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豊島区散歩-4 神社・寺院を廻るご利益コース

1月29日(火)
朝からどんより曇り今にも雨が降りそうだ。天気予報では豊島区の降水確率は20%であった。観光協会のコース案内では歩いて一時間とあったが、地図から見てそれぞれの寺院はかなり距離があるので到底一時間では無理だと思いウォーキングに違反して、自転車で出掛けることにした。今日のコースは浅間神社と富士塚→高松柳稲荷神社→御嶽神社→功雲院→洞雲寺→祥雲寺となっている。

浅間神社と富士塚は住宅に囲まれた児童公園の横にあった。公園入り口の狭い通路以外入り口がなく住所から見てあっているのだがなかなか見つからなかった。浅間神社は背丈ほどの小さな社しかなくみすぼらしい感じがしたが、その横にある富士塚は堂々と聳えているといった感じだった。周りは金網が張られ「危険につき」ということで入れなかった。

富士塚は上半分位がごつごつした溶岩の岩で作られ、下半分に立ち木が植えられきれいに剪定されていた。ところどころに奉納された石碑が建てられている。この溶岩は富士山から運ばれてきたものだと言う。かなりの量になるだろう。江戸時代にどうやって運んだのだろう。信仰のなせる業なのだろう。富士塚は色々な所にあるが製作当時の状況がよく保存されているということで国の重要有形民俗文化財に指定されている。金網越しにしか見られないのが残念だった。

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 浅間神社社殿                        富士塚

高松柳稲荷神社は住宅街の中にぽつんと立っている感じだ。入り口を入って左に子育て地蔵があり、こじんまりした社がある。昔、高松は3割が森で7割が畑だったそうだ。きれいな小川が流れていて子供たちが遊んでいたといった掲示板がたてられていた。今ではすっかり住宅街になり、神社仏閣以外空き地などは全くない。住宅街の形成が豊島区で一番と言われている。

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 子育地蔵                          高松柳稲荷神社社殿

高松から次の御嶽神社に向かう。環状6号線を横切り、池袋3丁目に入る。突然衣町並みが変わる。細い道がくねくねと曲がり、時々商店街が2,30メートルほど続きまた途切れる。谷端川南緑道を北東に向かって進む。かって川だった所を埋め立て遊歩道として整備し四季折々の植物を植えて市民の目を楽しませようとしているのだろう。迷路のような道を辿り住所を頼ってやっと御嶽神社にたどり着いた。自転車でなければかなり歩いてあきらめていたかもしれない位分かりにくい道だ。

御嶽神社はフクロウが有名でフクロウグッズ(お守りや張子)を売っている。節分の豆まきの掲示が貼られている。本殿の横に稲荷神社があり赤い鳥居が10本ほど並んでいて、その奥の社には瀬戸物の狐が飾ってあった。

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 御嶽神社社殿                       子育稲荷社

「ふくろ祭り」では池袋駅西口一帯の町会のこども神輿など30近くの神輿が参加し、西口駅前に集合し1時より御嶽神社に連合渡御を行った。神輿の中にはメトロポリタンプラザの神輿も参加していた。御嶽神社は、池袋駅西口一帯の氏神である。

御嶽神社から再び曲がりくねった細い道を行きながら2度ばかり環状6号にぶつかり、訂正しながら功雲寺に向かう。谷端川緑地が目印だ。この道は分かりやすくこの道のどちらにあるか判断すればいい。突然功雲寺にたどり着いた。

功雲院の入り口には寺名の表示はあったし、寺の由緒を書いた掲示板もあったが、入り口から見えるのは3階建て位の白いシートで囲われた建築中の建物だった。これは檀信徒会館建築中で寺院の様相も何もない。裏に墓所があり寺院だということがかろうじて分かる位だ。

この建物は市民のための集会場として機能することによって寺院経営の一環となろうとしているのだろう。貸し集会場、貸し駐車場など寺院を見るたびにその経営の難しさを感じさせる。確かに檀家からの寄付や墓を持っている人たちからの維持費などの収入もあるだろうが、到底それだけではやって行けないのだろう。

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 功雲院山門、会館                     功雲院本堂

洞雲寺は功雲寺の隣にある。ひっそりとしたたたずまいで、池袋の中心地にある場所とは思えない。寺院の中には木が茂り、木造建物がしっとりとした味をかもし出している。最近の寺院が鉄筋コンクリート製の機能重視の会館的様相を呈しているのを見慣れているせいか懐かしい気がする。この寺に南側の細い道を入ると、右側は墓所であり、それが終わったところに竜泉庵なる洞雲寺の庵がある。関係者の宿舎なのか禅の道場なのか。

この寺院は黄檗宗(おうばくしゅう)であり、臨済宗、曹洞宗に次ぐ禅宗の一つである。唐の僧黄檗希運(臨済義玄の師)の名に由来する。臨済宗、曹洞宗が日本風に姿を変えた現在でも、黄檗宗は明朝風様式を伝えている。 本山は隠元の開いた、京都府宇治市の黄檗山萬福寺である。

