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都立庭園-7 向島百花園

5月1日(木)
◆ 
「風薫る5月」を感じさせる暖かい風が吹いている。色々な草木や花の香りが混ざった風が鼻腔に快い刺激を与える。東京都指定の9ヶ所の庭園で、行っていない最後の向島百花園に行った。東武伊勢崎のルートだと北千住か浅草に出なくてはならず不便だ。日暮里から明治通りを行くバスがあったのでそれで行くことにした。日暮里から20分位で向島百花園のバス停に着く。

庭園の周りを半周して入口に着く。木々の茂った入口から公園に入ると急に明るくなる。高い木は公園の周囲を囲んでいるが、公園内は色々な植物が植えられ、それぞれに名前が表示されていた。野草を中心に、日本古来からの植物が600種あると書いてあった。植物図鑑を見ているようだ。木々としては白加賀という梅の木が各所に植えられている。百花園は当時の一流文化人達の手で造られた庶民的で、文化趣味豊かな庭として、小石川後楽園や六義園などの大名庭園とは異なった雰囲気を感じさせてくれる。

 藤棚が3ケ所あり、そのうちの一箇所は藤の花が完全に花咲き棚から垂れ下がり、甘い香りを放っていた。春、夏、秋の七草が植えられていたが、どれもが地味な感じで目立つものではない。竹で作った30mにもわたる萩のトンネルがあり、9月にはそのトンネルの萩がツタを這わせ、花を咲かせるのだろう。
 
outline03202.gif公園を横切るような形で池がある。自然の沼地の趣をたたえた池の周辺には濃い紫色のハナショウブが咲き、つつじの赤色と白とコントラストを作り上げていた。この池は庭園の雰囲気を豊なものにしている。水は人の心を落ち行かせる。

 園内の随所に合計29の句碑、石柱が建っている。これは庭造りに力を合わせた文人墨客たちの碑で、当時の文化の足跡辿るようで興味深い。入り口付近の庭門に蜀山人の扁額、両脇には詩人大窪詩仏が書いた「春夏秋冬花不断」「東西南北客争来」の木版がかかっている。

日本橋の石柱もあった。日本橋は木橋から、石橋、鉄橋に変わっていき、石橋を解体した時の橋の柱で、日本橋と刻まれている。その書は徳川慶喜が書いたといわれている。

春の真っ只中ということで色々な植物が花を咲かせていると思ったが、目だった花といえばつつじ、藤、ハナショウブ位だ。この庭園は野草が中心で、野草の花は地味なものが多い。洋風庭園のようにバラや、パンジーなどの色鮮やかな花々で飾られているわけではない。しかし、日本古来からの野草を中心とした庭園は静かな落ち着いた趣を作り出している。

 『江戸の文人趣味漂う四季の花咲く園』と庭園案内パンフレトにはあり、由来が説明されていた。
「江戸の町人文化が花開いた文化・文政期(1804~1830年)に、骨とう商を営んでいた佐原鞠塢が、交遊のあった江戸の文人墨客の協力を得て、旗本、多賀氏の元屋敷跡である向島の地に、花の咲く草花鑑賞を中心とした花園として開園しました。

開園当初は、360本のウメが主体でした。その後、ミヤギノハギ、筑波のススキなど詩経や万葉集などの中国、日本の古典に詠まれている有名な植物を集め、四季を通じて花が咲くようにしました。唯一現代に残る江戸時代の花園です。」

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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