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気の持ちよう

3月8日(月)
N小学校から、「いのちの授業」を聞いた生徒たちの感想文が送られてきた。その中に小学生の発言とは思えない感想があった。それを掲載する。

死について恐怖を持つのは気の持ちようじゃないかということです。理由は余命を宣告された時「もう駄目だ」と思う人と「出来る事をやろう」という人に分かれると思います。悲観的な人は死の時に悔いが残って恐怖を感じると思うし、前向きな人は死の時に余命宣告からやれる事をやったから悔いが残らず恐怖を感じないんだと思うからです。だからこそ、いつでも何が起こっても僕は前向きに生きて生きたいと思います。

死への恐怖の問題をこういった言葉で分析している発想法に驚かされる。余命宣告されたとしても、残りの人生においてやりたい事をやり、その事によって人生に悔いが残らず、死を受け入れる事が出来る。その時死は恐怖ではなくなる。

確かに人生は気の持ちようによって全くその様相が変わってくる。高々気の持ちようでしかないわけだが、ガンなどという大病に罹った場合は特にそうである。 病気を楽観的に受け止め必ず治ると信じている人と、病気になった事を悲観して落ち込んでしまう人とでは病気の回復の度合いが違うと多くの医者が言っている位だ。

沖縄では何か困ったことがあると「なんくるないさ~」と言ってどうにかしてしまう。これは「どうにかなるさ」という意味だ。沖縄が長寿の県であるということはこういった性格に関係しているのだろう。

はからずも原発性マクログロブリン血症などという100万人に2、3人しか罹らない珍しい病気になってしまったわけだが、「どうにかなるさ」といった気持ちで過ごしていく外ない。気の持ちようで日々の生活は辛くも楽しくもなるのだろうから、どちらを選択するかは決まっている。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
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