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キエルケゴールとヘーゲル

11月3日(土)
 11月1日のブログにヘーゲル文章を引用して、自己と他者との関係について説明した。しかし理論と現実はそう簡単には結びつかない。今日はもう少し突っ込んで説明してみよう。

 ヘーゲルは『精神現象学』の中で即自、対自、即且対自という方法論を使いながら自己の精神への発展過程を叙述した。ヘーゲルが語ろうとした理論をキエルケゴールはさらに奥深く自己の内部からはじめその中での苦闘を通し、他者との関係へと導いていく。そのキーワードは「絶望」である。へーゲルの場合は「私のイメージと戯れとその自覚」によって「他者たち」は「我々」転換する。

 哲学の理論を現実の世界で生かし、自らの生き方に結び付けていくのは直接的には難しい。しかし哲学における考え方は、徐々に自らの中に浸透し生きる指針をいつのまにか身につけさせてくれるのだ。それには哲学者の苦悩を自らの苦悩として追体験する位の思い入れが必要かもしれない。

 以下「精神・自己・他者・第三者」に関するキエルケゴールとヘーゲルについて語った論文がある。長い文章のごく一部を引用したので解りづらいかもしれないが、他者と自己について知るのに参考にはなると思う。

S.キエルケゴール
20050923004.jpg  夢破れ、希望が失われても、なおそれを望まざるを得ないが故の絶望。キルケゴールはこの絶望を見つめ続けるのである。絶望は人間の根本的気分に他ならないからである。

 通常、「人間」は「人の間を生きる者」と倫理的に理解される。英語の「ヒューマン」も同じ意味である。しかし、人間は、「天と地の中間にある者」、「善と悪の中間」、「聖と俗の中間」の存在という存在論(実存)的理解もある。『死に至る病』冒頭は次のような言葉で始まる。

 「人間は精神である。精神とは何であるのか。精神とは自己である。自己とは何であるか。自己 とは自己自身に関わる一つの関係である。」

 人間は自己自身として単独に存在するのではない。もし、自己自身として単独にそれだけで存在しているものがあるとすれば、それは、「自己」という意識を持つことはないし、そのような自己意識を持つことは不可能である。人間は、本質的に関係存在であり、関係の中を生きている生物である。それ故、「自己」というものは、その人間が持つ関係から生まれてくるし、その関係によって明瞭になるのである。

 そして、人間が本質的に持つ関係は、常に二重である。第一に、人間は自己自身と関係をもつ。内省や意識というレベル以外に、人間の精神は、あたかも自分自身の外に立っているかのようにして、自分自身を眺めることも可能である。このようにして、人間は「自己」を獲得する。

 人間が本質的に持つ関係の第二は、第三者との関係である。人間は第三者との関係において、自分がどのようなものであるかを知る。自分と関わる第三者が、自分をどのような人間と見なし、どのように扱うかを知ることによって、自己自身について認識する。

 このように派生的に置かれた関係が人間の自己である。それは自己自身に関わるとともに、この自己自身への関係において他者に関わる関係である。そして、絶望とは、この人間が持つ関係における究極的な負の気分である。(HP『思想の世界』の主幹者・小副川幸孝)

F.ヘーゲル
3000-01-01.jpg 承認されてある事は、ヘーゲルにとって重要である。なぜなら、承認し合いされ合う関係にあるとき、そこにこそヘーゲルが成し遂げようとする「精神」が現象しつつあるからである。ここで言われている精神とは、互いに異なり自己意識の統一された実体である。それは、「我々である我、我である我々である」(自己意識:生命と欲望:第12段落)。

 これをどう考えればよいだろうか。私がそこから自己を受け取る他者も、私のイメージにおける他者と言えるかもしれない。他者もまたその外にすなわち私に出ているのだから。つまり、私は、私の内の他者のイメージの内の、私のイメージを受け取る。

 他方、他者は、他者の内の私のイメージの内の、自分のイメージを受け取る。ここに、ある種の入れ子構造のような、想像的な力の戯れが現出していると観ることもできるだろう。

 他者を私の内の他者と観る限りでは、他者は私でもある。つまり、私の内には多くの他者たちが反映しているのだから、私は複数に分解され自立しつつも依存し合う「我々」である(我々である我)。そして、我々は私の内で成立しているのだから、それは「我」である(我である我々)。

 「他者たち」が「我々」へと転換するには、それぞれの「私」のイメージの戯れとその自覚が必要だったと思う。(『精神現象学を読む』mindestブログより)

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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