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根津神社

5月9日(金)
14時から病院で患者家族交流会が行われる事になっていた。少し早めに出て根津神社のつつじでも見に行こうと思った。そこからだと病院に歩いても20分位で着く。千代田線の根津駅で下りて、表参道から入る。つつじは遅咲きのものが咲いていたが、つつじ祭りは終わりつつじ苑には入れなかった。

3、4年前に行ったことがあるがその時には、つつじの最盛期でつつじ苑の通路は行列が出来るほどの人が出て、屋台がいたるところに立ち並んでいた。かなりごった返して庭や神社の風情を味わうといった雰囲気ではなかった。今回つつじ祭りも終わり、屋台も一台もなく、平日の午前中ということもあって、神社に参拝する人、散歩で境内に来た人がいる位で、神社の持つ本来の雰囲気を保っていった。

hai.jpg表参道の大鳥居がありそこをくぐって、神橋を渡る。神橋を渡った辺りから、つつじ苑の全景が見える。そこから楼門を経て、さらに唐門を通り、社殿に行き着く。「この社殿は拝殿(左写真)の奥に幣殿・本殿と一宇に続く、総漆塗りの華麗な権現造建築(日光東照宮を代表格として関東地方に多く見られるもので社殿を、拝殿、幣殿、本殿の順に、エの字型に一体的に配置した様式)で江戸の神社建築としては最大の規模を誇る」と表示されてあった。

社殿の横の社務所に豪華な神輿が飾られている。徳川家宣は将軍になると、根津神社の保護の一環として、正徳4年には江戸全町より山車を出させ、天下祭と称される壮大な祭を催し、その祭は、現代においても権現祭として受け継がれている。その祭りに使われたものだという。

神社の案内には次のようにある。「宝永二年五大将軍綱吉は兄綱重の子綱豊(六代家宣)を養嗣子に定めると、氏神根津神社にその屋敷地を献納、世に天下普請と言われる大造営を行なった。翌年(1706)完成した権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・透塀・楼門の全てが欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されている。」

唐門を出て、裏門に向かう道の片側は透かし塀になっていって、趣のある雰囲気を出している。反対側は堀になっていて鯉が泳いでいる。そこから何本もの鳥居をくぐりながら登って行くと乙女稲荷があり、その隣に駒込稲荷がある。

また家宣公産湯井 家宣公胞衣塚 文豪の石 鴎外の石、塞の大神碑、親子榎、庚申塚などがあり根津神社には見るものに事欠かない。さらに境内に植えられている巨大な古木にも目を奪われる。街中を歩いていて巨木があるのは戦災を免れた旧家か、寺院、神社なので、寺院などを探す時には高い木を探せば辿り付けると言う訳だ。そこから千駄木に出て団子坂を登り、住宅街を10分ばかりいくと病院の前の道に出る。

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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