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鎌倉-二階堂・金沢街道(1)金沢街道沿い

11月22日(火)
週一度位はウォーキングに出かけることを習慣化しようとしてきた。決めておかないと、寒かったり体調が思わしくなかったりで、家に閉じこもりがちになる。行く場所は、家を出る時間にもよるが全くその時の気分だ。最近西武線の改札口の脇のパンフレット差しに西武線沿線「探索さんぽ」「のんびり散歩」のパンフレットが置かれるようになった。西武線各駅からの散歩コースで、近場のコースが多くどこかへ行った帰りとか昼からでも出掛けられる。色々散歩コースを集めて何時でも行ける様にしておくことが必要だ。

紅葉情報を見ていたら鎌倉の瑞泉寺が出てきた。鎌倉の紅葉は東京よりも遅く、12月にならなければ紅葉しなし、瑞泉寺の紅葉は12月中旬だろう。紅葉とは別に鎌倉の古刹を回ろうという気がわいてきた。秋のさわやかな大気の中の寺院巡りもこれは一興だ。紅葉の時期になれば混むだろう。人ごみの寺院巡りほど風情のないものない。紅葉はまだだと分っているが、瑞泉寺を入れた鎌倉の散策コースを調べてみた。

「二階堂・金沢街道」のコースだ。昨年の12月にMOTOGENさんが行ったコースなので、それを参考にコースを組み立てて見た。なるべく歩く距離を少なく、多くの神社・仏閣を回るためにはうまくバスを利用する外ない。しかしMOTOGENさんのコースを踏襲することなどとても体力的には難しい。何と「鎌倉散歩マップ」にあった「祇園山ハイキングコース」「鎌倉宮周辺」「朝比奈ハイキングコース」の3コースをつなげて一気に踏破することにしたのだ。そのため 日没が早いので、早朝に出て鎌倉駅着7時02分という。7時から歩き始めるというスケジュールで回るなど信じられない。

鎌倉市観光協会の「二階堂・金沢街道コース」にずらりと記載されている寺院、神社をいかに巡るか。一番効率的なのは、京急金沢八景駅からJR鎌倉駅行きバスに乗って十二所神社で降り、そこから回っていくことだろう。そして杉本寺から金沢街道を少しいった所の小学校を右折すると鎌倉宮からの道に出会う。そこから二階堂周辺を回ることにしてコースを組み立てた。観光協会のコース説明には次のように書かれていた。

谷戸奥に名刹をたどる
観光客で賑わう鶴岡八幡宮を東に行くと、鎌倉と横浜・六浦をつなぐ金沢街道が続く。古くは「六浦路」と呼ばれ、六浦の商人が塩や海産物を運ぶ?塩の道?として栄えた街道だ。周辺は山深く、入り組んだ谷戸の中にひっそりと古刹が佇む。鎌倉で最も古い歴史を誇る寺・杉本寺や、竹の庭で有名な報国寺など、味わい深い風情の寺が多い。奥へ分け入ると木々のさざめき以外物音ひとつしないことも珍しくない。

金沢街道の途中、通称「岐(わか)れ路」は二階堂方面へ抜ける分岐点である。お宮通りをたどると、菅原道真公を祀る荏柄天神社や、秋の薪能で知られる鎌倉宮、真言宗の古刹覚園寺が姿を現す。谷戸奥には花の寺として知られる瑞泉寺がある。


散策コース: 京急金沢八景駅→(バス)→十二所神社→光触寺→明王院→報国寺→浄妙寺→杉本寺→荏天神社→鎌倉宮→瑞泉寺→覚園寺→頼朝の墓・白旗神社→来迎寺→八雲神社→岐れ路バス停→JR鎌倉駅

 早く家を出ようと思っていたが、結局9時13分池袋発、横浜で京急に乗り換え10時12分に金沢八景駅に着いた。金沢八景駅から歩いてすぐの所に横浜新都市線の駅があり、降車客の多くはそちらに向う。金沢八景の駅で降りたとことはないので、駅前を鎌倉駅行きのバス停を探しなから歩いた。

