スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鶴見区PTA連絡協議会「いのちの授業」

12月4日(土)
鶴見公会堂で第78回鶴見区PTA活動報告会、第4回鶴見区家庭教育学級が行なわれた。鶴見地区のPTA関係者、保護者が500名近く集まった。家庭教育学級の今年のテーマとして「いのちの授業」が取り上げられた。基調講演はももの木の理事である田中医師が行い、その後パネルディスカッションとし て内容を深化させていった。パネリストとして慢性骨髄性白血病で現在も治療中の患者と娘を脳腫瘍で失った患者家族の人が加わった。

基調講演
患者会とはどういうものなのかということから講演は始められた。ももの木の成立過程、現在の活動についての説明がなされた。ももの木としての交流会、各病院内での交流会、リレーフォーライフやゴールドリボン・ウオーキング等への参加、いのちの授業といったももの木としての活動内容が紹介された。

患者中心の医療

多くの人は「病気中心の医療」という考え方をしてしまう。「患者中心の医療」、主語が患者であるということはどういうことなのか。一つの例が話された。70歳の末期がんの患者で医者から治療法はないと宣告された。彼女には50歳の娘がおり、娘が医者との窓口になって治療方針などについても医者と相談しながら進めてきた。医者から見捨てられた母親をどうするのか。

相談にきた娘は「セカンドオピニオンをお願いします」と言った。それに対して「患者であるお母さんはどう考えているんですか」と聞いた。それが何よりも重要なのだ。家で母親と相談した所、母親は「もう辛く苦しい治療は受けたくない。自宅に戻り残りの時間を家族と一緒に過ごしたい。」と答えた。

彼女はそれから3ケ月後に亡くなったが、安らかな最後の時間を過ごせたということだった。つまり病気をどうするか、それは患者がどういう生き方を選択するかに深く関係している。それが「患者中心の医療」ということだ。

患者の思い

医者として患者の思いを知る事が重要である。がんの宣告は患者にとって死と向かい合う事になる。20歳の急性骨髄性白血病の男性患者が「忘れないで欲しい」と言った言葉が印象的だった。この言葉で一つの詩を思い出した。マリー・ローランサンの『鎮痛剤』という詩である。

 退屈な女より    もっと哀れなのは かなしい女です。
 かなしい女より   もっと哀れなのは 不幸な女です。
 不幸な女より    もっと哀れなのは 病気の女です。
 病気の女より    もっと哀れなのは 捨てられた女です。
 捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です。
 よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です。
 追われた女より  もっと哀れなのは 死んだ女です。
 死んだ女より    もっと哀れなのは 忘れられた女です。(堀口大学訳)

またベートベンの「ハイリゲンシュタットの遺書」の中にも「私が死んでも忘れないでくれ、私はおまえたちを幸福にしようとしょっちゅう考えていたのだから。」と書かれていた。

患者が何を望み、何を考えているかそれは決して治療方針とは無関係なものではない。病気中心の医療から患者中心の医療への転換が図られるべきである。それは 医者の自覚に任せるだけではなく、患者自身が治療とは自らの生き方の選択の問題として医者に話しかけていく必要があるだろう。

いのちの授業
講 演の最後にももの木の中心的な活動である「いのちの授業」について話をした。2002年から初めて既に60回以上行なっている。主に小学校高学年を対象と している。ある親から「小学校で何かあったのでしょうか。学校から帰ってきた子どもが変わった」と学校に連絡があった。それは喜びの、驚きの反応だった。 授業の後の感想文にも「生きているということの意味を考えさせられた」などと書かれている。今回の講演も「いのちの授業」の一環として受け止めてもらいた い。

パネルディスカッション
司 会進行をももの木のメンバーが行う。パネリストに以下の質問をして、それに対して各人が2、3分で答えてもらう形式で進められた。質問への答えの中で患者 や患者家族が病気と向き合ってきた心情が明らかにされ、その言葉は聴衆に生死をめぐる多くのものを訴える事が出来たと思う。患者や患者家族がいのちの大切 さを訴え、死にたくないという思い語ることは、死を実感することによって初めて出来ることなのである。そしてその話は「いのち」というものを改めて考える 機会を皆に与える事ができたと思う。

質問事項

1、突然病気の告知を受けた時の心境はどのようなものだったでしょうか。
2、病気と向き合う事になった時に、一番不安な事は何だったでしょうか。
3、その時に支えになったのはどのようなことだったでしょうか。
4、ももの木もそうですが、このようなコミュニティを知っておられましたか。またこのコミュニティの役割は何だと思いますか。

最後の10分位は、会場からの質問時間である。時間の関係で3つの質問しか受ける事が出来なかった。
・患者になった友人がいるが、患者にとっては何をしてもらいたいか。
・父親ががん患者であるが、全て先生にお任せで、自分の罹っている病気の事を全く知ろうとしない。
・がんであるという自分の状態をどうやって受け入れる事が出来たのか。

パネリストがこの質問にそれぞれ自分の立場から回答していった。1時間はあっという間に過ぎ「いのちの授業」を終えていった。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

最近の記事
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ブログ内検索
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
リンク
月別アーカイブ
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。