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新宿山ノ手七福神めぐり

1月10日(火)
12月29日退院以降まともに歩いていない。買い物に行く位だ。こういったことでは体力の回復は難しい。徐々にでもウォーキングを始めた方がいい。手始めに新宿山ノ手七福神めぐりに出かけた。往きも帰りも家から電車一本で行けるという便利さで選んだ。またコースを歩いていて疲れたらバスや地下鉄を利用することが出来る。徒歩150分、電車バス利用90分というコースだ。

まず副都心線で新宿3丁目間に行き、丸の内線で新宿御苑前で降りると、駅前に太宗寺がある。昼時で近くのサラリーマンが昼食をとりに繰り出していて新宿御苑の交差点はごった返していた。その雑踏のなかに太宗寺はある。ここは布袋尊だけでなく、江戸六地蔵の一つがあったり、閻魔堂があり行った時には入口は閉められてれていたが、毎7月15、16日間には扉が開かれ、「閻魔像」のみならず、三途の川で着物をはぐ「奪衣婆像」も見ることが出来る。

塩かけ地蔵、切支丹灯篭やいわれは定かではないが稲荷神社などあり盛沢山だ。塩かけ地蔵は「東京御利益案内」によるとおできにご利益があると記載されている。塩をもらって帰り患部に塩を塗り込むとおできが治るということだ。

太宗寺(浄土宗 霞関山本覚院)布袋尊
1596年頃(慶長年間)甲州街道の道筋に「太宗」と称する僧の庵として造られた太宗庵を始まりとする。徳川家重臣・内藤正勝の信望を得て、寄進を受け太宗寺と改称した。江戸六地蔵の3番地蔵、江戸三閻魔の閻魔王像、新宿山之手七福神の布袋尊が安置されている。

山手七福神めぐり012_convert_20120110221030  山手七福神めぐり010_convert_20120110221228      不動堂                           布袋尊

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 閻王殿(閻魔堂)                     江戸六地蔵(銅造地蔵菩薩坐像)                     
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 塩かけ地蔵                         稲荷神社

太宗寺だけ離れているので、丸の内線、副都心線を利用して東新宿まで戻ってきた。ここからの七福神を祀るお寺は全て大久保通り沿いにある。つまり大江戸線の上にあるので、疲れたら電車で移動できる。鬼王神社の境内に恵比寿神社があってそれが七福神のひとつだ。鳥居を入って鬼王神社の参道を行くと左右にびっしりと様々な種類の雑炊の写真が貼ってある。鬼王神社と雑炊とどういった関係があるのだろうか。

恵比寿神社ヘの参道には「かえる石」が置かれている。この石の由来は「かえる石」をさすりながら、心の中で次の言葉を三度唱える。一日の無事を願う人や交通安全を願う人は、「無事かえる」。開運を願う人は、「良き運にかえる」。金運を願う人は、「金かえる」。縁結びを願う人は、「想い人の心が自分にふりかえる」「待ち人かえる」。健康を願う人は、「若かえる」。このようなあらゆる願いを「かなえる」といった言い伝えがある。

稲荷鬼王神社・恵比寿神
戸塚諏訪神社境内の福瑳稲荷を承応2年(1653)に勧請したといい、天保3年(1832)に当地の百姓田中清右衛門が熊野から勧請した鬼王権現をと合祀して稲荷鬼王神社となったという。境内の恵比寿神社(三島神社)には恵比寿神が祀られている。

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鬼王神社本殿                        恵比寿神社

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 富士塚                           かえる石

東新宿の交差点に戻り、若松河田方面に向かう。大江戸線の東新宿と若松河田の丁度中間に抜弁天の交差点がありそこら付近の通りを抜弁天通りという。厳島神社は交差点の脇にこじんまりとして形であり、正月が終わったからか、弁天堂は閉
じられていた。この厳島神社を中心に西向天神社、法善寺、永福寺がある。厳嶋神社でのご朱印等の受付は正月7日迄なので、それ以降は西向天神社で受付ている。

抜弁天厳島神社・弁財天
応徳3年(1086)鎮守府将軍源義家が奥州征伐の帰途に創建したと伝えられる。江戸六弁天(本所・洲崎・滝野川・冬木・上野・東大久保)である。

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 厳島神社                          厳島神社拝殿

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 西向天神社鳥居                       西向天神社拝殿

法善寺(日蓮宗 春時山)寿老人
日相上人(貞享4年寂)が創建した。境内に安置してある七面明神は、池上本門寺に帰依していた鳥取城主池田家四代綱清から献上されたもので、法華宗独特の七面信仰江戸進出の最初のもの。

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 法善寺本堂                         寿老人像

永福寺(曹洞宗 大久保山)福禄寿
僧尊悦(慶長15年寂)が開基となり慶安元年(1648)創建、もと牛込万昌院末である。

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 永福寺本堂                         福禄寿像

経王寺は牛込柳町の駅前にある。急な階段を上がると本堂と大黒堂が狭い境内の中に立っている。本堂の方はひっそりとしていたが、大黒堂の方にはろうそくが何本もたかれ堂内を明るく照らしていた。牛込柳町から牛込神楽坂間では大江戸線を利用した。少し歩くのに疲れてきた。牛込神楽坂駅から大久保通りを進み神楽坂通りを飯田橋方面に曲がると善国寺がある。

小学校の頃、新宿区に住んでいて厚生年金病院の前の津久戸小学校に通っていた。この善国寺の境内で遊んだことがあるのを思い出した。昔はどんな寺かなどということは皆目分からずただ広場の意味しかなかった。今は朱塗りで修復されきらびやかな姿になっているが昔はもっとさびれていたような気がする。昔の姿は思い出せないが懐かしい感じがするのは否めない。

経王寺(日蓮宗 大乗山)大黒天
尊重院日静大徳が慶長3年(1598)市ヶ谷田町に創建したという。外濠造成に伴い川田久保(当地周辺)へ移転、当地へは天和3年(1683)移転してきた。当寺の大黒天像は、日蓮宗中老日法の作で、日静上人が身延山久遠寺より持ち出したものといい、度重なる火事にも焼け残ったことから「火伏の大黒天」として崇敬を集めた。

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 経王寺本堂                         大黒堂

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 大黒天                           大黒堂内部

善國寺(鎮護山)毘沙門天
創設は、桃山時代末の文禄四(一五九五)年で、今からおよそ四百年を遡る。初代住職は佛乗院日惺上人と言い、池上本門寺十二代の貫首を勤めた。上人は、二条関白昭実公の実子であり、父の関係で徳川家康公と以前から親交を持っていた。上人が遊学先の京都より、本門寺貫首として迎えられてから九年後の天正十八(一五九十)年、家康公は江戸城に居を移し、二人は再会することになった。そこで上人は、直ちに祖父伝来の毘沙門天像を前に天下泰平のご祈祷を修した。それを伝え聞いた家康公は、上人に日本橋馬喰町馬場北の先に寺地を与えさらに鎮護国家の意を込めて、手ずから『鎮護山・善國寺』の山・寺号額をしたためて贈り、開基となった。

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 善國寺山門                         本堂 

毘沙門天は寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻にこの世にお出ましになったことから、寅毘沙と呼ばれる。本堂左右に鎮座している。江戸後期のもの。

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テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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No title

小さな一人旅の再開、おめでとうございます!

No title

始めの一歩といった感じです。今回の七福神めぐりは殆ど電車で移動したのでとてもウォーキングとはいえないのですが、始めることが肝心なので電車を頼りに行ってきたという次第です。ぼちぼち近場での散歩を始められるようになりたいものです。
プロフィール

yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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