駅前には横浜新都市線シーサイドラインの駅ビルが京急線の駅と向かい合う形で建っている。横須賀街道を少し行くと瀬戸神社というかなり由緒がありそうな神社があった。また神社前は道路を挟んで料亭があるが、そこから海が垣間見られる。時間があれば海まで行ってみようと思ったがまずバス停を探して時間を見ようと思った。

瀬戸神社
古くから、海上交通の神様として崇拝されてきた神社。その昔、平潟湾の中心に急流の瀬戸があり、海神が祭られていた。その海神を神体として創建したといわれている。1180年(治承4)には源頼朝が伊豆の三島大社を勧請。その後も足利氏、小田原北条氏、徳川家から庇護された。現在の社殿は1800年(寛政12)の再建。

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 瀬戸神社拝殿                        神社境内から海側を見る

 昨日京急バスで鎌倉行きのバスが十二所神社に着く時間を時刻表で調べてみた。時刻表では1時間に4本出ていた。このバスは金沢八景からのものと思っていて、安心していた。しかしバス停について時刻表を見たら、実際には金沢八景から鎌倉に行くバスは8~9時台で1時間に2本、それ以降は1本しかない。10時台では35分にあるだけだった。十二所神社を通るバスは必ずしも金沢八景から来るとは限らなかった。運よく5分待ってバスは発車した。

バスは広大な鎌倉霊園を巡りながら十二所神社のバス停に着く。バス停から道路を渡りすぐに急な階段がありその上に拝殿がある。古い建物だ。その拝殿の正面に張り紙がしてあった。そこには「拝殿の正面、しめ飾りの上に兎の彫刻があります。パワースッポットとしてTBSテレビで放送されました」とある。何故兎がパワースッポトとなるのか全く理解できないし、放送されたからといって人気の神社として多くの人が来るわけでもない。境内には誰もいない。

金沢街道は車の行き来がかなりある。歩道が整備されているので危険はない。ただもっと静かな雰囲気が欲しい所だが、街中の観光地ではそれは難しいのだろう。観光客にはまだ出会わない。次の光触寺で、10人位の団体に出合った。弁当を食べる場所を探していた。また足に自信のある人は朝比奈切通を経由して金沢八景に出よう、そうでない人は光触寺脇の十二所というバス停から、鎌倉駅か金沢八景駅にで出よう、といった話をしていた。どこか弁当を食べられる所を知らないかと聞かれたが分かるはずがない。団体のリーダーはそこら辺も事前に調べておく必要があるのだろう。

十二所神社
金沢街道沿いの山すそにある神社。勾配の急な石段を上ると、石造りの鳥居、その奥に茅葺きの木造社殿が杉林に囲まれて佇む。創建は弘安元年(1278)。かつては熊野十二所権現社と呼ばれ、光触寺の境内に鎮守社として祀られていたという。後に里人の手により現在の地に移築された。

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 十二所神社拝殿                       兎の彫刻

光触寺(時宗 岩蔵山)
弘安2年(1279)一遍上人に帰依した作阿上人によって開かれた時宗の寺。境内には一遍上人の銅像、元禄年間に再建された本堂が建つ。本尊は阿弥陀如来と脇侍からなる阿弥陀三尊立像。別名?頬焼阿弥陀?と呼ばれ、国の重要文化財に指定されている。本堂横の地蔵堂には、供物の塩を嘗めるという塩嘗地蔵(しおなめじぞう)が祀られている。

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 光触寺山門                          本堂

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 一遍上人の銅像                        塩嘗め地蔵

 滑川沿いの道を鎌倉方面に向かって歩く。所々にかかっている橋とバス停が目的の寺院の場所を探すのに役に立つ。明王院は二つ橋の袂にある。金沢街道はひっきりなしに車が走っているが、そこから2,3分道路から外れるとあたりは静かになる。明王院の本堂は茅葺屋根で田舎の古民家のよう鄙びた雰囲気だった。この中に歴史ある不動明王が祀られているとは思えない穏やかな佇まいである。

