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東村山・北山公園菖蒲まつり

6月14日(木)
西武線沿線で探してみると駅のポスターにもあったが、東村山の北山公園が花菖蒲の名所として紹介されている。6月11日の開花状況を調べてみると3~4分の咲き始めだが、開花はどんどん進んでいて、今週末までには見頃になりそうだということだった。
  
北山公園は狭山丘陵を背景にした自然公園で、新東京百景に選ばれている。「となりのトトロ」に登場する“七国山”の由来となった八国山を背に、広大に広がる水と緑の公園である。初夏には、170種、7000株、10万本の花菖蒲が咲き誇る、花の名所で、雨の季節に映える、艶やかな紫の花々を楽しみに、毎年、多くの人が花菖蒲散歩を楽しむ。

現在の公園がある土地はもともと水田地帯であった。70年頃より不動産業者によって開発が進められつつあったが、東村山市は自然環境保護の観点から用地を確保し、1976年に都市計画公園として「北山公園」の設置を決定し、花菖蒲などの植栽を始めた。

北山公園の菖蒲苑に行くことにした
東村山の北山公園に花菖蒲を見に行った。北山公園菖蒲祭りは6月9日から24日まで開催されその間様々なイベントが催される。開花時期を考えるともう少し時期を遅らした方がいいだろうと思うがそうも言っていられない。西武線で一本だと思うとあまり距離を感じない。駅から20分ばかり歩いて菖蒲苑に到着する。

梅雨入りしたが、今日は久しぶりに晴れた。東村山駅からはかなりの人が北山公園に向って歩いていく。丁度途中に弁天橋があり、直接菖蒲苑とは関係ないが、距離の目印にはなる。北山公園は、北川に面していて善行橋を渡ると公園が八国山緑地を背景にして広がっている。

北山公園菖蒲まつり096_convert_20120614222135  北山公園菖蒲まつり038_convert_20120614221935
 弁天橋                            善行橋

東村山・北山公園菖蒲苑
北山公園菖蒲まつり143_convert_20120614203729 菖蒲苑を見晴台から見た情景 

北山公園菖蒲まつり140_convert_20120614203638 

菖蒲苑を埋める菖蒲と見学客
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北山公園菖蒲まつり120_convert_20120614203844

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名前の変わった花菖蒲

北山公園菖蒲まつり006_convert_20120614232359  北山公園菖蒲まつり001_convert_20120614232242
 蛇の目傘                           満月の恋

北山公園菖蒲まつり012_convert_20120614232426  北山公園菖蒲まつり014_convert_20120614233451
 みちのくの黄金                       筑羽根
 
北山公園菖蒲まつり020_convert_20120614232549  北山公園菖蒲まつり024_convert_20120614232728
 清雅                              桃霞

北山公園菖蒲まつり026_convert_20120614232818  北山公園菖蒲まつり029_convert_20120614232858
 暁の闇                             皇王

北山公園菖蒲まつり155_convert_20120614233037  北山公園菖蒲まつり159_convert_20120614234659
 月夜野                             京舞

菖蒲苑を囲むアジサイ
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北山公園菖蒲まつり131_convert_20120614204307  北山公園菖蒲まつり135_convert_20120614204517

近くに老人ホームがあるのだろう、その遠足のようで車椅子が30台ばかりいた。八国山緑地周辺は環境がいいからだろう病院が幾つかある。また介護老人保護施設「保生の森」や老人ホーム「白十字ホーム」がある。

老人ホームや介護施設では皆で出かける機会は出来るだけ多くしたいと思っているだろう。部屋の中ばかりに閉じこもっていると気分が滅入ってしまうだろうから、出かけるということが気分転換にどれだけ必要なことだろう。ただ、皆で出かけるのには車椅子一台に介護者が一人つかなければならない。出かける時にはボランティアの人を要請し体制を整わなければならない。そういった体制が地域で出来ていればいいが、そうでなければ、老人たちはスタッフの数に合わせた外出しか出来ない。老人介護におけると地域との連携の必要性を改めて感じた。

歩くことも出来ず、介護者の世話になり、認知症にでもなったら何のために生きているのか、分からない。でも人間は寿命がある限りそれを全うする外ない。人は生きることに何の目的もなくなっても生き続けざるをえない。辛いことだがやむをえない。しかしそういった状態の中でもそれなりの楽しみを見出していくことが可能かどうかは、介護ホームの体制と福祉の質によることがかなり影響することだろう。こういった事を考えながら北山公園の花菖蒲苑を巡り鑑賞していった。

北山公園周辺散策
東村山駅でもらった「水とみどりの東村山、わくわくMAP」によると駅へ向う途中に幾つかの神社仏閣があり紹介している。北山公園から東村山駅までの最初に行き当たるのが正福寺と千体地蔵堂である。正福寺は東村山トリップアドバイザーによると観光名所人気ランキングで狭山公園についで2位であった。駅までの道を正福寺、大善院、猿田彦神社、諏訪神社と寺院、神社を見学しながら戻って行った。

