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小林多喜二 『1928年3月15日』

8月1日(金)
学生時代に読んで内容もすっかり忘れてしまっていた『蟹工船』を再び読んだ。全く昔と印象が違う。本は読む時の年齢や精神状態によって様々な様相を呈する。それが面白い。図書館から借りた全集の中に『1928年3月15日』と『党生活者』もあったので読んだ。

1928年3月15日
6365.jpg1928年3月15日未明、政府は、内務省、検事局や警察の総力をあげて、日本共産党員、支持者、さらに反戦活動や労働運動を担っている人々、周辺支援者などを一斉に検挙した。その3年前に制定されたばかりの治安維持法をふりかざして共産党の一斉弾圧に踏み切り、全国で約1600人を逮捕した。その後の連続的弾圧で共産党は壊滅していく。

田中内閣はその年の4月、中国侵略を拡大し(第2次山東出兵)、国内では治安維持法を改悪(最高刑を「死刑」に)、特別高等警察(特高)の網を整備し、弾圧体制の強化を図り、吹き荒れる社会矛盾を隠蔽しながら国内総動員体制、戦争遂行体制へ突き進み、国民統合を推し進めていくのである。

小林多喜二が住む北海道小樽でも「3・15」からの2ケ月間で500人もの人々が検束され、小樽警察は署長官舎に拷問室を急造し毛布で窓をおおって防音し、拷問をくり返した。

特に1928年3月15日の共産党弾圧の後は、拷問の目的が自白強要だけでなく、小林多喜二や岩田義道のときのように、虐殺を目的にした行為に変質した。戦前、特高の拷問で虐殺されたり獄死したりした人は194人、獄中で病死した人は1503人に上る。(治安維持法国家賠償要求同盟調べ)。

小林多喜二の確信
「蟻の大群が移住する時、前方に渡らなければならない河があると、先頭の方の蟻がドシドシ河に入って、重なり合って溺死し、後から来る者をその自分たちの屍を橋に渡してやる、ということを聞いた事があった。その先頭の蟻こそ自分たちでなければならない。」

3.15で夫を逮捕されたお由は、組合の若い人たちがよくその話をしていたことを思い出す。自分達の社会が来る迄、こんなことは何百篇もある。自分たちは次に来る者の「踏台」にならなければならない。

小林多喜二の『1928年3月15日』の中でお由の心の中の描写として表現されている言葉は、多喜二の政府と資本家に対する闘いの揺ぎ無い信念と確信が見て取れる。多喜二の3部作であるこの本と、『蟹工船』『党生活者』はどれをとっても、内容は劣悪な労働者の現実や、拷問を含めた取調べ過程、労働者の組織化の困難さを書き記してあるが、しかし全体的には全く暗さを感じさせない。

そこには未来への限りない確信が存在している。必ず労働者は勝利するといった揺ぎ無い信念がほとばしり出ている。弾圧が激しければ激しいほど、労働者への搾取と抑圧が凄まじければ凄まじいほどそれは、資本家の断末魔の抵抗なのだ。そういった中で、今の闘いの困難さは、むしろ勝利への希望をより確実にしてくれるものでしかない。多喜二の3部作に貫いている明るさは、未来への展望を確信する彼の心情の表れなのだろう。

今日小林多喜二をどう読むのか

止まることを知らぬ物価高、過労死、過労自殺が後を絶たない労働現場、明日の生活も定かでない不安定な非正規社員の増大、このような搾取と収奪の嵐が吹き荒れ、自衛隊の海外出兵と戦争準備が進む中で、組対法、団体規制法など新たな治安法が次々に制定され、治安維持法体制に匹敵する戦時治安弾圧体制がつくられようとしている。

こういった時代の中で、自分達の置かれた状況を改めて見直すのに、小林多喜二の小説は多くの示唆を与えてくれるだろう。ドキュメンタリータッチで書かれていて、臨場感に溢れ、今の労働現場の矛盾を改めて自覚させてくれるものとなるだろう。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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