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ももの木交流会・釣魚会&忘年会

12月3日(土)
偶数月土曜日定例のももの木交流会が番町教会で行われた。院内交流会が奇数月に行われるのでそれとの調整で偶数月となっている。寒くて冷たい雨が降り続いている。久々の冬日で実際の気温よりも寒く感じるし雨まで降っている。

体力のない患者や色々な後遺症を抱えている元患者にとっては家から出ることに躊躇せざるをえない天気だ。大体皆多かれ少なかれ免疫力が落ちているので風邪を引きやすいし、風邪を引けば肺炎になりやすい。風邪を引いて不参加だという連絡も2,3あったそうだ。今日は交流会の後に釣魚会&忘年会が予定されているがそちらの方の参加も危ぶまれる。

交流会が始まった時には5人しかいなかった。やはり寒くて出るのが辛かったのだろうなと思った。雨も止み気温も上がってきたので、参加を決意して来た人もいるのだろう。最終的には15人ほどの参加者が集まった。

移植の問題が話された。悪性リンパ腫の患者が移植をしたが、移植をするに当たって夫が強く反対したという。医者は移植を勧め彼女はそれに応じ移植を決意した。彼女はまだ40代前半だから、移植をすることに関して年齢的にも体力的にも何ら問題はない。彼女の場合同種移植だったが、移植をした場合、前処理の大量抗がん剤によるその後のかなり長く続く体力減退や、GVHDによる様々な疾患の可能性があった。

化学療法としてはR-CHOPを行なっていた。彼女は移植後2年経っているが、GVHDで辛い物が食べられない。辛いものを口に入れると吐き出してしまうか、急いで水を飲む外ない。また皮膚疾患が慢性的にある。水泡が出来たり、湿疹が全身に出来、その後皮膚が黒くなってしまう。それに対しては免疫抑制剤とステロイドを処方してもらっているが、そのため様々な副作用に悩まされている。移植は後々までも災いを患者に与え続ける。

移植をするかどうかの判断は極めて難しい。移植によって完全寛解を一挙に目指したいといった思いは若い人なら当然だろう。だが悪性リンパ腫の場合、R-CHOPなどの化学療法の後に地固め療法としてリツキシマブを定期的に点滴することによって寛解をめざしている人もかなり多い。高齢者にも移植を勧める医者は多いが、どう根拠で移植をするかどうか判断するのか分からない所がある。

移植関連死が20~30%であろうが、移植を決意した人は自分は大丈夫だと思い込む。確かに完全寛解をいち早く実現しようと思ったら移植は最短の方法だろう。移植によって治療成績は上がり生存率も向上した。

しかし60歳位の人が移植をすることに関しては問題がある。骨髄腫セミナーで三輪医師が言っていたことが印象に残っている。悪性リンパ腫と多発性骨髄腫は違うが、悪性リンパ腫でも治癒に至らない多くの患者がいる。

「治癒の難しい病気の場合、高齢者には完全寛解を目指し移植や強い抗がん剤を使った治療を行うのではなく、生存期間(OS)の延長を目標とすることが必要ではないか。がん細胞の根絶を目標とするのではなく、プラトーの期間の持続延長することが可能な程度の治療がいいのではないか。それによってQOLを維持できることのほうが患者にとって重要なことではないか。」

患者会で知り合った多発性骨髄腫の60歳前後の患者から移植をするかどうか相談を受けた。移植をするぎりぎりの年齢だった。一般的にも体力的な問題があり移植はほぼ60歳までとなっている。彼は2年前発病し、治験で最初からベルケイドを使用していた。今ではベルケイドは初期治療から使えるようになった。しばらく入院してからすぐに職場復帰できた。今も定期的に通院を続けベルケイドの点滴を行いない仕事を継続をしている。

彼は今のように定期的な通院治療ではなく、完全寛解を目指したいということなのだろう。いずれ再発するとしても、移植がうまくいけば5年とか10年とか病院通いから解放される。しかし私のように半年で再発する場合もあるし、移植後の体力消耗や長期の寛解の保障がないということがあるので、今日ベルケイド(ボルテゾミブ)、サレドカプセル(サリドマイド)、レブラミド(レナリドマイド)などの新薬の使用が可能であり、それを駆使して治療を行えば、あえて移植をする必要はないのではないかと私なりの考えを彼に伝えた。

ただし染色体や遺伝子のデーター等によって彼の骨髄腫の性格を判断し、移植が必要とされることもあるかもしれない。そういった根拠で移植をやったほうがいいかどうかの最終判断は医者に任せるほかない。彼はセカンドオピニオンを求め幾つかの病院に行って、そこで医者から移植を勧められ最終的には移植を決意した。

また患者会で知り合った悪性リンパ腫の患者がいて、セカンドオピニオンで医者から移植を勧められたがそれを拒否して、現在リツキシマブによる半年に1度の点滴治療を継続して行っている。彼は強力な治療を受けず、QOLを重んじ、穏やかな延命治療を望んだのだ。

医者は何故移植を進めるのか、交流会に来た医者に聞いて見た。医者が言うには、移植という方法を使わないで後で病状が悪化し、適切な治療方法がなかった時に、移植という方法がありながらやらなかったと攻められたくないという気持ちが強く働くのではないか、と言った。とりわけ高齢者の悪性リンパ腫や多発性骨髄腫患者への移植選択は医者と患者本人にとって難しい問題となるだろう。(つづく)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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Allo transplant

Suppose you have a matched donor, and if you had not gone to Allo transplant despite of the fact that you have a matched donor, you would certainly regret at the end days that you had not used allo transplant.
Likewise you would regret at the end days after having failed &/or suffered from adverse effects/GVHD from Allo transplant, that you had choosed allo route despite of the fact there are several newer chemo regimes available.
No one can be right or wrong in this matter, even MM gurus won't have right answers.
To regret or not to regret at the end days, it's entirely a matter of personal phylosophy.
A humble perception from a caregiver of MMer who had challenged to allo recklessly more than 9 years ago and seemingly now in operational cure.

No title

同種移植の選択は難しいものがあります。私の場合自家移植をして半年も経たず再発した時に、医者は同種移植の可能性も考えて妹と弟の骨髄が使用できるか検査をしました。残念ながら一致せず、ドナーからの同種移植までには至りませんでした。

文章の中にあるように、ある意味で移植だけの問題ではなく、がん治療というのは完全に個人の philosophy(哲学)の問題なのでしょう。どういった生き方を選択するのかそのことの一貫として治療方法の選択もあると思います。

まさにこの問題は善悪の問題ではないし、医者の治療上の判断はあったとしても最終的には自分で判断するほかありません。幾つかの選択肢があり、それが生死に関わる様な問題である時には、それまでのその人の生き方が問われてくるのでしょう。
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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
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