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氷川神社・芝大神宮・品川神社

1月18日(水)
七福神めぐりのサイトを見ていた時に、「東京十社めぐり」というコース案内が掲載されていた。東京十社は以下の10の神社が指定されている。王子神社、氷川神社、白山神社、亀戸天神社、根津神社、富岡八幡宮、神田神社、芝大神宮、日枝神社、品川神社。

十社の成立については次のように書かれていた。「明治天皇は、東京の鎮護と万民の平安を祈願され、明治元年11月8日、准勅祭神社(じゅんちょくさいじんじゃ)として東京十社を定め、勅使をして御幣帛(ごへいはく)を捧げ、ご祈願しました。」そして昭和50年、昭和天皇のご即位50年を奉祝して、元准勅祭神社である東京十社を巡拝する十社めぐりが企画され、「東京十社めぐり」が始まりまったということだった。この十社の中で行っていない所に行ってみようと思った。氷川神社、芝大神宮、品川神社の3ケ所である。

血液内科の診療は11時頃終わり、G-CSFの注射と会計をして、病院を出たのが12時前だった。輸血を明日にしたので珍しく早く終った。外に出ると風がないせいか暖かく感じる。これなら散歩にも丁度いい陽気だ。木枯らしが吹いていたらさっさと家に帰る外ない。診療が早く終ったら行こうと思っていた三社めぐりに出発した。行っていない三社は全て南方面にあるので行き易い。

千代田線の西日暮里から赤坂まで行く。駅から氷川神社までは10分位の距離だ。赤坂通りを左に曲がればすぐのはずだが、途中から急に道が細くなり何処を曲がっていいか分かりにくい。本氷川坂と書かれた白木の柱が立っていたので、その急坂を上って行くと丁度本殿の横手に出た。参道を通らず直接本殿が目の前にあるといった感じだった。

額堂で中をのぞいていると、境内を掃除している人が中の電気がつくといって、額堂の柱にあるスイッチを入れてくれた。残念ながら電気の光が弱くてはっきりとは見えなかった。恐らく年何回かは扉を開けて絵馬を間近で鑑賞できる日があるだろう。ちゃんと見ようと思ったら、そういった時を狙っていく外ない。
 
氷川神社
天暦五年(951)赤坂一ツ木に創祀以来、江戸幕府の尊信あつく、紀州徳川赤坂屋敷(旧赤坂離宮)の産土神の由縁によって享保14年(1729)吉宗公八代将軍職を継ぐに至り、赤坂今井台に神徳を謝し現社殿を造営、八代より十四代家茂公まで歴代の直拝朱印状が納められている。

東京十社002ED_convert_20120119084229 氷川神社本殿

氷川神社のイチョウ: 氷川神社の境内には、大きな古い銀杏の木が2本ある。これは港区指定文化財で天然記念物であり、目通り(地上1.5mの高さ)の幹径約2.4m、幹周約7.5mを測る推定樹齢400年の巨樹である。

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 楼門と大イチョウ

額堂: 額堂内に掲げられているのは、月岡芳年筆の「『ま組』火消し絵馬」とともに6点の絵馬である。江戸時代末期から明治初期にかけての著名な画家・河鍋暁斎や月岡芳年・柴田是真の描いた絵馬が含まれている。

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 参道                             額堂

石燈籠: 門内の本殿前に立つ2基は、赤坂表伝馬町・裏伝馬町・元赤坂町(現在の元赤坂1~2丁目)の講中が、享保9年(1724)閏4月に奉納したもの。門外の2基は、遷座の年に岡崎城主老中水野忠之が奉納したものである。

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 石灯籠                            山口稲荷神社

氷川神社から芝大神宮に行くには、六本木から都営大江戸線で大門まで行くのが便利だ。芝大神宮は大門の駅から3,4分という所にある。氷川神社から六本木駅に向って歩き始めた。高層ビルが回りに林立していてみな似た様な感じで目印になるビルがない。六本木通りに出れば駅までの道は分かるのだが、氷川神社は高台にあるので六本木通りに出るには坂を下っていけばいいと思って適当に歩いていった。

