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天童温泉・3日目-広重美術館

1月4日(金)
 天童温泉3日目、特にどこかを見学しなければならないといったスケジュールにしばられた旅行ではなく、1日中旅館でゆったりとしてもいいし、ふらっと出掛けてもいいといった旅だから、朝は食事時間の8時近くまで寝ていられるし、出掛けるのは何時でもいい。
 特に天童はこれといって名所があるわけでもなく、雪が降っているということもあって自由に行動が選択できるのは気が楽だ。大体旅行というのは1泊で次の日は別の所で観光するという過密な日程で移動するというものだ。同じところで2泊するのはかなり落ち着いた気分だ。しかし最後の日はチェックアウトが10時だからそれまでに出発しなくてはならない。
 雪がかなり強く降って来ている。旅館から5分くらいの所に広重美術館がある。そこが一番近いということもあって出掛けた。何故天童で広重の美術館があるのか、それはパンフレットに書いてあった。

広重美術館の成り立ち
hirosige1.jpg 江戸時代後期、江戸詰の天童藩士と狂歌を通じた仲間で親しい関係にあり、天童藩医田野文仲とも交遊があったのが歌川広重でした。当時、天童織田藩は度重なる出費で深刻な財政難に陥っていました。藩内外の裕福な商人や農民に献金を募ったり借金をしたりしたもののなかなか改善されない状態でした。
 そこで、江戸で有名な絵師広重に依頼して藩のために肉筆画を大量に描いてもらい、献金に対しての褒美や借金返済の代わりとして藩民に与えたのです。この一連の作品群が「天童広重」と呼ばれています。当時は200~300幅くらい描かれた。現在天童市近郊で確認できる数は19幅までに減っており、貴重な作品となっています。

 浮世絵史上において、大名から町絵師に作画依頼されることは大変珍しく、明治時代に入り浮世絵が外国人や愛好家から珍重されるようになると作品の多くは都市や海外へと渡り、この地を離れました。この一連の作品群が「天童もの」「天童広重」などと呼ばれ、今日に至っています。
 しかし、度重なる震災や戦災によって多くは消失したといわれ、現在国内外あわせて80幅程度が確認されています。こうした天童とゆかりの深い広重の画業を記念して生誕200年にあたる平成9年4月、広重美術館が誕生しました。(入館パンフレットより)

安藤(歌川)広重について
 安藤広重は15歳の時歌川派豊広の門人となり、南宗画・四条派の絵も習得し、はじめ美人画・役者絵を描いていたが、1833年「東海道五十三次」を板行。一躍名声を得て風景版画家の第一人者となった。
 初代広重は武士の出身で本名を安藤重右衛門といった。広重という名は豊広の広と重右衛門の重をとった雅号で、歌川派といわれる一門の絵師としての名前なので、現在では歌川広重として広く紹介されている。代表作に木曾街道六十九次・江戸名所・京都名所などがある。

美術館の展示
 美術館の1階には、木版画の工程のビデオを放映していた。現代の彫師が歌麿の「ビードロの女」の下絵を木版に貼って彫っていく過程と、彫り上がった木版に摺師が色を調合し着色し、何枚も版を重ね摺っていく過程が紹介された。今でも日本画家の中には現在の名匠、彫師と摺師の力を借りて木版画を製作している画家がいる。  

 錦絵は共同作業で完成される版画で、版元(現在の出版社)が企画した内容にそって絵師が描き、彫師が何枚もの色板を彫り、摺師が一気に摺り上げる。一枚の版画ができるまで何人もの人の手がかけられている、いわば総合芸術作品で、歌川派のように何人もの絵師、彫師、摺師を抱えた工房のような所で製作していたのだろう。

 美術館の2階には、広重の版画の製作過程が展示されていた。展示されていた版画の場合、17枚の木版が使用され、17色がそれぞれには配色され摺られていた過程が再現されている。さらに空を紺から青へとグラデーションしていく色使いの技術も使われている。

 また2階の広間には江戸時代の様々な遊び道具が置かれていた。百人一首はテープで短歌が詠まれ、そこでゲームをすることが出来る。また江戸時代に使われた双六やかるた、なぞなぞ、独楽などがあってそこで実際に遊べるようになっている。また刀剣資料コーナーでは月山の銘刀が展示され、図書資料コーナーもある。

広重の作品について
 広重の浮世絵に見られる江戸の暮らしや人々の表情は、人々が季節の移ろいを大切にし、自然と共に生きてきたのかを感じさせる。季節にまつわる七夕や祭りなどの行事は身近な常にそこにある暮らしそのものだったのだろう。無理をせず、一つ一つを丁寧に作り、大切に使い、再利用し、無駄のない社会だったのだろう。現在の大量消費社会の中で、その見返りで得られたのは過酷な生産競争の中で歯車の一つとして使い捨てられる労働力として働かせられている生活なのだ。江戸時代は封建社会、身分制度の中で庶民の生活は貧しかっただろう。しかし、そこには現在にはないゆとりと豊かさがあったことを広重の浮世絵は様々な角度で描いている。

 コーヒーショップはなかなか凝っていって壁一面には広重の浮世絵のタペストリーが掛けられ、椅子の背もたれにも広重の浮世絵が描かれた生地が貼られている。器も古い感じの陶器を使用している。
 
 この美術館に入場する際、オルゴール博物館とのセット券だと割引になり、更にコーヒーショップで100円引きになるということで、それを購入した。ということで、次にオルゴール館に向かった。丁度雪は止んで、10分ばかり雪道を歩きオルゴール館に到着した。(天童温泉3日目続く)

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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