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ももの木交流会・授業座談会

10月1日(土)
 いのちの授業座談会のテーマは、10月になって次々と要請が入った「いのちの授業」をどのように進行させていくのかの打ち合わせである。事前に学校と打ち合わせた人から学校の様子、学校からの要請などが話され、授業での話し手の分担が行なわれた。土曜、日曜の授業があるので、話し手が確保しやすかったのでどうにか授業スケジュールをこなすことが出来そうだ。

10月 7日(金)  荒川区立第六日暮里小学校 5、6年生(各1クラス)
10月15日(土)  足立区立渕江小学校 5年生(3クラスを各教室で)
            授業後保護者、地域の方々と意見交流
10月21日〈金〉  伊藤塾での話
10月23日(日)  江東区立第六砂町小学校 5年生2クラス1時間半の合同授業        
11月19日(土)  荒川区立瑞光小学校 5年、6年各3クラスそれぞれ合同での授業
12月        横浜市立東台小学校 5年生

▼ ももの木交流会ではいつものように参加者の自己紹介から行なわれた。途中母親が白血病で入院している息子が病院に行く途中にももの木交流会に立ち寄った。母親は74歳、最初脳血栓のような状態で入院した。それは治ったのだがその原因が白血病であったことがわかり治療に入った。

年齢的な事もありかなり弱い薬で化学療法を行なった。一度だけの化学療法で白血病の方は寛解になったが、中々血球の数値の回復が見られず、結局5ケ月も入院することになった。入院が長引くにつれ母親は精神的に落ち込み食欲も無くなり10kgも痩せてしまった。

医者と相談し退院し自宅療養になった。すると急に食欲が出てきて徐々に体力も回復してきている。しばらく安定していたが、今度は尾てい骨が痛み出した。検査の結果白血病が再発したということであった。

母親は家の近くの病院に入院している。その病院の担当医は化学療法を行う事に躊躇している。薬を薄めて使ったとしても、血球の回復が可能かどうかも問題がある。その医者が言うには治療法はない。余命は1ケ月だ。最期の時を自宅で過ごして下さいと退院を促した。

息子は今の病院の医者に見離されたということで、外の病院を当たる事にした。担当医はセカンドオピニオン用の書類を作り紹介状も準備してくれた。がん専門病院としてまずが東大病院や駒込病院に行ったが、母親の治療は難しい、またベッドの空きがないということで入院を断られた。

息子は途方にくれてしまっている。まだ74歳の母親が治療方法もなくこのまま死を待つだけなどというのは耐え難いことだ。何としても受け入れてくれる病院を探したいという気持ちでももの木に参加した。

母親の治療法はないと医者はいうが、化学療法での薬の量を調整し、血球の減少に対しては、輸血やC-CSFの投与などの支持療法が行え、感染管理などが出来る病院で受け入れてくれればどうにかなるのではないか。白血病の完治とまではいかなかったとしても、白血病細胞の増殖を抑えることが出来れば、それによって白血病細胞による体への悪影響を抑えることも出来るだろう。

ともかく肝要なのは受け入れてくれる病院を探す他ない。ももの木の交流会に参加したメンバーが幾つかの受け入れの可能性のある病院候補をあげた。息子は月曜日から病院回りをするという。

こういった事態があるということを知るにつけ、高年齢者のがん治療についての難しさを感ぜざるを得ない。ともかく受け入れ可能な病院が早く見つかる事を期待する外ない。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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