浄妙寺のバス停の脇には広い駐車場がある。バス停の前には14,5人の人がたむろしている。紅葉の季節ではないが、この寺院あたりから観光客が増えてくる。秋はまさに行楽の季節、暑くも寒くもなく歩くのには最適だ。特に寺院巡りにはいい季節だ。金沢街道から3,4分奥に入っていくと浄妙寺の山門がある。山門を潜ると手入れの良く行き届いた庭園が迎えてくれる。既に紅葉した木々を混ぜながら色彩的にも我々の目を楽しませてくれる。

本堂を見ながら奥に進むと、本堂左手に枯山水庭園に面した茶室喜泉庵がある。喜泉庵は天正年間(1573年~1592年)に建てられた茶室で、現在の茶室は平成3年に復興した。浄妙寺の裏山を上って行くと高台に、石窯ガーデンテラスがある。80年近い歴史を刻んだ洋館を改装して、石窯で焼くパンを提供するカフェ&レストランとして 2000年5月にオープンした。結構客が入っていて手作りパンを買っている。寺院とパン屋という組み合わせは何処から生まれたのだろう。

浄妙寺前の華の橋を渡りしばらく行くと竹林で有名な報国寺がある。境内には観光客がかなり来ている。本堂の裏が竹林になっていて、この庭に入るには拝観料を払わなければならない。昼なお暗き孟宗竹の竹林の中を歩いていると竹の葉が風にざわめいている音以外全くしない。回りに誰も居なくなってしまったのかと錯覚するほどだ。竹林の中には石仏が並べられていたり、所々灯篭や石塔を配しているが、それ以外ひたすら竹の直線の世界だ。

今までの寺院では全く食事をする所が周りになかったが、浄妙寺と報国寺の回りに何軒かあった。浄妙寺の石窯ガーデンテラスもパン屋だけでなく、評判の欧風料理を食べさせる店だ。周辺のレストランには、和食、洋食、欧風料理、イタリアン、寿司、釜飯などの店がある。さらに和風甘味喫茶、ケーキ屋、喫茶店などは建物が凝った作りになっていて若い女性向きに隠れ家カフェ、カジュアルフレンチカフェ、ナチュラルダイニングなどの名前が付いていておしゃれな店作りとなっている。それぞれランチメニューとなっていて料理の種類は限られている。

明王院(真言宗御室派 飯盛山 寛喜寺 )
嘉禎元年(1235)鎌倉幕府第4代将軍藤原頼経が、将軍の御願所として建立した寺。高い寺格を有した。創建当時は不動を中心に東西南北に、降三世(ごうさんぜ)、大威徳(だいいとく)、軍荼利(ぐんだり)、金剛夜叉(こんごうやしゃ)の五大明王像が祀られて栄えたが、現在は本尊不動明王坐像一体だけが残され、簡素な茅葺きの本堂に安置されている。

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 明王院山門           本堂

浄妙寺(臨済宗建長寺派 稲荷山浄妙廣利禅寺)
文治4年(1188)鎌倉幕府の重臣である足利義兼により建立されたという。当初は極楽寺と呼ばれる真言宗の寺院で、義兼の子義氏の時に臨済宗となり寺名も浄妙寺に改名。足利氏が栄えた室町時代は23の塔頭を備える大寺院だった。現在は宝暦6年(1756)に再建されたと伝える本堂、それに客殿、庫裏、収蔵庫からなり、本堂左手に枯山水庭園、茶室喜泉庵もある。鎌倉五山第五位。境内は国指定史跡。

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 浄妙寺庭園                         本堂

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 参道                              枯山水庭園、茶室喜泉庵     

報国寺(臨済宗建長寺派 功臣山)
足利、上杉両氏の菩提寺として栄えた臨済宗寺院。開山に仏乗(ぶつじょう)禅師を迎え、建武元年(1334)足利尊氏の祖父家時が建立したと伝える。山門から本堂までは石庭を配した参道が続き、本堂右手には新築の迦葉堂、裏手に開山塔の休耕庵跡がある。ここは仏乗禅師が修行や詩作を行った場所で、今は有名な竹の庭となっている。裏山には足利一族の墓とされる大きなやぐらが建つ。

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 報国寺山門                          本堂

