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天国はあると思うか。

8月8日(日)
7月に行った「いのちの授業」の話の後、話し手のOさんは生徒から「天国はあると思うか」という質問をされた。小学校5年生のこの素直な質問に対して、そんなものある訳ないよと言ってしまっては夢も希望もない。彼女は「私はあると思うよ」と答えた。それにどのような内容を付け加えることなくそれだけを言った。それ以外の答えはないのだろうとも思う。果たしてどのような答えがありうるのだろうか。

人は死を経験する事ができない。従って死後の世界があるか、ないかは誰も知る事が出来ない。天国があるかないかは誰もわからない。

天国は心の中にある。他人を慈しみ、いたわりあい、助け合いながら生きていけばそこに天国は見えてくるだろう。一方人を傷つけ、落としいれ自分の欲望のまま生きればそこには地獄しか見えてこないだろう。天国の地獄も来世の問題ではなく、今生きている人々のこころの中にある。

こういった答えが無難な所だろう。天国は心の問題などと解釈をせず素直に「あると思うよ」と言う答えの方が的を得ている気がする。子供の感性に抵触することなく適切な答えを提示するのは思ったより難しいものだ。

関連すると思った言葉があるので参考にしたい。

善人なお持て往生をとぐ、いわんや悪人をや。
往 生と言うのは浄土に行く事が出来るということだ。極楽浄土にいって生まれ変わること。つまりキリスト教的に言えば天国ということだ。善人は自分がいい事を しているから浄土にいけるだろうという驕りがある。それば無心になって、仏に全てをゆだね、その教えに帰依しようとする道を狭めている。一方悪人は自分の今までやってきた事を悔い、全身全霊で改心し、仏の道に進もうとする。だからこそむしろ浄土への道が近いというわけだ。また苦しみ続ける悪人こそが弥陀の救いの一番の対象だということもある。

金持ちが天国に行くのはらくだが針の穴を通るより難しい。
キ リストが言った言葉である。金に執着しなければ金持ちになれない。金を儲けるには広い意味で他人からの搾取が存在する。他人を足場にして這い上がるそう いった心のあり方が天国を遠ざけている。らくだが針の穴を通るということは絶対不可能であるように、金持ちが天国に行くということはありえないということ だ。この例えは、天国に行けるような生き方とはどういったものか、どういった道なのか考えさせる言葉である。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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