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自然・仕事

3月25日(火)
自然と対峙する
pho135c.jpg昨日雨が降りラジオ体操は休みだった。中1日置いて公園に行った。たった1日で、オオシマザクラ(右写真)の白い花は8割方開き、ソメイヨシノは5割位咲き始めていた。急速に春は訪れている。その鮮やかの光の中で、自分の置かれた状態を嫌でも噛締めざるを得ない。

自然との対峙の仕方には二つの意味があるようだ。1つはいつ命が絶たれるか分からない病に犯された体の私に対して、自然はあくまでも自らの循環を淡々と貫いている。その永遠に繰り返す営みに崇拝の念を抱きながら自らの限られた状態を照射する。

2つ目は仕事を離れ、日々追いまくられる生活から離れて自然を鑑賞することが出来る精神的余裕があり、それによって自然の営みを感じられ、ゆったりと感受出来る時間があるということだ。残りある人生でも、生き方によっては、仕事に追いまくられ自分を見失ってしまっている人生よりよっぽど充実した人生を送ることが出来るのだと思う。

職場での仕事の状況
マネキン・ディスプレイ業界の流通センターの仕事についていた時、仕事の前にラジオ体操にでも行けばすっきりと余裕を持って、仕事に向かうことが出来たのかもしれない。しかし夜遅く帰ってきて、酒でも飲んで寝るだけの人生の中で、睡眠時間を確保するだけでも精一杯だった。夜1時、2時まで仕事があった時は会社に当然泊まってしまう。

確かに会社は、流通センター建設の時、宿泊設備を整えた。6畳の日本間と、シャワー設備、洗濯機の設置などそれはあたかも従業員の福利厚生のために見えるかもしれないが、実は24時間働かせるためのタコ部屋的設備でしかないのだ。

仕事の動きの中でどうしても月5,6日は泊まらざるを得なかった、ブライダルの催事が重なる1、2月、7、8月は2、3日連続して泊まることもある。2時か3時頃仕事が終わり一杯飲んで寝て、朝8時には起きコーヒー一杯飲んですぐ仕事に入る。生きることのメリハリがない。やはり遅くなったとしても家に帰って風呂にでも入り食事をし、朝は起きて通勤をすることによって新たに仕事に向かっていく日々を送れるのだ。

タコ部屋は期間限定だから耐えられるのかもしれない。一生続くとなるとのは刑務所生活のようなものだ。次の日土日で、遅い出勤でいい時はタクシーを利用して帰宅していたが、家に帰って出勤まで2,3時間しかない日はさすが泊まってしまう。

加速する忙しさ
顧客であるデパートの営業時間の延長によって催事場の入れ替え時間が遅くなり、またホテル催事や展示会場催事でも、昔は18時頃から入れ替えが出来ていたが、会場費節減のため、展示会場が使用していない21時以降の什器の入れ替えになりそれが終わってからの流通センターでの積み下ろしになるので、流通センター業務の終了時間がどんどん遅くなりしたがって泊まりも増えていった。

どのような意味のある仕事でも、最初は生きがいを持って就いた仕事でも、あまりにも忙しさが続くと仕事の意味を見失ってしまうことになり、仕事はこなしていくものになってしまう。確かに大きな仕事をやり遂げた後は、その時どんなに忙しくても達成感を感じることが出来るだろう。

しかし、忙しさが続くとそれを感じる感受性が摩滅し重圧しか感じなくなってしまうものだ。「忙しい」という言葉は心を失うという意味だ。そして今一切の仕事から解きはなれた。自分の心を取り戻す時間なのだろう。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
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