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高橋歩 『人生の地図』 の中の言葉

8月10日(日)
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高橋渉『人生の地図』という本の中に次のような言葉があった。

人生は有限であるということ。
人生の残り時間は限られているということ。
遅かれ早かれ、自分も死に、大切な人も亡くなるということ。
それは誰もが受け入れなければならない現実(リアル)。
死を身近に感じることで、生への緊張感が生まれる。
メメント・モリ -死を想え-
限られた時間の中で、最高の人生を送るために。

この言葉は死期を宣告されているガン患者の人達、私も含めてだが大きな意味を持つ言葉である。また多くのガン文学と呼ばれているがん患者の体験記にも良く出てくる言葉だ。命が限られていれば残りの人生を充実したものとして生きようと思うのはいわば必然的なものだろう。

確かに余命宣告されているがん患者やその他の患者、特に今は日常生活を送るだけの体力のある患者にとって残りの限られた時間をどう生きるかはきわめて深刻な問題だと思う。

しかし、ある時そうでもないのではないかと思った。全ての人は限られた時間を生きている。余命を宣告されたがん患者も全くそれと変わりない。ただ長さの違いなのだ。それだったらもっと気楽に余命について考えてみようと。

もちろんこれは余命を宣告された人の性格にもよるだろうが、何時死ぬと言われて、がむしゃらになって自分の足跡を残そうという人もいるかもしれない。しかしそれは歴史の中でどの道、やがて藻屑として消えるものでしかない。

そう思うと余命何年などと言われて気張って日々を送るより、そんなことは気にせずに静かに思うがままに残りの人生を生きればいいと思う。何もしない時間、無駄に費やされる時間そういった所がある人生こそが恐らく意味があるのではないかと思う。何もしなくていい時間を持つという贅沢をしばし味わってみてもいいのではないか。

「俺は今ここにいる。そして、常に、今いる場所から前を見る。」(高橋歩)この言葉の意味をかみしめなが生きていく事が問われているのである。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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