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映画 『永遠のマリア・カラス』

3月20日(木)
昨夜、ムービー・プラスというチャンネルで『永遠のマリア・カラス』という映画をやっていた。何気なく見ていたが、カラスの代表的な歌、「蝶々夫人」「トスカ」「カルメン」、そして「ノルマ」等が次々と出てきて段々と引き込まれていった。歌の一つ一つが効果的に使われており、カラスの歌声をふんだんに聞けるというだけでもこの映画の魅力となっているだろう。

STORY: 歌に生き、恋に生きた、20世紀オペラ界の伝説的なディーバ(歌姫)マリア・カラスの晩年を描いた作品。けれど伝記映画ではなく、生前のカラスと親交があったフランコ・ゼフィレッリ監督が、もしこの時のカラスがこうだったらと想像したフィクション。

21005YQ179L__AA115_.jpg映画は、1976年、かつてマリア・カラスの仕事仲間であり、今はロックバンドのプロモーターとして世界中を飛び回っているラリー・ケリーが、パリの自宅で引きこもり生活をしているマリア・カラスを訪問するところから始まる。ラリーは一つの企画書を持ってくる。

それは、カラスの全盛期に録音した声を使い、今のカラスでオペラ映画「カルメン」を作るという企画だった。日本での公演の失敗で自信を失い、歌うことを拒絶しながら、夜になると自分のレコードを聴きながら泣いていたカラスは、迷った末にこの仕事を引き受ける。

映画を作るうちに、カラスの中に、再び創作することの、そして歌うことの喜びが、芽生えてくる。映画は素晴らしい仕上がりだった。しかし、試写でカラスは最後まで観る事ができない。本当にあれは自分なのか。「私のオペラ人生は幻想じゃなかった。真実だった。」とカラスは語り、ラリーに映画の廃棄を求める。そしての言葉を、唯一理解したのが、この企画を持ってきたラリーだった。

次の企画「椿姫」持ち込まれる。カラスは「椿姫」は出来ない、「トスカ」ならいい、その代わり自分の過去の声の吹き替えでなく実際に自分の声で歌いたいと言う。しかしその企画は通らなかった。聴衆はカラスの絶頂期の歌声を聞きたいのだ。それが幻想であっても、人々はそれを求める。

カラスがあれほどの美声を人々に与えるために、どれだけの代償を払ってきたのか。その苦悩、歌への信念、プライドを持つことの大切さ、プロフェッショナル意識、強く生きていくことなど、迷い、試行錯誤しながら、自分を見失なうことを潔しとしない彼女の生き方は、現代を生きる女性たちへのメッセージとなるだろう。

最後ラリーとベンチで話すことが印象に残る。「普通の女であれば幸せだったのに」というセリフには、一人の女性としての素直な心情が吐露されている。カラスの人間性が伝わってくる。しかし、普通の人生、一般的な生などはどこにもない。すべて人の人生はそれぞれに個別的であり特殊的である。

問題は自らの生の何処に自分の核心的部分を置いているかによるのだ。その確固たるものがあれば人生は輝かしいものになるだろう。声を失ったオペラ歌手がどのように残りの人生を生きていくのか、これはカラスだけの問題ではなく、我々がこれからの人生をどう生きていくのかを考えさせるものである。

マリア・カラス(Maria Callas、1923年12月2日 - 1977年9月16日)
ニューヨークで生まれパリで没し、20世紀最高のソプラノ歌手とまで言われた。特にルチア(ランメルモールのルチア)、ノルマ、ヴィオレッタ(椿姫)、トスカなどの歌唱は、技術もさることながら役の内面に深く踏み込んだ表現で極だっており、多くの聴衆を魅了するとともにその後の歌手にも強い影響を及ぼした。カラスの傑出した点は、ベルカントオペラに見られる様式的な登場人物に抜きん出た心理描写力と演技力で血肉を与え、作品の真価を多くの聴衆に知らしめたことにある。(Wikipediaより)

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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