正福寺(金剛山 臨済宗建長寺派)
北条時宗が鷹狩りの折病気になり、夢枕に黄衣をまとった地蔵菩薩が現れ丸薬をくれた。これを飲み、眠りから覚めたら病いが治ったので、地蔵尊を信仰して、弘安元年(1278年)この地蔵堂を建立した。しかし、昭和9年改修の際発見された墨書銘により、室町時代の応永14年(1407年)の建立と分かった。鎌倉の円覚寺舎利殿とともに禅宗様建築の代表的遺構で、国宝建造物。本尊は千手千眼観音。

北山公園菖蒲まつり056_convert_20120614204918  北山公園菖蒲まつり043_convert_20120614204816
 正福寺山門                          正福寺本堂

北山公園菖蒲まつり052_convert_20120614204951  北山公園菖蒲まつり051_convert_20120614204852
 正福寺地蔵堂                        地蔵堂を横から見た様子

大善院(恵日山 天台宗寺院)
創建年代は不詳。八王子市円通寺の塔頭として創建したという。東村山周辺の檀信徒の希望により明治32年に移転願を提出、当地へ移転した。現在「野口のお不動さま」「水子地蔵堂」「七福神」として知られている。境内には溶岩の築山がありその山には唐金製の不動明王を中心にした三十六童子像が立ち並んでいる。

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 大善院境内                        大善院本堂

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 築山と三十六童子像

北山公園菖蒲まつり061_convert_20120614212409 北山公園菖蒲まつり069_convert_20120614211732 北山公園菖蒲まつり070_convert_20120614211819
 境内の溶岩                水子地蔵尊              七福神像

北山公園菖蒲まつり071_convert_20120614211933 北山公園菖蒲まつり073_convert_20120614212023 北山公園菖蒲まつり074_convert_20120614212058
 七福神像

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 七福神像

猿田彦神社

明治28年8月に東村山停車場の開業を祝って、道の神猿田彦大神を鎮守として創建した。当地周辺の旧道辻には庚申塔があり、庚申塔を神体として当地へ移したという。

北山公園菖蒲まつり089_convert_20120614220508  北山公園菖蒲まつり091ed_convert_20120614213235
 猿田彦神社鳥居                       猿田彦神社拝殿

諏訪神社

創建年代は不詳、諏訪町の鎮守。当地の桜井利兵衛氏が勧請したと伝えられ、徳蔵寺に当てた文書に貞享2年(1685)とあることから、江戸時代初期に創建したといわれてる。御祭神は信濃の諏訪神社から分祀された。

北山公園菖蒲まつり083_convert_20120614212449  北山公園菖蒲まつり085_convert_20120614212551
 諏訪神社参道                         諏訪神社本殿

(参考資料:東村山市公式サイト)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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No title

七国山のモデルが八国山で、実在するとは…知りませんでした。

ところで13日の「あじさいまつり」のブログ中に、「国道4号線」とありましたが、
我が家のすぐそばをとおっているんですよ。

東京では日光街道とも言われているのでは?

ここは日光より北だから奥州街道でしょうか。
でも、この道をそう呼ぶのを、私は聞いたことがありません。

日光街道

koharuさん、Wikipediaからの引用です。

日光街道は、江戸時代に設けられていた五街道の一つ。 日本橋からは昭和通りと呼ばれ、明治通りと交差する大関横丁から日光街道となる。

江戸日本橋(中央区日本橋)を起点とし、日光坊中(下野国都賀郡日光東照宮、栃木県日光市山内)に至る街道。日光街道は江戸時代に徳川幕府の政策として整備された五街道のひとつで、江戸 - 下野国日光間に寛永13年(1636年)に開通した。江戸から徳川家康を祀る日光山に至る主要道路として整備されている。

道中には21の宿場が置かれていた。日本橋から宇都宮までの道程は奥州街道と共通であった。この区間にはもともと古道奥州道があったが、日光街道の開通とともに日光街道と称されるようになった。現在も国道4号(宇都宮市以南)と国道119号の通称として用いられる。

国道4号は、中央区から青森県青森市へ至る一般国道である。陸上距離が日本一長い国道である。東京都では中央区 - 千代田区 - 台東区 - 荒川区 - 足立区、埼玉県では草加市 - 越谷市 - 春日部市 - 北葛飾郡杉戸町 - 幸手市に至り、街中を通過している。幸手宿は日光街道と日光御成街道の合流点として、さらに筑波道が分岐する宿場町として繁栄した。そういったことで日光街道の名残が幾つか存在している。
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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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