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限られた生をどのように生きるのか

4月1日(日)
◆ 人はどのように生を終えるのがいいのか。もちろんそれに対する明確な答えはない。全ての人が異なった終り方を考えているだろう。原発性マクログロブリン血症という病気にかかり私の余命は限られている。後数年の命だろうとは思っている。

限られた人生を生きるのと後20年、30年生きるかもしれないと思って生きているのとどのような違いがあるのだろうか。90歳まで生きることに意味を感じることが出来るだろうか。その年齢になったら何出来るのだろうか。何をしているのだろうか。そう思うと限られた人生を生きているということが、むしろ大きな意味を持ってきて自分に与えられた運命だと感じられる。

◆ 母親は90歳になる。最後に海外旅行に行ったのは6年前で、3年前まで元気で炊事洗濯掃除など家事全般をこなしていた。地域の「歩こう会」に参加したり、「文学散歩」というJTBの定期的な企画に参加して、文学者の案内で関連施設を巡る国内旅行にも参加していた。そのため足腰を鍛えるということで夕方散歩をするのを日課としていた。

しかし、3年前散歩中雨上がりの日転んで、半年ばかり寝たきりになってしまった。腰の痛みは収まり、完治したが、結局寝ていたときにやらなった家事を、その後やることはなかった。身の回りのことは出来るので安心だが、今は一日中寝たり起きたりを繰り返してテレビの前にいて見るともなしに見ている。高血圧気味だが、何で薬飲むのかどうせ先は長くないしこれ以上長生きしてもしょうがないという。

◆ 
寝たきり老人とまでは行かないが、元気で外に出て活躍しているのであれば90歳でも100歳でも生き甲斐をもってすごすことができるだろう。しかし体が弱ってきて思うように動けず耳も遠くなり、認知症まで行かなくても少しはボケが始まってきた場合、そういった時生きる目的、意味は難なのだろうか。ただ呼吸しているだけの生でしかなかったならば、生き続けたいと思うのだろうか。

90歳近くにもなるとなかなか生きる目的を持って生きている人は多いわけではない。その日暮らしで月日を消費しているに過ぎない。「今朝もね目が覚めちまったよ、昨夜も死ねなかった」ホスピスの老人が言った。

どういった生であれば生きる意味があるのか。病気になればそれに対して生物学的本能で対抗する。生は本能だが、しかし死は選択可能性を人に与える。こう考えた時限られた生を強制されているがん患者あるということは、人生に別の生き方見出していかなければならない。

「がんはなかなか良い病気だ。患者本人はもちろんのこと、家族や友人にとっても別れの時のための準備が出来るからだ。死の受容が比較的自然に行なわれると思う」(千葉敦子著『死への準備日記』)

◆ 
「ホスピス」の中で写真家ジャコメッリはいい知れぬ孤独な生、人間は誰でも老い、そして死ぬというやがて来る宿命的結末を見つめながら、その現実を凝視し続けるのである。「生」と「死」の狭間の中でもがき苦しみながらも生きる。生への願望と死への願望これは切り離せない表裏一体のものである。どちらも最後の生をどのように生きるかを模索しているのだ。

彼は死に行く者への畏敬の念を感じそれを映し出すのである。死を待つ老人たちの最後の曙光を写し出すのである。老人の顔の皺はまさに生の年輪であり、生の軌跡である。皺の一本一本の中に老人の全人生が刻み込まれているのである。老いも死も生と不可分な関係にあり、死があるからこそ生は輝きを増すのである。死はある意味で救いなのか

 『化学療法が著しい効果を顕せば、死期を遅らすことはできるかもしれないが、病状がいずれやってくる死につながるだろうことは間違いないようだ。目下の所私は「死を見つめる」よりも「死ぬまでどう生きるか」の方にずっと関心がある。

長い人類の歴史から見れば、私の40年の人生など全く芥子粒以下のものだ。だから私は自分の人生が終わりに一歩近づいたからといって、それが自分の世界を揺るがす重大事件だとは受け取っていないのだ』(千葉敦子著『死への準備日記』)

限られた人生をどう生きるのかそれは簡単なことではない。今までの生き方の延長線上にしかその答えはないだろう。日々どのように過ごすか、結局死ぬまでどう生きるかということでしかないのだ。頑張るとか努力するとかいった言葉とは無縁に「なるようになるしかない」と思って生きていく外ない人生なのだ。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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No title

体調いかがですか?
親の歳・・・何時も考えますね、人生の見本を見ている気がします。
先生と言う字も先に生まれるとか。
新薬が出るまで何とか病状落ち着いて下さればと思います。
無事入院・退院出来ます様に。
プロフィール

yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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