スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ワーズワスの詩 『頌歌―幼少の思い出に見る不滅の生命の啓示』

11月28日(月)

519M0W_convert_20111128232918.jpg あの草原の輝きや草花の栄光が帰らなくても
 嘆くのは止そう
 残された物の中に力を見出すのだ
 かつてのあのまばゆい輝きが
 今や永遠に奪われても
 例え二度と戻らなくても


 Though nothing can bring back the hour
 of splendor in the grass,
 of glory in the flower,
 We will grieve not, rather find
 the strength in what remains behind.

友人がケーブルテレビで「クリミナル・マインド」の「記憶を失くした殺人犯」を見ていた時に、ドラマの中で 英国の詩人ウィリアム・ワーズワス(1770年~1850年)の詩「頌歌―幼少の思い出に見る不滅の生命の啓示」」の一節が出てきたので、多分知っていると思うが参考までにとメールで送ってきた詩である。この詩はエリア・カザン監督ナタリー・ウッド、ウォーレン・ベイティ主演の『草原の輝き』という映画でよく知られている。

「クリミナル・マインド」というドラマは、FBI(アメリカ連邦捜査局)に実在する行動分析課に所属し、犯罪者の心理を知り尽くした一流のプロファイラーたちが登場人物で、彼らは全米各地でシリアル・キラー(連続連殺人鬼)が事件を起こすと現地に飛び、犯行現場の様子から犯人像をプロファイリングし、一刻も早い犯人逮捕をめざす。

ワーズワスの詩が出てくるのは、殺人事件の被害者である娘の遺品である腕時計を、刑事が残された父親に返しにいった時に、その時計に「草花の栄光」ときざまれていた。その意味を父親にたずねると、この時計は祖母から娘へと贈られた時計で、二人は生前とても仲が良く、よくこの詩を暗誦していたと、父が上記の一説を暗誦する。

詩の大意は「人は誕生によって神から切り離され、そして人生の苦難によって、世界が光り輝き、喜びに満ちていたことを忘れてしまうが、幼い子どもの頃のことを想い出すことによって、輝き(神への信仰)を回復することができる。」というものだ。

ワーズワスのこの詩の冒頭はよく知られている。

 かっては草原も森も川も、
 大地とそのすべてが、
 天上の光につつまれ、
 夢幻世界の輝きと清新に
 飾られていた時があった。
 今はその昔とはこと変わり―
 夜となく昼となく、
 見るところすべて、
 かっての光はもはや消え失せた。
 (加納秀夫訳)

この冒頭部分の印象が強く、詩のイメージはかなり暗いものと考えていた。最後に救いはあるが、最初の印象があまりに強かったため、救いを表現している後半部分の印象が薄く、詩の持つ積極的な世界との関わりについて理解が不十分だったようであった。

友人から送ってもらった詩の最後の方に出てくる上記の部分は、私の詩に対するイメージを払拭するものだった。翻訳の違いが大きいのだろう。送られた詩の内容は、この詩の持つイメージががらりと変えるものだった。失われた時間や空間を懐かしみ、それに未練や希望を託すのではなく、むしろ今ここに存在するものの意味改めて認識し、その中に生きる意味を見出していこうという生きる希望を指し示めしているのである。

友人はこの詩について次のように語っている。「穢れなく、何もかもが輝いていた幼少時代を象徴する草花の栄光でも、誰しも人生を過ごせば様々なことがあり、そのままではいられない。けれど人は大人になり、そのなかでまた、新しい輝きをみつけることができるだろう。苦しい事や悲しい事があってもまた違うものが開けてゆく。神の恩寵そのものに包まれてあった無垢な草花の栄光、そのものがもう手に届かなくなっても悔やむ事も嘆く事もない。」

この詩を自分自身の生き方との関係においてどのように読むことが出来るのだろうか。確かに病気になる前の世界と病気になってからの世界の見え方はかなり違ったものとならざるを得ない。病とともに生きていくということはどういったことなのだろうか。「ひとつのドアが閉まるとき、別のドアが開く。しかし、閉まったドアをいつまでも残念そうに見つめているので、私たちの為に開いているドアが目に入らないということがよくある。」(グラハム・ベル)といった言葉の意味を改めて考えざるを得ない。

今まで何の問題もなくすごしてきた日常性が病によって根こそぎ奪われ、変えること余儀なくされてきた。しかし、そういった生き方に未練を持ったとしても以前の生き方が出来る訳ではない。新たな生き方を見出していく他ない。そしてその中で淡淡と、生きている今という時間を何よりも貴重なものとして受け止め大切にしていくことが何よりも問われている。そしてこの現実を受け入れ深く心に刻みながら生きていくことの中に新たな輝きを見出していけるのだろう。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
プロフィール

yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

最近の記事
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
ブログ内検索
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
リンク
月別アーカイブ
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。