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何を伝えるのか

11月18日(火)
夕方、鶴見にある横浜市立東台小学校に、12月5日に実施する「いのちの授業」の打ち合わせに行ってきた。そこでももの木の全般の活動紹介と「いのちの授業」とは何かについての説明を求められた。十分な説明が出来ただろうか。

「いのちの授業」は色々な人が様々な内容で行なっている。それぞれに特徴を持っている。こういった中で、ももの木の行なっている「いのちの授業」とはどういったものかについて改めて考えてみたい。

ももの木の「いのちの授業」の説明には次のように書かれている。「体験を聴いてもらい、命の大切さを子どもたちを主体に先生、保護者と一緒に考える授業。 一般の道徳はビデオや教材から子ども達の感想を引き出すが、ももの木のいのちの授業は、目の前にいる話し手の体験談と、生徒とのコミュニケーションを大切にしている。授業はあくまでもきっかけで、この授業を通して、子供たち、先生、保護者が命に対して考えてくれるようになる事を願っている。」

ももの木の「いのちの授業」の最大の特徴は、患者の実体験をベースに語られることである。皆文章を書くことに慣れていなくても必死で自分の体験を語ろうとする。それが人に感動を与えることになる。そして生死をさまようような病を通して実感した「生きる事の喜びやいのちの大切さ」を感じ取ってもらえると思う。

確かにそれは個人の体験でしかない。しかしそれが普遍的な人々の心に共通性を持てば、それは全ての人に生きる意味を感じ取ってもらえるだろう。自分が何を感じたかという事を語り、そしてそのことを通して「いのちの意味」を訴えていくのである。確かに何が子供達に訴えかける言語であるのかは予測出来ない所がある。またそれが授業の興味深い所でもある。

「いのちの授業」は命について考えるきかっけでしかない。そういった意味で、事前アンケート、授業、感想文、事後アンケートという過程の中で、命について考えていく機会を与え、心の中に刻み込んでいってもらいたいと思っている。

ももの木の自由で闊達な風習が何よりも授業の根幹だろう。マニュアル通りの授業ではなく、失敗しても患者又は患者体験者であることがものの木の授業だろう。泣いてしまってほとんど聞き取れなかった授業でもそれが良くも悪くも特徴なのだ。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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