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入院19日目・谷中寺院めぐり

7月6日(金)
明日退院する。毎朝30分のウォーキングをやっているが、どの程度歩けるか試してみたい気がする。今日は午前中に血小板の輸血があるが、午後には何の予定もない。明日退院だから外出許可もいらないだろうと勝手に判断して出かけることにした。

荒川区観光協会のホームページを見ていたら、日暮里・谷中散策マップが掲載されていて、散策ルートも表示されている。そのルートで行くことにした。病院から不忍通りと平行して高台の上を通る道がある。団子坂に行き当たり坂を下ると、千代田線千駄木の駅に出る。その少し手前の道を左に曲がり須藤庭園に寄っていく事にした。文京区の庭園、公園案内を見ていたら須藤公園は庭園に分類されている。それなりに由緒ある庭園だということだ。

須藤公園を散策した後、団子坂下から寺院めぐりを開始する。日暮里・谷中散策ルートには寺院としては大円寺と全生庵と長安寺が紹介されていたので、そこを中心に回る予定だったが、ルートの最後の谷中銀座に至るまでに、右にも左にも寺院が並んでいる。写真だけを撮ってルートを進む、そういった散策になった。ひたすら寺院の山門と本堂の写真が続く。寺院を回るだけだからあまり感想がない。今回はコメントなしで済ますほかない。

病院を出たのが13時30分頃、戻ったのが16時過ぎ、ほとんど休まなかったので2時間以上は歩いたことになる。体調的には少し疲れはしたが、それ以外には問題ない。退院後旅行に行きたいと思っているが、今の体調であればどうにかなるだろう。今回の治療法は血球に影響を与えたが、体調的には全く問題はなかった。ただIgMの高い数値が体調にこれからどのような影響を与えるのか不明なところがあるので、体調変化に絶えず注意していくことが必要だろう。

日暮里・谷中散策ルート
須藤庭園→団子坂下→大円寺→妙法寺→福相寺→金生庵→天龍院→本通寺→龍告寺→永久寺→明王院→観智院→養泉寺→常在寺→功徳林寺→笠森稲荷→長安寺→観音寺の築地塀→加納院→岡倉天心記念公園→宗林寺→長明寺←本受寺→七面坂→夕焼けだんだん→谷中銀座商店街


須藤庭園:
江戸時代、加賀前田藩の支藩大聖寺藩主松平備後守の屋敷であった。このあたりは江戸の郊外で、閑静で敷地も広く、地形を立体的に巧みに構成して、遊歩道をめぐらした趣のある庭園を作った。当時の大名の趣味生活がうかがえる。

DSCF9984_convert_20120706071313.jpg 丘の上から弁天堂を見る

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DSCF9990_convert_20120706071541.jpg  DSCF9987_convert_20120706071649.jpg 弁天堂と須藤の滝

大円寺(日蓮宗 高光山):
大円寺は、大円院日梗聖人が開基となり創建したというが、年代は不明。上野清水門脇から当所へ移転した。境内には笹川臨風の「お仙と春信の顕彰碑」、永井荷風の「笠森阿仙之碑」がある。お仙は、笠森稲荷神社前の茶屋「鍵屋」の看板娘で、江戸の三美人の一人。絵師鈴木春信はその姿を、当時全く新しい絵画様式である多色刷り版画「錦絵」に描いた。

DSCF9997_convert_20120706071853.jpg  DSCF9994_convert_20120706072019.jpg
 大円寺本堂                                  「お仙と春信の顕彰碑」

妙法寺(日蓮宗 龍江山)
-山門と本堂

DSCF9999ed_convert_20120706072113.jpg  DSCF0002_convert_20120706093339.jpg

福相寺(日蓮宗 松栄山)-山門と本堂

DS_convert_20120706211102.jpg  DSCF0008_convert_20120706072509.jpg

全生庵(臨済宗国泰寺派):
全生庵は山岡鉄舟居士が徳川幕末・明治維新の際、国事に殉じた人々の菩提を弔うために明治十六年に建立した。尚、居士との因縁で落語家の三遊亭円朝の墓所があり円朝遣愛の幽霊画五十幅、明治大正名筆の観音画百幅が所蔵されている。

