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嵐山渓谷

11月23日(日)
一週間に一度位は、一定の距離を歩かないと体が鈍ってしまう感じだ。同じ病気の人で、腹筋の運動や、腕立て伏せを始めた人もいるが、なかなかそういった運動には手が出せない。スポーツジムにでも行って体を鍛えた方がいいのかもしれないが、そういった方面にはなかなか興味が持てない。ラジオ体操もサリドマイドを飲み始めてから、朝早く起きる事が出来なくなってしまって行っていない。

入院してから、ステロイドを切らしたことがなかったので、睡眠は何時も浅く、朝は早々と目が覚めてしまっていたのだ。今はぐっすり寝られる。これは嬉しいことだが、朝の体操には行けていない。

明日からまた天気が下り坂になるというので、出掛けることにした。決意して家を出たのが10時過ぎだったので、そう遠くにはいけない。今まで西武池袋線沿線に行っていたが、この間、副都心線が出来たときふと気がついた。東武東上線も一本でいけるということに。有楽町線の駅まで行けば、和光市で東武線に乗り入れしている。行動範囲が広がったという感じだ。東武線の外秩父方面には色々見所がある。

駅で東武線沿線情報誌を手に入れて電車に乗り込む。嵐山渓谷が今紅葉の見頃を迎えているということでそこに行くことに決めた。和光市で待ち時間10分、小川町行きの急行に乗り換えて1時間20分で武蔵嵐山の駅に着いた。

嵐山渓谷012_edited

駅から最初の15分は住宅街の中を歩き、254号線を突っ切るとJAの大きな農産物直売所がある。そこから風景はがらりと変わり、既に稲刈りを終えた田んぼが広がり、田んぼを囲む木々の葉が色づいてきている、といった穏やかな田園風景が広がっている。そこを20分ばかり進み、畑や田んぼが途切れる所から森の風景に変わってくる。渓谷の入り口には車止めとして鎖で柵が作られており、そこからが入口だとすぐ分る。

あたりの紅葉が鮮やかさを増して来るようだ。5分ばかりいくと下り坂があり、川を渡る橋がある。冠水橋という。ここからの上流の眺めがなかなか素晴らしい。観光案内には次のように書かれていた。

嵐山渓谷021

「槻川が嵐山町に入ってすぐに大きく蛇行したところで、槻川の清流と岩畳、周囲の木々などの自然が美しい景観を織りなしている。昔は地形的な特徴が長瀞と似ているので『武蔵長瀞』と呼ばれていたそうだが、昭和3年にこの地を訪れた本多静六林学博士により、京都の嵐山に似ているということで『武蔵嵐山』と名付けられた。昭和14年には歌人・与謝野晶子もこの地を訪れ歌を詠んでいる。」

川の周辺を散策し、元の道に戻りしばらく行くと、丸太で作った展望台がある。そこから川に沿って遊歩道があり、紅葉の並木道を川を見ながら散策できるというわけだ。途中に与謝野晶子の歌碑がある。そこから一面のススキの原っぱが広がっている。箱根の千石原のススキの広大な原野といったほどではないが、雰囲気は味わえる。背丈ほどのススキを掻き分け進んでいくと川原に出る。ここはまた引き返していくほかない。

嵐山渓谷031_edited

ここから太平山という山に向かう。登りはそれ程急勾配というわけではなかったが、体力的な問題だろうか、心肺機能が十分回復していないからだろうが、かなり厳しい。後から来た70歳半ばほどの夫婦と同じ速度でしか登れない。太平山は嵐山町の最高地点がある標高179mの山である。山頂には雷電神社があり、ベンチが置かれているが、木立で遮られて眺望はありないが、それでも嵐山町が木の間から見える。

そこから春日神社に向けて一気に下る、何百段あるか分らない丸太で土止めした階段をひたすら下りていく。これは登りだったらとても無理だというような段数である。春日神社はひなびた神社で通り道だから来たが、誰か来ることがあるのだろうかという所だった。

そこから1,2分で往きに通った道に出て、全く同じ道を駅に戻っていった。約3時間のウォーキングだった。買い物以外家に閉じこもっていることが多い生活だから、定期的に体を動かす事が必要だろう。

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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