プロフィール
Author:yosimine
がん治療とは長く細い道を辿ら
なければならない。その先に希
望があると信じながら。
最近の記事
定期検診の日 (11/27)
新潟市内観光 (11/24)
日本骨髄腫研究会総会、患者会セミナー (11/20)
王子神社、金剛寺(紅葉寺) (11/19)
臨時検診の日 (11/18)
サバイバーシップ (11/17)
黒澤明監督 『生きる』 (11/15)
院内患者交流会・おしゃべり会 (11/13)
がん性疲労 (11/12)
定期検診の日 (11/11)
カレンダー
10
| 2009/11 |
12
日
月
火
水
木
金
土
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
-
-
-
-
-
最近のコメント
yosimine:がん性疲労 (11/17)
koharu:がん性疲労 (11/16)
yosimine:がん性疲労 (11/14)
yosimine:がん性疲労 (11/14)
HANAOYAJI:がん性疲労 (11/13)
kaitjn8:がん性疲労 (11/13)
yosimine:「ゆるり散策」・目黒不動尊 (11/09)
最近のトラックバック
プリニー 〜オレが主人公でイイんスか?〜:プリニー 〜オレが主人公でイイんスか?〜 (09/05)
地球防衛軍3:地球防衛軍3 (08/30)
納棺夫日記【映画「おくりびと」】の感想・あらすじ【納棺士・納棺師】:「おくりびと」を観た100人の感想06/08〜07/08 (07/08)
MIXニュース:厚生労働省 理学療法士国家試験 合格発表 (04/08)
鬼怒川温泉:猫も杓子も鬼怒川温泉 (02/13)
月別アーカイブ
2009年11月 (16)
2009年10月 (17)
2009年09月 (19)
2009年08月 (12)
2009年07月 (17)
2009年06月 (21)
2009年05月 (20)
2009年04月 (16)
2009年03月 (18)
2009年02月 (18)
2009年01月 (18)
2008年12月 (17)
2008年11月 (16)
2008年10月 (23)
2008年09月 (23)
2008年08月 (19)
2008年07月 (23)
2008年06月 (29)
2008年05月 (22)
2008年04月 (27)
2008年03月 (35)
2008年02月 (28)
2008年01月 (28)
2007年12月 (30)
2007年11月 (29)
2007年10月 (33)
カテゴリー
治療・病状・医療 (100)
定期検診の日 (57)
社会 (96)
哲学 (17)
文学・音楽・美術 (47)
映画 (31)
ウォーキング・旅行 (153)
ももの木 (20)
いのちの授業 (29)
仕事 (13)
未分類 (11)
リンク
池袋法務サービス
yuuri
ももの木
日本骨髄腫患者の会
ミエローマ資料館
ガン治療の功罪
MOTOGEN
kyoshiro
yotawo
こはる日和
ハナオヤジ
壊れ者注意
旧管理画面
新管理画面
ブログ内検索
RSSフィード
最新記事のRSS
最新コメントのRSS
最新トラックバックのRSS
By FC2ブログ
フリーエリア
治療・病状日誌
原発性マクログロブリン血症という血液ガンに罹り、2005年12月に入院し2回の移植を行ったが再発し、自宅治療をしていたが10月24日再入院し12月28日退院した。その後通院で治療を継続している。治療経過・病状・日々感じたことを日記として綴ってみたい。
鬼怒川温泉・3日目−会津若松
1月7日(水)
1月2日−鶴ヶ城・飯盛山周辺
20年程前、会社の仕事で郡山営業所に行き、帰りに喜多方に寄ってラーメンを食べ、会津若松に戻り列車を乗り継いで北千住まで戻って来たことがある。季節は初夏で新緑の谷間を沿って列車が走っていく風景が極めて印象的だった。
今回は冬の風景を味わってみようと思い鬼怒川から会津若松、郡山、上野のコースで帰ることにした。会津若松はまだ一度も行った事がなかった。昨年の1月8〜9日にドラマで『白虎隊』を見るともなしに見たので基礎知識はあった。
東武鬼怒川線−野岩鉄道−会津鉄道会津線
