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会社の同僚の訪問

4月29日(火)
 公園の木々の葉はいつの間にか生い茂り、日陰を作るまでになっていた。サツキが朱色とピンクと白の花を咲かせている。つつじはまだ3、4分咲きだ。八重桜はもうほとんど花はなく葉が成長してきている。薔薇が次々と花を開いている。朱色っぽいピンクの花は恐らくアーティストリーという名だろう。濃い赤色の薔薇はアンブルール・デュ・マロックだろう。黄色い薔薇はミセス・ピエール・Sデュボンだろう。ピエール・ドゥ・ロンサールが黄色い薔薇だと思っていたが図鑑だとピンク色になっている。ともかく薔薇の多種多様な名前は面白い。図鑑を見ているだけで薔薇を開発した人の思い入れが伝わってくるようだ。

top_photo01.jpg薔薇といえば最近サントリーが青い薔薇をバイオテクノロジーを利用して作り上げたと聞いた。青いバラは、過去800年の品種改良の歴史の中で、多くの育種家が挑んできた夢だった。青いバラの開発はこれまで成功しておらず、西洋では不可能の意味で使われていた。それはもともとバラには青い色素がないからなのだ。

「最新のバイオテクノロジーの遺伝子組換え技術を用いれば可能になるはずということで、パンジー由来の青色遺伝子を導入したバラがデルフィニジン(青色色素)を作ることを発見し、2004年にようやく開発に成功した。青色色素が花びらに存在する、正真正銘、世界初の青いバラ(上写真)が誕生した。」とサントリーのホームページに書いてあった。自然の摂理に逆らって人間が作り出す造形物に感心する面もあるが、一方で人工的で機械的な無味乾燥さを感ずることも否めない。

 3時頃、元の職場の同僚が尋ねてきた。お互いに近況を語り合った。私は病気の現状を、彼は職場の状況を話した。職場では社長が変わり、地方営業所の統括部長が社長になった。元の社長は会長になった。郡山営業所の所長が辞めた。下請けの運送会社の配車担当者が肝臓がんの手術をし、会社をやめ、配車は流通センターの人がやっている。こういった幾つかの変化はあったものの会社は、何事もなかったかのようにその歯車を動かしている。

今の生活をしているとかって毎日夜遅くまで働いていた生活が本当にあったのか思い出せないくらい昔のことに思える。休日もほとんど休みなく働いていて、病休の時、その代休だけで4ケ月分の給料が支払われ、有給休暇は1日も取っていなかったので、40日分が2月分の給料となった。

何故そんな生活が出来たのだろう。その頃は何の疑問も持たず日々過ごしてきた。それがサラリーマンの運命なのだというあきらめもあったのかもしれない。しかしこの病気になって自分を見つめ直す時間ができた時、あの生活は何だったのだろうかとつくづく思う。とても人間的生活とは思えない。

仕事だけが人生だった。それで一生終わっても良かったのだろうか。今だからこそそういった反省が出来るのだろう。状況に押し流されている時には、自分を振り返る時間すらないのだ。今は偶然にせよ与えられた時間がある。この時間を最大限生かしていくことが問われているのだ。

大高康夫氏の『あと1年からの生還』(二見書房)に次のような言葉があった「…しかしガンの発病とサラリーマンとしての転機が重なったことで自分の人生を客観的に見つめ直すことができました。人生における成功とはいったい何なのか。男の価値というものはいったい何なのか。企業人としてではなく、一人の人間として考える時間を与えられたのです。」

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
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