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4人が死刑執行された

4月11日(金)
公園の朝
昨日は雨だった。空気は湿っているがすがすがしい大気が辺りを覆っている。早朝、公園の散歩に出掛けた。ソメイヨシノが花を散らし、茶色の葉を付けている一方で、サトザクラが花を咲かせ始めている。オオシマザクラ系の桜は葉と一緒に白い花を一杯に咲かせている。濃いピンクの八重桜系のものは葉はつけ始めているがまだ花は2、3個しかつけていない。2,3日で公園の様相は変わってしまっている。日々更新している感じだ。

ケヤキの黄緑色の葉はさらに大きくなり、カリンは赤い花を咲かせ始め、ミズナラはまだ少ししか葉をつけていないが、もみじも梅も木という木が葉を付けている。チューリップは花びらを落とす最後の華やかさで大きく開いている。デージーやパンジーは今を盛りと色とりどりの花を咲かせている。曇っていた空が晴れ、気温が急に上がってくる。

春のうららかで穏やかな空気が肺の中に入り込み、ゆったりとした気分でベンチに腰掛けて自然の中に浸かりながら身を任せている気分だ。まさにロバート・ブラウニングの詩『ピパの歌』がぴったりの雰囲気だった。

 時は春、/日は朝、
 朝は七時、/片岡に露みちて、
 揚雲雀なのりいで、/蝸牛枝に這ひ、
 神、そらに知ろしめす。/なべて世は事も無し。(上田敏訳)


4人の死刑執行
公園から帰って来て、朝刊を見て驚いた。「なべて世は事もなし」どころではない。この驚くべき落差に愕然とした。穏やかな公園の空気と、4人の人間が国家の手によって首をくくられ死んでいったという事実があまりにも違いすぎてどうか考えていいか分からなくなってしまった。朝刊を見たといっても33面の「もっと知りたい」という「社会」の特集記事の一つとして取り上げられているのみだった。死刑執行のことは翌日には新聞から消え去るほど重大なニュースではないのか。

昨日は夕刊も見なかったし、ニュースも見なかったので全く気が付かなかった。4人の死刑が執行されたということだ。昨日の新聞記事やフォーラム90やアムネスティのホームページで情報を集めた。何という暴挙だ。2月1日に3人に死刑執行しておいて、2ケ月もしないうちに4人の執行を平然と行うとは、鳩山法務大臣の大量殺人に対して我々は何も出来ないのかと口惜しいばかりである。

新聞には以下のように書かれていた
「4月10日、死刑確定者の中元勝義さん(大阪拘置所)、中村正春さん(大阪拘置所)、坂本正人さん(東京拘置所)、秋永香さん(東京拘置所)に対して死刑が執行された。
今年2月1日に3人の死刑が執行されて以来で、鳩山法相が就任してからの執行は10人に達した。後藤田正晴法相が1993年3月に3年4か月ぶりとなる死刑を執行して以降、計67人が死刑執行された。執行数は前任の長勢甚遠法相の10人が最多だったが、鳩山法相は昨年12月7日の最初の執行からわずか約4か月でこれに並んだ。」

どう対応したらいいのか
我々は法務大臣に抗議文を送るしかないのだろうか。どのような行動によって死刑を廃止できるのか。日常生活のあまりにも静かな流れの底に漂う闇の深さを見極めなければならない。我々の日々の日常生活の営みの中に死刑を支えている論理が内在しているのだ。それは、我々が国家に与えた生殺与奪の権利なのだ。

死刑や戦争という国権の発動は、国家の名の下に、国民を殺すことが出来るという権限なのである。また同時に戦争においては他国民を殺す権限であり、自国民が死んでも責任を負わないそういった権限なのだ。それは我々が国家に付託したものであり、我々一人ひとりがそのことに責任を持たなければならないはずだ。

凶悪犯罪が増えているといった統計上何の根拠も無いデマゴギーを作り出し、マスコミは被害者遺族を担ぎ出し死刑判決を率先して扇動している。1990年からの10年間で一審の死刑判決が年間10件に達したのは95年だけだった。しかし2000年以降は厳罰化の流れの中で10件以上が続き2007年には14件だった。さらに地裁、高裁での無期判決も最高裁で死刑判決になるケースも多い。それがまた下級審判決に影響を与えている。昔だったら無期懲役だったと思う事件の判決で、死刑が言い渡される事例がかなりある。

「犯罪に対する世論の厳しい見方が、当然量刑に反映している」と裁判官は語る。世論は誰によって形成されているのか。我々一人ひとりの集合によってである。全ての人が世論を作る構成要素なのである。世論という大きな流れに逆らい抵抗し世論を変えていかない限り、流されるままである限り、皆が死刑執行に対する加害者でしかない。

参考: 「抗議声明」-死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90
「鳩山邦夫法務大臣は、今回の執行で、就任してわずか4ヶ月の間に連続して3回、合計10名の死刑の執行を行っており、まさに法務大臣就任時の“ベルトコンベアー式の大量執行”の実行である。これは、死刑の執行は慎重な上にも慎重でなければならないという法の趣旨を真っ向から踏みにじり、死刑の執行を好んで行っているとしか言いようがなく、法務大臣の職責に名を借りた大量殺人行為と言っても決して過言ではない。

鳩山法務大臣の異常な大量執行は、生命の大切さを尊重する考えを喪失させ、社会を荒廃させ、犯罪を助長させる。鳩山法務大臣の行為は、死刑廃止という世界の趨勢に真っ向から反し、死刑執行の停止を求める国連総会の決議や国際機関の勧告にも反するばかりか、日本の国際的信用を著しく失墜させるものであって、とうてい許されない。」

テーマ : 思ったこと・感じたこと
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