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豊島区散歩-3 金剛院・長崎神社・八幡神社

1月28日(月)
 豊島区の観光案内には豊島区の散歩コースとして12のルートが紹介されている。それぞれ1~2時間位の散歩コースとなっている。これを自由に組み合わせながら周辺探訪をやって行こうと思う。長年住んでいながら地元のことをほとんど知らないことが分かった。まさに「燈台下暗し」というわけだ。

 1.昼も夜も充実の東池袋遊々コース      2.閑静な街と芸術散歩コース
 3.不思議発見ミステリーコース1         4.不思議発見ミステリーコース2
 5.歴史薫る雑司が谷1周コース         6.池袋モンパルナスコース
 7.古き坂道と寺社を巡る山吹の里コース     8.桜・ツツジの花香る町散策コース
 9.レトロに浸る、街道筋をゆくコース      10.阿波踊りの町、大塚周辺コース
 11.招福!神社やお寺を廻るご利益コース  12.鉄道のまち探訪コース 


 今日は一番身近なコース11の「神社やお寺を巡るコース」を巡って見る事にした。
椎名町駅→金剛院→長崎神社→八幡神社→浅間神社と富士塚→高松柳稲荷神社→功雲院→洞雲寺→祥雲寺→御嶽神社→池袋駅西口というのがコースの全体だ。

 椎名町駅は何度も利用したことがある。しかし、駅前、環状6号沿いに墓所も含めかなり大きな寺院があるということには気がつかなかった。

金剛院という寺院で色々見所のあるところだ、ここだけで30分以上かかってしまった。

船形浮彫地蔵尊が最初に目に入る。道標地蔵尊(道しるべ地蔵尊)と呼ばれている。

長崎不動尊がその隣にある。不動明王は、病気平癒や安産、災害の除去など、人々の苦しみを必死に救おうとしているところから、火焔を背負い、両牙を咬み、剣を持った恐ろしい表情をしている。

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 金剛院山門                         金剛院本堂

山門 その後、豊島区より有形文化財の指定を受けた山門をくぐる。この山門は将軍家から朱塗(しゅぬ)りの山門を建ててもよい、というお許しが出て作られたものである。この時代、赤い門を作るということは、将軍家と縁のある家などにだけ許されるものであった。ここから金剛院は村民から赤門寺(あかもんでら)の名でしたわれるようになった。

修行中の弘法大師像が山門入って参道を進むと右側にがあり、それを囲むように、地名が記された石柱が4本立っている。 これらの柱は弘法大師が修行の場とされた四国八十八か所の霊場(れいじょう=神聖な場所)を
 • 阿波(あわ):発心(ほっしん=)の道場(どうじょう)
 • 土佐(とさ):修業(しゅぎょう)の道場
 • 伊予(いよ):菩提(ぼだい)の道場
 • 讃岐(さぬき):涅槃(ねはん)の道場
この四国にわけて表したもので、石柱の下には、それぞれの霊場のお砂がおさめられている。

大師堂がその右隣にあり、弘法大師:真言宗の宗祖、興教大師:中興の祖、専誉僧正:豊山派の派祖の三尊が祭られている。

六地蔵尊ほか三体の地蔵尊が金剛院の墓地の入り口に安置されている。この地蔵尊は、一蓮托生(いちれんたくしょう)地蔵尊ともよばれ1736年に造立された。六体の地蔵尊は、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)のどこにでもいて救済の手をさしのべてくれるという。
板碑(いたび)が2枚あり、これはなくなった人への追善供養(ついぜんくよう)として造られていたが、しだいに墓石(ぼせき)の意味をもつようになった。また生前に極楽への後生(ごしょう)を願って建てられたものもある。

庚申供養塔が建てられていた。金剛院では、元禄末期ころから「庚申講(こうしんこう)」が盛んになった。「庚申講」は、庚申信仰の信者たちがあつまってつくる集団で、庚申信仰は、60日に一度めぐってくる庚申(かのえさる)の日に、その夜はねむらずに言行を慎み、健康長寿を祈る信仰で、この集まりを守庚申あるいは庚申待という。

智観比丘尼の碑がある。150年ほど前、宝仙寺(ほうせんじ)から金剛院へやってきた智観比丘尼(ちかんびくに)は、金剛院へ村の子供たちを集め、子供たちに礼儀作法や読み書きを教えて、この辺りではまだめずらしかった寺子屋を始めた。長崎における庶民教育(しょみんきょういく)の創始者と言える。

 さらに馬頭観音碑 宝篋印塔 仏舎利塔 本堂 木石などがあり見所満載と言った感じだ。

長崎神社は、昔は5の日に縁日として屋台が出ていたが、今は秋のお祭りの時にしか見られない。例祭日は9月の第2日曜日でこの日は境内だけではなく周辺道路、椎名町駅周辺、商店街にまで屋台が繰り出し、神輿や山車が出て町内会の一大イベントとなっている。また初詣には行列を作るほどの賑わいを見せる。かなり地元に根付いた神社と言えるだろう。

 境内奥にある、嘉永2年建造と言われている本殿には精緻な彫刻物を有している。本殿の右には長崎招魂碑といわれる小さな社がある。左には農業と商売の神様をおまつりしてある稲荷神社があるのだが、そこの狐さんは空をとんでいるようで面白い。また境内には、門前の西武椎名町駅開業を記念した「椎名町駅開設記念碑」がある。長崎神社は元禄時代に始まったという獅子舞が毎年10月に行われることで知られる。神社額を書いたのは、幕末を代表する幕臣であった山岡鉄舟だ。

池袋周辺027_convert_20101126170631  池袋周辺029_convert_20101126170725
 長崎神社入口鳥居                     長崎神社拝殿

八幡神社は長崎神社から5分位の椎名町商店街から外れた住宅街にある。最初に目に入ったのは、広い貸し駐車場で神社はその影にあるといった感じだった。駐車場の奥の倉庫に神輿などが収納されているのだろう。秋には神社の御祭りがあるという。神社自体はこじんまりして、境内も狭いし、本殿も小さい。しかしそれはそれで地元の人にとっては何かの折にはお参りの対象となっているのだろう。

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 八幡神社入口鳥居                      八幡神社拝殿  

 最初の金剛院でかなり時間がたってしまった。全ルートを回ろうとと思っていたが、残りの場所から時間と距離を考えると回ったとしても夕方遅くなってしまうので次の日に伸ばすことにした。

寺院略歴
金剛院
:聖弁和尚により1522年に開創された真言宗豊山派の寺院です。安永9年に建立された山門は、区内最古の建造物。装飾の彫りが深く意匠的にもすぐれているため、平成6年6月に、区の有形文化財に指定されました。朱塗りであったことから「赤門寺」と呼ばれています。

長崎神社:元来、櫛名田比売命(くしなだひめのみこと)を祀り、武州豊島群長崎村の鎮守でしたが、江戸時代中期には、十羅刹女社(じゅうらせつにょどう)とも称されていました。明治7年、須佐之男命(すさのおのみこと)と合祀として長崎神社と改称。元禄年間(1700年頃)から伝わる獅子舞は、豊島区に残る郷土芸能として、平成4年に区の無形民俗文化財第1号に指定されました

八幡神社:鎌倉八幡宮から分霊した御宮です。江戸時代の創建で、武州豊島群長崎村の鎮守として村人の信仰を集めていました。(豊島区観光案内より)

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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なければならない。その先に希
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