DSCF0011_convert_20120706072610.jpg 全生庵本堂

DSCF0013_convert_20120706072751.jpg 鐘楼

DSCF0014ed_convert_20120706072844.jpg DSCF0016ed_convert_20120706072938.jpg DSCF0019ed_convert_20120706073145.jpg
 国事殉難志士墓                                    三遊亭円朝墓(東京都指定旧跡)

DSCF0017ed_convert_20120706073048.jpg DSCF0022_convert_20120706073225.jpg
弘田龍太郎墓(台東区登載文化財)  山岡鉄舟墓(東京都指定旧跡)

天龍院(臨済宗妙心寺派 海雲山)           龍谷寺(日蓮宗 栄照山)

DSCF0025_convert_20120706073457.jpg  DSCF0031_convert_20120706073731.jpg


本通寺(日蓮宗 法栄山)
-山門と本堂

DSCF0029_convert_20120706073932.jpg  DSCF0028_convert_20120706073824.jpg


永久寺(曹洞宗 興福山)
-山門と本堂

DSCF0038_convert_20120706114313.jpg  DSCF0033_convert_20120706114206.jpg
  
明王院(新義真言宗 天瑞山歓福寺)-本堂と大師堂

DSCF0036_convert_20120706113807.jpg  DSCF0035_convert_20120706113655.jpg

観智院(真言宗豊山派 初音山東漸寺)       養泉寺(日蓮宗 長清山)

DSCF0039_convert_20120706114434.jpg  DSCF0042_convert_20120706114545.jpg

常在寺(日蓮宗 感応山)-山門と本堂

DSCF0044_convert_20120706125407.jpg  DSCF0045_convert_20120706125222.jpg 

長安寺:
老山和尚禅師(享保9年1724年寂)が開山、長安軒として安藤右京亮屋敷内に創建、正徳2年(1712)大道山長安寺の寺号が認められ、当地に移転した。板碑とは死者の菩提を弔うため、あるいは生前に自らの死後に供えて供養を行う(逆修という)ために建立した、塔婆の一種。板石塔婆・青石塔婆ともいう。

DSCF0054_convert_20120706131321.jpg 長安寺本堂 

DSCF0053_convert_20120706131156.jpg 狩野芳崖の墓 

DSCF0056_convert_20120706131410.jpg 板碑

観音寺の築地塀:
瓦と土を交互に積み重ねて作った土塀に屋根瓦をふいたものであり、江戸時代から続く寺町谷中の風情を伝える。造られたのは200年以上前に遡るという観音寺の築地塀(ついじべい)。関東大震災で一部崩壊し戦災を免れ、日々小さな崩れを起こしては補修されつつ現在に至る。平成4年(1992)台東区まちかど賞受賞。

DSCF0057_convert_20120706132017.jpg

岡倉天心記念公園:

日本美術院は明治31年9月に竣工した木造2階建てで、南館(絵画研究室)と北館(事務室・工芸研究室・書斎・集会室)からなり、付属建物も2、3あったといわれている。明治39年(1906)12月に美術院が茨城県五浦に移るまで、ここが活動の拠点となっていた。横山大観らと日本美術院を創設し,日本の伝統美術の復興に努力した岡倉天心の旧居跡(この場所にあった日本美術院跡地)を、昭和41年(1966)台東区が公園としたもので、岡倉天心史跡記念六角堂が建てられ、堂内には平櫛田中作の天心坐像が安置されている。

DSCF0063_convert_20120706170450.jpg

加納院(新義真言宗 長谷山元興寺加納院)-山門と本堂

DSCF0059_convert_20120706132352.jpg  DSCF0062_convert_20120706132535.jpg

功徳林寺(浄土宗)                      宗林寺(日蓮宗 妙祐山)

