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ガン宣告の受け止め方

8月24日(日)
がんの宣告
人はつくづく自分に都合の悪い情報は、意識から斥ける傾向にあると思う。がんも宣告も余命宣告も何故か意に介することなく意識の中に強く刻まれることがなかった。

職場での怪我で出血し近所の整形外科医で治療をしていた。出血が中々止まらないので血液検査をしたところ、血中タンパクに異常値が出て、整形外科医の紹介で病院に行った。そこで、貰った診断書には次のように書かれていた。

診断:多発性骨髄腫の疑い
本日近医より紹介初診となりました。血液検査上上記疾患が強く疑われます。近日中に入院して頂き、病状の評価のうえ、治療方針を決定します。一般的には3ケ月から6ケ月の治療期間後、社会復帰が可能と考えられておりますが、当該患者に関しては、現時点では詳細は不明です。 平成17年11月24日


余命の認識
それを持って職場に戻り、3ケ月から6ケ月の休業の要請をした。家に帰って早速ネットで多発性骨髄腫について調べた。最初に見た資料では、はっきりと予後について「平均生存期間は30~40ケ月です。腫瘍の増大、感染症の合併、腎不全、出血、急性白血病化などで死亡します。」とか書かれているのを読んだ。しかしそれは全く頭に入ってはいない。

当時仕事がかなり忙しく、毎日22時23時まで仕事をし、土日出勤も全く休む事ができず、疲れ気味であった。医者から血液ガンであると聞いて、確かにショックであったが、一方でむしろこれで少しは休めると思ったほどだ。入院までの4、5日の間は引継ぎと入院準備をして過ごし、全く落ち込むこととか将来への不安などなかった。

入院後しばらく検査が続き4、5日たって医者の病気の内容と治療方針について家族も含めた説明会が行なわれた。病名は原発性マクログロブリン血症と訂正され、その説明の最後に「不治の病であり、平均余命は5年程度」と言われた。しかしこれもまったく意に介しなかった。大体医者と言うのは、最悪の状態を言うのが常なのだと思っていた。早ければ3ケ月で職場復帰出来ると信じて疑わなかった。12月に入院し、翌年の3月には戻れると信じていた。

職場復帰に関して

しかし、薬の効果が中々現れず、3月になっても退院の展望は全く立たなかった。結局自己末梢血幹細胞移殖は6月に行なわれた。その結果骨髄内に形質細胞は見当たらなかったと言われた。これで完治したと思った。しかし、化学治療と移殖時の前処置の大量抗がん剤投与による肉体の消耗が激しくとても職場復帰など出来る状態ではなかった。

根絶したと思い込んでいたがん細胞は、再び活動を開始し始めた。10月に2度目の移殖をすることになった。11月半ばに退院したが、その頃健康保険から傷病手当金(給料の6割)が支給されていた。この手当金は一度職場復帰し、給料を貰うようになると打ち切られ、再び病気が悪化し休職することになっても支給されない。復帰する時期は十分考慮するようにと職場の厚生関係の担当者から言われた。最終的には12月に休職期間である1年間が過ぎ、退職扱いとなり、職場復帰はありえなくなった。

ガン宣告の受け止め方
その頃やっと自分の病気を冷静な判断力をもって認識するようになった。つまり本当に「不治の病」であると。つまり運が悪く転移して再発するといったがんではなく、ガン細胞(形質細胞腫瘍)は放って置くと、増殖していく病気なのであり、ひたすら効果ある抗がん剤を飲み続けて延命していく外ない病気なのだということを受け止めていかざるをえなかった。

人にもよるだろう。ガンを宣告され、将来に絶望し3日3晩泣き明かした人もいるらしい。しかし、決して性格は楽観的ではないのだが、ガン宣告に関しては、何故か全く絶望とか、悲愴な思いとかとは無縁に過ごしてきたように思う。それがいいのか悪いのか分からないが、かなり精神的には得をした感じだ。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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新薬

WMはリンパの親戚でもあるので、fludarabinやrituximabがよく使われるようですが、これを使う話はないのですか? ただCD20が発現していないと、rituximabは使えないかもしれませんが。 家内がミニ移植をした2002.09では、fludarabinはMMには未承認でしたので、自費で使いました。 何のために使ったのか今一よく理解できませんでしたが、移植の前に使いましたので、免疫抑制が目的だったと自分なりに理解しています。

a_su_ordenさんへ。MOTOGENさんのブログのコメントでたびたびお目にかかっています。アメリカの現在の血液ガンに関する情報はかなり貴重なものが多く参考にさせてもらっています。

フルダラビンに関しては、この薬がアメリカではWMでかなりの実績を挙げていることを幾つかの資料で見ていましたので、効果を期待していました。2005年12月に入院し最初に行なったのがフルダラビン療法でした。しかし全く効果がなく、7000あったIgMが1ケ月で9000まで増えてしまいました。

何度か続ければ効果が出たかもしれませんが、急激なIgMの上昇の中でVAD療法に変更しました。リツキマシブに関してはCD20が陰性だったので使用できませんでした。また色々な情報を聞かせて下さい。
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Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
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