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鳴子温泉・鳴子峡 1日目

11月7日(月)
紅葉と温泉
9日には血液内科の診療が行なわれる。この日にIgMが増えていたとしても、すぐに入院になるとは思えないが、いつ入院するか分からない状態なので、やりたいことはやっておきたい。恐らく入院期間中は東京周辺での紅葉は見頃を迎えるだろう。今のうちに紅葉を思う存分味わっておきたいと思った。Yahooの紅葉情報を見ていたら北海道・東北での紅葉スポット人気ランキングの上位3位は中尊寺、鳴子峡、奥入瀬渓谷だった。

鳴子峡には行ったことがない。思いついたら即動くほかない。鳴子峡の紅葉は見頃とあったがライブ映像で見ると落葉が始まっている。早速出かけることにした。前日に宿を当たることになったが、1人であり急だという事もあって中々空き部屋がなく、旅館組合に頼んで安い所を探してもらった。宮城県や岩手県の旅館に関しては復興支援ということで、宿泊費が安くなるという制度がある事を聞いた。姥の湯旅館が8000円で泊まれるという。湯治場でもあり自炊客も受け入れている。

東北新幹線で古川に停まる「やまびこ」は本数が少ない。郡山を過ぎるあたりから左右の林や山の木々に紅葉が見られるようになる。新幹線で古川まで行って陸羽東線に乗り換える。陸羽東線は1時間に1本のローカル線だ。旅行の楽しみの多くは列車に乗ることの中にある。日常的な生活空間を離れて異質の場所に移動していくその非日常性が何よりも魅力なのだ。今まで見たこともない車窓の風景がそれをいっそう実感させてくれる。

ローカル列車の旅
乗車する列車は東北本線の小牛田駅と奥羽本線の新庄駅を結ぶ陸羽東線。「奥の細道湯けむりライン」という路線愛称のとおり、車両の正面に描かれた奥の細道の文字。古川駅から乗車する。ずっと稲刈りが終わった田んぼの風景が続く。しばらく走ると岩出山駅。岩出山は、伊達政宗が仙台に移るまで居城を構えた伊達氏ゆかりの地。池月駅あたりから徐々に山が迫り、杉林を抜けて勾配区間を上っていくと川渡温泉駅。荒雄川を渡って鳴子御殿湯駅。さらに山裾に沿って進んで温泉街が見えてくれば、鳴子温泉駅だ。

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 陸羽東線の車両、先頭に「奥の細道」と記されている

鳴子温泉

鳴子温泉郷は1000年を超える歴史を持っている。温泉の発見は承和4(837)年。鳥谷ヶ森(鳴子火山)が大爆発し、熱湯が噴出したといわれ、一説には、そのときの轟音から村人が「鳴郷の湯」と名づけたとも伝えられている。源義経が兄・頼朝に追われて平泉へ落ちのびる途中に鳴子を訪れたことや、松尾芭蕉が「おくのほそ道」で鳴子から尿前を通る出羽街道中山越えを選んだことも知られており、義経や芭蕉にちなんだ名所旧跡や古道なども数多く残されている。

鳴子温泉駅前に「ぽっぽの足湯」がある。誰でも好きなときに入れる。これから寒くなるので足湯で暖まれる場所があるということが益々貴重となるだろう。列車は11時55分に鳴子温泉駅に着いた。それに合わせる様に、鳴子峡経由、中山平温泉駅行きのバスが12時10分に出る。それに乗って鳴子峡を目指す。

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 鳴子駅                            ぽっぽの足湯

鳴子峡
10月中旬から11月上旬にかけて、大谷川が刻んだ深さ100メートルに及ぶ大峡谷が紅葉におおわれる。川沿いに約2.5kmを1時間で歩く散策道からの眺めは絶景だ。北上川水系の荒雄川(江合川)の支流、大谷川が形成したもので、白色凝灰岩が露出する。一帯には奇岩が卓越し、虫喰岩、夫婦岩、弁慶岩、屏風岩などの岩が見られる。また一面に落葉広葉樹林が繁茂し、アカシデ、ミズナラ、カエデなどが見られる。

u_convert_20111112054339.jpg 青い道:国道47号線
 赤と黒の道:鳴子峡遊歩道(全面通行止め)
 紫の道:大深沢遊歩道、
 青い道の下:中山平遊歩道は鳴子峡レストハウ
 スから駐車場の下を通って中山平温泉駅に向う
 線路沿いの道








鳴子峡散策コースは3通りある。鳴子峡遊歩道(落石のため閉鎖)、大深沢遊歩道(鳴子峡レストハウスを基点として一周約2.2km、徒歩およそ50分)、中山平遊歩道(片道約450m、徒歩10分)。肝心の鳴子渓谷の渓流沿いを巡る遊歩道は落石のため通行止めになっていた。渓谷の岩肌の紅葉や虫喰岩、夫婦岩、弁慶岩、屏風岩などの奇岩が鳴子峡の中心的な見所であるのに、それが見られないということはかなり大きなマイナス要因であるが、他のコースを回る他ない。後の2コースは川沿いの山の中腹から対岸の山の紅葉を見るコースとなっている。

