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探索さんぽ-大泉学園・保谷コース

2月10日(金)
最近は雨の日が多く寒い日が続いた。とてもウォーキングに出かける陽気ではなかった。昨日今日と久々に上天気だ。風は冷たかったが、日差しは暖かく日向は気持ちがいい。やっと歩く気分になってきた。近場を散策してみよう。

西武線沿線のウォーキングコースを紹介したパンフレットが各駅においてある。「西武線の魅力新発見・探索さんぽ」というもので、それぞれのパンフレットに西武線の駅から出発するコースが3ルートづつ紹介されている。「湧水や清流、せせらぎとともに大泉学園から秋津を訪ねる」というパンフレトの中の大泉学園・保谷コースに行くことにした。

一級河川・白子川の源流を訪ねるコース
大泉学園駅→妙延寺→北野神社→牧野記念公園→石庭の森緑地→白子川→妙福寺→保谷駅


大泉学園駅の北口で降りる。大泉学園駅は学園通りを新座方面まで連なる桜並木を車で見物するために行った時に横を通った駅で、それ以外行ったことはなかった。

駅から5分位で妙延寺である。遠くからでも山門の横にそびえている樹齢400年のイチョウの大樹があって目に留まる。山門を入ると本堂があり、その横に「妙延寺ゆうわ会館」という建物があってそこは「空手道玄制流武徳会東京都本部道場」となっていて空手や古武道を教えているという。寺院と空手という組み合わせは珍しいが、寺院の経営の一つなのだろうか、どういった関係かはわからない。「玄制流空手道は沖縄の人、祝嶺正献(1925年生)により創始され、昭和25年(1950年)玄制流を公称した」という。

北野神社は妙延寺から保谷新道を5分程行った所にある。駅から3,4分の繁華街に隣接しているが、かなり広く都会の喧騒からは離れて落ち着いた雰囲気をかもし出している。神社に並ぶように大泉小学校と大泉中学校がある。学校が出来た頃はまだ静かな郊外の田園地帯だったのだろう。

菅原道真を祭神としているので受験の時期にはかなりの人出だろうと思うが、境内は人っ子ひとりおらず閑散とていた。参道には「ねりまの名木百選」の「むくろじ」の巨木がある。高さ14m 太さ1.6mある。今の時期枯れ枝しか見られないので、葉が生い茂った時の迫力を味わうことはできなかった。

妙延寺(倍光山 日蓮宗)
草創は永禄11年(1568年)となっており、檀家は土支田村上組、下組、石神井村、小榑村各村にわたっていた。本堂の前方に樹齢およそ400年有余年を経たイチョウの大樹(東京都指定樹木)があり、寺の草創時代の樹木と伝えられている。境内には、朱塗りの山門、題目供養塔、万霊塔、稲荷小祠などがある。

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 妙延寺山門                         妙延寺本堂

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 イチョウの大樹              水子観音

北野神社
この神社は、元は江戸時代土支田村の「番神さま」と呼ばれ、村民から親しまれていた。「番神さま」とは法華宗(今の日蓮宗)独特の三十番信仰(神仏混淆時代に、1か月30日を神々が毎日交代で守護する)のこと。明治政府は神仏習合の思想を禁止した際、三十番神の名称を廃止した。以来、この神社は菅原道真公を祭神とし、「北野神社」となり、最近では「大泉天神」と呼ばれて親しまれている。

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 北野神社鳥居と参道         北野神社拝殿

大泉学園散歩コース002_convert_20120211112536 大泉学園散歩コース005_convert_20120211112616 大泉学園散歩コース009_convert_20120211120433
 瑞穂稲荷神社                                 練馬の名木百選の「むくろじ」の大木

大泉学園駅の北側で2件回ったが、今度は線路を越えて南側に行くことになる。線路を潜る地下道があって駅南口に出られる。消防署や自動車教習所見ながら、しばらく行くと牧野記念庭園に着く。ここには「めりまの名木百選」の中のセンダイヤザクラとヘラノキがあるが枯れ枝なので面影がない。庭園はもとより、居室や陳列室はきちっと管理が行き届いている。ここでも誰と会わなかった。平日の昼頃に来る人もいないだろう。こういった区の名所旧跡や風物、自然は何時見学に行っても空いているのがいい。

さらに10分ばかり歩くと石庭の森緑地に至る。ここは造園業者の解説にあるように徹底したリサイクルによって作られた庭園だそうだ。既に使用されなくなった丸型ポストの台座を敷石として使ったり、蛇籠の中の石は廃棄石材を使っている。公園に入った時にはリサイクルの材料を使って作られた公園だという印象は全くしなかった。涼しげな竹林の中に東屋もあって夏は近所の住民が涼を取る場となるだろう。