南部坂を下って六本木通りに出たが、アークヒルズの前だった。南に向うつもりが東に行ってしまった。地図はあったが磁石も必要だ。駅に行くのにかなりの遠回りになってしまった。アークヒルズから地下鉄駅の六本木交差点までは15分位かかった。氷川神社からは30分位歩いたことになる。

十社めぐりガイドには神社から大江戸線の六本木駅までは6分と書かれていた。ウォーキングも目的なのだから歩くのは問題ないないが、道を間違えたということによって、適当に行った場合正しい確率は東西南北の何処かで4分の1でしかないという事を改めて認識したわけだ。

都営大江戸線の大門駅で降りて、芝大神宮への出口を探す。A6という出口なのだがこの出口に行くのが大変だ。都営浅草線のホームを経由していかなければならない。むしろ一番近い出口で出て、外を行った方が分かりやすいのではないかと思う。

地上に出ると芝大神宮の幟が何本かはためいていて、看板に道案内が書いてある。中々親切だ。今は受験の季節。受験の神様として受験生を集め色々なご利益グッズを販売している。初詣、節分、七五三と季節ごとの行事に人を集めそれで収入を得るのだから熱心になるのも無理はない。また初宮参りの祈祷や結婚式場の経営、あらゆる分野の祈祷と色々忙しい。神前祈祷だけでなく出張祭典なども行なっている。境内には、やはり今の季節、若い受験生らしき人の参拝者が多い。

芝大神宮
芝大神宮は、伊勢神宮の御祭神、天照大御神(内宮)、豊受大神(外宮)の二柱を主祭神としてお祀りしている。御鎮座は遠く平安時代、寛弘二年(1005年)一条天皇の御代に創建された。古くは、飯倉神明宮、芝神明宮と称され鎌倉時代においては、源頼朝公より篤い信仰の下、社地の寄贈を受け、江戸時代においては、徳川幕府の篤い保護の下に社頭はにぎわい大江戸の大産土神として関東一円の庶民信仰を集め、「関東のお伊勢さま」として数多くの人々の崇敬された。その当時の賑わいは、広重の錦絵に窺うことができる。

東京十社013ED_convert_20120119084756 大鳥居

東京十社015_convert_20120119091947 芝大神宮本殿

大門駅は都営大江戸線と浅草線が通っている。今度は浅草線に乗って品川に行き、京浜急行で新馬場に向う。品川神社は駅から2,3分の所にある。第一京浜を渡り、急な石段を登ると第2の鳥居がありその奥に本殿がある。本殿の周辺には阿那稲荷社、御嶽神社、清滝弁財天社、浅間神社、猿田彦神社などの末社が点在している。

富士浅間神社の横に富士塚がある。富士山の溶岩を持ってきたのかごつごつした岩肌の小山である。この品川富士には登ることができるのである。急な狭い階段で足場は良くないが鎖の手すりがついているので登ることが出来る。頂上に登ると、そこは平たいコンクリートの広場になっていて、展望台として、品川周辺の景色を眺望することができる。神社も中々気の利いた事をするものだと感心した。

十社全て行ったとしても、それが何らかの意味を持つものではない。十社を1日か2日かけて回る「十社めぐり」であれば何らかの意味があるのかもしれない。「七福神めぐり」と同じだ。10月10日が「十社めぐりり」の日だということだ。その日には、それぞれの神社で「東京十社絵馬」という小型の絵馬が授与される。また「東京十社めぐり」専用の御朱印帳が売られていて、各社の御由緒、アクセスなどが記載されている。

品川神社
後鳥羽天皇の御世、文治三年(1187年)に、源頼朝が海上交通安全と、祈願成就の守護神として、安房国の洲崎明神である、天比理乃命(あめのひりのめのみこと)を勧請して、品川大明神と称した。今は社名を品川神社と改めた。品川の鎮守といわれている。荏原神社を南の鎮守と言うのに対し、北の鎮守として親しまれ通称「北の天王」という。この一帯の「品川」という地名の由来でもある。

