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豊島区散歩-6 雑司が谷鬼子母神

2月14日(木)
 「小ぬか雨降る 御堂筋 心変わりな・・・」という欧陽 菲菲の『雨の御堂筋』という歌があったが、小ぬか雨降る鬼子母神というわけだ。都電を大塚から乗って鬼子母神前で降り2,3分でケヤキが並木が見える。古いもので樹齢400年。昔から残っているケヤキの巨木は4本だけで東京都指定の天然記念物だが、現在では若木を補いながら江戸の旧観維持に努めている。大分成長した木やまだ細い木も取り混ぜて計20本位がケヤキ並木道を作っている。

境内を巡る
境内に入って石畳を進むと左右に石の仁王像がお堂を護っている。この二像は丈と幅が同寸といわれる珍しい姿で、盛南山という寺の観音堂にあったものが寄 進されたと伝えられている。

境内に入るとすぐ左に大公孫樹(おおいちょう)が聳えている。樹齢約600年といわれ、今も樹勢は止まってはいない。このイチョウの木の大きさは、色々な所で保護樹林のイチョウを見たが比べ物にならない位の大樹だ。今は枯れて葉は落ちているが、写真で見ると夏には境内を覆うような緑の葉が生い茂っており、涼を取るには最高の場所だろう。

鬼子母尊神が祀られる本殿、妙見堂、金剛不動尊を安置した法不動(のりふどう)堂、元禄12年(1699年)建立の帝釈天王の石像、また寛政3年(1791年)に茶・俳諧をよくした川上不白自筆の69,384の一字一石の法華経を納めた一字一石妙経塔などもある。

境内南東には、何十かの奉納された朱色の鳥居をくぐっていくと倉稲魂命(うけみたまのみこと)を祀った古社武芳稲荷があり、今は新築されているが、古来この地が稲荷の森と称されていた頃の幾百年の名残を伝えている。さらに本堂北側には、山岡鉄舟の雄渾な書体で描かれた碑もある。

aB080_convert_20100228211101.jpg 鬼子母神堂

鬼子母神堂の成り立ち
1561年、現在の文京区目白台付近の「清戸(せいど)」の畑から、鬼子母神像が発見され、武芳稲荷(ぶほういなり)の森を切り開いて像を安置し、鎮守(ちんじゅ)としたのがはじまりだった。

今の本堂は寛文六年(1666)の春に、前田利常の三女 満姫(浅野光晃の妻、自澄院殿)が、天下安全・子孫繁栄の祈願として造られた宝殿であるといわれ、豊島区内最古の建造物とされている。もちろんこの堂も何度か改修されているが使われている建材などはそのままだということだ。
 
雑司が谷鬼子母神は宝殿がつくられた江戸初期から多くの人がお参りに集まった。門前には茶屋(ちゃや)や料亭(りょうてい)が建ち並んでだ。お参りのおみやげには、「すすきみみずく」「麦藁細工の角兵衛獅子」「風車」などの子供のおもちゃが売られていた。麦藁(むぎわら)でつくった“さんだわら”または“べんけい”とも呼ばれるものに、これらのおもちゃをさし込んで売っていた。鬼子母神の前にあった料亭を描いた浮世絵もあり、このような料亭では、お金持ちの町人が集まって俳句を詠んだりして交流していた。

鬼子母神の由来
kisimojin_new.jpg その昔、鬼子母神はインドで訶梨帝母(カリテイモ)とよばれ、王舎城(オウシャジョウ)の夜叉神の娘で、嫁して多くの子供を産みました。しかしその性質は暴虐この上なく、近隣の幼児をとって食べるので、人々から恐れ憎まれました。

お釈迦様は、その過ちから帝母を救うことを考えられ、その末の子を隠してしまいました。その時の帝母の嘆き悲しむ様は限りなく、お釈迦様が戒めたところ、帝母ははじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、その後安産・子育の神となることを誓い、人々に尊崇されるようになったとされています。

鬼子母神像は、鬼形ではなく、羽衣・櫻洛をつけ、吉祥果を持ち幼児を抱いた菩薩形の美しいお姿をしているので、とくに角(つの)のつかない鬼の字を使用している。

鬼子母神から池袋駅へ
小雨がぱらつく中人っ子一人いない境内を散策する。本堂の階段を上がると左側の隅にお守りなどのみやげ物を売っていたが店員はいなかった。雨が降ってなくても大銀杏だけでなく大樹が至る所にあり森閑とした雰囲気をかもしだしている。近くに住んでいたら、のんびりするのもいいだろう。池袋から程近いのに、何となく下町とか私鉄沿線の雰囲気がする。

大黒屋という団子屋がある。おせん団子の名前は、鬼子母神に千人の子供がいたことにあやかり、たくさんの子宝に恵まれるようにという願いに由来している。江戸時代には参詣の人々が境内で休むとき、また鬼子母神詣での土産として親しまれた。しかしこの団小屋も平日はやっておらず次の開店日は2月16日と張り紙がしてあった。

「上川口屋」という境内にある江戸時代から続く老舗の駄菓子屋がある。駄菓子屋のおばちゃんはなんと13代目だという。日本で一番古い駄菓子屋と言われている。古びたたたずまいがなんとも言えぬ味をだしていて心を癒す。鬼子母神のお告げがあって作られるようになったと言われている“すすきみみずく”はここで売っている。魔除けに効果ありとの事。ここも雨天休業ということで閉まっていた。

鬼子母神本堂を回って裏に出ると妙見堂がある。そこから外に出ると西参道商店街があり、2,3分歩くと明治通りに出る。地図では見ていたが明治通りがこんな近くにあるとは思わなかった。池袋の繁華街がすぐ傍にある。西参道の入り口から池袋駅まで歩いても10分もかからない。

都電から来た時は静かな町並みがあり、田舎町を思わせる雰囲気があった。ケヤキ並木の参道や鬼子母神の境内の静かさが都会を忘れさせてくれる空間を作り上げていた。それが明治通り方面に出ると都会の雑踏の中だというこのアンバランスが何故かスリリングな気分にさせてくれる。明治通りの車と人の波を10分ほど歩いて池袋駅に到着した。雨はひたすら降り続いている。

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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