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入院18日目-新緑とつつじ

4月21日(土)
 『新緑の頃』 高村光太郎
 青葉若葉に野山のかげろふ時、ああ植物は清いと思ふ。
 植物はもう一度少年となり少女となり、5月6月の日本列島は隅から隅まで濡れて出たやうな緑のお祭。
 たとへば楓(かえで)の梢を見てもうぶな、こまかな仕掛に満ちる。
 小さな葉っぱは世にも丁寧に畳まれてもっと小さな芽からぱらりと出る。
 それがほどけて手をひらく。
 晴れれば輝き、降ればにじみ、人なつこく風にそよいで、ああ植物は清いと思ふ。
 さういふところへ昔ながらの燕が飛び、夜は地虫の声さへひびく。
 天然は実にふるい行状で、かうもあざやかな意匠をつくる。 

 K病院001ed_convert_20120421090942 天祖神社の社

   K病院011ed_convert_20120421091147 駐車場花壇のツツジ

 K病院012ed_convert_20120421091429 花壇を囲むカスミソウ

   K病院013ed_convert_20120421091555 天祖神社裏

 K病院016ed_convert_20120421091750 14階から見た神社と花壇

 熱も下がり体調も良くなってきたので、早朝散歩をまた始めようかと思った。外の気温はあまり気にせず、フリースを羽織っただけだった。病院の扉を出た途端その寒さにしり込みしてしまった。10度以下だろう。それでも10分ばかり歩きそそくさと病棟に戻って、廊下を少し歩いて今日の散歩に変えた。

病室から見える駐車場の紫の花はツツジだろうと思ってはいた。桜が終ったばかりなのにもうツツジが満開になるのかなあと思ってもみた。駐車場の花壇のツツジはすでに満開だった。何時から咲き始めたが全く気が付かなかった。桜が終ってから病棟の窓から、意識して木々や花壇を眺めることがなかったので、ツツジが植えられていることすら知らなかった。季節の進み具合のあまりの速さに圧倒されそうだった。

白い花は何だろう。遠くから見ると白い長い花のように見えたが、近付いて良く見ると細い枝に数限りない小さな白い花がびっしりと咲いていた。よく見慣れたカスミソウだった。紫のつつじと白いカスミソウが天祖神社の木々を背景にして、その色を強く引き出していた。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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高村光太郎
私も好きです。

高村光太郎

高村光太郎のアトリエが本郷区駒込林町25番地と病院の近くにあったということです。ベルケイド療法で入院していた時に周辺散歩をしていて、動坂から団子坂に向う途中の旧安田邸の裏に、高村光雲が住み、その後三男豊周が住んでいた遺宅がありました。病院から10分位の所です。

光雲が住んでいた頃光太郎と智惠子は千駄木に住んでいて交流はあったのでしょう。ただその遺宅には、今もその関係者が住んでいるということで、外にある看板を読んで外から家を見るほかありませんでした。

また入院の前の日に桜を見に染井霊園に行った時に、高村光太郎と智惠子が一緒に眠っているという墓を見てきました。墓の側面に光太郎、智惠子の名が並んで刻まれています。骨になっても一緒にいたいという気持ちが伝わってきます。詩はもちろん素晴らしいのですが、こういった周辺の事柄は彼の姿を一層鮮やかにしてくれるものです。
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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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