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患者の苦悩

2月9日(木)
§ 昨年8月第2回DCEP療法で入院していた時に、同室だったA君が再び入院しているという事を聞いて診療後見舞いに行った。彼は移植後3年目の昨年、膝を中心として痛みが徐々に強まってきた。ある一箇所が痛いというのではなく、足の骨に強い痛みが生じるというものだ。

同じ時期に入院していた時には彼は検査入院だった。整形外科、血液内科の医師が協力して原因究明に努めたが何故骨の痛みが起こるのか分からなかった。結局原因不明で治療法なしといった診断を与えられ退院した。痛み止めの薬を服用し痛みを抑えることしかやることがない。

9月の院内患者家族交流会に参加してくれた。その時は発熱したので急遽入院したといった。ステロイドによる治療を始めて大分症状は収まったという報告を受けた。11月の交流会の時には、退院して元気そうな姿をみせた。そろそろアルバイトを始めようかと思っているという程の回復を見せていた。

§ 私が12月に入院していた時には彼はいなかった。しかし1月13日の交流会の時に参加者の一人がA君がまた入院しているという情報を聞いていた。交流会の次の週の診療日に面会に行ったが、ほかの面会者と熱心に話していて、当分終りそうもなかったので面会しないで帰った。なかなか行く機会がなく今日診療が終ってからA君を訪ねた。カーテンが引かれていて声をかけたところ返事があったのでカーテンを開けた。丁度間が悪いことにタオルで体を拭こうとしている最中だった。

彼の姿を見て全く昔の面影がなかったので別人かと思った。かなりの肥満体になっていた。「随分太ってしまったね」と言ったのが気に障ったのか、「太っては悪いですか」と切り返してくる。「治療経過はどうですか」と聞く。「順調にいっている、あなたは色々な医学的な知識教えてくれるが、その事によって不安をあおることになっている。だからあなたの話をあまり聞きたくない。それに今体を拭いている最中だから」といって一刻も早く面会を打ち切りたい素振りを見せた。ともかくあまり人に会いたくないのだなと思ってすぐに退散した。

見舞いに行くというのも難しい。気分的に人と会いたくない時もあるだろう。しかし前もって予約していない見舞いは強引に押しかけることになる。突然気心の知れた人ではない人が来ると戸惑ってしまい、どんな話をしていいか駒ってしまうのだろう。

§ A君は病状が重く寝ていた訳ではないが精神的に人との関係を作っていこうとする器量を失ってしまっているようだ。1年の間に4,5回も入退院を繰返し、しかも治療法がある訳ではない。痛みを強く感じる時や、苦しく辛い状況の中で、確かに抗がん剤治療後何年も再発せず、完治といってもいい人や、治療が順調にいっている人を見ると、そういった人との話を拒否したくなるのは分かるような気がする。

A君は1月13日には入院していたので、既に1ケ月経つ。どのような治療が行われているか分からないが大量のステロイドが使われているのだろう。彼のムーンフェースや肥満はその影響だと見られる。私が医学的知識を彼に話して、彼を不安に陥れたことなどあったろうか。そんな知識などないし、そんな話をした記憶も全くない。

ただ11月の交流会の時にA君にステロイドの副作用について話したかもしれない。しかしそれは自分の体験を話しただけだ。しかし人は気がつかないうちに他人を傷つけていることもあるので気をつけなければとつくづく思った。患者の多くは医者任せで、自分の病気の事を知ろうともしない。知ることを恐れているのかもしれない。自分で自分の人生を選択していくことはある意味で勇気のいることなのだ。

A君は20歳半ばで人生で最も華やかな時期だ。その時期に原因不明の骨の痛みをかかえ入退院を繰返し、就職もままならない。そういった精神状態は到底推し量ることはできない。その病気を人生の転機として新たな生きるべき道を見出していった方がいいなどというのはあまりのもおこがましい。絶望に満たされているのだろうか、どこかに希望を見出しているのだろうか、ただ見守るほかないのだろうか。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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なんとなく気にかかる程度で済ましておく事も必要な時もあるし。
…彼は今、精一杯なんでしょう。
それも彼の生き方。

No title

患者でありながら、患者との関係の仕方には難しいものがあると思います。8月に入院した時同室だったA君は人懐っこい青年で、向こうから声をかけてきて自分の病気について色々話したものでした。それがこの前の面会の時はかなり冷たく対応されました。

患者は辛く苦しい治療を受けている時には、家族にでも八つ当たりをして、もう治療など受けたくないなどと言って家族を困らせることもあります。患者の感情はめまぐるしく変化をします。どんな状況にでも冷静に対応できる人はむしろ珍しいでしょう。年齢を重ねることによって、少しはそういった境地に到達したいものです。

12月に入院した時に隣のベッドにいた70歳位の人は、腰痛で下半身を動かすことができず、看護師に介護を委ねています。看護師に世話になった時、彼は丁寧に看護師にお礼を言うわけですが、どんなに辛い時でもその口調の穏やかさに感心したものです。

こういった他人に対する言葉一つとっても、その人の性格が出てきます。病状に一喜一憂することなく、自分の人生を静かに省察していくそういった生き方をその人の姿の中に見たような気がします。
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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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