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京都めぐり3日目・東山周辺

10月15日(水)
今日は帰りの日なので近場で行ってない所に行くことにした。選んだルートは東山周辺で、京都駅からバスで15分位の所である。勝手にルート編成してみた。

京都駅→五条坂バス停→茶わん坂→清水寺→清水坂→三年坂→二年坂→霊山観音→高台寺→ねねの道→東大谷租廟→円山公園→知恩院→八坂神社→祇園バス停→京都駅

清水寺(北法相宗・唯識宗ともいう。単立の一寺一宗)
京都002 清水寺山門

五条坂のバス停を降り、近道だという茶わん坂を上っていく。観光客が何人か一緒に上って行く。五重塔が近づいてくる。坂を上りきって仁王門にたどり着いた時、そこには修学旅行の生徒が何百人も寺院の中に入って行くのを目撃した。清水坂を下った所に観光バスの駐車場がありそこから次々と上ってくる。確かに京都の人気名所ランキングは、金閣寺、三十三間堂、清水寺、銀閣寺、二条城となっており、清水寺は3位だということだ。人気のスポットであり、修学旅行の定番のコースだ。

00_convert_20100605173141.jpg 清水寺境内

略歴: 京都・清水寺の開創は1,200余年前、奈良時代末の778年。延鎮上人が夢告をうけ音羽の滝を尋ねあてて行叡居士に逢い、霊木を授けられて音羽観音を彫造し、滝上の草庵に祀ったのに始まる。間もなく、坂ノ上田村麻呂が滝の清水と上人の教えに導かれて深く観音に帰依し、仏殿(本堂)を建立し、御本尊十一面千手観音を安置。798年寺域を拡げ、本尊の脇侍(わきじ)に地蔵菩薩と毘沙門天を祀り寺観をととのえた。

本堂に張り出した舞台は、錦雲渓の急崖に約190平方メートル、総桧板張り最高12メートル強の巨大な欅の柱を立て並べて支えている。下から見ると太い柱が何本も組み合わさって舞台を支えている様子が分かる。これだけの建造物を作り上げた信仰の力のようなものを感ずる。

京都019 舞台と五重塔

清水の舞台からは京都市内まで良く見渡せ、また正面には子安塔という三重の塔が木々の蔭から見える。しかしここは何といっても京都の中でも最も有名な場所なので、人混みで舞台の先になかなか行くことが出来ない。そこから釈迦堂、阿弥陀堂、奥の院を経て、山道を辿っていくと子安塔がある。ここから少し下ると音羽の滝に出る。そこから帰路となる。

清水坂から高台寺へ
清水坂の繁華街はすごい人の列だ。休日の原宿の竹下通りにも勝るとも劣らない人混みだ。大部分は修学旅行の高校生か中学生で、集合時間までの短い時間で、土産物あさっていたり、ちょとした食い物で腹ごなしをしている。

清水坂から三年坂に曲がるとぐんと人が少なくなる。ほとんどが清水坂か五条坂に行って観光バス駐車場に向かう。さらに二年坂を下り、八坂の塔を見ながら、高台寺の駐車場に入る。駐車場の横に霊山観音があり、巨大な白い観音像が入口のまん前に鎮座している。

鷲峰山(じゅぶざん)高台寺(臨済宗建仁寺派)
略歴:正しくは高台寿聖禅寺といい、豊臣秀吉没後、その菩提を弔うために秀吉夫人の北政所(ねね、出家して高台院湖月尼と号す)が慶長11年(1606)開創した寺である。寛永元年(1624)7月、建仁寺の三江和尚を開山としてむかえ、高台寺と号した。造営に際して、徳川家康は当時の政治的配慮から多大の財政的援助を行なったので、寺観は壮麗をきわめたという。

高台寺は「秀吉とねねの寺」として知られている。広い駐車場を突っ切って、参道を進み、墓所を横に見ながら狭い裏道を進むと受付があり、庫裏の脇を通り方丈に上がる。方丈の周りが廊下になっていって、庭園が見渡せる。

11_convert_20100605173212.jpg 高大寺正面

京都039 高台寺庭園

庭園についての説明には次のように書かれていた。「開山堂の臥龍池、西の偃月池を中心として展開されており、小堀遠州の作によるもので、国の史跡・名勝に指定されている。偃月池には、秀吉遺愛の観月台を配し、北に亀島南の岬に鶴島を造り、その石組みの見事さは桃山時代を代表する庭園として知られている。」

京都で多くの庭園を見てきたが、それぞれ製作者の意図が様々な形で具現化されていて、その表現力の豊かさが歴史的芸術的価値を高めている。

傘亭と時雨亭
方丈を降りて庭園を歩いて回る。開山堂で再び靴を脱いで上がる。そこから渡り廊下を通って観月台を経て書院まで行く。そこを見学してから庭に降り、裏山に登ると傘亭と時雨亭がある。ねねのたっての希望で、伏見城から移築した利休の意匠による茶室だ。傘亭は竹と丸木が放射状に組まれ、カラカサを開けたように見えることからその名があり、時雨亭とは土間廊下でつながっている。

京都044 傘亭

傘亭の中央は土間になっているが、これはかっては水辺にあり舟がつけられるようになっていたそうだ。時雨亭は2階建てで1階で茶を用意し、2階でたしなむという。小高い丘の上のこの茶室からは大阪城が良く見え、炎上する様を悲しみをもって眺めたというエピソードがある。

高台寺を出てすぐ脇の階段を下りると「ねねの道」という並木に囲まれ、真っ直ぐな石畳の道に出る。土産物屋が並んでいる。その道をしばらく行くと円山公園に至る。(続く)

テーマ : 思ったこと・感じたこと
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