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山頭火と放浪の旅

8月4日(月)
聞いた話だが、ガンを宣告され余命2年といわれた人が、全財産を売り払い、日本全国を回る旅に出掛けた。2年経ってもう思い残すことはないと、再び東京に戻って来た。病院に行って検査した所、ガンの腫瘍は完全に亡くなっていた。彼は全財産を使い切ってしまってこれからどうしようと途方に暮れてしまったということだ。

ガンは十人十色、人によって全く違った現れ方をするし、治癒の方法も全く違う。どちらにしても好きなことをやるに限るということだけは確かなようだ。それが共通の特効薬であるような気がする。日本全国放浪の旅というのはなかなか惹かれるものがある。実行する決意は残念ながらまだつかないが。

そう思っている時に山頭火のことを思い出した。旅は人生への思索を生み出す。一歩一歩の歩みが生きるということの意味を問う歩みとなる。山頭火の3つの句から旅の意味を考えてみよう。

まっすぐな道で さみしい
俗世から離れ、一人旅を続ける山頭火は、しかしいまだ俗世を捨てきる事が出来ない。その事が同時に山頭火の人間的な魅力を感じることが出来る。煩悩を捨て、悟りの境地を目指す旅の中で、やはり自らの人間的側面を激しく意識してしまうのである。

人生に例えるならば、人はどのように多くの人に囲まれていたとしても最終的には一人でしかなく、その孤独の中で死を迎えなければならない。人の人生は一人でとぼとぼと一本の道を歩み続けなければならない孤独なものなのである。

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さて、どちらへ行かう 風が吹く
人生は至る所に岐路がある。どちらを選ぶか、その選択によって将来の自分の運命が全く異なった様相を呈してくるのである。しかし考えても考えても中々選択する事が出来ない。

そこに一陣の風が吹いて来る。結局風に身を任せ選択してしまう。人生とはそういったものなのだ。考えた結果選択したのと、風任せで選んでしまった結果と結局は大差がない。なすがままの境地がむしろ困難な事態を解決してくれるのかも知れない。

わかれてきた道がまっすぐ

山頭火は、放浪の道を自ら選んではいたものの、度々友を訪れて孤独を癒していた。その友と別れ、無理に背中を見せてしばらく歩き、もう友の姿も見えなくなった頃合いになって、振り返って山頭火が見たものは、ただ真っ直ぐに伸びる道だった。もはや友の姿もなく、再び自分一人の孤独な世界に放り込まれる。

過去も、未来もただ真っ直ぐの道が続いているのみだ。その只中にぽつんと置かれた現在という時間の中の自分の存在の孤立性を噛締める事になる。その誰もいない1本道を一人歩き続けなければならないのが人生なのだろう。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
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