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豊島区散歩-12 不思議発見・ミステリーコース

5月23日(金)
明日からまた雨になるということなので、最近の運動不足解消のために、少し歩こうと思って、豊島区の散策コースで行っていない最後のコース「不思議発見・ミステリーコース(1)」-不思議な言い伝えなどに興味がある方におすすめ-に出掛けた。

大塚から都電に乗り新庚申塚で下りる。都内で唯一残る都電、車道と接触することが少なく独自の軌道を持って交通の妨げにならないことから残されているという。

都電に乗るとなぜかゆったりした気分になる。先へ先へと忙しく動き回っている世界から隔絶されそこだけ時間がゆっくりと動いているような錯覚にとらわれる。昔はもっと時がゆっくりと流れていたような気がする。今多くの人が時間に追われ走り回っている気がする。いつからこんなにあわただしい世の中になってしまったのだろう。確かに生活は豊になったし食べることは出来る。しかしその代償に失ったものも多い。

新庚申塚駅→本妙寺→妙行寺→善養寺→お茶あがれ地蔵→北池袋駅

新庚申塚駅から白山通りを巣鴨方面に向かって5分ほど歩き左に曲がってすぐに本妙寺がある。住宅街の真ん中にぽっかりとあいた空間のように広々とした境内が開けている。

本妙寺 徳栄山 法華宗(陣門流)   
nehan2.jpg文京区本郷にあった寺で、明暦3年(1657)の大火 (振袖火事)の火元として知られる。山門前に史跡の掲示があり、参道に墓碑案内もある。遠山の金さんこと遠山影元墓、北辰一刀流の千葉周作墓、本因坊歴代の墓、将棋棋聖・天野宗歩墓などがある。本堂右側には明暦大火供養塔もある。

山門をくぐった左手には、高さ150cm程の珍しい「玩具涅槃図」(左写真)の石碑がある。お釈迦さまを囲むようにして上座には七福神、武将、だるま、こけし、奴などが描かれ、その他にも象、ヤドカリ、亀、狛犬、狐、鹿、蝶など全部で56個の玩具が描かれている。

ここから朝日通商店街を明治通方面に向かう。お岩通りにぶつかる。どんな通りだろうと思っていたが、当然のことだが何もないただの自動車道路だった。その通りを突っ切り都電の線路を渡りすぐ左に妙行寺がある。明治通りと白山通りに挟まれていながらその通り周辺は閑静な住宅街となっていて、ひっそりととした雰囲気を漂わせている。

妙行寺 長徳山 法華宗(陣門流)
通称「お岩さまの寺」。また浅野内匠頭家の墓もある。明治42年に四谷より当地へ移転した。入口を入ると供養塔が並んでいる。都内全鰻商の菩提心により建てられたうなぎ供養塔や、魚がしで犠牲になった生類を供養する魚がし供養塔も建っている。観音様を水で洗うと悪いところが治るといわれる浄行様もある。本堂の裏は墓所で、墓所の一番奥に浅野家の墓と、お岩様の墓がある。お岩様は四世鶴屋南北作の世話物『東海道四谷怪談』の主人公である。四谷怪談はフィクションだが、その元となった由来がある。由来案内板の前に鳥居が建てられている。

由来案内看板には「お岩様が、夫伊右衛門との折り合い悪く病身となられて、その後亡くなったのが寛永13年2月22日であり、以来田宮家ではいろいろと“わざわい”が続き、菩提寺妙行寺四代目日遵上人の法華経の功徳により、一切の因縁が取り除かれた。」と書かれていた。ここから四谷怪談の物語が生まれたのだろう。妙行寺のとなりに善養寺がある。

善養寺 薬王山延寿院 天台宗
824年、慈覚大師により開創され、上野山に建立された。本尊は薬師如来像。1661に下谷坂本に移り、そこが1912年に国鉄用地となって西巣鴨・現在地へ移転した。本堂には3mの木造閻魔王坐像(区有形文化財)があり、おえんまさまの寺として親しまれていた。江戸3大閻魔はこの寺と杉並松ノ木の華徳院、新宿の大宗寺である。境内には1629年の石灯籠、1680年の駒形庚申塔、1788年の宝篋印塔、緒方乾山の墓と碑、などがある。地獄界の王、閻魔大王が信仰の対象となるとは何か不思議な感じがする。

善養寺から明治通りに向かって歩くと幾つかの寺院が並んでいる。善養寺周辺だけでも7つの寺院があり、染井霊園から白山通りを下っていくと、本郷通と白山通りの間には30近くの寺院がある。南北線の本駒込周辺ほどではないが、寺院の密集地といえるだろう。

明治通りを真っ直ぐ池袋方面に10分ほど歩くと、上池袋三丁目の交差点に至り、そこを北池袋駅方面に向かい5分ほど行くと、上池袋派出所の隣に「お茶あがれ地蔵」がある。東武東上線北池袋駅そばだ。

お茶あがれ地蔵
池袋周辺2029_convert_20101127173138 子育地蔵とお茶あがれ地蔵

地蔵堂の手前にある小さいのは子育て地蔵で、奥にある大きい方がお茶あがれ地蔵だ。ここには幽霊が出てくるといわれている。

元禄の頃、農民勘左衛門と恋に落ちた遊女がいた。しかし、勘左衛門の周囲から反対があり、二人は引き裂かれてしまう。遊女はそのまま遊郭を抜け出し、放浪し行き倒れて死んでしまったという。それからというものの、遊女が死んだ場所からは「お茶あがれ」と囁きながら徘徊する遊女の化物が出たといわれている。それがこの地蔵がある場所だったそうだ。

遊女の霊を鎮めるようと供養塔が建てられ、昭和13年には地元の人々がお地蔵さまを建立した。その左手には大切そうに茶碗を持っている。現代でもこの遊女の声が聞こえるとか噂があるみたいだ。

豊島区内の心霊スポットとして、サンシャインシティ・雑司が谷霊園と並んで挙げられる。実際には交番の隣であり、車の行き来する広い通りに面しており、怖いという感じは全くしない。

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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