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豊島区散歩-7 目白不動尊~面影橋

3月26日(水)
風は強かったが、天気は良く、サクラが至る所に咲き始めている。気温は19度位まで上がってきている。風薫るといったすがすがしさがある。久しぶりに周辺探訪に行こうと思い立った。ラジオ体操はしていてもこれといった運動はしていない。目白周辺まで自転車で15分位だ。椎名町から裏通りで目 白駅まで出て、駅を右、高田馬場方面に曲がり線路沿いに坂を下り、学習院下を明治通りに向かう、明治通りを都電の学習院下で突っ切ってしばらく行くとそこからが今日のコースだ。

豊島区12の散歩コース7番目の「古き坂道と寺社を巡る山吹の里コース」を巡った。ここは目白通りから、寺と坂道が集まった高田の町を中心に面影橋まで歩くコースで坂の上がり下りが多い。このコース周辺の坂だけでも豊坂、のぞき坂、宿坂、稲荷坂、富士見坂、日無坂などありそれぞれ曰くがあるらしい。

金乗院→根生院→南蔵院→氷川神社→山吹の里の碑→面影橋→神田川沿い桜並木

金乗院・目白不動尊
mejirofudou.jpg学習院下からすぐ高南小学校がありその隣が金乗院だ。この寺院は16世紀の創立で、目白の地名の由来でもある目白不動尊(右写真)がある。この不動尊は江戸五色不動の一つである。

不動明王
右手に剣を持ち、左手に羂索(けんさく)という縄を持ち、頭上に蓮華を載せ、弁髪と呼ぶ髪を左肩にたらし、左目を半眼、右目は見開き、下歯で右の上唇をかみ、口の両端に牙を出して、忿怒の顔をもって火炎を背に上半身裸で立っている。この姿で全ての障害や悩みを打ち砕き、人々を救いとるということで、密教系の寺院で、家内安全、交通安全、商売繁盛の神として祭られている。(「日本の仏様がわかる本」日本文芸社)

江戸五色不動
天海僧正が家光の命により左青竜、右白虎、前朱雀、後玄武の四不動を持って江戸の守護とし、家光がこれに目黄不動を加えて五不動としたと伝えられる。五色とは青・黄・赤・白・黒で梵語で言う地・水・火・風・空をあらわし、家光がこの五色不動の目として東西南北中央の五方眼で江戸を守るために五色不動を設定したという説がある(夏山雑談)。(「東京の地名がわかる事典」鈴木理生・日本実業出版社)

五行説
万物を構成する要素として五つの元素を想定した。すなわち、木と火、土と金属と水である。
 色  方位  元素  神獣
 青   東    木   青龍(せいりゅう)
 赤   南    火   朱雀(すざく・(おおとり))
 黄   中央   土  (天位)
 白   西    金   白虎(びゃっこ)
 黒   北    水   玄武(げんぶ・(かめ))


この寺院の裏手にはかなり広い墓地があり、宿坂の途中にあるため見晴らしが良く、池袋周辺の高層ビルが一望できる。墓所には丸橋忠弥の墓がある。彼は由井正雪とともに幕府転覆を計った人物で1651年に鈴が森で磔刑にされた(慶安事件)。
また青柳文蔵の墓もある。青柳文蔵は仙台の人で、1831年、仙台に「青柳館文庫」を作った。これが日本最初の公共図書館と言われている。

根生院
赤い山門を入ると、正面に本堂があり、新築の鉄筋コンクリート2階建、外階段、ガラス張りでモダンなデザインだ。右に鉄筋コンクリート3階建の庫裏がある。古い赤門が由緒正しさを感じさせる。元々は田川徳川家の下屋敷だという。本尊の薬師如来立像(秘仏)は春日仏師の作と言われている。

南蔵院
根生院から面影橋に向かう途中に南蔵院がある。入り口の所に「怪談乳房榎」ゆかりの地という看板が立っている。これは三遊亭円朝が旧本堂天井の絵を見て講談を創作したことから来ている。「死んだ絵師が幽霊となって竜の絵の目を入れ完成させた」という言い伝えがある。又この近くで死に絶えた上野彰義隊の隊士9人の首を埋めて葬られた首塚や太田道灌の「山吹の里」の伝説を伝えた「山吹の里弁財天の供養碑」もある。

南蔵院の前に氷川神社があり、さらに面影橋に向かうと、橋の袂に「山吹の里の碑」がある。太田道灌の故事、「七重八重花は咲けども山吹の身のひとつだになきぞ悲しき」という歌でも知られている。

面影橋
omokage.jpg面影橋は神田川にかけられた小さな橋である。この橋には「美貌ゆえ次々と災難に遭うのを苦にして髪を切ったお戸姫が変わり果てた姿を川面に映して身投げした」といういわれがある。何ということもない橋だが、地名には深い歴史が刻まれているのだなと感じさせる。

この橋にたどり着いて驚いた。何と幸運なことに、全く予想もしていなかったことだが、面影橋を中心として神田川の上流、下流にわたって、川にトンネルを作るように左右から桜の木が張り出しそれが見事に満開の花を咲かせていた。ここに来る間にもかなり桜が花を咲かせていたが、7、8分咲きであった。この面影橋の桜はまさに日当たりの加減か満開だったのだ。川に沿って遊歩道があり、ゆっくりと桜見物をしながら散策した。期待してなかっただけに得をしたような気分だった。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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