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過保護・過干渉

9月24日(水)
ある集会の帰り、3人で居酒屋に寄った。40歳位の主婦と、30歳位の独身男性が連れだった。話の中でその主婦が相談があると言う。息子は大学1年で、塾の講師のアルバイトを9月から始めたと言う。そして、しばらくしてから、塾長から歓迎会ということで、職場の仲間たちと居酒屋に行った。

本人は飲めないのでジュースとかウーロン茶とかを飲んでいたらしいが、何でこんな所にいかなければならないのかと憤慨していたという。そしてそれを聞いた両親は、未成年者を居酒屋に連れて行くなんて何という塾長なのか、どうやって抗議したらいいのか、といった相談だった。

これはどう考えても私の感覚からいうとおかしな質問だ。30歳の独身男性も私と同じ意見だった。だいたい大学に入ると、クラスでのコンパやクラブでのコンパなど、連日のように飲み会が続き、その中で色々と親睦を深めていったものだ。

確かに高校時代から酒を飲んでいる人はそれほどいるわけではなく、初めて飲むので悪酔いもするだろうし、決して楽なものではないが、そういったことを繰り返しながら、人間関係を作ってきたものだ。それがいいか悪いかは別として、昔はそうだった。いや昔だけでなく30歳の男性が言うには10年前でもそうだったと言う。そういった経験を経てくれば職場での歓迎会もすんなりと受け入れられるはずなのだ。今大学では新入生に対して飲み会などの風習がなくなっているのだろうか。

今大学では親からの相談窓口があり、入学案内にも親用があると言う。中国で大学の入学式に両親や親せきが集まり、泊まる所がなく、校舎に雑魚寝をしていると言う事がニュースで放映されていた。親が子供のことを、大学生になってまで手取り足取り面倒見るということは中国でも日本でも同じだなと思った。

かなり人権意識の高いはずの主婦が、自分の子供のことになると、何故か保護者としての権利意識が芽生えてくる。「塾長から歓迎会をしてもらったんだ」とすんなりと言えない息子も問題だが、未成年者を飲み屋につれて行くことをことさら問題にする親も問題だと思う。

確かに飲めない人が飲み屋に行くということは苦痛かもしれない。それを拒絶する権利も当然あるだろう。しかし、塾長がやろうとしたことは、問題にすべきことではないはずだ。しかしここには現在のモンスター・ペアレントの問題に潜む、過保護、過干渉の親子関係が垣間見られる。

過保護という言葉は少産少子社会となっていった1970年(昭和45年)前後に使われ始めた用語である。過保護は、こどもの危険を過度に心配する傾向にあるが、これが過ぎれば、成長して成人となったとき、主体的思考能力を奪い、指示待ち人間になってしまうおそれがある。

「過保護」-子どもが自分で解決するべき問題や困難を親などが予め取り払ってしまい、体験させない事。
「過干渉」-子どもが自分で判断すべき事を親などが先に決断してしまい、子どもはそれに従うだけの状態になる事。(『言いたい放題』というブログでの表現)

過保護と過干渉は表裏一体で、どちらにしても子供の自立と固有の存在を否定し、自分の所有物として支配しようとする親の所有欲の結果でしかない。今日の親の子供に対する関わり方が、教育現場でどのように現れるのか想像にできる。さぞ色々な問題を起こしているのではないかと思う。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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この手の話題には食いついてしまいます。
自分にも 今思えば 反省点がいっぱいあるし。
でも 案外 私自身が 一人じゃ何もできない典型かも
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がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。

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