系)
 推定樹齢650年、樹高4m、枝張り直径3.5m。花は鮮紫ピンク色で濃い紫紅色の斑点がある。

正面入口からバス停に向う。帰りはバスで館林駅まで戻るつもりだ。正面入口からバス停に向う道には2時半頃だったが、土産物屋を物色する人もいるが、かなりの人がぞろぞろと公園に向っている。観光バスが3台停まっていた。どういった観光ルートで回っているのだろう。

館林行きのバスは観光バスの裏に隠れていた。バスの種類も路線バスの形ではなく観光バスの形だったので分からなかった。バス停に立っていると、路線バスはこちらですと呼びに来た。バスは満員だった。すぐに出発し10分ほどで館林の駅に着いた。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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国営ひたち海浜公園より生還

おぉおお(!o!)オオ!
これは見事なつつじ!

つつじといえば低木という固定観念がありましたが,古木となると高くなるんですねぇ。
って,ここには,40年前に,つつじ開花の季節に行ったことがあるのですが,記憶がありません。(^_^;)

No title

国営ひたち海浜公園に行ってきたんですね。写真のネモフィラが銀色に輝いているようで見事ですね。もっと沢山の写真を見たいものです。海浜公園は1ケ所で色々な花が見られるのでバラエティに富んで面白いでしょう。遠いので行く決意がなかなかつきませんが、何らかの機会に行って見たいと思います。
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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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