鬼怒川温泉から会津若松までの鉄道が面白い。下今市から鬼怒川温泉を経て新藤原までが東武鬼怒川線、新藤原から会津高原尾瀬口までが野岩鉄道会津鬼怒川線で、この列車は栃木県と福島県の県境にある急峻な山間部を通る路線である。起点新藤原駅の標高は425.3m、終点会津高原尾瀬口駅の標高は722.5m、駅ではもっとも高い位置にある男鹿高原駅の標高は約765mとなっている。沿線地域に鬼怒川、川治、湯西川、塩原、奥鬼怒、湯ノ花など多くの温泉地がある。
会津高原から西若松までが会津鉄道会津線で、そこから会津若松経由郡山までがJR磐越西線となっている。磐越西線は郡山から新潟の新津駅まで日本列島を貫いて走っている。会津若松から新津までは「水と森とロマンの鉄道」と言われている。一度は乗りたいものだ。
ホテルを出ると今日も雪がパラついていた。昨晩の雪であたりは白く覆われている。10時1分発の会津マウントエクスプレスで出発する。1日1本しかない会津若松行きの急行列車だ。列車は鬼怒川沿いの深い渓谷を左に見ながら進む。広い雪の原と渓谷が入れ替わり登場する。途中の駅は皆温泉地となっている。鬼怒川と会津の真ん中あたりの温泉だったら鄙びていて静かだろう。
鶴ヶ城
会津若松駅の天気は、雪時々曇り。駅から車で10分位で鶴ヶ城に着く。結構観光客が来ている。昭和40年に再建された天守閣は雪の中に凛としてその威容を現している。
会津藩を巡る歴史:
慶応4年(1868)1月3日、鳥羽伏見で戊辰戦争は火蓋を切り、新政府軍の前に幕軍は大敗し、ついに江戸開城によって徳川三百年の歴史は終わりを告げた。
会津藩は軍制を改革して朱雀・青龍・玄武・白虎の諸隊を設け、洋式銃を買い集めるなど、来るべき新政府軍との戦いに備え、5月には奥羽越列藩同盟が成立して、新潟から東北にかけての諸藩は、新政府軍との武力衝突を始めた。
8月20日には新政府軍に会津攻撃の命令が下り、福島へ通じる街道の母成峠から会津に侵入してきた新政府軍は、白虎隊などの予備兵の抵抗を蹴散らし、8月23日には鶴ヶ城を囲んだ。この時、白虎隊士中二番隊や西郷頼母一族の自刃など、幾多の悲劇が生まれた。
孤立無援の中で容保は籠城し1ヶ月にもおよぶ戦闘に耐え続けたが、援軍も見込まれない中、昼夜に及ぶ砲撃にさらされ、ついに9月22日、容保は降伏を決意した。(会津若松観光公社ホームページより)
こういった歴史の流れや会津の産業文化などの展示品が天守閣の各階に展示されている。天守閣の最上階からは全く360度遮るものがなく会津の街々から遠くの山々まで見渡せる。
飯盛山
鶴ヶ城から飯盛山に向かう。飯盛山の入口に白虎隊記念館がある。展示品を眺め、白虎隊を紹介するアニメビデオを見て、飯盛山に登る。雪が深く急な階段を上るのが難しく、迂回路を通って登っていく。
変わった建物のさざえ堂を見、白虎隊士一九士の墓など雪の降る中見学した。雪が激しく降ってきた。列車の出発時刻までには早かったが会津若松駅に戻った。昔駅前には会津の民芸品が売られている店が軒を並べていたように記憶していたが、駅前にはSATYの大きな建物があるだけでそういった店は全くなかった。駅の売店の土産物屋くらいしかない。
テーマ:
雑記
- ジャンル:
日記
【2009/01/07 15:37】
|
ウォーキング・旅行
|
TRACKBACK(0)
|
COMMENT(0)
|
<<
定期健診の日
|
BLOG TOP
|
鬼怒川温泉・2日目−輪王寺、東照宮、二荒山神社
>>
この記事に対するコメント
この記事に対するコメントの投稿
NAME▼
MAIL▼
URL▼
SUBJECT▼
COMMENT▼
PASS▼
SECRET▼
管理者にだけ表示を許可する
|
BLOG TOP
|
この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://trakl.blog121.fc2.com/tb.php/435-82dbc984
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
Powered By
FC2ブログ
. Copyright ©治療・病状日誌 All Rights Reserved.
FC2Ad
FC2ブログ
ネットショップ
チャットレディ
SEO対策
SEO
誕生日プレゼント
パワーストーン
自動車
バラ