鳴子温泉088_convert_20111109205504 鳴子峡大深沢橋方面

鳴子温泉130_convert_20111109205707 鳴子峡大深沢橋方面 

鳴子温泉105ed_convert_20111110084733  鳴子峡レストハウス

鳴子温泉118_convert_20111110084757 陸羽東線鳴子トンネル

鳴子温泉157ed_convert_20111109205838 白色凝灰岩の岩肌 

鳴子峡レストハウスが鳴子峡のセンター的な位置にある。ここから見た大深沢橋を中心にした写真が鳴子峡の宣伝写真として色々な紹介記事に掲載されている。見晴台も幾つか作られ、この周辺だけで鳴子峡を満喫した気分になれる所だ。レストハウス周辺を散策し中山平遊歩道に行ってみることにした。ここにも3ヶ所展望デッキと1ヶ所の見晴台があり、絶景ポイントとなっている。対岸の紅葉が色鮮やかに眼に飛び込んでくる。この遊歩道はごく最近作られたものだろうと思うが歩きやすくかなり綺麗に整備されている。

中山平遊歩道
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鳴子温泉140_convert_20111111051338  鳴子温泉142_convert_20111111051923

鳴子峡中山平口前から鳴子温泉行きのバスは、13時35分か15時35分になってしまう。2時間の違いだ、どちらを選ぶか。大深沢遊歩道に行くという選択もあるが、今日の鳴子峡散策は終わりにして、こけし館に行ってみることにした。鳴子とこけしは切っても切れない深い関係にある。鳴子に来たからにはこけしについて少しは造詣を深めていかなければならないだろう。

東北地方の様々な種類のこけしが展示されている。こけしといっても地域によって形が違う。鳴子系、南部系、作並系、山形系、蔵王系などがあり、それぞれ独特の形をしている。またこけしの文様や顔は工人によって異なる。それぞれ手作業なので同じ顔や文様はない。また深沢要コレクションも館内の一画に設けられている。こけし作りの実演をやっていた。鳴子のこけしについてのDVDの上映も行なわれていた。色々な視点でこけしを理解させようという試みがなされている。

こけし館
こけしのもっとも古い生産地、鳴子。この地に日本こけし館が誕生したのは、昭和28年に詩人で童話作家の深沢要さんのコレクションが鳴子町(現在の大崎市)に寄贈されたことと、昭和32年から毎年、全国の工人たちからこけし祭りへの奉納こけしが贈り続けられた事が、大きなきっかけとなった。完成までに7年の歳月を費やし、昭和50年に開館。こけしをこよなく愛する人々の思いと夢が結実した。

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 こけし館入口                        こけしの展示風景

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こけし館のある鳴子公園から鳴子温泉を見る       鳴子峡遊歩道入口

こけし館を満遍なく見終わってもまだバスの時間まで1時間あった。こけし館の係員に尿前の関所跡までの道を聞いた。歩いて15分位だというので出かけた。大谷橋の手前の道を左に鋭角に曲がると鬱蒼とした森に囲まれる。5分位坂を下ると尿前の関所跡に付く。関所跡の一画に芭蕉の像と奥の細道を記した石碑が建っている。関所跡の反対側の山の斜面に芭蕉の句碑がある。句碑は旧街道(出羽街道中山越)の面影をとどめた林の中をたどる山道の入口にある。

尿前の関所跡
出羽街道の関所跡。「尿前」の名は、義経の息子・亀若丸が初めておしっこをしたことに由来するとの説がある。芭蕉一行がここを訪れたとき、役人の取り調べが厳しく、難儀させられた様子が『おくのほそ道』に記されている。
現在は、奥の細道復元図と芭蕉の像が建つほか、自然石に刻まれた「蚤虱馬の尿する枕もと」の句碑が建っている。建立されたのは芭蕉がここを通ってから80年後だった。

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 芭蕉像と芭蕉の句碑

尿前の関の最寄のバス停は鳴子峡鳴子口で、今は閉鎖されているが鳴子峡遊歩道の入口に当たる。ここから鳴子温泉まで2kmと書いてあった。バスが来るまで40分、歩いても30分、バスを待たず歩いて戻ることにした。途中岩下こけし資料館やこけしの菅原屋などこけしの工房があり、実演販売を行なっていた。

鳴子温泉まで30分以上歩き、宿泊場所の姥の湯旅館と駅方面の分かれ道に来た。16時前だったので、温泉神社に行ってみる事にした。ホテルの駐車場に隣接しているので、ひっそりとした雰囲気ではないが、拝殿はかなり古く歴史を感じさせる。この神社の境内に童話作家深沢要のこけし歌碑と啼子之碑がある。温泉神社への訪問を最後にして、今夜の宿泊場所である姥の湯旅館に向った。

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 温泉神社拝殿                       こけし歌碑

