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職場の同僚の訪問

9月1日(月)
 昨日、ひょこっともと居た職場の同僚が尋ねてきた。どうしているのだろうといった挨拶というわけだ。もう辞めてしまった会社なのだが、やはり皆どうしているか気にはなる。その友人も8月半ばまで腰を痛めて1ケ月ほど入院していたという。お互いに現況を報告しあった。

長い間、下請け業者に配車と配送を任せていたが今はうちの社員が配車をやっている。それによってかなり合理的な配車が出来るようになった。なるべく早く帰ってくる車に翌日の朝の時間指定の品物を積むようにして深夜業を減らしたり、休日の積み込みを避け、空いている車に金曜日に積んでしまうなどして休日出勤を減らすと言った工夫をしている、といった現状報告があった。

 以前、私がやっていた仕事は大幅に合理化されている。確かにやろうとすれば出来るのだ。あくまでも客へのサービス部門だからだ。何故職場にいた時にやらなかったのだろうと悔やまれる。そうすればあんなにも目一杯働かなくて済んだのにと思う。営業社員は客の無理な注文を聞いてしまう。請けてしまった仕事はどんな条件でもやらざるをえない。それを主要にフォローすることも仕事の一部であった。

しかし私が入院してしまってそれが出来なくなった。営業社員は客の無理な注文を聞く事が出来なくなった。それで確かに仕事は一時的には減ったかもしれない。しかし時間がたてばそういったものとして仕事を取ってこざるを得ないという事が当然となる。そうなれば流通センターの仕事もスムーズに行くようになる。全てがうまくいくのだ。一人の人間がいなくなればしばらくは大変だろうが会社というものはどうにかなってしまうものなのだ。

だからこそ、1年いなかった者の職場復帰は難しいのかもしれない。確かに休職期間1年での退職と言うのは不当だという気もしないでもない。もちろん嘱託ならいつでも再雇用すると言う約束はしてくれてはいる。しかし、あの職場のハードな肉体労働をこなす体力を回復するのは不可能だろう。

 休職期間1年が過ぎ、退職となり、退職金も貰って、きれいさっぱりと職場とおさらばして、気兼ねなく治療に専念出来るというむしろ開放された気分だった。一度目の退院後、肉体の消耗感を感じながらすぐ横になりたくなる状態で、いつから職場復帰しようかとその事がいつも頭の端にひっかかっていた。

働き始めたら傷病手当金は打ち切られ、また病気が悪化して休むことになっても次には支給されない。しかし、傷病手当金で1年半生活し、休職してから2年半後に復職というのは難しい気がする。職場復帰するなら一日でも早いに越したことはない。体調と、一日も早い職場復帰と、傷病手当金支給の3つが絡み合いながら選択を難しくしていた。そして唯一の解決策が退職という方法だったということになる。

ガンは長期にわたる病気である。特に血液ガンは治療が長くかかり、退院しても化学療法や移殖に使われる抗がん剤は限りなく肉体にダメージを与え、その副作用は何年も続く。体力が人にもよるだろうが半分以下になってしまう。中には退院後2,3ケ月で職場復帰する人もいる。しかしそれは例外だと思う。そういった中で原職復帰はきわめて難しい。がん患者の就業問題はきわめて深刻だ

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
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