牧野記念公園
ここは、日本が生んだ世界的な植物学者、故牧野富太郎博士が、植物の研究に没頭し、「我が植物園」としてこよなく愛した自宅を保存し、整備した庭園である。園内には、博士が自ら集めた300種あまりの植物が植えられている。博士が20歳の時、博覧会見物を兼ねて初めて上京した際購入したドイツ製の顕微鏡。自分の研究成果をとりまとめた『植物学雑誌』『日本植物志図篇』、植物の実物大の図を載せた大判(縦47cm、横36cm)の『大日本植物志』など、貴重な資料を見ることができる。陳列室の前には夫人の名前を付けられたというスエコザサで囲まれた石碑があり、博士の筆で「花在れバこそ 吾れも在り」と刻まれている。

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 牧野富太郎居室・書斎、書庫               記念公園展示室

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 記念公園入口              博士直筆の石碑            牧野富太郎胸像

石庭の森緑地
本緑地は、小規模の都市公園(種別:都市林)であるが、循環型社会形成への寄与、屋敷森を主体とした地域固有の風景の継承を目的に設計している。敷地内に多量に残存していた既存の自然石(合計96個、69.38t)及び、不定形な廃棄石材などの多種の形態・石質を持つ既存石材とコンクリート廃材を敷地内で分別した上で屋敷森の風格を継承・再構成するために利活用しており、積極的に地場の材料を用いた。(「株」GLAC)

蛇籠(じゃかご)とは金網の中に石を詰めてあるもので、以前ここにあった大谷石塀や玉石をリサイクルした。昆虫や小動物が棲みついて、やがて昆虫を求めて野鳥も集まる。20~30か所に置かれている。丸石は丸型ポストの台座を利用したもの。

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 公園内竹林                          蛇籠(じゃかご)

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 塀の石やポストの丸台座で作られた敷石

白子川
昔は、白子川の上流を保谷市から田無市までさかのぼることができた。かなり蛇行した川で、川沿いには井頭池をはじめ、多くの湧水池が見られた。昭和31年の耕地整理に伴い、川筋が直線化され、水害が社会問題とされた昭和43年以降、コンクリート護岸に改修がされた。

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石庭の森緑地からすぐの所にある踏切を渡り保谷新道に出る。そこから白子川に向う。泉橋で白子川に行き当たる。川沿いに宮本橋方面に少し戻るとそこから妙福寺はすぐだ。かなり広い境内だった。総門を潜り参道を行くと今度は仁王門がある。総門から仁王門に至る参道は木々に囲まれ落ち着いた寺院独特の雰囲気を作り上げている。仁王門を潜ると右に鬼子母神堂と鐘楼がある。鐘楼には江戸時代の初期に作られた銅製の梵鐘があり練馬区指定有形文化財となっている。

仁王門の正面に祖師堂がある。かなり格調の高い建物だ。その右横に本堂があるが、どちらが本堂だか分からなかった。旧庫裏の遺構が残されていると書かれていたが何処にあるか分からなかった。境内を散策し今日回る予定の所は全て終了した。約2時間のウォーキングだった。丁度いい距離だ。妙福寺は大泉学園駅と保谷駅の中間地点にある。帰りは保谷駅を利用することにした。

妙福寺(西中山 日蓮宗)
この寺は、日高・日祐上人の説法により元亨2年(1322年)、天台宗の大覚寺が日蓮宗妙福寺に改められたと伝えられている。天正年中(1573~92年)には、寺領21石を与えられ、この地方での日蓮宗の中心となった。境内には祖師堂、本堂、仁王門などがあり、なかでも旧庫裡は元禄年間(1688~1704年)の建築といわれ、区内でも古い建築物です。特にその天井の骨組みは「からかさ造」と呼ばれる珍しいもので、現在もその遺構が残されている。

大泉学園散歩コース045_convert_20120211113552 妙福寺祖師堂

大泉学園散歩コース043_convert_20120211141759  大泉学園散歩コース056_convert_20120211113842 
 総門                             参道                 
        
大泉学園散歩コース044_convert_20120211141840  大泉学園散歩コース052_convert_20120211114100
 仁王門                            本堂
 
大泉学園散歩コース051_convert_20120211113800 大泉学園散歩コース050_convert_20120211113724 大泉学園散歩コース047_convert_20120211114008
 日蓮像                 鐘楼                  鬼子母神堂     

(参考資料: 西武ウォーキング・探索さんぽ、練馬区公式HP・ねりまの散歩道)        

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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