延喜式内社温泉神社
温泉神社の創建は古く、続日本後紀に次のように記されている。「仁明天皇の御代、承和四年(八三七)四月、鳥谷ヶ森にわかに鳴動すること数日、遂に爆発し熱湯を噴出、河となつて流れた。里人はこの湯を鳴声(なきご)の湯と称した。これが現町名鳴子(なるご)の起りである(宮城県郷土史)。また朝廷では、延喜五年(九〇五)全国の神社を調査した。その時、延喜式神明帖に登載された神社を延喜式内社と言うが、当神社は、その延喜式内社で由緒の深い神社である。毎年9月の第1土・日曜に獅子舞や神輿、稚児行列が街を練り歩いたあと、奉納される祭典が開催されることでも有名。

深沢要、こけし歌碑
 みちのくは遥かなれども          
    夢にまでこころの山々
          こころのこけし

啼子之碑

鳴子温泉神社の鳥居の脇に建つ「啼子之碑」には、こんな言い伝えが残っている。源義経が兄頼朝に追われてこの奥州平泉に逃れてきた時のこと。亀割峠にさしかかったところで北の方(正室)が亀若丸を出産した。ところが亀若丸はなかなか産声を上げず、この地で川原湯温泉に浸かったときにようやく声を上げた。以来この土地を「啼子(なきこ)」と呼ぶようになり、現在の「鳴子」になったという説がある。

(参考資料:鳴子温泉郷観光協会公式サイト)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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鋸山より瀕死の生還

 百名山踏破に続いて「奥の細道」踏破ですか。お元気ですね。
 われわれは,いつなにが起きるかわからないので,思い立ったが吉日,出かけるのがいいですね。
 いつでも行けると思っていると,いつになっても行けない。
 
 わたしも,はやてが最速になったら,ひさしぶりに東北にでかけたいです。
 前回東北に行ったのは,三内丸山遺跡発見前だった。

No title

きれいな紅葉がみられてよかったですね。

ところで私が住んでいるのは東北本線沿線ですが、ここへ越してきて列車に乗ったとき、車内放送で小牛田を「コゴタ」と読むことを初めて知りました。

列車の行き先が「小牛田」とかいてあったけれど読めなかったので、放送を聞いても一瞬「?」と思いました。

No title

まだ鋸山の報告がブログには載っていませんね。楽しみにしています。鋸山に行ってみたいのですが、体力的に大丈夫かどうかMOTOGENさんの報告で判断しようと思っています。

秋晴れの気候のいい時期ともなると、どうもじっとしていられない性格で何処かに行きたくなってしまいます。おまけにいつ入院するかどうか分からない状態ではなおさらです。好中球が460とかなり少ないので出歩くのは問題だともいえるでしょうが、そうもいってられないので、全く無視して行動しています。

患者交流会や日本骨髄腫患者会のセミナー、血液内科、眼科の病院通い、その外「いのちの授業」の座談会、小学校での授業などスケジュールが目白押しです。働いてないからできるようなものですが、その合間を縫って自然と親しむ機会を作っていきたいと思っています。

No title

わざわざ遠くまで行かなくてもKoharuさんの家の回りは既に紅葉が始まっているようですね。また近い所で紅葉の名所は幾つかあるでしょう。しかしどこかに出かけるというのはタイミングとちょとした決意が必要です。

Koharuさんもオカリナの練習や発表会で色々忙しいようですね。自分の家で収穫したもので調理出来るということは限りなく贅沢な気がします。またジャムなどの保存食を作ったりすることは、私は料理が好きなのでうらやましい限りです。甘さの調整も出来るし、レモンや蜂蜜などの分量も自分の好みで加えられます。

そういった田舎の生活に憧れはあるのですが、池袋から歩いて15分という便利な所に住み慣れてしまっているとやはり難しい所が色々出てくるでしょう。憧れだけで止めて置いた方がいいかもしれません。

箱根仙石原・大涌谷より生還

それでは,きのう行った箱根が終わったら,鋸山にかかります。
日本寺の境内めぐりの石段の傾斜がきついのですが,yosimineさんの体力ならだいじょうぶでしょう。
往復ロープウェー推奨。わたしは,下りを歩いて死にました。
しかし,石切り場跡などは,徒歩で行くしかない。yosimineさんがメタボでなければだいじょうぶかな。

鋸山

見晴らしのいい所で天気のいい日に千葉方面を見ると、少し高くなった所が目に入る。そこが鋸山だ。こういったことで鋸山には一度は行って見たいと思っている。茨城方面を見て、筑波山に登ってみたいと思ったのと同じ理由だ。

日本寺の境内めぐりの石段の登りがかなりきつそうなのだが、行ってしまえばどうにかなるだろう。それこそ10分登って5分休むといった歩みで進めばいい訳だ。へたすると登りと休憩が反対になるかもしれないが。

血球減少の状態なので、メタボでなくても登りは厳しい。ステロイドの影響で中性脂肪値が増えることはあっても体重は増えない。40年前から体重は全く増えていない。一時ステロイドの影響で5kgばかり増えてことがあったが元に戻っている。体に負担をかけず色々な所に行って見たいという気力を大切にしたいと思っている。
プロフィール

yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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