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 竹林

 報国寺の参観を終ったのが1時頃だったので、あまり考えることなく報国寺の目の前の和食屋に入った。住宅を改造したような作りになっている。玄関を開けて食堂に入って待っているが誰も来ない。厨房が離れているのか全く来たことに気がつかないのか、しばらくして誰も来ないので帰ろうと思って、声をかけてみたら返事があったので鎌倉野菜をふんだんに使った季節御膳というのを頼んでみた、といっても和食はそれだけしかない。メニューは後ケーキとピラフだけだ。

かなり待たされてやっと食事が出てきた。時間はあるし今まで全く休まなかったのでここで少し長く休憩を取ろうと思っていたから気にしなかったが、そうでなければかなりイラつくだろう。後でこの店について「食べログ」に書いてあった口コミ読んだら「味は並みの上程度なのに、客への気遣いが一切ありません。待たせて行動がキビキビしていないし、気分を悪くしました」と書いてあった。なるほどなと思った。食べるということ一つとっても味だけではなく客との接し方も問題とされるのだ。

報国寺から少し奥に進むと旧華頂宮邸がある。ここは昭和4年の春に華頂博信侯爵邸として建てられたもので平成8年5月鎌倉市が取得した。15世紀から17世紀のヨーロッパの民家に多く用いられたハーフティンバー様式(木造骨組を外に露出させ,、その間を煉瓦[石・モルタルなど]で埋めた様式)を用い端正で古典的である。しかし月と火が休館日で中に入れなかった。また邸内開放は日時が限られている。こういった情報はしっかりと把握しておかないと無駄足になる。

鎌倉で最も古い寺杉本寺に行く。杉本観音のバス停の前からすぐに長い急な石段の参道が続いている。階段の両脇には「奉納十一面杉本観音」と書かれた白い奉納幟がいくつも掲げられている。山門の手間で拝観料を払い、狭くて急なのですれ違うのが危険なためなのか、正面の階段を上らず、左右の階段から観音堂に向う。観音道は茅葺で古色蒼然とした雰囲気につつまれている。しかしひっそりとしたイメージをいだいて観音堂の中に入ってみると、正面には寺院に関する様々な土産物品(縁起物、ご利益物)などが所狭しと並びライトで明るく照らされて華やかだった。参拝客が何人か品物を物色していた。観音堂の外と内とのアンバランスが面白い。

杉本寺(天台宗 大蔵山)
天平6年(734)光明皇后の寄進により、行基が開いたと伝える、鎌倉で最も古い寺。源頼朝により建久2年(1191)再建された。石段の中程に書院や庫裏、仁王門を過ぎると頂上に茅葺きの観音堂が建つ。本尊は3体ある十一面観音立像。開基の行基、恵心、慈覚の3人による作とされる。裏山には、三浦氏の一族が築いた杉本城跡が広がる。坂東33観音霊場の第1番。

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 杉本寺仁王門                         観音堂

(参考資料:鎌倉市観光協会公式サイト、鎌倉ぶらぶら・鎌倉の観光ポータルサイト)                  

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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秋川渓谷より生還

こんばんは。(=^0^=)

 1年前に書いた鎌倉遠征記を読みかえしました。
 あのころはステロイド始めた直後で,早朝に自然にめざめて,二度寝もできずに,そのまま起きだすという生活だったので,7時に鎌倉駅に到着なんていう芸当ができたのですね。
 今回のyosimineさんの鎌倉-二階堂・金沢街道を読んで,わたしは,いろんな所を見落としていることに気づきました。

 紅葉最盛期は,人ごみ見物になってしまい,折り合いがむずかしいですね。

>パワースッポト

う~ん((+_+))

鋸山にも行きたかったが

色々アドバイスをしてもらった鋸山にも行きたかったのですが、急な登りあり、680段の階段ありとなかなかハードな所もあるらしく、もう少し気力が充実した時に行きたいと思います。

それに結構時間がかかり池袋から浜金谷まで3時間を見なければなりませんし、東京駅八重洲口からのバスを利用すると早いといった交通機関の問題もあります。早く家を出ることが必要でしょう。チャンス捉えて行ってきたいと思います。
プロフィール

yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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