DSCF0048_convert_20120706125519.jpg  DSCF0066_convert_20120706132747.jpg  

笠森稲荷神社:
現在功徳林寺の境内にある。瘡守(かさもり)稲荷が笠森稲荷という当て字をつけられたという。江戸時代、瘡(梅毒、吹き出物)、キズの治癒にご利益があったが、評判を広めたのは門前の茶屋「鍵屋」の看板娘「お仙」が江戸3大美人と言われるほどの美人で、お仙見たさに人が集まったといわれ、浮世絵師鈴木春信(1725~70)がお仙の錦絵を描いたら、たちまち売切れたという。町民の女性を単独で描いたのは史上初めてだという。大円寺にもゆかりがある。

DSCF0051_convert_20120707052737.jpg
                                              
長明寺(日蓮宗 日照山)                  本授寺(顕本法華宗 円妙山)

DSCF0067_convert_20120706132857.jpg  DSCF0070_convert_20120706133015.jpg

七面坂: 
日暮里駅から谷中霊園横の御殿坂を上まで上ると二股に分かれる。右は谷中銀座、左はこの七面坂である。長明寺の墓地裏を経て宗林寺の前に下る坂。名前の由来は坂上にある寺院延命院にある七面天女を祭る七面堂から。

DSCF0076_convert_20120706165438.jpg 七面坂(狭い道を車がよく通る)

夕焼けだんだん:

日暮里駅方面から谷中銀座に下る坂(階段)。御殿坂の延長線上にあたる。階段上から谷中銀座を見下ろす風景は谷中関連の雑誌や番組にしばしば登場する有名なもので、夕焼けの絶景スポットにもなっている。階段の下には「谷中ぎんざ」と書かれたゲートがある。夕焼けが美しいことと、下町情緒が感じられる名前として命名した。

DSCF0073_convert_20120706160229.jpg 夕焼けだんだんの石段

谷中銀座商店街:
日暮里駅千駄木駅から徒歩3分。台東区の西北端に位置し、谷中3丁目と西日暮里3丁目にまたがる近隣型商店街。「小さくても活気にあふれ下町の人情を感じさせる商店街ではどこかで見たことのあるような、懐かしい笑顔があなたをお待ちしております。」(商店街振興組合HPより)

DSCF0074_convert_20120706160530.jpg 商店街日暮里側入り口

DSCF0079_convert_20120706160638.jpg 商店街の賑わい、正面の石段は夕焼けだんだん

(参考資料:文京区HP・文京の観光案内、荒川区観光振興課・荒川区観光ガイド、猫のあしあと・台東区の寺院)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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まとめtyaiました【入院19日目・谷中寺院めぐり】

7月6日(金)明日退院する。毎朝30分のウォーキングをやっているが、どの程度歩けるか試してみたい気がする。今日は午前中に血小板の輸血があるが、午後には何の予定も

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手賀沼,牛久沼より生還

 ご退院,おめでとうございます。
 治療効果を確認する前に退院するのは不安でしょうが,通院でできる治療なので,M2プロトコルに重篤な副作用がないことを見極めれば,退院したほうがQOLが高くなりますね。
 IgMの検査がひんぱんにできるというメリットもあるし。

 MM用のアルキル化剤といえば,CとMしか知らないのですが,いろいろ,あるものなのですね。

効果ある薬

抗がん剤は色々ありますが、効果ある薬の出会うというのはまさに幸運というほかありません。今までの治療で、代謝拮抗剤のフルラビンや植物アルカロイドのエトポシドなどは全く効果がありませんでした。新薬のサリドマイドやベルケイド、レナリドマイドは効果があって非常に助かりました。

それにアルキル化剤は効果がありました。ただ骨髄抑制が強く治療を断念せざるを得ないことも結構ありました。こういった治療経過を省みると私にとって効果ある抗がん剤は結構あったといえるでしょう。ただ薬物耐性が強くすぐ効かなくなるのが問題でした。

今回アルキル化剤の系列なので期待していたのですが残念ながら効果は今のとこと皆無です。次をどうするか、今日の診療で決まるでしょう。
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がん治療とは長く細い道を辿ら
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