東京十社023_convert_20120119084954 品川神社入口

東京十社028ED_convert_20120119085047 品川神社本殿

東京十社045ED_convert_20120119085731  東京十社025_convert_20120119085515
 第一の鳥居                         第二の鳥居

東京十社027_convert_20120119085536  東京十社026DE_convert_20120119212116
 神楽殿                           富士浅間神社

東京十社0_convert_20120121174222  東京十社03_convert_20120121173930
 阿那稲荷神社                        阿那稲荷神社拝殿

富士塚: 富士山を信仰する富士講という団体の人々が、富士山を遥拝する場所として造った人造の山。品川神社富士塚は、明治2年(1869)に、北品川の丸嘉講(まるかこう)の約300人によって造られ、その後大正11年(1922)に、第一京浜国道の建設のため西に数十メートル移動して、現在の場所に再建されたものである。

東京十社036_convert_20120119085315  東京十社041_convert_20120119085340
 品川富士                           富士塚登り口

東京十社037_convert_20120119085407  東京十社044_convert_20120119092431
 ふじかえる                          猿田彦神社(旅の神様・草鞋を奉納)

東京十社038_convert_20120119085639  東京十社040_convert_20120119085705
 天王洲の高層ビル群                    品川方面

(参考資料:東京十社巡り詳細ガイド)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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フジテレビ抗議+αまとめwiki 検索 ←これが、一番最初なんです。じっくり見て下さい。
ミコスマ 検索
韓流ビギナーの部屋 検索
韓国人の世界 検索
フジテレビが責められる11の理由 検索

ここで、政治ネタ韓国ネタが多いのには理由があります。最近減りましたがネトウヨなんて工作員の流行らせた言葉を使って、色眼鏡で見ていると大変な事になります。調べてみてから判断してください。ご自身で考えて下さい。


教師、マスコミ、政治家、医師、弁護士、役所、警察、日本の企業の役員など
日本のあらゆる重要各所に朝鮮人が入り込んで権力や地位で歴史や事実を捻じ曲げています。
また宗教の教祖なども見えない力や神の名前を使い信じ込ませ金儲けや
日本人を洗脳しコントロールしています。

日本売国 】¨野田独裁政権¨【 絶対阻止 】
 
 ・人権救済機関設置法案 
 ・外国人住民基本法 
 ・外国人参政権 
 ・重国籍法
 ・コンピューター監視法案
 ・朝鮮学校無償化
 ・移民1000万人受け入れ

【 TPP + 増税 + 悪法 】⇒【 日本乗っ取り 】⇒【 日本人奴隷化 】

●麻原彰晃  在日朝鮮人 オウム教祖
●少年A→。山口県光市母子強カン殺害
●畠山鈴香→在日朝鮮人。秋田県児童サツ害
●三宅正信→在日朝鮮人。ペッパーランチ強カン 創価大学卒
●宅間守 →朝鮮部落出身。大阪? 附属池田小学校児童サツ傷 両親も創価学会員
●少年A →元在日朝鮮人。酒鬼薔薇聖斗 神戸のクビ切り小僧
●林真須美 →帰化人。和歌山毒入りカレー事件 4人毒サツ 63人が負傷
↑通名報道は必要か?
民潭の統計調査によると在日朝鮮人約64万人中、約46万人が『無職』である。つまり4分の3が無職である。年計2兆3千億円が「日本人ですらない在日朝鮮人の生活保護費」になっている。
そんな在日を日本国民が血税を支払って養っているのである。
在日は「そんな特権は存在しない!」などと嘘をつくが、騙されてはならない。在日朝鮮人は仕事もしないで生活保護で年間600万円も貰って優雅に生活し、子供も朝鮮人学校に通わせて更に補助金を貰う。
また、これは失業保険とは違うので仕事をしても給付対象からはずれることはない。
これで、もし『外国人参政権』などが認められた日には文字通り"日本が朝鮮人のものになるのは時間の問題であろう
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