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 洞雲寺山門                         洞雲寺本堂

祥雲寺は功雲院、洞雲寺と背中合わせになっていて、池袋から要町、千川に向かう千川通りに面していて、千川通りと環状6号との交差点から池袋駅に少し行った所にある。門前にフクロウの置物がある。これはおうる工房製作「福寿福郎」である。

池袋は近くに「すすきみみずく」で知られた雑司が谷の鬼子母神があり、また「いけぶくろ」の名が「ふくろう」に通じることもあり,フクロウと馴染のある所だという。豊島区制施行70周年を記念して、世界中の若い美術家のデザインした梟(ふくろう)像を48体作ることを目標としているのが「梟の樹を創る会」。池袋には現在、会によるモニュメントや像などの梟が10体設置されている。ほかにも、みみずくのベンチや、梟のオブジェなどがあちこちに点在している。

祥雲寺のお墓の案内には次のように書かれている。「都内では貴重な大木を残し、多くの野鳥や昆虫が訪れます。春にはサクラがそして、ケヤキ、カエデなどの落葉樹の季節の彩りをお楽しみ頂けます。境内に太陽光発電パネルを設置いたしました。自然の恵みを少しでも還元したいと思っています。また、災害時に1次避難所として機能できるように発電機と燃料を備蓄しています」と。

池袋から5分の葬祭場、墓所といったキャンペーンでこの寺院は経営しているのだろう。山門から中に入って最初に見たものはまさに葬祭場の会館であった。奥へ行けば由緒ある本堂や仏像があるのかもしれないが、丁度葬儀の準備で人が出入りしていたので全てを見たわけではないが今の寺院の実情を見た気がする。
                  
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 祥雲寺山門                         祥雲寺本堂 

神社・寺院の略歴
浅間神社・富士塚:浅間神社には、文久2年に築いた直径約21メートル、高さ約8メートルの富士塚があります。富士講のひとつ、長崎村の「月三講」が、富士山から運んだ溶岩を使い、富士山の五合目以上を真似て築造したといわれています。※富士講とは、富士山を神の宿る地として信仰する人々の集まり。富士塚は、各地の「講」によって、富士登拝ができない人のために富士山に模して築かれたものです。

高松柳稲荷神社:元は個人の屋敷稲荷でしたが、その後、共同の所有となり高松の鎮守となりました。1747年に長崎村字高松の講中13人が建てたという子育地蔵があります。

御嶽神社:池袋西口一帯の氏神様。ご祭神、倭建命(やまとたけるのみこと)の草薙の剣の話により、古くから災難除・防火・厄除けの神徳があるとのこと。また池袋の袋と梟にちなみ、苦労を除き(不苦労)福を呼ぶ神、知恵の神様ともいわれています。

鳩峰山・曹洞宗・功雲院:鳩にまつわる不思議な言い伝えから、別名・鳩寺とも呼ばれています。堀直廣の妻である功雲院が原因不明の病いに倒れた折、三晩続けて鳩が夢枕に立ちました。そのお告げどおりに、ある薬を煎じて飲むと病いが全快したそうです。その鳩の供養として、慶長18年、泉岳寺の境内に観音堂を建立。その後、明治43年に当地に移転されました。

竜泉山・黄檗宗・洞雲寺:大正3年に文京区関口より移転。松尾芭蕉の木像や、後世の門人が作った芭蕉の位牌などがあり、芭蕉ゆかりの寺として有名です。庭には、大きな葉の茂った芭蕉の木も植えられています。

瑞鳳山・曹洞宗・祥雲寺:明治39年、小石川より移転された曹洞宗のお寺で、本尊は薬師如来。境内には、首斬り浅右衛門の名で知られる山田浅右衛門の碑があります。山田家の本業は、徳川家刀剣類御試し御用でしたが、罪人の首を斬る同心の代役も勤めていたとか。本堂の奥には、漫画家の石ノ森章太郎のお墓もあります。
(豊島区観光案内より)

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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ブログ見させていただきました。
癌の闘病生活なんですね・・・。

神社や寺もいいですが…一度、「教会」に行ってみて下さい。

そこには「希望」があります。
人生変わるかもしれません。

私もその「希望」を見出した一人です。

「君は愛されるために生まれた」♪

すいません、なんとなくコメントを残させてもらいました。

God Bless You!!!

わざわざ貴重なサジェスチォン有難うございます。ただ神社仏閣に行くのは、歴史的建造物を見に行き、地元の歴史を知るといういわば観光目的のようなもので、宗教的意味はありません。

神社に行っても一度も神殿に向かって手を合わせたことはありません。確かに一般的に見れば不自然だと思われがちですが、病気がよくなるようにと神頼みしたいとは思いません。

治癒が望めないがんに罹り、そういった中でどのように生きて行くのかは自己の思想と意思の問題で宗教の問題ではないと思うからです。従って建物としての教会には訪問することはあるかもしれませんがキリスト教に興味は持てません。
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yosimine

Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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